【第1話】★はじまりの階段(リライト版)★
この国では、すべてが“実力”で決まる。
生まれ、家柄、種族――そんなものは言い訳にならない。
上を目指す者は、試験に合格すればいい。
下を抜け出したいなら、力で証明すればいい。
ここは、実力主義国家メリトクラシア。
弱ければ、切り捨てられる。
強ければ、讃えられる。
だからこそ、人々は夢を見る。
いつか自分も、“あの場所”に辿り着けるのではないかと。
これは、そんな世界で生きる少年の物語。
何者でもなかった一人の少年が、選ばれざる者として、国の運命を揺るがすまでの――
朝の光が差し込む階段の踊り場で、少年は壁にもたれて立っていた。
名をジェイド・レオンハルトという。十歳。
平民階級に属する、どこにでもいる“まだ選ばれていない者”だ。
しかし今日は違う。
今日は、《グローリアテスト》の受験日。
すべての子どもが、階級を変える――いや、“命運を賭ける”日。
背後から聞こえた足音に、ジェイドは小さく肩をすくめた。
振り返ると、同年代の少女が階段を上ってきていた。
薄汚れた制服、ぼさぼさの髪。
そして――胸元にぶら下がる**“灰色の紋章”**。
準奴隷階級。
落第者、犯罪者家系、または保護対象から漏れた者が一時的に収容される階級だ。
「……フラン」
名を呼ぶと、少女はジェイドを見ずに通り過ぎた。
その横顔は、どこかぼんやりしていて、もう“明日”を見ていないようだった。
数か月前まで、同じ教室で並んで授業を受けていた。
でも、試験に落ち、再試験に落ち、保護申請も却下された。
そして彼女は、“パリア”に落ちた。
その事実が、ジェイドの胸に重くのしかかる。
「お前まで落ちるなよ」
誰かが言った。階段の下で談笑していた別の少年――
あれは貴族階級の息子、《ライナルト》だったか。
「パリアなんかになったら、もう誰も名前を呼んじゃくれないぞ?」
軽く笑った彼の声に、ジェイドは拳を握りしめた。
名前を呼ばれないこと。
それは、この国において、“人”であることを拒まれるという意味だ。
準奴隷になれば、籍は抹消され、呼ばれるのは番号だけになる。
「第3408号」「未所属パリア」──
学校にも戻れず、街の端で指定労働に就かされる。
フランも、そのうち“番号”で呼ばれるようになるのだろう。
「ふざけんなよ……」
ジェイドは息を吐いた。
俺は、ウンフェーイグ。
この国で最も“価値がない”とされた階級。
でも俺は、絶対に――
名前を、失わない。
階段の上にある、灰色の鉄扉が開いた。
試験会場だ。
ジェイドは背筋を伸ばし、一歩を踏み出した。
本作の名前には命名規則があります。少し覚えづらいかもしれませんが、
「どうしてこの名前なのか?」と考えながら読んでいただけると嬉しいです。