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メリトクラシア  作者: Lancer
番外編3
22/88

【番外編③】★夜明けのまなざし★

これは、泣いた夜の“その続き”。


ほんの少しだけ、名前を呼ぶ距離が縮まった朝。


ジェイドとアイリス──

まだぎこちなく、でも確かに「信頼」へと踏み出す、

ふたりの小さな“まなざし”の物語。

まだ空は、ほんのりと青みがかった灰色だった。

 屋敷の窓から、淡い光がカーテン越しに差し込んでいる。


 その柔らかな朝の気配に包まれながら、アイリスは、静かに目を開けた。

 隣にある、あたたかな気配に気づいて──けれど、すぐに瞼を閉じる。


(……昨日、あんなに泣いてしまって)

(恥ずかしい……でも……あたたかかった)


 聞こえてくるのは、規則的な呼吸。

 少し寝ぐせのついた髪が、彼女の額すれすれにある。


(まだ……ご主人様、寝てる?)


 そっと息を殺したその時だった。


「……おはよう、アイリス」


 それは、不意に、でも優しく投げかけられた声。


 ──名前。


「え……」


 アイリスは小さく身を起こし、信じられないというように彼を見つめた。


「い、今……わたしの、名前……?」


 ジェイドは少しだけ頬をかきながら、照れ隠しに目をそらした。


「……その、仮保護って言い方、変だし。

 なんか……もうちょっと、ちゃんと呼んだほうがいいかなって」


 言葉を選ぶように口ごもるその姿が、アイリスには何より嬉しかった。


「……はい」


 目元が、ふるふると揺れる。


「……それだけで、救われるんです。わたし……」


「おいおい、また泣くのか。朝から……」


 ジェイドが苦笑しながらタオルを探す仕草に、アイリスは首を振る。


「……嬉しいから、です」


 小さく、でも確かな声。


 窓辺のカーテンがふわりと揺れ、風が頬をなでた。


 ジェイドは、そっと彼女の髪を撫でながら言った。


「……これから、毎朝、ちゃんと名前で呼ぶよ」


 アイリスは、静かに頷いた。


 その瞳の奥に、夜にはなかった“光”が灯っていた。

本編では描かれなかった、「名前を呼ぶ」という最初の一歩。


言葉がなかった夜の続きに、

言葉が生まれる朝があった──


このまま、ふたりの距離が、少しずつ縮まっていくことを願って。


《本編時系列:第7話「★目覚めの階段★」直前》



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