1話-1
──私の彼氏は、デスゲームで生計を立てている。
女はロールキャベツを食べながら、ビールを開けている向かいの男を見た。
どこにでもあるダイニングテーブルに向き合って座る彼らは、ただの同棲中カップルである。しかしそう言うには奇妙な点が多すぎた。
「はい。ではそんな感じで。あ、はい、遺体処理はこちらで──」
男はPCを弄りながら、誰かと連絡を取っている。肩でスマホを挟む様子は仕事のできる男といった具合だ。
しかしその顔には、怪しげな仮面が付いていた。
黒い三日月のような目と口は不気味な微笑みを描き、そして仮面の下半分には血痕らしき赤い模様。
帽子を取り、着崩したディーラー服の男にはミスマッチだった。
「ん?美味しくなかった?」
「美味しい。ありがとう」
「はーい」
丁度電話の切れたタイミングで、男は女の視線に気づく。女は何でもないように食事を続けた。
「……さっきの撮影」
「んー?」
「新しいゲーム?」
「え、珍しい。興味あるの?」
控えめに頷いた女に、男は大袈裟なほど驚いた。
驚いたと言っても、彼の顔に引っ付いているのは不気味な笑顔。その表情は変わらない。
しかし男の恋人である女には、その下にある彼の感情が手に取るようにわかった。
「そそ!年末の大型に向けた予選のやつ。これまでで1番お金掛かってるから、緊張してめちゃくちゃ噛んじゃうんだよねぇー」
「噛み癖、復活した?」
「そーなの。最近サボってたからさぁー。また早口言葉練習しないと」
恋人が自分の仕事に興味を持ったことが嬉しかったのか、男は上機嫌に仮面の口部分へビールを流し込んだ。器用なことに、ビールは小さく開いた網目状の穴に吸い込まれていく。
「……じゃあ、今も練習した方がいいんじゃないの」
「えー?つっても予選始まるの再来月だよ?1ステの編集がうるさいから早めに動画用意してるだけ〜」
「今日じゃなかったっけ」
「え?」
「ファイナルステージ」
「……あっ」
男が気づいた瞬間、机にあったスマホがけたたましく鳴った。
持ち主は当然、先程まで卓上で仕事をしていた男。着信元には、“バイトリーダー“という文字。
耳を塞ぐ男を無視し、女は応答のボタンを押した。瞬時にスピーカーモードにするのも忘れない。
『何やってんすかアンタ!!』
聞こえたのは若い男の声。その声からは呆れと怒りが半分ずつ聞き取れて、今までの苦労を感じられた。
『やっと繋がった!何回かけても通話中!』
「ご、ごめん。次のゲーム準備忙しくて…」
『だからって現行ファイナルの日取り忘れないでください!もうゲーム始まっちゃいましたよ!』
時刻は午後5時。男が急いで開いた“小型2025C_final_予定表.pdf”では、もうゲーム開始から30分経っていた。
「え、だ、大丈夫そう!?あれだよね、僕ルール説明しなきゃだったよね!?」
『取り敢えず、同じルールの時の動画探して流しました。参加者の質問ガン無視する薄情な主催者になりましたけど』
「おぉ!ナイスプレイ!」
『問題は客人っすね。今はゲームに集中しててどうでも良さそうっすけど』
「あ〜、流石に主催者不在は失礼だよね」
『今回は小型だけあって無駄にプライド高い客多いですし、トラブルになりかねないっすね。てな訳でゲーム終了までに来れます?』
男はバイトリーダーと話しながら用意を始める。ソファに掛けてあったベストを身につけ、長いハットを被れば、すぐにデスゲーム主催者は完成した。
「会場ってどこだっけ」
『あー、あのアクセスいいけどクソ小さい洋館です。えっと、山奥のー。あ、バイトの子の親戚から安値で買ったとこ』
「うん、りょうかい」
『アンタん家から車で2時間くらいですし、まぁギリ間に合うでしょ』
「うん。そうだ、ね──」
「……」
『どうしました?』
デスゲーム主催者コーデが整い、怒る男の声がするスマホを手にし、いよいよ外に出ると言うタイミングで、男の目にはそれが映った。
それはこちらを見つめる彼の恋人、が見せつけるように持っているもの。
ゆらゆらと揺れている、自分が先程まで嗜んでいた缶ビール。
「ごめんバイトリーダー」
『はい?』
「僕お酒飲んじゃった」
『は、』
「だ、からぁ。運転、できない…」
『……』
長い沈黙の後、聞こえたのは大きなため息。女は次に起こることが予想できて、その耳を塞いだ。
『次のデスゲーム、アンタがプレイヤーやれよッ!!!!』
相変わらず仮面は笑っていたけれど、その下で泣きそうな顔をしているのだろう。
そんなことが、女には手に取るようにわかった。