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第15章

放課後の教室。窓から差し込む光が、机の上に淡く広がっていた。

煌希は、彩葉の隣の席に立ち止まった。彩葉は、静かにノートを閉じていた。その仕草さえ、どこか“色”を持たないように見えた。


「ねえ、彩葉」


煌希の声は、いつもより少しだけ低かった。彼女は顔を上げる。その瞳は、やはり薄かった。でも、確かにそこに“何か”があった。


「君ってさ……なんでそんなに、色がないんだろう」


言葉にしてしまった瞬間、煌希は少しだけ後悔した。でも、彩葉は怒らなかった。ただ、静かに目を伏せた。


「ごめん。変なこと言った」


煌希は言い直す。


「でも、気になるんだ。君のこと、見つけたくなるんだよ。なんでだろうな……」


彩葉は、少しだけ笑った。それは、ほんのわずかに色づいた笑みだった。煌希は、それに気づいた。


「君の色、見たいんだ」


その言葉は、前にも言ったはずなのに――今は、もっと深く響いた。彩葉は、何も答えなかった。でも、彼女の存在が、少しだけ濃くなった気がした。

煌希は、それを見逃さなかった。

彼は、彩葉の“いなさ”に触れようとしていた。

それは、誰にも見えなかった色を、見つけようとする行為だった。


「……ちょっと、昔話をしようか」


彩葉は、窓の外を見ながらぽつりと口を開いた。煌希は、彼女の横顔を見つめていた。その声は、風のように静かだった。


「私は、生まれたときから色がないって――医者に言われてたんだって。“この子には色がありません”って。それでも、両親が心から愛してくれたから、生きていられるの」


言葉の端に、少しだけ笑みが混ざった。でも、それはどこか寂しげだった。


「色がない子って、いないんだって。……全員ね、もれなく短命なんだって。見つけてもらえないから。誰にも見えないから。私は、両親に恵まれてたんだよ」


煌希は、何も言えなかった。ただ、彩葉の言葉が胸に染み込んでいくのを感じていた。


「それにね、この物語が、生で見たかったから。煌希くんたちの、きらきらした世界。それを、ちゃんと“見て”みたかったから。だから、生きてこれたのかもしれない」


彩葉は、少しだけ目を伏せた。その瞳は、やはり薄かった。でも、確かにそこに“色”が宿っていた。


「普通の人はね、小さい頃に選ぶんだって。見つけて欲しくて、愛して欲しくて必死になるんだって。でも、大きくになるにつれて誰にも見つけられなくなって、孤独で、苦しくて……両親にすら見つけられなくなって、さみしくて――自分で命を落とす。人間ってのは、結局、一人じゃ生きられないから」


煌希は、息を呑んだ。

彩葉の言葉が、あまりにも静かで、あまりにも重かった。


「母は、私のために好きだった仕事を辞めて、専業主婦になってくれた。父は、誰よりも早く私を見つけてくれるようになった。だから私は――いまも、ここに“いる”ことができてる」


その言葉は、彩葉の“存在”そのものだった。

煌希は、彼女の“色のなさ”が、どれほど深く、どれほど強く生きてきたかを知った。彩葉は、無色透明だった。でも、その“いなさ”の中で、確かに生きていた。そして今、煌希の前で――少しずつ“色”を灯し始めていた。


「……それにね、両親もだけど――ある日、突然、私を見つけた人間がいたんだよ」


彩葉は、少しだけ目を細めて、遠くを見た。その視線の先には、記憶の中の陽向がいた。


「それが、陽向。小学校に上がったときに、初めて会った。あいつは、私を見つけたんだ」


その声には、驚きと、少しの誇らしさが混ざっていた。まるで、奇跡のような出来事を語るように。


「あなたとは違う輝きだけど――きらきらした子だった。まっすぐで、まぶしくて、ちょっと鈍感で……でも、優しかった」


彩葉は、ふっと笑った。その笑みは、どこか懐かしさに満ちていた。


「だから、私は――あいつが好きなんだろうね。“見つけてくれた”っていう、それだけで、もう十分だったのかもしれない」


煌希は、黙って聞いていた。

彩葉の語りの中に、自分とは違う誰かへの想いがあることを、静かに受け止めていた。彩葉にとって、“見つけられる”ことは、生きる理由だった。陽向は、その最初の“他者”だった。色のない世界に、確かに差し込んだ――光だった。

彩葉の語りが静かに終わったあと、煌希はしばらく言葉を探していた。でも、胸の奥にある感情は、もう黙っていられなかった。


「……君が、誰かに見つけてもらえることが、どれだけ大事かって、わかる気がする」


彩葉は、少しだけ目を細めて彼を見た。煌希は、その視線に向かって、言葉を続けた。


「でも――俺は、ただ見つけたいだけじゃない。君に、俺を見てほしいんだ。君の目に、俺が映ってほしい。君の世界に、俺が“いる”ってことを、ちゃんと感じてほしい」


その声は、震えていた。でも、それは弱さではなく、真剣さだった。


「陽向みたいに、最初に見つけたわけじゃない。両親みたいに、ずっとそばにいたわけでもない。でも――君が灯す青を、俺は見た。誰にも見えないその色を、俺だけが見たんだ」


彩葉は、言葉を失っていた。

煌希の瞳には、まっすぐな願いが宿っていた。


「だから、俺は――君のそばにいたい。君の色が、もっと見えるように。君が、俺を見てくれるように。……それだけでいい。それだけが、俺の希望なんだ」


言葉のあと、沈黙が落ちた。煌希は、彩葉の横顔を見つめていた。何も言わなくても、何も返ってこなくても――それでも、彼はそこに立ち続けた。

それが、彼の祈りだった。

彩葉の世界に、煌希はそっと手を伸ばした。それは、ただの好意じゃない。

“見てほしい”という、切実な祈りだった。

煌希の言葉が空気を震わせたあと、彩葉はしばらく黙っていた。その沈黙は、まるで彼の言葉を一つひとつ、心の奥で噛みしめているようだった。


「……見てほしい、って……」


彩葉は、ぽつりと呟いた。その声は、どこか遠くを見ているようだった。


「私は、ずっと“見つけられたい”って思ってた。誰かに見つけてもらえなきゃ、生きていけないって。でも……君は、“見てほしい”って言うんだね」


彼女は、煌希の瞳を見つめようとして、すぐに目を逸らした。その仕草には、戸惑いと、少しの怖れが混ざっていた。


「それって……なんだか、すごく鮮やかで、まぶしくて……私には、まぶしすぎるよ。君の色は、きらきらしてて、ちゃんと“ある”から。そんな君に、見てほしいって言われると……私は、どうしていいかわからなくなる」


見つけられることは、受け身だった。でも、“見てほしい”と言われると、自分が誰かの目に映ることを、選ばなきゃいけない気がした。それが、怖かった。

自分の“いなさ”が、はっきりしてしまう気がした。煌希は、静かに彩葉の言葉を受け止めていた。でも、その瞳には、揺るがない願いが宿っていた。


「俺は、君の色がないことを怖いと思わない。むしろ、その透明さの中に、青が灯る瞬間を見た。それは、誰にも見えない色だった。でも、俺には見えた。だから――君にも、俺を見てほしいんだ。君の世界に、俺が“いる”ってことを、感じてほしい」


彩葉は、胸の奥がざわめくのを感じていた。

指先が、机の端をそっとなぞった。呼吸が浅くなって、胸が少しだけ痛んだ。それでも、目を逸らすことでしか、煌希の言葉に応えられなかった。

心が動いているのに、動いていることを知られたくなかった。

見つけられることに慣れているはずなのに、“見てほしい”と願われることが、こんなにも心を揺らすなんて。


「……そんなふうに言われると、私の“いなさ”が、見えてしまう気がする。君の色に触れると、私が透明だってことが、はっきりしてしまう」


彩葉は、見つけられることで生きてきた。煌希は、見てもらうことで生きようとしていた。

そのふたつの願いは、すれ違いながらも、どこかで触れ合っていた。

窓から差し込む光が、彩葉の髪を淡く染めていた。

その色は、まだ誰にも見えない。でも、煌希には――ほんの少しだけ、水色が揺れて見えた。

それは、彩葉が“見ようとしている”証だった。



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