【番外編③】★夜明けのまなざし★
これは、泣いた夜の“その続き”。
ほんの少しだけ、名前を呼ぶ距離が縮まった朝。
ジェイドとアイリス──
まだぎこちなく、でも確かに「信頼」へと踏み出す、
ふたりの小さな“まなざし”の物語。
まだ空は、ほんのりと青みがかった灰色だった。
屋敷の窓から、淡い光がカーテン越しに差し込んでいる。
その柔らかな朝の気配に包まれながら、アイリスは、静かに目を開けた。
隣にある、あたたかな気配に気づいて──けれど、すぐに瞼を閉じる。
(……昨日、あんなに泣いてしまって)
(恥ずかしい……でも……あたたかかった)
聞こえてくるのは、規則的な呼吸。
少し寝ぐせのついた髪が、彼女の額すれすれにある。
(まだ……ご主人様、寝てる?)
そっと息を殺したその時だった。
「……おはよう、アイリス」
それは、不意に、でも優しく投げかけられた声。
──名前。
「え……」
アイリスは小さく身を起こし、信じられないというように彼を見つめた。
「い、今……わたしの、名前……?」
ジェイドは少しだけ頬をかきながら、照れ隠しに目をそらした。
「……その、仮保護って言い方、変だし。
なんか……もうちょっと、ちゃんと呼んだほうがいいかなって」
言葉を選ぶように口ごもるその姿が、アイリスには何より嬉しかった。
「……はい」
目元が、ふるふると揺れる。
「……それだけで、救われるんです。わたし……」
「おいおい、また泣くのか。朝から……」
ジェイドが苦笑しながらタオルを探す仕草に、アイリスは首を振る。
「……嬉しいから、です」
小さく、でも確かな声。
窓辺のカーテンがふわりと揺れ、風が頬をなでた。
ジェイドは、そっと彼女の髪を撫でながら言った。
「……これから、毎朝、ちゃんと名前で呼ぶよ」
アイリスは、静かに頷いた。
その瞳の奥に、夜にはなかった“光”が灯っていた。
本編では描かれなかった、「名前を呼ぶ」という最初の一歩。
言葉がなかった夜の続きに、
言葉が生まれる朝があった──
このまま、ふたりの距離が、少しずつ縮まっていくことを願って。
《本編時系列:第7話「★目覚めの階段★」直前》




