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1話-3


──僕が、全員殺した。


少年は自分の立っている場所を、ただ見つめた。

少し黒ずんだ血液が足元を侵していく。その流れを目で辿ると、倒れた男性へと行き着いた。


『絶対オレ達みんなで、生き残るんだ!』

『逃げろ!』

『オレの、分まで、い、きて、…』


彼の手元には銃があった。これで彼は色んな人を殺した。

僕は、手にもったナイフで殺した。

僕を庇って死んだ、彼の仇をとった。

僕を信じてくれた人たちは、僕を庇って死んだ。

彼ら全員の仇をとった。


ふざけたゲームだった。

これまでの成績に合わせて武器が支給され、20人以上の人と殺し合う。

雑なルール説明に混乱しつつ、チームを組んだり、話し合ったり。

でも結局殺し合うしかなかった。

“賞金10億”という言葉を拠り所にして、みんな人を殺すことを選んだ。

結局僕に残ったのは、血塗られたナイフ。

この中で一番弱い武器だった。


広い会場には血と死体と、銃や斧なんかの武器。

あんなに奪い合ったのに、今は何にも価値がない。

この会場に、もう価値のあるものなんてなかった。


「お待たせしてしまって、申し訳ありません」


悪魔の声が聞こえた。


「……っ!」

「うわ、これ撤収大変そー」


僕たちが何をしても開けられなかった扉は、画面越しでしか会ったことのない男が開いた。

主催者と名乗っていたはずの男は、小声で何やら独り言を呟いている。


「……お前は!」

「いやぁ、おめでとうございます。運とか仲間とか、色々味方にできたらしいですね、バイトの子から聞きました」

「…は?」

「若いのにすごいねー」


ルール説明とは違い、覇気のない話し方に拍子抜けする。しかしそれ故に、男の異常さを感じた。


「……ずっと」

「んー?」

「このゲームに参加してから、ずっと、聞きたかったことがある」

「はい?」

「お前達の、目的はなんだ…?」

「えっとー、お金とか?」


当たり前のことのように彼が放った言葉は、この世界でとても陳腐な欲望だった。


「そんな、ことのために…」

「えぇー、いやその反応よくされるけどさ。大事だよお金」

「そんなことのためにッ!こんなことッ!」

「うんうん、わかったから。この後大型の打ち合わせあるから、小型の後処理に時間かけらんないんだよね」

「何を言って──!」


言葉に詰まったのは、男がスマホをとり出したからだ。

僕たちが焦がれた平和な日常のひと場面のように、男は死体に囲まれてスマホを弄り始めた。


「でね、小型の賞金なんかに10億も掛けられない訳よ」

「は?」

「しかもさー、生かして帰すってことはその人への監視とか色々出費もかさむでしょ?人手不足のこの時代、そんな金にならない仕事できないよね」

「…つまり」

「勝ち残った奴も殺しちゃったほうが早いよねってこと」


僕は察した。僕たちの希望であり、最後の拠り所は存在しなかったわけだ。

僕たちのゴールは全て同じ。過程が違うだけで、みんなで死というゴールを走り抜けただけだった。

僕はナイフを握りしめる。


「よくもッ!!!」


怒りのままに、目の前の男に襲いかかった。スマホでの作業に集中しているらしい男は隙だらけだ。

あと3歩。

男にナイフの先が届くというところで、銃声が響いた。

出所は仮面の男の手元。片手で僕の心臓を狙った男は、最後までスマホから目を離さなかった。


「あ、もしもし〜、お世話になっております。すみません、20時からの打ち合わせなんですが──」


視界が黒く染まる直前、聞こえたのはどこにでもいるサラリーマンのような声だった。





仮面の男は電話を終え、辺りを見渡す。体育館くらいの広さの会場には、点々と死体が転がっていた。

しかし男の興味を引いたのは、頭上にある設備である。


「やっぱりカメラ壊されてるなぁ。次は銃の配給禁止にしよ」


天井付近のカメラが壊されているのを確認し、急いで設備担当へチャットを飛ばす。

転がる死体を綺麗に避けながら、カメラの壊れている部分の撮影を始めた。


「でも対人戦ではあんま銃使ってないのかな。見てないからわかんないけど」


片手間に観察した死体は殆どが切り傷による致命傷で、銃創は少なかった。

しかし全てに共通しているのは、何らかの致命傷を負っていることだろう。


「あーあ」


広い空間で、息を吐くものは一人。

仮面の下の表情を読み取る者は、この場にいない。


「可哀想に」


感情のない言葉が広い空間に浮かんで消えた。

少し間をおいて男は踵を返す。スマホには、自分へ指示を乞うチャットが次々と届いていた。


「仕事に戻っ、うわっ!!」


孤独な男が振り返った先で目にしたのは、こちらを睨む顔だった。

銃を構えてこちらを見つめる男は、確か優勝者の頼れる兄貴分。血だらけで瀕死の彼が立つ理由は、恐らくこのゲームの主催者への憎しみだろう。


「ビックリしたー」

「死ねェ!!!」


背に大きな傷を負っている彼は、放っておけば死ぬだろう。

しかし生死の狭間だった男は、少年を殺した男への憎しみから立ち上がり、自分の命を懸けて一撃を放った。


(これ、客人が見たら大盛り上がりだっただろうなぁ)


銃声が聞こえた刹那、男は呑気にそんなことを考えた。


「ぐはッ!」


結局、彼の決死の攻撃が届くことはなかった。

瀕死の男は背後からの攻撃になす術なく倒れる。

仮面を貫くはずだった銃弾は、鎌のような武器で阻まれた。


「待っててくれて良かったのに」

「遅い」


顔を歪めた男の恋人は、イラついたように手にする武器を放り投げた。プレイヤーが使用していたものを拾ったらしい。

銃弾はリーチのある大鎌で防ぎ、そして右手に握るナイフでトドメを刺したのだろう。素人の為せる技ではない。

男はその小さなナイフが優勝者の少年のものだと気づいたが、特に何も思わなかった。


「ダメだよ仕事しちゃ。君ニートでしょ」

「仕事じゃない。……趣味」

「それはそれで問題だから」


女は何事もなかったように襟を正した。華麗な動きにより返り血すら浴びなかった彼女の姿は、どこからどう見ても只のだらしない女性だった。


「暗殺業、戻りたくないんでしょ」

「うん」

「じゃあ危ないことせず、大人しくしてよねー」


側から見ればただの若い女。ただ見た目で特筆すべき点があるとすれば、右目の周囲に大きな火傷の痕があることだろう。普通の生活で中々お目にかかれないその大怪我は、彼女の人生を物語っていた。

女は転がる死体を無表情に眺めた。


「……私が来なかったら、撃たれてた」

「んー?」

「お前、死んでたよ」


無表情で告げられたはずの事実だったが、そこには恋人らしい感情が見え隠れしていた。男はそれに気付き、仮面の下で微笑んだ。


「僕はいつ死んでもいいって思ってるよ」

「……」

「はいはい、ごめんって。君の世話しないとだもんね」

「うん」


仮面な男は大きく伸びをした。もう彼の視界に死体は映らない。


「ちゃんと生きて」

「どうせ良い財布だと思ってる癖にさぁ」

「あと家政婦。コロッケ食べたい」

「調子いいなぁ」


そう言って彼らは部屋を去っていった。

閉じられた扉の奥には、先程まで生き物だったものが残っている。

しかし男の思考は、もうコロッケのレシピでいっぱいだった。

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