【第24話】★静謐なる余燼(しずけきよすが)★
【後日談編、静かに始動──】
前話までで描かれた決闘は終わり、今話はその余波と“その先”を描く回です。
勝利とは何か。
選ばれるとはどういうことか。
静けさの中で揺れる感情と、“見えない視線”の存在。
本作の根幹となる「審問庁」や「監視社会」の構造が、ついに本格的に動き出します。
控室の空気は重く、ひどく静かだった。
あれほどの歓声が鳴り響いていた闘技場の裏側に、音という音は存在しない。
ジェイド・レオンハルトは剣を抱え、ただ椅子に腰を下ろしていた。
乾いた汗が額を伝い、指先には未だ微かな震えが残っていた。
──終わった。
けれど、心はどこか置き去りのままだ。
(……本当に、終わったのか?)
勝ったのは自分だった。誰もがそれを認めた。
だが、実感は遠い。
まるで、まだ戦いの只中にいるようだった。
その静けさが、逆に現実味を削ぎ落とす。
ジェイドは、かすかに手を開いた。
その掌には、血の跡と汗の跡。
剣の感触が、まだそこにあった。
──それでも、彼は立ち上がらなければならなかった。
勝者として、次へ進む者として。
ノックの音。
扉の先にいたのは、ユミナだった。
近衛の制服から式典用の装いに着替えた彼女は、いつになく厳しい面持ちをしていた。
「ジェイド・レオンハルト。これを」
差し出されたのは、厚紙で封印された文書。
蝋封が施されており、紋章は──審問庁。
「これは……?」
「君は今日の勝利をもって、特例対象として認定された」
ユミナの声は、どこか機械的だった。
式典的な言葉を述べているはずなのに、温度がなかった。
「以後、君は“134番”として登録される。審問庁付き、監視対象として──」
何かを告げる鐘が、遠くで鳴ったような気がした。
それは“勝利”ではなかった。
むしろ、“番号”を与えられたことによって、自分が人間でなくなったような錯覚。
封筒を手にしたジェイドは、ただ静かに頷くことしかできなかった。
観客席でその様子を見ていたアイリスの顔が、不安げに揺れていた。
式典が終わり、控えの廊下でジェイドは再び立ち止まった。
視線を感じた。
振り返ると、アイリスがいた。
彼女は、一歩だけ前に出た。
でも、何も言わなかった。
「……アイリス」
ジェイドが名前を呼ぶ。
その声に、アイリスの肩がほんの少しだけ揺れた。
「ありがとう。でも、もう、迷惑はかけません」
その言葉に、ジェイドは言葉を失った。
(迷惑なんて……思ってない)
(ただ、助けたかっただけなのに)
けれど、口には出せなかった。
そして、アイリスもそれ以上何も言わず、すっと姿を消した。
残されたジェイドの胸に、微かな痛みが残った。
その日の夜、ジェイドは再び城の奥深くに呼び出された。
ロータス大統領は、彼を一人の部屋に通し、静かに言った。
「お前は“見られる側”から、“見る側”になった」
その意味を、ジェイドはすぐには理解できなかった。
「番号を与えるということは、名を奪うことに似ている」
「……」
「これからも選ばれ続けよ。力だけではない。眼差しと、覚悟もだ」
そう言いながら、ロータスは黒い印の書かれた封筒を差し出した。
「お前の魔力は、まだ未解放だ。封印の全ては解かれていない」
ジェイドの瞳が揺れる。
「その時が来たら、選べ。お前が望む世界のために、力をどう使うかを──」
静かに、夜の帳が降りた。
アイリスは屋敷に戻っていた。
月明かりの差す部屋で、一人ベッドに座り、ただ俯いていた。
ぽろり、と涙がこぼれる。
でもその涙は、以前ほど尖っていなかった。
どこか、優しくなっていた。
(ジェイド……)
一方、ジェイドは屋上の空を見上げていた。
闘技場の照明はすでに消え、空には静かな星が浮かんでいた。
「……あの日と、同じ空だ」
──でも、もう迷わない。
彼の瞳はまっすぐ前を向いていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!。
今回の話は、主人公ジェイドが試合後に“番号付き”の監視対象として登録される、いわば裏側の本編でした。
物語は第4章に入り、学院・派閥・そして“国家の裏側”をテーマとした新たな局面へ移行します。
また、本エピソードの補足・伏線解説は【NOTE公式アカウント】にて公開スタートしました。
解説記事:https://note.com/lancer_official
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