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メリトクラシア  作者: Lancer
★【第4章】《学園編》★ テーマ:階級を超えた友情と成長
36/88

【ep.4.5】★檻の外で、ふたたび★ 副題:「救い」としての再会/本編第4~5話間・補完視点回

これは、第4話と第5話の間で描かれた、もうひとつの“始まり”。


アイリスの記憶に刻まれたあの瞬間。


誰にも届かなかった“助けを呼ぶ声”に、最初に気づいたのは――少年だった。

王都の朝は、いつになく静かだった。

試験の熱気が去った街角に、涼やかな風が通り抜ける。

その中を、二人の影が並んで歩いていた。

ジェイドとアイリス。

何気ない沈黙の中、ただ肩を並べて歩くだけの――そんな時間。

だが、その“何気なさ”の中に、彼はふと違和感を覚える。

「……アイリス?」

呼びかけに、彼女は小さく肩をすくめた。

目は伏せられ、唇は言葉を探している。

「……あの時のことを、思い出してたの」

「似ていたから……あの人に」

そう呟いた瞬間、アイリスの視線が曇る。

──そして、記憶が静かに再生を始める。


街の空気が、ぴたりと止まった。

石畳の上、陽も落ちかけた王都の大通り。

その片隅で、アイリスは地面を見つめ、膝をついていた。

「笑ってごらん」

カール=ベレヒトの声が、甘く響く。

「君は綺麗だ。でもね……感情はいらないよ。

 黙って咲いていればいい。余計な思考は、醜くなる」

アイリスは言われたとおりに微笑んだ。

自分の顔がどうなっているのかも、もう分からなかった。

それでも、正しいと思った。

そうしなければ、生きてこられなかったから。

「……なんだい、その顔は?」

カールの口調がほんの少しだけ変わる。

「ずいぶん不服そうだね。……戦争奴隷のくせに、偉そうじゃないか」

ゆっくりと振り返った彼は、薄く笑う。

「また、あの商人のところに送り返してやろうか?

 ……いや、もっと酷い場所に売ってやってもいい」

喉の奥が、きゅっと締めつけられた。

吐き気のような感覚が、身体の奥から這い上がってくる。

そのときだった。

カールの背後から、ひとりの男が現れた。

分厚い唇。卑しい目。

男は舐めるようにアイリスを見つめながら、ねっとりと笑う。

「少しばかり傷物でも、味には関係ない。舌で躾けりゃあ、どうとでもなる」

カールがふっと笑う。

「彼とは取引中でね。君の“価値”が落ちたら、引き渡す予定なんだ」

男の手が伸びる。

アイリスの頬に触れようとする、その瞬間――

「い……いや、やめて。やめてください……!」

アイリスは、声を震わせて身を引いた。

手をはらい、顔を背けようとする。

必死だった。今にも壊れてしまいそうな声だった。

「おい、暴れるな。何を抵抗している?」

男が舌打ち混じりに、カールを見やる。

「……まずいな。これ以上は目立ちすぎかもな」

そのときだった。

カールの顔がゆがみ、怒声が響き渡る。

「この奴隷め! 目障りだ! 下がってろ!」

その声が響いた、ほんの刹那後だった。

「――アイツが、目障りなのは、お前の方だろ」

風を裂いて飛び込んできたのは、少年の怒鳴り声だった。

周囲の空気が、ビクリと震える。

アイリスが顔を上げると、彼がいた。

あの時の少年。あの瞳。

腹の底から絞り出したような声だった。

「お前には……アイツが人に見えないのかよ!」

一歩、また一歩と、ジェイド・レオンハルトが踏み出す。

周囲の視線をものともせず、真っ直ぐに、カールと男を睨み据えていた。

「お前が“ご主人様”だろうが何だろうが関係ない。

 アイツを、そんな目で見る奴は──絶対に、許さない」

カールが、一瞬言葉を失った。

「……誰だ、お前は」

「関係ねぇよ。通りすがりの“試験帰り”だ」

そのとき。

「もう十分です」

別方向から静かな声が届く。

現れたのは、ローブを纏った若い女性――ユミナだった。

「あなたの行動、すべて監視済みです。カール=ベレヒト氏。

 本件は審問庁により記録済み。貴族特権を濫用した不当行為とみなされます」

「な……!」

カールの顔色が変わる。

そして、もうひとつの存在に目を向けて青ざめた。

ユミナの背後に控えていた、国家徽章を掲げた近衛兵。

「この件、正式に報告させていただきます。……さあ、お引き取りを」

カールが無言で舌打ちをし、男を引き連れて消えていく。

残されたのは、まだ震えるアイリスと、

彼女に手を差し伸べた少年だけだった。

「……大丈夫か」

声が、優しかった。

それだけで、胸の奥がほどけていくような気がした。

「……ありがとう」

アイリスは、初めて自分の意志でそう呟いた。

(――その声が、檻の鍵を外す音に、似ていた)

少年の手を借りて立ち上がったアイリスは、もう一度だけその背を見つめた。

朝の光が射しこむ街角で、ほんの一瞬だけ、“檻の外”に風が吹いた気がした。

合格発表は、まだ先。

けれど、あの声があったから――

今日という日は、確かに少しだけ、違って見えた。


あの日、あの声がなかったら。


少女の人生は、違っていたかもしれません。


本編で描かれた“出会い”の裏には、確かに、もうひとつの物語があったのです。


そして、この“救い”が、やがて彼女の“誓い”に変わっていく――。

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