【第13話】★入学、それは試練の始まり★
──ようこそ、士官学院へ。
ここは“実力”がすべてを決める場所。
そして、“制度”がすべてを縛る場所。
少年と少女が踏み込んだその先には、
ただの学校とは違う、静かな戦場が待っていた──
グローリア士官学院──この国で最も厳しく、最も平等な場所。
けれど、足を踏み入れたその瞬間、俺は思い知らされていた。
“平等”は、必ずしも“同じ扱い”じゃないってことを。
入学式の朝、空は抜けるような青だった。
だけど胸の内は、どこか鉛のように重かった。
俺の制服は支給品。真新しいけど、簡素な造りで、飾りも何もない。
それでも、袖を通した瞬間、ちょっとだけ誇らしい気持ちになった。
「それ、……似合ってますよ」
振り返ると、そこにはアイリスがいた。
彼女の制服は、使用人用の緑のバッジがついた服だった。
「お前こそ、すごいじゃん。刺繍まであるじゃん、それ……」
胸元の従属印は、薄い銀糸で丁寧に縫い込まれていた。
彼女は微笑んで、でも少しだけ目を伏せる。
「……“Discens(見習い)”ですから。立場上、授業も席に座れませんけど」
そうだ。
彼女は“特例従者”という制度に守られて、ここにいる。
でも、それは同時に、制度に縛られているってことだ。
「アイリスは、俺の従者だ」
それは、学院に申請された“公式な登録”だった。
爵位がないから、正式な所有ではない。
それでも、文武省と倫理庁の認可を通して、俺は彼女を守る“主”になった。
――あくまで、監視官の目の届く範囲で、だけど。
ユミナとヴィオラは、今もどこかから見ているはずだ。
講堂に集められた新入生たちは、三つの色で分けられていた。
金のバッジをつけた貴族たち。
何もない制服を着た平民。
そして、緑の従属印をつけた使用人たち。
アイリスの肩に向けられる視線は、冷たく、刺すようだった。
そのとき──
「おい、そこの。……その子、君の“奴隷”かい?」
皮肉たっぷりの声が、俺の背後から投げかけられた。
振り返ると、長身の少年が腕を組んでこちらを見下ろしていた。
制服は上質、髪も手入れされ、顔立ちも整っている。
間違いない、貴族の中でも上位――たぶん、ヴァイザー階級だ。
「ライナルト=グロースだ。よろしく」
自己紹介というより、支配宣言だった。
「……彼女は“仲間”だ」
俺は、それだけを返した。
アイリスが、小さく息を呑むのが分かった。
周囲の空気が、わずかに張り詰める。
「ふうん。面白い返し方だね。じゃあ、“仲間”として、責任も取ってもらおうか。制度に反するようなことがあれば、即、裁かれる。君も、彼女もね」
言葉は笑っていた。でも、目は笑っていなかった。
「望むところだよ」
口が勝手に動いていた。
引けない。アイリスのためでも、自分のためでも。
ここから始まるんだ、俺たちの“学院での試練”は。
* * *
入学式の後、校舎を案内された。
広くて、白くて、まるで王宮のようだった。
……いや、実際ここには、未来の“王”になる人間が集まってる。
「……あなたが、レオンハルトくん?」
不意に声をかけられた。
振り返ると、淡い銀髪の少女が立っていた。
制服に金の縁取り、瞳は冷ややかで、それでいて――どこか興味深そうだった。
「……誰?」
「名乗るほどの者じゃないわ。でも、覚えておくといいわ。“上”にいる者たちは、あなたを簡単に潰せるってこと」
それだけ言い残して、少女は去っていった。
(なんだ、今の……)
けれど、その背中は妙に印象に残った。
そして、俺の中で一つの感覚が芽生えていた。
ここでは、言葉ひとつが刃になる。
そして――俺たちは、もう“戦場”にいる。
ようやくたどり着いた学院の寮部屋で、アイリスと俺は荷物をほどいていた。
「……すみません。私のせいで、また変な目で見られて……」
「気にすんな。……こっちは慣れてる」
俺は笑って見せた。
「それに……」
「……それに?」
「俺には、守りたい“仲間”がいるんだ。それだけで、十分だから」
アイリスの瞳が、わずかに揺れた。
「……はい」
その一言が、どこまでもあたたかかった。
この学院で、俺たちは何度も試される。
力も、心も、覚悟も。
だけど、忘れない。今日、この瞬間の気持ちを。
――これは、“希望の始まり”なんだ。
ここから、新しい舞台が始まります。
“力のある者”が支配し、“制度”が人を裁く世界。
でも、だからこそ──
その中で手を伸ばす誰かの姿は、眩しく、美しいものになると信じています。
ジェイドとアイリスの学院生活、まだ始まったばかりです。
次回も、よろしくお願いします。




