正義のために
「止めて」
私の言葉に看守は頷きスイッチを切る。
途端、大きな音を響かせて目の前の電気椅子に座っていた罪人の身体が跳ねた。
皮膚の焼けた臭い。
それは意外なほど温かな食卓でも感じられる香りに近いと私は思った。
少なくとも、しばらくは肉を食べたいと考えることはなさそうだ。
「どう?」
私の問いかけに控えていた医者は罪人の身体を調べて頷いた。
「ええ。生きています」
「そう。なら良かった」
「ですが、あなたの前任者ならあと三十秒はスイッチを切ることを遅らせたでしょう」
先輩の顔を思い出して私の背筋に冷たいものが流れる。
死に瀕した罪人を見つめる狂気的な笑顔。
いずれ、私もあんな風になってしまうのだろうか?
「連れて行きなさい」
嫌な空想を打ち切るために私は命令した。
すると医者は頷き、周りに控えていた別の医者達に声をかける。
そうして、彼らはそのまま罪人の身体へと群がっていく。
それを見つめながら私はふと考える。
これは何と言えば良いのだろうか。
彼らのしていることは治療である。
いや、手術である。
今、まさに死に瀕した人間を救うために、彼らは必死になっている。
この場での応急処置が終われば罪人は運ばれる。
そして、少しずつ、少しずつ心身の回復に専念するのだ。
また、電気椅子に座るために。
先輩の言葉がふと蘇る。
『この世界には一度死ぬ程度では許されない罪を犯すものが居る』
そんな人間に罰を与えるのが私や先輩の仕事だった。
死刑に処された人間が死ぬ寸前まで苦しめられ、もう助からないという状態の一歩手前で刑を止める。
そして、虫の息である罪人に治療をさせるのだ。
また、刑に処すために。
『一度死ぬだけでは足りない。だから、何度でも殺してあげるの』
そう言って先輩は笑っていた。
あんなにも楽しそうに。
その笑顔には人間として、決定的な何かが失われていた気がした。
回想を打ち切り、目の前で黒焦げになりながらも辛うじて生きている罪を負った人間を私は見つめる。
数十人規模の無差別殺人。
あの罪人がこの状態になっているのは自業自得だ。
しかし、その一方で私がこのような事をする羽目になっているのは何故かと考えてしまう。
『この仕事は楽しいよ。唾棄すべき罪人が罪を償うのを一番近くで見られるから』
再び舞い戻る先輩の声を思い出しながら。
私は果たして何の罪でこのような罰を与えられているのかを考えていた。
きっと、答えが出る頃には先輩と同じように笑えるようになっていると確信しながら。