第6話 夜はコイバナ!
22:00、就寝時間。4人部屋の女子とは違い、男子はクラス15人全員で雑魚寝である。そう、予算がないのだ。私立なのに。
俺の布団は扉に最も近い位置。夜風に冷えた身体を風呂でゆっくりと温め、部屋に戻ると、空いている場所はここしかなかった。というか既に電気も消えていたので、たぶん俺の存在自体忘れられてる。悲しい。
「やっぱりうちのクラスの一番は松江さんだよな」
「間違いない。圧倒的だろ」
窓の方で誰かが松江の話をしている。
圧倒的か……まぁ、そうだよな。悔しいけど認めざるを得ない。両教科満点なんて、クラスどころか学年のトップだもの。
「あの顔はさすがに可愛すぎるわ」
「それな。まじ天使」
違った。顔の話だった
たしかに松江は可愛い。目は大きいし、まつ毛は長いし、お口は小さい。黙っていればまさに天使だ。黙っていれば。
「やっぱ彼氏いんのかなー」
「いや、いないらしい」
「え? まじ」
「ああ。誰が告白しても『もなぴはみんなのものなんだ〜』って断られるんだとよ」
「うわっ。それも怖いな」
……たしかに松江なら言いそう。ついでに『テヘッ』と舌を出すところまで目に浮かんだ。
にしても、やっぱり松江ってモテるんだな。そりゃそうか。文武の才を抜きにしても、誰にでも人懐っこい小動物系女子なんて、モテない理由がない。きっと告白も日常茶飯事なんだろう。
「でもちょっとあざとくね? 松江さんって」
「そうか?」
「ほら、口調とか仕草とか」
「バカ! わかってないなー。そこが可愛いんだろ」
それは俺もわからん。いくら可愛いくても、高校生にもなって一人称が「もなぴ♡」なのは、あざとい通り越して普通に痛いだろ。目を覚ませよ。
「俺は付き合うなら松江さんより海原さんだなー」
「あー美人だもんな」
「あんな彼女がいたらなぁ……告白しようかな」
──こ、告白!?
それは困……いや、俺に止める権利はないけど。でも、すごく嫌だ。
「お前、話したことあんの? 海原さんと」
「……一回もない」
「だめじゃん」
「だってさー。海原さんって寡黙だし、話しかけづらいんだよ」
「まあミステリアスな感じはあるよな。というか海原さんって、好きな人いるらしいぜ」
「まじ? 誰?」
まじ??? 誰???
「いや。俺も相手は知らない」
「なんだよそれ」
「前に松江さんと話してたのが聞こえちゃってさ」
「盗み聞きじゃん」
「仕方ないだろ。俺だって海原さんと喋ったことないんだから」
海原さんの好きな人……誰だ。
教室ではいつも松江といるし、たぶんクラスメイトではないはず。だとすると別のクラス? それとも他学年? あるいは別の学校の生徒? どんな人なんだろう……。
「(──なぁ、学起きてる?)」
「!?」
突然、俺の耳元で田中が囁いた。お前、隣で寝てたのかよ。
「(寝てる。ぐっすりと)」
無視を決め込むため、俺は完璧な狸寝入りを披露する。可愛い女の子ならともかく、野郎のASMRを聞く趣味はない。てか俺の布団に入ってくんな。
「(それは残念だなー。俺、涼音の好きなやつ知ってるんだけど)」
「(……誰)」
「(なーんだ学、起きてるじゃーん)」
小声なのに、凄い活き活きしてるのが伝わってくる。暗くて顔はよく見えないけれど、ニヤニヤしてるのは間違いない。腹立つなぁ。
「(誰なんだよ。海原さんの好きな人って)」
「(福地学)」
「(──!?)」
「(……って言ったらどうする?)」
「(ちょっ、おま……趣味悪すぎだろ)」
「(ハハッ。わりーわりー)」
心臓止まるかと思った。
そんなのありえないってわかってるのに。
「(じゃあ代わりに、俺の好きな人教えてやるよ)」
「(どうせまた冗談だろ)」
「(今度は本気だ。俺が好きなのは──萌菜だ)」
「(萌菜って……松江!?)」
「(そうそう。松江萌菜)」
田中が松江を……? まったく知らなかった。
でもたしかに、2人とも美形だし、運動できるし、コミュ力高いし。お似合いではある。
「(……まじで?)」
「(まじもまじよ。俺と萌菜は幼馴染でさ。昔から何回も告白してるんだけど、いっつも振られてんの」
「(それは……意外だな)」
「(こう見えても俺、結構一途なんだぜ?)」
「(自分で言うな)」
けど田中みたいなイケメン陽キャでも、好きな人と結ばれるのは難しいんだな。少しだけ親近感が湧いた。
「(……小学生の時はさ。俺、どんな女子も絶対に惚れさせる自信があったんだよ」
「(そりゃ傲慢だな)」
「(そうか? 俺クラスで一番足が速かったし、イケメンだぜ?)」
「(だから自分で言うな)」
たしかに小学生ってなぜか足の速い男子がモテるけど。そして勉強できるだけの男子は見向きもされない。
「(けど最近はさすがに現実も見えてきてさ。100人女子がいれば、俺を好きになるのは90人くらいだと思うわけ)」
「(……まだ傲慢じゃないか?)」
「(事実だからな)」
「(お、おう……)」
「(でも俺が好きな人は、残りの10人の中なんだよなー)」
それが松江ってわけか。まあ俺の場合、100人中95人は俺を認知もしないんだけどね。
「(……たぶん萌菜が好きなのは俺じゃなくて、学みたいなやつなんだと思う)」
「(そんなわけ──)」
「(明日。遊園地回るんだろ? 涼音と萌菜と3人で)」
「(ま、まあ))
「(俺は萌菜誘ったけど断られたよ。このモテ男め)」
「(いやモテ男って……お前にだけは言われたくねえよ)」
松江がそこまで考えているとは到底思えない。単に彼女の気まぐれだろう。
「(何かに一生懸命なやつって魅力的だからさ」
「(そう、かな)」
「(そうなの。見るやつが見ればわかんだよ)」
──ちょうど一月前。
愛北の卒業式で、幼馴染にも似たようなことを言われたっけ。
『あなたの努力は本当に美しくて……とても愛おしい』
その称賛を受け入れることは、俺にはできなかったけれど──
「(でも萌菜は絶対渡さねーからな)」
「(お、おう……って、別に狙ってねえよ!)」
「(学は涼音一筋だもんな)」
「(だからそんなんじゃないって)」
「(ははっ。やっぱ額はおもしれーわ)」
「(うるせえ、ほっとけ)」
布団で声を潜めつつ、こっそり笑い合うその時間はまるで友だちみたいで──少しだけ、心地が良かった。