【第3話】★選ばれざる者たち(リライト版)★
試験2日目。
昨日の疲れが残る中、俺は目を覚ました。体は重い。でも、心は静かだった。
——今日こそが本番。
昨日の科目は“導入”。今日は、すべてを決める日だ。
王都の試験会場には、昨日よりもさらに多くの受験者が集まっていた。
緊張に満ちた空気。ざわめきの中に、焦燥と諦めが混ざっているのが分かる。
(……昨日見かけた三十代のあの人も、また来てる)
(何度でも挑戦できる。でも……)
——何度も落ち続けている人も、いるってことだ。
そんな中で、俺は一人。
誰にも頼らず、誰にも守られず。
でも、それが俺のやり方だ。
最初の科目は、基礎学力の本試験。
問題文は難しくなっていたが、内容には見覚えがあった。
何度も繰り返した問題集の応用編。わかっている。わかっているのに——
手が震える。ペンが汗で滑る。
頭が真っ白になりそうだった。
(……落ち着け。落ち着け、俺)
ひとつの問題に時間をかけすぎてしまった。
焦りが追いかけてくる。他の問題を、急いで埋めていく。
解答用紙を提出する時、試験官の一人がちらりと俺を見た。
その視線が、妙に冷たく感じた。
(まただ……見下されてる?)
次は、魔力量測定。
魔力を感知する石に手を置くと、じんわりと温かさが広がる。
けれど数秒後、石の色は“中庸”を示す白に落ち着いた。
「中等、安定値……異常なし」
同じ言葉。昨日と同じ評価。
だがその瞬間——別の女性試験官が、隣の男に何かを囁いた。
耳打ちされた男が、一瞬だけ目を細め、俺の方を見た。
(まただ……あれは何なんだ?)
俺にはわからない。けれど——昨日と同じ“違和感”が、胸の奥に沈殿していく。
最後の科目は、倫理判断試問。
個別ブースに入り、机越しに試験官がこちらを見ている。
「飢えた子供を救うために、罪を犯すことは正しいか?」
唐突な問いに、一瞬、答えを失った。
でも、俺は言った。
「正しいかどうかなんて、わかりません。でも……俺だったら、その子を見捨てたくないと思います」
試験官は無言のまま、記録用紙にペンを走らせていた。
それだけで終わりかと思った、その時——
「もう一つ、追加で尋ねます」
試験官の声が、淡々と続いた。
「あなたの家族を救うために、他人を犠牲にすることは正しいと思いますか?」
……重たい問いだった。
答えが出ない。けれど、それでも——
「たぶん……それでも俺は、誰か一人のために、誰かを見捨てることには、耐えられないと思います」
正しいとは、言えなかった。
でも、それが俺の正直な気持ちだった。
全試験を終え、俺は会場を出た。
夕焼けが空を染めていて、まるで炎のようだった。
(燃えてるみたいだ。俺の中にも、何かが……)
塔の影が、長く、長く伸びていた。
高く、遠く、触れられない場所にあるように見えたけど——
その時だった。
遠くから、ひとつの視線を感じた。
振り返ると、ひとりの記録官がこちらを見ていた。
何かを“記憶する”ような目で、じっと。
(……今のは、誰だ?)
だが、その姿は夕焼けの中に紛れて、すぐに見えなくなった。
それでも、俺は、あそこを目指している。
どれだけ異端だって、笑われたって。
——夢を持つことが、間違いだなんて、俺は思わない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第3話「★選ばれざる者たち(リライト版)★」では、
ジェイドの“判断”と“信念”が、初めて試される場面が描かれました。
ただ知識を問われるだけではない。
この国の試験は、その人間が何を信じ、何を選ぶかまで見ている。
魔力量は「中等、安定値」——
一見平凡な評価に隠された違和感、
試験官たちの視線、囁かれる何か。
そして、誰にも評価されないかもしれない“優しさ”。
それらすべてが、やがて意味を持ち始めます。
この物語では、「正しさ」と「生き方」の間で揺れる少年たちの姿を、
一つずつ丁寧に描いていきます。
次回【第4話】では、ついに“彼女”が登場します。
ジェイドの選んだその「優しさ」が、誰かを救う日が来るのか。
それとも、異端の夢は再び打ち砕かれるのか——
どうか、見届けてください。