2話-3
「あれは……、いいのか?」
「えぇ!もちろんですとも!」
先日の洋館までではない、そこそこの広さの部屋には数人の客人が座っていた。彼らの目の前にはモニター。20程あるそれは、5人のプレイヤーをあらゆる角度で映している。だから勿論、プレイヤーの1人が縄抜けしてしまったのもバッチリ映っていたのだ。
客席の後ろからそれを眺めていた主催者は、客人の問いかけに慌てて答えた。
(あの男の子眠り浅かったから、ちゃんと縛れてなかったんだよなぁ!)
しかしそんなことがバレれば、デスゲーム運営の信用を失う。男の務めは、全てを見越したサイコパスを演じることだった。
「し、少々席を外します。皆様はお掛けになってお楽しみください!」
そう言い残し、ギリギリ走っていると言えない速さで部屋を立ち去る。そして男はすぐ近くにある隠し扉を開いた。
「オーナー!どうしましょう!」
「すみません!彼の担当、私でした!」
男が扉を開けた瞬間、2人の仮面付きスタッフに縋られる。その部屋は少し薄暗いモニター室で、いくつかの操作盤も備えてあった。画面にはプレイヤーの姿に加え、客人や建物付近も写っている。要は監視目的でスタッフを待機させている部屋だった。
「慌てない慌てない!」
「で、でも、このままじゃゲームが崩壊しちゃいます」
「こ、殺しちゃいますか!1時間経ってませんけど!」
「そんなすぐ殺すとか言わないの」
「うぅ!今日のメンツ、新人ばっかなのに!」
「バイトリーダーも今日有給ですし!」
(超小型だから油断して、新人ばっかにしちゃったんだよな)
慌てるスタッフを見て冷静になってきた男は、ゲーム会場のモニターを見つめる。縄抜けした彼は座っていた椅子を武器に、会場スタッフを威嚇していた。
会場スタッフがいるから、まだ他プレイヤーの縄は解けていない。呑気に『貴方達の目的は何なんですか!』とか叫んでいる状態だ。
「まぁこれはこれで盛り上がってるから、もうちょいしたら設備で殺そっか」
「でも会場スタッフが!」
「そうですオーナー!ここの設備、エイムガバガバなんですよ!?」
その言葉に男は思い出した。
元々プレイヤーを殺す手段として用意していた隠し銃。円形のゲーム部屋の壁に仕込まれているそれは、起動すれば部屋にいる人間を自動で狙うことができる。しかしゲーム前の点検で、故障が見つかったのだ。
『この銃、結構ブレますね』
『プレイヤーが固定されてる状態ならまぁ致命傷は与えられますけど』
『闇雲に使っちゃったら、最悪会場スタッフが死にますよ』
『じゃ、このゲーム終わったら交換しよっか。とりあえず会場スタッフには絶対当てないこと』
『『はーい』』
となると、プレイヤーが自由な状態で銃は使えない。男は『壁A-銃』というシールが貼られたボタンを眺めた。
「はぁー、スタッフ減らすぐらいならもうゲーム終わらせたいんだけど。大型で人要るし」
2人の監視スタッフに聞こえない声で、男は投げやりに呟いた。
(そんなことしちゃったら、客からのブーイング凄そうだけどねー)
「このままプレイヤーが暴れたら大変ですよ!会場スタッフ、武器とか何も持ってないじゃないですか!」
「やばくないですか!?今回、オーナーの彼女さんいるのに!」
考え耽っていた男は、スタッフの言葉で我に帰った。
「あ」
男は気づいてしまった。
今回、自分の恋人がデスゲームスタッフとして働いていること。
女が、元暗殺者であること。
男が、女へのインカムを切り忘れていたこと。
先程、自分が放った独り言。
モニターに映る彼女は、『わかった』と呟いていた。
*
「はぁー」
デスゲーム観戦に浮かれていた客人達は、ソファに座りながらその米神に穴を開けている。そこから滴る液体の色は、男がその人生で嫌というほど見たものだった。
「あーあ」
「……別に殺す必要なかった」
「元暗殺者がプレイヤー惨殺しなければねぇ」
男は疲れたように持っていた銃を放る。男の責める目は、仮面越しでも伝わったらしい。
女は元暗殺者の迫力など嘘のように、部屋の端で丸くなって拗ねていた。少しは反省しているようだ。
男は振り返り、プレイヤー達が映っていたモニターを見る。一応プレイヤーは映っているのだが全て生き絶えており、今はスタッフに運び出されている状態だった。
男は数十分前のことを思い出した。監視室で見た、自分の恋人の立ち回りを。
『なんですか貴方!』
彼女がまずやったのは、“アツト”という名の縄抜けインテリ男子を黙らせることだった。彼が振り回す武器もとい椅子の足を掴み、力任せに振りかぶる。予算のかかっていない安物の椅子だったが、アツトの頭を思いっきり殴れば、彼は意識を失った。
あとは無抵抗のプレイヤーが4人。結果は察すること易し。
縛りつけるのに使った縄。あとは意識を失ったアツトの身体。人の身体が立派な武器になるのだと、主催者の男は改めて思い知った。
「まぁ大盛り上がりではあったんだけどさ」
本当は友情と裏切り、人のドロドロした部分が見れるゲームだった。それが突如、会場スタッフの独壇場と化した訳だが、客人はそれなりに楽しめたようだ。
その後の発言がいけない。
『あのスタッフを私の家で引き抜けないかね』
『それはいい。ボディガードには最適でしょう』
『それにあれは女だ。使い道は幾らでもある。どうだね、結構な額を出すつもりだが』
主催者の男が銃を携帯しているのは、護身のためと、デスゲーム優勝者を殺すため。あとはこういう時のためだった。
「ごめん……」
女が全て悪い訳ではない。そんなこと、男は十分承知だった。だから女の素直な謝罪は、男に響いた。
「いいよ、悪気はなかったんだし」
「……」
「トラブルはこっちの責任だしね」
「それはそう」
「はは」
凹んでいた彼女が少し調子を取り戻した。男は嬉しくなって彼女の仮面を外す。
大きな火傷を負ったその顔は、男が愛おしいと思っているものだった。
「君は仮面がない方が似合ってるよ」
「うん」
散らばる死体の中心で男は女を口説き、女は男に口説かれた。
その空間の異常性に気づくものは誰もいない。
彼らはずっとそうだった。
「で、どうしよっか」
「何が」
「客人死亡の隠蔽。これでもそこそこ権力あるし……。あと、あれだ。隠し銃の修理もいるし。あー業者来てもらわないとな。あ!あと僕この後面接があるし!」
「……」
「……」
男はすぐさま、スマホを耳に当てた。
*
「俺今日有給!!久しぶりに爆睡できると思ったのに!」
「ごめんって、バイトリーダー」