1話-2
午後7時。
暗い空から雨が注がれたその洋館は、デスゲーム会場にピッタリだった。
森に囲まれたそこは、屋敷の他に幾つかの外車と大型バスが停まっている。
おそらくデスゲームの客人のものと、プレイヤーを運ぶ用のものだろう。
『客とプレイヤーを同じ建物に入れるの楽だから助かるんだよね〜。リスク的に小型の客でしか許されないけど』
バスの真横に停まっている軽自動車の運転席で、女は恋人の言葉を思い出していた。
高級車が並ぶ中、明らかに浮いているそれはピンク色の中古車であり、現在デスゲームを主催している男の持ち物だ。
窓を開け、慣れた手つきで紙煙草に火をつける。
女は煙を吐きながら、不安そうな顔で出勤して行った恋人の顔を想った。
*
「ご機嫌麗しゅう!皆様ッ!」
洋館に似つかわしくないモニターだらけの部屋で、男の声はよく響いた。
ゲーム終了という文字がモニターに浮かぶと同時に、大胆に扉を開けた仮面男。
まさか彼がギリギリまで走っていて、汗だくで部屋前に到着していたことなど、客人達には知る由もない。
「ファイナルステージ、楽しんでいただけましたか?」
いかにも変人といった彼の風貌に、十数人いる客人の半数以上は内心怯えていた。
例え豪華絢爛なもてなしをされ、質のいいソファで殺人を眺めるだけだったとしても、このような催しを開く男に恐怖を感じない訳がない。
しかし常連であるらしい小太りの男は、得意げに感想を述べた。
「ははっ、今回も中々に楽しめたよ」
「その様子ですと、勝負事の結果もよろしかったようで」
「あぁ!もちろんだとも!今回は私の一人勝ちだ!」
仮面の男はさりげなくモニターへ目を向ける。
血だらけの会場に立ち尽くしているらしい少年は、確かに彼が一回戦から賭けていた男だった。
「それはよかったです。勝負事抜きでしても、今回のゲームは皆様に楽しんでいただけたかと思います」
男の言葉に、客人たちは次々と首を縦に振る。
彼ら客人はいかにも貴族といった出で立ちで、惨虐な金持ち共だった。
「それでは清算等のお手続きをさせていただきます。あちらにいるディーラーの案内にお従いください」
仮面男の言葉を機に客人は次々と席を立つ。仮面男は案内を任せたバイト数人とアイコンタクトをとった。
といっても屋敷にいる運営スタッフは全員仮面をつけているため、ちゃんと目を見れたかは確かめようがない。
「では、次も期待しておるぞ」
「えぇ。また招待状をお送りいたします」
スポーツ観戦後のように興奮気味の客人達が部屋を出たことを確認してから、仮面男はその場に蹲った。
「はぁ〜〜〜〜、間に合ったぁ!」
そう叫んで、男は仮面を手で覆った。遅れて汗が噴き出てくる。
「よかった!噛まなかったッ!僕本番に強いッ!」
「本番に強いなら、遅刻しませんよね普通」
「ごめんて」
蹲る仮面男に声を掛けたのは、ディーラー服を着た金髪の青年。
例によって彼も仮面をつけており、その目は主催者とは真逆で悲しげで、涙のような血痕の模様があった。
「時給増やすから許してバイトリーダー」
「どっちかっていうと有給が欲しいんですけどねぇ」
青年は呆れたように頭を掻き、主催者の隣へしゃがみ込んだ。
「で、飲酒運転っすか」
「違うよぉ!送ってもらったの!」
「……アンタの彼女、免許持ってましたっけ」
「持ってないけど運転できるって言うから」
「無免かよ」
完全に正論であるツッコミに、男は思わず身を縮こめる。痛いところを突かれたものだ。
「うぅ……」
「まぁこんなことしといて、法律もクソもないですけど」
「えぇ〜!法律大事だよ?」
「はいはい」
「ちゃんと聞こ?」
「さっさとお仕事終わらせて帰ってください。忙しいんでしょ」
そう言ってバイトリーダーは立ち上がる。彼の視線の先には、モニターに映る少年がいた。
「めんどくさいなぁ」
「でも今回のは、ただ仲間と運が良かっただけの少年なんで。先月の元ボクサーとかよりはマシだと思いますよ」
「えー」
バイトリーダーに引っ張られ、男は仕方なく立ち上がった。
気は進まなかったが、駄々を捏ね続けるには自分は長身でいい大人すぎる。絵的に気持ち悪いことを察した男は渋々モニターを見つめた。
「じゃあお願いしますね、優勝者の処理」
「はいはーい」