【第16話】★冷笑と覚悟★
──“学院”とは、ただ学ぶだけの場所ではない。
そこは、見下す者と見上げる者が交差する、静かな戦場だった。
ジェイドとアイリスが踏み込んだ教室。
制度が支配するその空間で、ひときわ強く冷たい視線を放つ少年がいた──
ライナルト=グロース。
これは、言葉とまなざしが剣になる場所での、“最初の一撃”の物語。
昼休みの中庭。白い石畳の上に、涼しげな風が吹いていた。
俺は、いつものようにアイリスと並んで歩いていた。
周囲には貴族たちの談笑、平民たちの沈黙、そして使用人たちの立ち位置が、見えない線で分断されている。
そこに、あの声が割って入った。
「……へぇ。まだ一緒にいるんだ、君たち」
振り返ると、そこにはライナルト=グロースがいた。
制服の袖口には、繊細な金糸の刺繍。
髪も整い、立ち居振る舞いもどこか優雅。
だけど、その目は冷たい。
俺を見ているようで、その奥にある何かを値踏みしているような目だった。
「見学かい? それとも、庶民的な散歩でも?」
その言葉に、少しだけ眉が動いた。
アイリスの表情がわずかに曇る。
「……文句でもあるのか?」
「文句? まさか。ただ、少し気になっただけだよ」
彼は歩きながら俺たちの横に並ぶ。
「制度の穴を縫って、従者制度を悪用している少年がいるって、噂で聞いてね」
「“悪用”ってのは、お前の主観だろ」
「ふふ、なるほど。つまり、“彼女は君の仲間”ってわけだ」
ライナルトは、あのときと同じ言葉を口にした。
「そうだよ。……何度でも言うさ」
「それは立派だ。……でも、それがどれだけ“危うい”ことか、君は本当に分かってるのかな?」
彼はふと、アイリスの方を見た。
「“ディスケンス”──ああ、見習い使用人のことだったね。席もなく、名もなく、評価すらされない存在。まるで空気だ」
「……違う」
俺は言った。
「彼女は空気なんかじゃない。“人”だ。俺の、仲間だ」
その瞬間、ライナルトの目が細められた。
「なるほど。そうやって、“個人の感情”で制度を捻じ曲げようとするわけだ」
その言葉に、背筋が冷たくなる。
「……君はさ、知らないだろうけど。制度を踏みにじる行為って、たとえ正義を名乗っても──」
彼は、楽しそうに言葉を切った。
「“暴走”として記録されるんだよ」
その場の空気が、張り詰めた。
視線が集まる。
だけど俺は、拳を握った。
「なら記録しろよ。何度でも。俺は、守るって決めた」
沈黙の中で、アイリスが小さく目を見開いた。
そして、わずかにその手が震えていた。
「……ふうん。じゃあ、いつかその“覚悟”、見せてもらおうかな」
ライナルトはそう言って、背を向けた。
その背中には、まるで勝者のような余裕があった。
でも、俺は負けてない。
この言葉は、俺の“覚悟”そのものだからだ。
たとえ、誰にも認められなくても。
それでも、彼女を“人として”見る視線だけは、俺は絶対に捨てない。
ライナルトという存在は、ただの“嫌な貴族”ではありません。
彼は「制度に守られる側の正しさ」を体現するキャラであり、
それゆえに、物語を大きく動かす“抗いがたい壁”でもあります。
そんな彼に対して、ジェイドが何を思い、どう立ち向かおうとするのか──
その一歩目として、今回は“言葉”という武器を選ばせました。
次回、ついに“実力”の段階へ移ります。
引き続き、彼らの戦いを見守っていただけたら嬉しいです。




