【第2話】★塔と街の影★
試験当日。
俺は、少しだけ早く目を覚ました。体の奥が重い。でも、不思議と心は静かだった。
——今日、俺の人生が変わる。
そのために積み重ねてきた日々が、試される。
王都の試験会場には、昨日よりもずっと多くの人がいた。
貴族風の家族に囲まれた少年、従者を連れた少女。中には、俺よりずっと年上の男もいた。
(……あの人、三十代くらいか?)
(そっか、年齢制限はないんだ。何度でも挑戦できる。でも……)
——何度も落ち続けている人も、いるってことだ。
そんな中で、俺は一人。
誰にも頼らず、誰にも守られず。
でも、それが俺のやり方だ。
最初の科目は、基礎学力。
問題文は、すんなりと頭に入ってきた。何度も繰り返した問題集の感覚と同じだ。
けれど、ペンを持つ手が汗で滑る。視線を感じる。どこかで、誰かが笑っている気がする。
(……気のせいだ。集中しろ)
気づけば、問題の一つに長く引っかかっていた。
考えすぎて時間を使いすぎた。他の問題は、急いで埋めるしかなかった。
解答用紙を提出する時、試験官の一人がちらりと俺を見た。
その視線が、妙に冷たく感じた。
(見下されてる……?)
次は、魔力量測定。
魔力を感知する石に手を置くと、じんわりと温かさが広がっていく。
けれど数秒後、石の色が“中庸”を示す白に落ち着いた。
「中等、安定値……異常なし」
試験官がそう言ったあと、別の女性試験官が控えめに何かを囁いた。
耳打ちされた男が少しだけ目を細め、俺の方を見た。
(今、何か言った……?)
俺にはわからない。けれど——何かが、少しだけ違った気がした。
その直後、名簿読みが始まった。
その瞬間——会場が、一瞬だけ静かになった。
「ジェイ……」
試験官が言葉を詰まらせた。
ほんの一拍の間のあと、別の試験官が続ける。
「ジェイド・レオンハルト。確認済み、次に進め」
何事もなかったように、手元の紙がめくられていく。
でも、俺の胸の奥が、不意にざわついた。
(なんだ、今の……?)
小さな違和感は、波紋のように心に広がっていく。
そして——視界の端。
列の少し前に並んでいた少年と、ふと目が合った。
……フランだった。
向こうもすぐに目を逸らした。
まるで、見てはいけないものを見たかのように。
俺の胸が、じん、と痛んだ。
(あいつ……何かを知ってる? いや、違う。知らないからこそ、目を逸らすんだ)
記録官の視線が、俺とフランの間を静かに追っていた。
何かを測るような、試すような、そのまなざしが、妙に記憶に残った。
——それでも。
俺は、あそこを目指している。
どれだけ異端だって、笑われたって。
夢を持つことが、間違いだなんて、俺は思わない。




