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メリトクラシア  作者: Lancer
第5章:希望の階段
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【第42話】★赤瞳残響と偽装再会★

鐘の乱れが告げるのは、日常の終わりか、それとも始まりか。

闇に浮かぶ赤い瞳、そして響いた「資格者」という言葉。

仲間と共に歩むはずの階段で、少年ジェイドは初めて“裏側の気配”と対峙します。

石段を下る空気が、突如として凍りついた。

 湿った闇に沈むはずの空間に――赤が、瞬いた。


 それは瞳だった。

 だが形は曖昧で、見た瞬間にはもう揺らぎ、残像のように闇へ溶ける。

 錯覚か、それとも現実か。判断が追いつくより早く、心臓が脈を乱す。


 次の瞬間、鐘音が裂けた。

 規則を保っていたはずの響きが歪み、ねじれ、胸郭の奥を直接かき鳴らす。

 ジェイドは喉の奥がひきつり、呼吸を奪われたように声を失う。

 鼓動は鐘音と同調するかのように乱れ、脈打つたび全身が後ずさる。


「――っ!」


 背中に冷たい汗が走り、指先はこわばり、逃げる意思などないのに脚が勝手に震える。

 その腕を掴んだのはアイリスだった。

 強く握りしめているはずなのに、細い指は小刻みに震えている。

 「助けて」と言えず、ただ縋るしかない――そんな切実さが伝わってくる。


 フィーネだけが、じっと赤光を見据えていた。

 耳に届かないはずの異音を、彼女は確かに感じ取っている。


「……ノイズ、違う……これ、誰かの声……?」


 呟きは微かに震え、聞いた者の背筋をさらに冷たく撫でた。

 鐘音はなおも乱れ続ける。

 侵入者を拒むのか、それとも誘うのか――答えは闇に沈んだまま。


鐘音の乱れが収束する刹那、その赤光を裂くように影が立った。

 長い外套に包まれた人影――否、ただの人間には見えない。

 闇そのものが形を与えられたかのように、輪郭は不鮮明で、しかし確かに“そこに在る”と知覚できる。


 ジェイドの喉がひとりでに鳴った。

 息を吸ったのか、それとも飲み込んだのか。恐怖と警戒と怒りがないまぜになり、声へと変わる寸前で止まる。


 その存在は、ただ一言だけを放った。


「――資格者」


 低く、湿った声。

 問いでもなく、呼びかけでもなく、ただ“断定”の形で。

 意味を置き去りにする言葉は、鐘音の残響よりも深く胸に沈み込んだ。


「資格者……だと?」


 ジェイドの口から押し出される声は掠れていた。

 怒りより先に苛立ちが走る。

 なぜ赤瞳が現れたのか。なぜこの存在が彼らを前に立ちはだかるのか。

 答えが欲しいのに、返ってくるのは沈黙だけ。


 視線がぶつかる。

 輪郭の定まらぬ影の奥に、確かに目がある。だが、それは人間のものではなかった。

 深淵の底を覗き込むような――反射のない闇色。

 そこには敵意も慈悲もなく、ただ選別者の冷たさだけが宿っている。


「何を意味している……答えろ!」


 ジェイドは声を張り上げる。

 胸の奥で燻る“暴きたい”衝動が、恐怖をねじ伏せて前に出る。

 だが影は動かない。

 鐘音が再び乱れる。返事の代わりに。


 アイリスが小さく身を竦ませ、フィーネは唇を噛んで視線を逸らさなかった。

 圧力は確かにそこにある。

 しかし“説明”は一切ない。


 ――暴くしかない。


 沈黙の中で、ジェイドの胸に決意だけが強く刻まれていった。


重苦しい沈黙を破ったのは、あまりに場違いな声だった。


「――なぁに? こんなとこで震えてたの?」


 軽やかに、嘲るように。

 闇の奥から姿を現したデイジアは、片手をひらひらと振りながら近づいてきた。

 赤瞳の残光を背に、まるで遊戯の駒を弄ぶような笑みを浮かべて。


 ジェイドの胸がざわつく。

 さっきまで張り詰めていた恐怖が、別種の苛立ちへと変わっていく。


「……デイジア」


「んふふ、偶然よ? 偶然。……ま、私が来てあげなかったら、怖くて泣いてたんじゃない?」

 わざとらしく首を傾げ、覗き込む。

 挑発めいた上目遣いは、からかいと挑戦の入り混じった色を帯びていた。


 アイリスは怯えてジェイドの腕を掴む。

 対してデイジアは、その様子を見てわざと鼻で笑った。


「へぇ、守ってもらってるんだ? いいなぁ。……あんたに、そんな余裕あるの?」


 視線が突き刺さる。

 笑っているのに、目の奥は笑っていない。

 軽い言葉の裏に、得体の知れない何かが潜んでいる。


「何の用だ」

 短く吐き捨てるジェイド。

 だがデイジアは肩をすくめ、あざとい仕草で口元を隠す。


「さぁ? 秘密。……でも、“偶然”って信じてくれると助かるな」


 唇に浮かぶ笑みは、まるで“挑発そのもの”。

 そして闇に滲む赤の残響が、その背に重なった瞬間――ジェイドの疑念は確信へと変わった。


デイジアの笑みが闇に溶けていった。

 彼女が立ち去った後も、場の空気は軽くならない。むしろ胸に刺さるざらつきだけが残っていた。


 赤瞳の残響はまだ漂っている。

 目を閉じても消えない、網膜に焼きついたような赤。

 鐘音は静まったはずなのに、鼓膜の奥で余韻が脈打ち、心臓の鼓動と重なって響いてくる。


 アイリスは怯えたまま、ジェイドの袖を握りしめていた。

 フィーネは唇を噛み、何かを言いかけては飲み込んでいる。

 仲間の存在が確かにそこにあるのに、先ほどの影と赤光の印象が、すべてを上塗りしていた。


「……資格者、か」


 ジェイドは低くつぶやく。

 言葉の意味は分からない。だが、放置できない。

 暴かなければならない――その確信が胸に刻まれる。


 恐怖は残っている。だが、それ以上に燃えていたのは誓いだった。

 自分を試すかのように現れた赤い残響に、応えるために。


 ――必ず暴く。

 何者が裏で糸を引こうとも。

 仲間と、自分自身の未来のために。


 闇は静けさを取り戻した。

 だが赤の残響だけが消えず、次なる一歩を促すように階段に漂い続けていた。




































ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

第42話では、ジェイドたちの前に「赤瞳残響」と「資格者」という謎が姿を現しました。

さらに偶然を装って現れたデイジア――その挑発と笑みは、彼女の軽さか、それとも裏にある意図か。


本話のテーマは「違和感」です。

行動ではなく余韻、真実ではなく影。

何かが“始まりつつある”という予感を残して、次話へと続きます。


作者活動リンク

・note(制作裏話や考察)

→ https://note.com/lancer_official


・X(最新情報はこちら)

→ https://x.com/BrcbGhpxvO660fL



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