【第33話】★黒い眼、記録官ヴィオラ★(本編)
監視と封印――黒い眼が見つめるのは、ジェイドの力か、それとも運命か。
記録官ヴィオラがついに直接接触し、アイリス=アールグレイに施された封印が物語の緊張をさらに高めます。
ジェイドの決意と観測者たちの冷徹な視線が交差し、第4章は新たな局面へ。
【第33話】★黒い眼、記録官ヴィオラ★(本編)
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士官学校の朝は静かだった。
だが、その静けさは穏やかさではなく、冷たい膜で覆われているような違和感を含んでいた。
ジェイドは寮から出た瞬間、背筋に冷たいものが走った。
(……見られている)
昨日までの視線とは違う。
ただの好奇や敵意ではなく、もっと深く刺さるような感覚。
それはまるで、心の奥まで覗かれているような――監視。
廊下ですれ違った生徒の誰もが普通に見える。
だが、誰かの視線がずっと背中に貼り付いている気がしてならなかった。
「ジェイド様……?」
アイリスが小さく声をかけてくる。
彼女の声も、今は少し怯えているように聞こえる。
「……何でもない。行こう」
ジェイドはそう答えたが、その目は周囲を警戒していた。
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午前の講義が終わるころ、ジェイドは窓の外に違和感を覚えた。
視線を向けると、遠く廊下の影から一人の女性が立っていた。
記録官ヴィオラ。
彼女は黒い眼でこちらを見ていた。
表情は無表情で、瞳は一切の感情を宿していない。
だが、その視線には圧倒的な存在感があった。
ジェイドは息を呑む。
(あれが……監視の正体か)
ヴィオラは何も言わず、ただ一度だけ軽く頷いた。
そして影の中に消えていった。
その残滓だけが、ジェイドの胸に重く残った。
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その日の夕方、ジェイドは人気のない廊下を歩いていた。
講義を終えた生徒たちはすでに寮へ戻り、辺りは静まり返っている。
そんな中、足音もなく現れた影があった。
「――ジェイド・レオンハルト候補生」
背後からかけられた声は冷たく、研ぎ澄まされた刃のようだった。
振り返ると、そこに立っていたのは記録官ヴィオラ。
「白い軍服を纏い、深い赤茶の髪を後ろで束ね、その瞳は深い闇のように冷たい。」
「……あんたが、俺を見てたのか」
ジェイドが警戒を隠さず問いかける。
ヴィオラは感情を一切表さず、淡々と告げた。
「あなたは観察対象です。記録継続の対象でもあります」
「観察対象……?」
「はい。あなたの行動、言動、そして“選択”は記録されています」
ジェイドは眉をひそめる。
「俺を監視してるってわけか」
「そう解釈しても構いません。ですがこれは、あなたを害するためではない」
ヴィオラの声は冷静で、同時にどこか優しさを隠し持っていた。
「一つ、忠告をしておきます。――あなたの周囲の者たち、とりわけアイリス・アルトゥナ。
彼女の魔力は制御が不安定で、封印が必要になるでしょう」
ジェイドの目が鋭くなる。
「封印……だと?」
「彼女を守るためです。今のままでは、彼女自身が危険に晒される」
その言葉に、ジェイドは拳を強く握りしめた。
(守るため……それでも、彼女にとっては鎖だ)
ヴィオラは静かに歩み寄り、真っ直ぐにジェイドの目を見る。
「あなたが彼女を守るのですか。それとも私たちに委ねますか」
彼は一瞬も視線を逸らさず、低く答えた。
「俺が守る」
ヴィオラは微かに口角を上げた。
「……いい答えです。では、あなたがその言葉を守れるか――見させてもらいます」
そう言い残し、彼女は闇に溶けるように姿を消した。
ジェイドの胸には、重い緊張と燃えるような決意が残った。
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---ーー「夜間(門限前)」ーーー
ジェイドは寮の一室でアイリス=アールグレイと向かい合っていた。
窓の外では月が雲に隠れ、部屋の灯火が小さく揺れている。
しかし、その穏やかな空気を破るように、アイリスの呼吸が乱れ始めた。
「……っ、ジェイド様……」
紫の瞳がわずかに光り、褐色の肌に冷たい汗が浮かぶ。
彼女の体から淡い魔力の粒子が溢れ出し、空気が震えた。
「アイリス! 落ち着け!」
ジェイドは彼女の肩を掴み、呼びかける。
だが魔力は制御を失い、部屋の中で火花のように散り始める。
> (くそ……昨日からずっと不安定だったのか!)
その瞬間、扉が開く音がした。
現れたのは記録官ヴィオラ。
ダークレッドの髪を揺らし、黒い眼で二人を見据える。
「予想より早い暴走です。――抑えます」
彼女は冷静に杖を掲げ、青白い封印魔法を展開した。
紋様が床に浮かび、光の鎖がアイリスの体を優しく絡め取る。
「やめろ!」
ジェイドが叫び、ヴィオラに掴みかかろうとした。
しかし彼女は一瞥だけでジェイドを制し、低く告げる。
「これは保護です。彼女を傷つけるものではない」
光は静かにアイリスを包み、暴走しかけた魔力が収まっていく。
彼女はジェイドの胸に倒れ込み、浅い息をついた。
「……ごめんなさい、ジェイド様……」
ジェイドは彼女を抱きしめ、震える声で答える。
「謝るな。何も悪くない」
ヴィオラは魔法陣を解除し、冷静に言った。
「彼女の封印は一時的な安定を保ちました。しかし、完全ではありません。
再び暴れれば、もっと強い封印が必要になります」
ジェイドはヴィオラを睨みつけた。
「そんな鎖、彼女にはさせない」
ヴィオラは静かに首を振り、闇の中へ消えていった。
残されたのは、眠るアイリスと怒りに燃えるジェイドの眼だけだった。
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アイリス=アールグレイを抱いたまま、ジェイドは深く息を吐いた。
彼女の呼吸は落ち着いていたが、その表情はどこか苦しげだ。
> (守るって決めたのに……俺は何もできなかった)
胸の奥で悔しさが渦巻く。
ヴィオラの冷たい視線、封印魔法の光――すべてが彼の心を刺した。
「俺が……守るって言ったのに」
ジェイドは小さく呟き、拳を握りしめる。
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その夜、彼は一睡もできなかった。
窓の外には塔がそびえ、月明かりが雲間から顔を出す。
ジェイドは窓辺に立ち、拳を握ったまま闇を見つめた。
「ヴィオラ……あんたが何を見極めたいのか知らない。
でも、俺はもう誰にも奪わせない。アイリスも、俺の道も」
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翌朝。
ジェイドが校舎へ向かう途中、再びヴィオラの姿があった。
彼女は影の中から現れ、無表情に彼を見つめる。
「決意は固まりましたか?」
「当たり前だ。俺は俺の力で、全部守る」
ジェイドは強い眼差しで答える。
ヴィオラは一瞬だけ黒い眼を細め、微かな笑みを見せた。
「――それを証明しなさい。すべてを記録して、私が見届けます」
そう告げると、彼女はまた影に溶けた。
ジェイドは胸の奥に燃えるものを感じながら、空を見上げる。
> (必ず強くなる。誰にも縛られない力を……!)
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同じ夜、学院のとある一室。
窓は厚いカーテンで閉ざされ、光は漏れない。
そこには黒いローブを纏った数人の影が集まっていた。
机上には魔力で動く記録装置が置かれ、光の粒子が映像を投射している。
そこには――ジェイドがアイリス=アールグレイを抱きしめる姿、
そしてヴィオラが封印を施す光景が映し出されていた。
「対象No.134、観測続行。封印は一時的に安定」
「……彼はまだ未熟。しかし、力を秘めている」
「監視を続けろ。いずれ覚醒する。その瞬間を逃すな」
低い声が交わされる。
その目は冷徹で、彼らは感情を見せない。
最後に、中心に座る人物が静かに言った。
「黒い眼が見ている限り、逃れることはできない。
記録はすべてを暴く――」
映像が消え、闇だけが残った。
その闇は、学院全体に静かに広がっていく。
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学院の夜は深まり、門限を過ぎた校舎は静寂に包まれていた。
しかし、静けさは安らぎではなく、張り詰めた糸のように緊張を孕んでいる。
> ――黒い眼はすべてを見ている。
ジェイドは窓辺に立ち、闇を睨みつけた。
胸の奥ではまだ熱が燃えている。
アイリスを守る、その誓いは決して揺るがない。
だが彼は知らない。
その誓いさえも、すべて記録されていることを。
黒い眼は、観測者として微動だにせず――
影はさらに濃く、次なる局面を待っていた。
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黒い眼はただ記録するだけではなく、試し、見極めます。
アイリスの封印、ジェイドの誓い、そして審問庁の影――。
すべてが少しずつ絡み合い、物語はより深い闇と真実へ進んでいきます。
次回、第34話★静かな謀略★(本編)
学院で起きる不可解な事件、そして新たな転校生の影が物語に波紋を広げます。
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