第16章
沈黙の中に、足音が響いた。振り返ると、陽向が立っていた。
その瞳は、いつも通りまっすぐで、でもどこか冷たい光を帯びていた。
「……色が違いすぎる人間と一緒にはいられないよ」
その言葉は、誰に向けられたものか、すぐにはわからなかった。でも、陽向は彩葉を見ていた。
「どちらかの色がまぶしすぎたら、片方の色が消えてしまう。だからみんな、自分に合った色と一緒に歩くことを決めるんだ」
彩葉は、息を呑んだ。その言葉は、彼女の“透明さ”に突き刺さった。
「自分の色を、もっと自覚した方がいい。彩葉、おまえも……わかってるだろ?」
陽向の声は、優しさではなく、現実だった。それは、彩葉がずっと見ないふりをしてきた“境界線”だった。煌希は、一歩前に出た。その瞳は、陽向の言葉に揺れながらも、彩葉を見ていた。
「……それでも、俺は君の色を見た。まぶしすぎるって言われても、君の青が、俺にとって必要なんだ」
彩葉は、ふたりの間で立ち尽くしていた。陽向の言葉は、彼女の“過去”を思い出させた。
煌希の言葉は、彼女の“今”を揺らしていた。
「……私は、見つけられたかった。でも、見つけた人が、こんなふうに“見てほしい”って言うなんて、思ってなかった。陽向は、私を見つけてくれたけど……見てほしいとは言わなかった。煌希くんは、私を見つけたうえで、見てほしいって言った。……それを、どうすればいいの?」
彩葉の中で、ふたつの色が交錯していた。陽向の“まぶしさ”と、煌希の“輝き”。どちらも彼女に触れようとしていた。でも、彼女の色は、まだ定まっていなかった。
陽向の言葉が空気を切ったあと、彩葉はしばらく黙っていた。煌希の視線が彼女に向けられているのを感じながらも、彩葉はすぐには応えなかった。
「……色って、なんだろうね。どうしてこの世界の人は色を持って生まれてくるんだろう」
彩葉は、ぽつりと呟いた。その声は、まるで自分自身に言い聞かせるようだった。
「私は、なんで透明なんだろう。限りなく薄い色は色になれてない。陽向の言葉も、煌希くんの願いも――私の中では、まだ波のように広がってるだけ」
彼女の瞳は、静かだった。でも、その奥には、確かに何かが動いていた。
「まぶしい色に触れると、自分の透明さが際立つ。でも、それは消えるってことじゃない。ただ、まだ“染まってない”だけかもしれない。私は、今はまだ冷静でいたい。自分の色が、どんなものか……ちゃんと見極めたいから」
陽向は、少しだけ目を伏せた。煌希は、彼女の言葉を受け止めながら、何も言わなかった。
彩葉は、透明だった。でもその透明さは、空っぽではなく、静かな“余白”だった。その余白に、誰の色が差し込むのか――それは、まだ決まっていなかった。
彩葉が静かに言葉を紡いだあと、空気は澄んでいた。陽向の言葉も、彩葉の冷静さも、すべてが静かに流れていた。でも――煌希は、耐えられなかった。
「……なんでそんなに冷静でいられるんだよ」
その声は、震えていた。
彩葉も陽向も、彼の感情の熱に気づいた。
「君が透明なのはわかってる。でも、俺は――君の青を見たんだ。それがどんなに小さくても、どんなに儚くても、確かに灯ってた。それなのに、君は“まだ色になってない”って言う。……それって、俺の見たものを否定することじゃないのか?」
彩葉は、目を伏せた。でも、煌希は止まらなかった。
「成瀬さんが言ったことが、正しいのかもしれない。色が違いすぎると、どちらかが消えるって。でも、俺は消えてもいいって思った。君の色が灯るなら、それでいいって思ったんだよ!」
その言葉は、まっすぐだった。でも、どこか痛々しかった。
「君が冷静でいることが、俺には遠く感じる。君の世界に、俺が“いる”ってことを、どうしても感じてほしいんだ。……俺の色を感じて欲しい」
彩葉は、静かだった。でもその静けさの中で、煌希の色が確かに揺れていた。手を伸ばしたかった。でも、触れた瞬間に彼女が壊れてしまいそうで、動けなかった。言葉は届いているはずなのに、距離は縮まらない。
そのもどかしさが、胸の奥で熱を持っていた。それは、彼女の透明さにぶつかる、鮮やかな“衝動”だった
陽向は、深くため息をついた。その音は、空気を切るように重かった。
「……おまえは本当に馬鹿だな」
煌希が顔を上げる。陽向の瞳は、冷静で、鋭かった。
「色が違いすぎて消えるのは、色鮮やかな方じゃない。色の薄い方が消えるんだよ。だから、おまえが彩葉のそばにいたら――彩葉が死ぬって言ってるんだ。そんなの、おまえも望まないだろ!!」
その言葉は、煌希の胸を貫いた。彼は、何も言えなかった。
ただ、立ち尽くしていた。
彩葉は、静かに目を伏せた。
その表情は、冷静だった。でも、その冷静さの奥には、確かな痛みがあった。
「……わかってるよ。だから、触れないようにしてた。潰されるのは、いつも薄い色の方だから」
彩葉のその声は、風のように静かだった。でも、煌希には――痛いほど響いた。
「それでも……一縷の望みが、少しだけあったの」
彩葉は、空を見上げた。
その瞳には、ほんの少しだけ色が差していた。
「だって、私の両親は――色が全く違ったから。母は、はっきりした色を持ってた。父は、限りなく透明に近い、薄い色だった。それでも、今でも一緒にいて、幸せそうだから」
2人の色は、重なり合うことはなかった。でも、隣に並んだとき、互いの輪郭がはっきりした。
それが、彩葉にとっての“希望”だった。色が違っても、消えない方法がある。それを、彩葉は知っていた。
煌希は、彩葉の言葉に目を見開いた。陽向は、何も言わなかった。
彩葉の“透明”は、冷静さだった。でも、その奥には、確かに希望が灯っていた。
それは、誰にも見えないほど小さな色。でも、確かに――そこに“ある”色だった。
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