【第14話】★孤独な教室、交差する視線★
──士官学院、最初の授業。
新たな場所に立った少年と、立つことすら許されない少女。
二人の間に言葉は少なくとも、確かに“想い”が交差していた。
これは、制度という名の壁と、
その中で“まっすぐに立ち続ける者”を描く物語の、第一歩──。
朝の鐘が鳴った。 その音は澄んでいて、どこか冷たく響く。
俺たちは、グローリア士官学院での最初の授業に向かっていた。
学院の廊下は広く、光が差し込んでもどこか静かだった。 平民の制服は無地で、俺のような無印の生徒は黙って歩くしかない。
そのすぐ隣を、緑のバッジをつけた少女がついてくる。 アイリスだ。
昨日から、周囲の視線が少しだけ変わった。 俺と同じようにアイリスにも注がれる目は、好奇と警戒と、そしてわずかな侮蔑が混ざっていた。
「……教室、ここです」 彼女が小さく指さした先に、重厚な扉があった。
中に入ると、視線が一斉に俺たちを貫いた。
教室の前列には金のバッジをつけた貴族たち。 後列には平民、そして壁際には緑の従属印をつけた使用人たちが控えていた。
アイリスは机のない壁際に立つ。 “Discens(見習い)”──それが、彼女の立場だった。
「……本当に、立ちっぱなしなんだな」 俺はぼそっと呟いた。 だが、彼女は微笑んだだけだった。
「規則ですから」
そのとき、俺の机の隣に誰かが腰を下ろした。 ゆっくりと、静かに。
「君、昨日の子だよね?」 その声は妙に落ち着いていて、どこか優しい響きがあった。
振り返ると、そこにいたのは銀縁の眼鏡をかけた少女だった。 制服の金の縁取り。 貴族階級だ。
「ええと……ああ、昨日の……」 「覚えてた? でも、私、まだ名前は言ってなかったと思うの」 「……確かに」
彼女はくすりと笑った。
「セレス。セレス=ヴィルザーン。……君に、ちょっと興味があって」
その目は、何かを測るように俺を見ていた。 ……いや、見ているのは、俺の“隣にいる存在”か。
視線は、あからさまにアイリスに流れた。 だが、セレスは何も言わず、笑顔を保ったままだった。
「では、授業を始めましょう」 教師の声が響いた。
今日の科目は『国家制度論』。
だが、俺の意識は講義に集中できなかった。
セレスの視線、教室の空気、壁際に立つアイリスの姿。
この場所は、試される場だ。 知識だけじゃない、空気を読む力、言葉を選ぶ力、立ち位置を見極める目。
授業が終わる頃、ノートにはほとんど文字が残っていなかった。
……それでも、俺はひとつ、忘れないでいようと思った。
アイリスが、立っているあいだ一度も下を向かなかったことを。 彼女は前を見ていた。 まるで、そこに“居場所”を刻みつけるように。
俺も、前を向こう。
ここは、まだ始まりだ。 試練の教室。 孤独と、視線と、声なき誓いが交差する場所で。
今回の話は、アイリスとジェイドにとっての“最初の試練”──
つまり、「一緒にいることが、すでに覚悟を問われる」日常の始まりです。
教室の中で語られなかった言葉、
見られることの痛み、立ち続けることの誇り。
どれも静かで、それゆえに強く心に残るものだと信じています。
次回は、さらに踏み込んだ“制度と視線”の応酬。
セレスとの対話、ヴィオラの監視──
そして、心の中にある“声なき抵抗”が試されます。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
次回も、よろしくお願いします。




