プロローグ
『大変お待たせいたしましたッ!』
その声は、よく通るものだった。
『私がこのゲームの主催者。まぁご気軽に、“仮面の男“とでも呼んでください』
男にしてはトーンの高いその声は、テレビで見る司会者のそれに似てる。
ただ一つ違ったのは、それがどこか乾いていて、冷酷さを含ませるということだった。
「……」
男の声で目が覚めた彼女は、少しイラついたように布団を投げ飛ばしてベッドから降りる。
そして彼女は自室からリビングに繋がる扉を開けた。
『それでは早速ですが、第一ゲームの説明にうつさ、れ、あっ…』
女の目に映ったのは、どこにでもあるマンションのリビング。その真ん中に立つ、怪しげな仮面を着けた男。
長いハットやディーラー服は痩せ型長身の彼によく似合っており、怪しげで只者じゃない雰囲気を醸し出していた。
しかし下半身は、短パンジャージ。白い肌に生えるすね毛は、上半身とは似ても似つかないだらしなさである。
「あーまた詰まったー!ラ行嫌いッ!!」
男はグリーンバックを背にキレていた。怒りの矛先は彼の手にあるペラ紙。
セリフが書かれているらしいそれには、他にもアクセントなどの注意点がメモされていた。今は忌まわしきラ行にマーカーを引いている。
「滑舌緩いからなー最近」
彼の目の前にあるのは三脚とスマホ。どこかのインフルエンサーのように、円形のライトまである。
それら機材の位置から言えば、確かに下半身の正装は必要ないかもしれない。
「……」
「あ、おはよ。起こしちゃった?」
「うん」
男はやっと女の存在に気づき、そして仮面の下で優しげに微笑んだ。
その声はどこにでもいる優男という調子で、先程の底知れなさとはかけ離れている。
「なんか食べる?もう夕方だけど」
「ロールキャベツ」
「好きだねぇ。それ面倒くさいんだけど……」
そう言ってため息をついた男は、高そうなベストをソファに放り、キッチンへと向かった。
仮面を着けたまま料理の準備をし始めたその男は、紛れもなく女の恋人であった。
「いつもありがとう」
「それ言えば許されると思ってるよね?」
仮面越しに睨まれたその女は、伸び切ったタンクトップにパーカーを羽織り、長い髪を雑に括った無表情。毎日寝こけて家事すらしない正真正銘のヒモニートであった。
「ったくー、こっちは新しいゲームの準備で忙しいって言うのに」
そして、彼らの生活を支えているのは、男が主催するデスゲームの収入だった。