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メリトクラシア  作者: Lancer
第3章:士官学院編《前期》:視線と試練の教室
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【第15話】★視線の先にいるのは誰?★

──これは、“守る”という言葉に込められた、問いかけの物語。


制度が定める立場と、心が選ぶ関係。

ジェイドはその狭間で、“答えのない約束”を抱えて立っている。


光の中にいた少女の瞳は、何を見ていたのか。

見つめ返すことの意味を、彼はまだ知らない──。



グローリア士官学院、二日目の朝。


 昨日よりも少しだけ教室の空気が冷たい気がした。


 俺は教室に入ってすぐ、アイリスの立つ場所に目をやる。

 彼女は今日も、壁際で静かに佇んでいた。


 机はない。

 イスもない。

 “Discensディスケンス”──それが彼女の立場。

 見習い従者。つまり、正式な使用人ではなく、特例として主人に従属する制度の中での最下位。


 俺は、昨日の夜にこの制度についてもう一度読み返した。

 文武省と倫理庁の共同監修、監視義務付きの登録制──まるで、罪人のようだった。


(けど、それでも……)


 アイリスは自分の意思で、ここに来た。

 俺が選んだ道を、黙って受け入れてくれた。

 だからこそ、俺が“制度”に抗うわけにはいかない。


 だけど、それでも。

 俺は、彼女を“守る”って決めたんだ。


「立ってるだけで疲れないの?」


 授業が始まる少し前、そっと聞いてみた。


 アイリスは、すこしだけ笑った。


「慣れてます。……それに、ジェイド様の隣にいられるなら、それだけで、いいです」


 声は小さかったけれど、まっすぐだった。

 俺の中に、またひとつ、何かが灯った気がした。


 そのとき、席の隣から声がした。


「相変わらず、面倒見がいいのね。……それとも、見せつけてるのかしら」


 セレスだった。

 彼女は昨日と同じように、落ち着いた笑みを浮かべて俺を見ていた。


「別に。ただ、気になっただけだよ」


「ふうん。あなた、本当に“守る”つもりなのね。“ディスケンス”を」


 その言葉に、少しだけ棘を感じた。


「守るって決めた。……それだけだよ」


 セレスは、それ以上何も言わなかった。

 けれど、その視線は、まるで“観察”するようだった。


 今日の授業は『制度法規入門』。

 開かれた教本の冒頭には、こう書かれていた。


『階級、制度、従属は、この国の秩序を保つものであり、感情や関係に左右されてはならない』


 まるで、俺たちを否定するような文章だった。


 ……だが。


 授業の終盤、ふと視線を感じた。

 誰かに、見られている。


 ふり返ると、後方の列──そこにいたのは、ヴィオラだった。

 従者のように見える黒衣の少女。


 だが、その目は、まるですべてを記録するような鋭さを持っていた。


 彼女の持っていたノートには、こう記されていた。


『No.134──対象、Discens付き特例生徒。注視対象継続』


(やっぱり……見られてる)


 背筋に冷たいものが走った。

 俺は、知らないうちに“制度の対象”として、番号で呼ばれている。


 授業が終わった後、セレスがぼそっと言った。


「あなたさ、ほんとに思ってるの? “守る”って。……それ、彼女のためじゃなくて、あなた自身のためなんじゃない?」


 俺は、返事ができなかった。


 アイリスは、何も言わなかった。

 ただ、教室の光の中で、彼女の瞳がどこか寂しげに揺れていた。



第15話では、「守る」という言葉の重さをテーマに描きました。

ジェイドの言葉はまっすぐで、だからこそ揺らぎ、試される。

そして、その隣にいるアイリスの沈黙もまた、強く語りかけてきます。


セレスの問いかけは、ある意味で読者自身への問いでもあります。

“その言葉は誰のためにあるのか”──答えは、きっとすぐには出ません。


背後に潜む監視の目、「No.134」という記号。

物語は静かに、しかし確実に深部へと進んでいきます。


次回は、言葉ではなく力が問われる場面へ。

静かな火種は、すでに燃え始めています。


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。

また次回でお会いしましょう。



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