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メリトクラシア  作者: Lancer
番外編3
28/88

★【第23話】約束の刃、交わる影★

──“立つ”ということは、誰かの視線に晒されるということ。


階級も、血統も、未来さえも決められたこの国で。

それでも、少年はただ“勝ちたい”と願った。


挑発、罵倒、優越──

それらすべてを、剣と心で越えてゆく。


これは、“選ばれなかった者”が、選ばれる者たちに挑む物語。

その瞬間、魔力が、沈黙のなかで咆哮する──



──静寂が、闘技場を包んでいた。

 魔力の余波は、まだ地を這うように漂っている。

 割れた地面。焦げた空気。全てが「何かが起きた」ことを証明していた。

 ジェイドは膝をつきかけたまま、肩で息をしていた。

 視界はぼやけ、指先には痺れが残る。

 それでも、彼の目は──真っすぐに、ただ前を向いていた。

「……下層の分際が、僕を……!」

 ライナルト=グロースの声が、苦々しさと混乱を孕んで響く。

 彼の顔には、初めて“焦り”がにじんでいた。

 それが観客にも伝わったのか、会場は妙な沈黙に包まれている。

 ──あの少年は、何をしたのか?

 まだ、誰も答えを持たない。

 ただ一人、実況席のエス=ミュールがぽつりと呟いた。

「……ねえ、ユミナ。今の、見た?」

 ユミナは腕を組みながら、目を細めていた。

「見たわ。……彼は、魔力を“放った”だけじゃない。制御は未熟。でも……」

「うわ、怖……これ、マジで“開花”じゃん……」

 エスの声が震えかける。だが、それは恐れよりも──興奮だった。

 それが、すべての始まりだった。

「……終わらせようか」

 ライナルトが、剣を構え直す。

 その背後で、冷気のうねりが走った。

「──我が血に刻まれし凍光の誓い」

 詠唱が始まる。

「幾星霜を越えし声が、今も響く」

 言葉に応じて、足元の空間がきしみ始める。

 温度が下がる。空気が凍る。

「我が名に懼れを抱くな、ただ前を見よ」

 その言葉は、敵ではなく己に向けた“律”だった。

「絶対零度の刃よ──」

 視界が白く染まる。

「応えろ、《封氷牙・真式ヒュプノ・ファング・アルター》!!」

 詠唱の終わりとともに、氷刃がその姿を現す。

 それは空間の“縫い目”を切り裂くような一撃だった。

 ジェイドは、対峙していた。

 見えない何かを、感じ取るように。

 ──ドクン。

 心臓の音が、また鳴る。

 彼の足が動いた。

 考えるよりも先に、動いた。

 氷の刃が、彼の左を裂く寸前で──

 剣が閃いた。

 それは、まるで“誘われる”ような動きだった。

 あの夜、ロータスが言った。

《選ばれるべきは、見ている者だ》

 ジェイドは、見ていた。

 空間のうねりも、魔力の流れも──

 そして今、感じていた。

 風が止み、全てが“ひとつ”に繋がる一瞬を。

瞬間、視界が閃光に包まれた。

 ジェイドの剣が、ライナルトの“封氷牙”を真っ向から断ち切ったのだ。

 氷の空間が砕け散る。

 宙に舞った結晶が、陽光にきらめいていた。

「なっ──!」

 ライナルトの声がかすれる。

 咄嗟に後退するが、その動きは一瞬、迷いを含んでいた。

 ジェイドは追わない。

 ただ静かに──剣を、下ろす。

 観客席にざわめきが走った。

「……見たか、今の……!」

「ありえない……空間魔法を“切った”……?」

「下層の子供が……どうして──」

 エスの実況も、数秒間、途切れた。

 だが、やがて。

「……これって、やばいわね。あたし、好きになっちゃうかも♡」

 明るく毒気のある声が、場の緊張を溶かした。

 その瞬間、空気が変わった。

 全体の“評価”が、まるで潮が引くように塗り替えられていく。

 ジェイドが見上げた空は、晴れていた。

 ただ──胸の内は、静かだった。

(……届いた)

 魔力の奔流が、徐々に落ち着いていく。

 そして──ユミナの声が、静かに告げた。

「勝者、ジェイド=レオンハルト。……ただの下層じゃない」

 その言葉は、審問庁にも、観客にも、確かに届いていた。

静まり返った観客席で──ひとつ、ぴくりと震えた気配があった。

 それは、アイリスだった。

 瞳が揺れる。口元に、ほんのわずかな微笑が浮かぶ。

「……よかった」

 それは、誰に言うでもない、呟きだった。

 だがその声は、確かにこの瞬間のすべてを映していた。

 その視線の先に立つ少年──ジェイド。

 彼の背中に、確かに“希望”が灯っていた。

 ──そして、もうひとつの視線。

 高座から見下ろす審問庁の記録官、ヴィオラ=スティルネン。

 その手には、魔力の封緘印が浮かび上がっていた。

 それは、“記録”の発動の兆候──

「……No.134、覚醒反応、段階Ⅱ。記録、継続」

 誰にも聞こえぬ声で、彼女は静かに告げた。

 それは、ジェイドが“見られる者”から“見る者”へと変わることを意味する、ひとつの証だった。

 そして。

「……“彼”が目覚めたとき、何が動くか……」

 ユミナの独り言のような呟きが、誰にも届かぬ形で空に消えていった。

──ざわつく観客席。

 その空気が、次第に“静寂”へと飲み込まれていく。

 そして。

「……ここから先は、誰にも見せないわ」

 エスが、マイクを置いた。

 場違いなほどに軽やかだったその声音。

 だが、そこには確かな“意志”があった。

 直後、実況席の水晶スクリーンが闇に包まれる。

 音も、映像も、全てが遮断された。

 ただひとつ──“沈黙”だけが広がっていた。

 まるで、世界の切り替えを告げるように。

 

 ──そのとき、画面が切り替わる。

【特別章】

《審問庁記録ファイル:No.134 - J・レオンハルト》

 

 これは、“少年”の闘いの記録ではない。

 “覚醒”の兆しに対する、“審問”の始まりである。



ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。

第3章《決闘編》は、主人公ジェイドの“覚醒”と“認知の転換”を描く、物語のひとつの節目です。


読み手の皆さまが「胸が熱くなった」「あの実況の一言で涙が出た」と感じてくださったなら、執筆陣一同これ以上ない喜びです。


また、この章から本格的に“語られない情報(黙示構造)”と“国家中枢の観測”が交差し始めます。

それはつまり、この作品の構造そのものが伏線であることを、そっと提示したつもりです。


次章では“学院”という舞台で、友情と派閥、そしてさらなる陰謀が少年たちを待ち受けます。

よろしければ、次の一歩も共に──。


また、階段の先で会いましょう。



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