【第15話】★視線の先にいるのは誰?★
──これは、“守る”という言葉に込められた、問いかけの物語。
制度が定める立場と、心が選ぶ関係。
ジェイドはその狭間で、“答えのない約束”を抱えて立っている。
光の中にいた少女の瞳は、何を見ていたのか。
見つめ返すことの意味を、彼はまだ知らない──。
グローリア士官学院、二日目の朝。
昨日よりも少しだけ教室の空気が冷たい気がした。
俺は教室に入ってすぐ、アイリスの立つ場所に目をやる。
彼女は今日も、壁際で静かに佇んでいた。
机はない。
イスもない。
“Discens”──それが彼女の立場。
見習い従者。つまり、正式な使用人ではなく、特例として主人に従属する制度の中での最下位。
俺は、昨日の夜にこの制度についてもう一度読み返した。
文武省と倫理庁の共同監修、監視義務付きの登録制──まるで、罪人のようだった。
(けど、それでも……)
アイリスは自分の意思で、ここに来た。
俺が選んだ道を、黙って受け入れてくれた。
だからこそ、俺が“制度”に抗うわけにはいかない。
だけど、それでも。
俺は、彼女を“守る”って決めたんだ。
「立ってるだけで疲れないの?」
授業が始まる少し前、そっと聞いてみた。
アイリスは、すこしだけ笑った。
「慣れてます。……それに、ジェイド様の隣にいられるなら、それだけで、いいです」
声は小さかったけれど、まっすぐだった。
俺の中に、またひとつ、何かが灯った気がした。
そのとき、席の隣から声がした。
「相変わらず、面倒見がいいのね。……それとも、見せつけてるのかしら」
セレスだった。
彼女は昨日と同じように、落ち着いた笑みを浮かべて俺を見ていた。
「別に。ただ、気になっただけだよ」
「ふうん。あなた、本当に“守る”つもりなのね。“ディスケンス”を」
その言葉に、少しだけ棘を感じた。
「守るって決めた。……それだけだよ」
セレスは、それ以上何も言わなかった。
けれど、その視線は、まるで“観察”するようだった。
今日の授業は『制度法規入門』。
開かれた教本の冒頭には、こう書かれていた。
『階級、制度、従属は、この国の秩序を保つものであり、感情や関係に左右されてはならない』
まるで、俺たちを否定するような文章だった。
……だが。
授業の終盤、ふと視線を感じた。
誰かに、見られている。
ふり返ると、後方の列──そこにいたのは、ヴィオラだった。
従者のように見える黒衣の少女。
だが、その目は、まるですべてを記録するような鋭さを持っていた。
彼女の持っていたノートには、こう記されていた。
『No.134──対象、Discens付き特例生徒。注視対象継続』
(やっぱり……見られてる)
背筋に冷たいものが走った。
俺は、知らないうちに“制度の対象”として、番号で呼ばれている。
授業が終わった後、セレスがぼそっと言った。
「あなたさ、ほんとに思ってるの? “守る”って。……それ、彼女のためじゃなくて、あなた自身のためなんじゃない?」
俺は、返事ができなかった。
アイリスは、何も言わなかった。
ただ、教室の光の中で、彼女の瞳がどこか寂しげに揺れていた。
第15話では、「守る」という言葉の重さをテーマに描きました。
ジェイドの言葉はまっすぐで、だからこそ揺らぎ、試される。
そして、その隣にいるアイリスの沈黙もまた、強く語りかけてきます。
セレスの問いかけは、ある意味で読者自身への問いでもあります。
“その言葉は誰のためにあるのか”──答えは、きっとすぐには出ません。
背後に潜む監視の目、「No.134」という記号。
物語は静かに、しかし確実に深部へと進んでいきます。
次回は、言葉ではなく力が問われる場面へ。
静かな火種は、すでに燃え始めています。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
また次回でお会いしましょう。




