転生させる側の女神になるなんて聞いてません。
ランプの魔人は幸せなのか?
千夜一夜物語に登場する、願いを何でも叶えてくれるランプの魔人。魔人に祝福された人間は確実な幸福を得るだろう。然るにランプの魔人はどうだろうか、狭いランプに閉じ込められ、誰とも知らない人間が幸せになっていく姿を見て、魔人は嫉妬しないのだろうか?
魔人は他者を幸せにする能力を自分に使わないのだろうか。もし使わないのではなく、使えないのだとすれば、それはなんて残酷な物語だろう。そんな他愛もないことを考えながら、今日もわたしは仕事をする。
「……な、なんだここは。」
「よくぞいらっしゃいました。選ばれし勇者よ!」
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異世界転生がしたい!
キキーー!「危ない!」ドカーン!……残念ながら、あなたは死んでしまいました。そんなありきたりから始まる物語。
さぁ待ち受けるのはチートスキルを得て楽々無双の魔王退治か、権謀術数渦巻く貴族社会の洗礼か、はたまた酒池肉林のハーレムか!
とにかく社会に病んだわたしは無料小説サイトやその文庫本を読み胸を高鳴らせながら、転生という第二の人生を仰望していた。そんな妄想で頭がいっぱいになっていたためだろうか、わたしは赤信号に気づかず歩を進めていたらしい。
キキーー!「危ない!」ドカーン!
「……ここは?」
そこには緋の絨毯に一定間隔で吊るされた絢爛電燈、宝石の散りばめられた銅像が囲むように飾られていた。ああ、これが噂の異世界転生というやつか。などと呑気に考えていたのだが、待てど暮らせど神様的なおじさまや後光を背負った女神様、妖しく光る電子生命体は一向に現れない。
いや、初めから違和感には気が付いていた。ただその確認をするにはあまりにも勇気と覚悟が必要な作業だっただけの話。後光を放った神々しい女神様なら最初からいる、わたしは意を決して磨かれた銀細工に己の姿を映した。
「ひぅ!!!」
人間とは驚愕の上限と突破すると沈黙してしまう生き物らしい。
背中まで届く手入れの行き届いた蒼い髪、その髪を飾るのは紅い宝石を誂えた金の鎖、青を基調としたドレスは豊満な乳房をひどく小さな布で隠す役割しか果たしておらず、下着だけは絶対見せないという強い意志でもあるのか、丈はやけに長い。その美貌たるや眉目秀麗・容姿端麗なんて言葉さえ霞むほどであり、傾国の美女とはこのような容姿を指すのではないかと見惚れてしまう。
「目が覚めましたか、転生者……ょお?」
部屋に魔法陣が現れ光り輝くと同時に、わたしと似た格好をした美女が(エルフのように長い耳をもっており、ドレスは黄色を基調としたものだ)素っ頓狂な声をあげて苦笑いのまま固まっている。
「いえ、そんなはずはありません!転生者が女神?そんな世の理から外れることなど……」
今度は難しい顔をして何かぶつぶつと独り言をつぶやき始めた。え?この人(人かどうかはこの際置いといて)もわからないのなら、わたしは一体どうなるの?
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「転生者に神の祝福を与え異世界へ送る存在……ですか。」
「はい、それが我々女神に課せられた義務であり、使命となります。」
落ち着きを取り戻した女神様(名をウィーサさんというらしい)は魔法で椅子とテーブルを作り出し、わたしたちは腰を掛けて話し合うことにした。目の前で魔法を見た感想だが思ったよりの感動はなく、「ああそういうものか」という失望の念が拭えなかった(魔法が凄くないのではなく、自分の中に感動を見いだせなかった)。
「ウィーサさんは、前世の記憶をお持ちですか?」
「いいえ……わたくしは生まれながらに女神。それ以前の記憶は持ち合わせておりません。しかし、あなたは違うようですね。」
「わたしは……、前世では森井孝臣という男性です。職業はしがないサラリーマンであり、結婚はしておりません。死因は……どうにも思い出せないようです。」
「左様でございますか……。本来であれば転生者として迎えられる運命にあるお方のように思えます。しかし何らかの手違いでこのようなことに……。」
「その祝福とやらを与える神様と直接お話はできないのですか!?流石に〝今日から女神になってください〟というのは荷が重すぎます!」
「……確かに、この現状は我から説明すべきであろうな。」
「「 はい!? 」」
ウィーサさんと囲んでいたはずのテーブルに突如現れたのは黒いローブを羽織った赤毛の少女だった。年のころは10代前半といったところだろうか。いつの間にやら自分の席にもお茶を淹れ優雅に佇んでいる。
「申し遅れたタカオミ嬢、我はテグレクト・ウィリアム。転移者の処遇と異世界の情勢について包括管理する役柄……まぁ貴女のいた世界では神と呼ばれている存在じゃ。」
神?この姪っ子と大差ない少女が?思わず苦笑いが浮かんできそうだったが、今のわたしにはそういうものなのだと理解をするほかない。あとのじゃロリって実在したんだ……。
「貴女……と呼ばれるのはやはり慣れませんね。わたしは何故このような姿でこの場所に?」
「さっぱりわからん。」
おいおい神さまじゃなかったのかこの子……。
「〝転生者を異世界に送る〟なんて大層な仕事をしておるが、我々とて全知全能・上意下達の組織ではない。祝福とて転移者の持ち合わせる固有スキルであり、我々の関与が及ばない。」
「そうだ、わたしは〝女神の力を得る〟という祝福を授かり異世界に転移するという可能性は?」
「どうも貴女は異世界に赴く能力が欠落しているようじゃ、感じるのは我らと同じ力……。転生者に祝福を与え、異世界へ赴かせる能力のみじゃな。」
異世界転生の主人公が「なんでこんな目に遭わないといけないだ!」なんて贅沢を抜かしている姿に隠微な気持ちを宿したものだが、今ならば彼らの気持ちがわかる。どうやらわたしは途轍もなく面倒な事態に巻き込まれてしまったらしい。
「しかしウィリアム様、わたくしは転生者が我々と同じ能力を持つなど、寡聞にして存じません。彼女の祝福は別にあるのでは?」
「我もそう思いたいのだが、転生者としての特別な力を感じない。……さてタカオミ嬢。」
「あの……、ウィリアム……様?でしたよね。タカオミというのは私が元居た国では男性につけられる名前でして、この姿になって本名を言われるとこそばゆいのですが……。」
「ああ、そうなのか。では上の名からモリー嬢とでも呼ぼうか。」
う~んどうだろう。なんか少しダサいけどまぁいいか。
「モリー嬢には我々の仕事を手伝ってもらう。もちろん衣食住に賃金も出す。」
「え?女神って衣食住必要なんですか!?それに賃金って!」
「なんじゃ、わしらは霞でも食って生活していると思っていたか。とはいえ人間界ほど俗っぽくはない、悪い言い方をすれば楽しみは少ない。我らは人間と異なり分泌物によって服が汚れることはないし、食事も取らねば飢えて死ぬわけでなく、嗜好品の類じゃ。」
なるほど、今こうしてお茶を飲んでいる訳だが、水分補給を目的とした訳ではないということか。しかし異世界というからには舌根から脳へ抜けるほどの甘露甘露を期待していたのだが、元居た世界の紅茶と味に大差はない。
そんな落胆を察知されたのだろう、ウィリアムさんとウィーサさんは目を合わせ小首をかしげていた。
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「ここが今日から貴女に受け持ってもらう異世界、名をエルインストと呼ばれている、魔王の脅威に曝された大陸だ。」
「……はぁ。」
目を凝らすと見えるのは火を吐く飛竜に這いより回る邪悪な樹木、武装した骨兵の大群に町を焼かれた怨嗟の声、救いを求める声。……まさにわたしが仰望した世界だ、転生者など待たずにそのまま殴り込んでやりたい。
「このままでは滅亡も秒読みであろう、そこで民は救世主を渇望しておる。」
「その救世主を、わたしが祝福を与えた転生者になっていただくということですね。」
「まぁそうなる。とはいえ祝福も万能ではない。油断からか能力の欠如からか、道半ばで斃れるものも少なくない。」
「転生者が死んだらこの神域でまた復活しやり直すのですか?」
「そんな都合の良い話などない、死ねば最後躯となるだけじゃ。」
なんともアフターサービスのなっていない異世界召喚もあったものだ。とはいえ祝福を得て第二の人生を謳歌できるのだ、そのくらいのリスクはあって当然か。
「おっと……、説明の途中じゃが、早速件の転移者が現れたようじゃ。礼儀作法などあってないようなもの。早速祝福を渡し、異世界へ導いてやるとよい。」
「ええ!?いまからわたしがですか!?」
「やり方は至って簡単じゃ。わしは隠れてみている。何かあったら言ってくれ。」
そう言ってウィリアムさんは石造の陰に隠れてしまった。瞬間、絨毯に魔法陣が光を放ち、瞬く間に一人の男(どうやら10代後半、大学生のようにみえる)が現れた。その瞬間、わたしの目に男の年齢・本名・出生地、そしてステータスと呼ばれる生命力や魔力量が見えた。どうやらこれも女神の特性らしい。
「よ、ようこそお越しいただきました。選ばれし勇者よ!」
わたしは前世で累積させた知識をフル活用し、それっぽい言葉を紡ぐ
「こ、ここは?」
「困惑するのも無理はありません。ここは異世界へと通ずる道。あなたには異能力、祝福を手に世界を救ってほしいのです。」
「そんな、こんなバカなことが……。」
初めてにしてはよどみなく事が進んでいるんじゃないか?前世で異世界ものの物語読み漁っていた甲斐があった。
「すぐに受け入れらないのも仕方がありません。しかしあなたは世界を救う勇者なのです。これより祝福を進呈し、邪悪なる魔王を討ち取っていただきます。」
「そんなことを急に言われても!」
黙れ木村星之、こっちも急に言われてこんな仕事してるんだ。これが社会だ、許してくれ。
「あなたに贈られる祝福は……」
自分の手が神々しく光る。まるでそうあれかしと命じられるように祈りの形をとり、転生者木村星之へ力を託す。
「あなたの祝福は【熱力学第二法則を無視してエントロピーを自在に操る】能力です!」
「……え?」
「……ん?」
大変申し訳ないがわたしは文系の人間だ、今自分で口にした能力が一体どんな作用を引き起こすものなのか皆目見当もつかない。そして転生者の方も学業に明るいタイプではなかったらしく、お互いの頭に疑問符が浮かんだころ、慌てて駆け付けたのはウィリアムさんだった。
「なんじゃこの出鱈目な能力は!?」
「は、はい?」
「今まで様々な祝福を見てきたがこれほど強力なものなどお目にかかったことがない!絶対零度を作り出すこともできれば1万を超える高熱を生み出すことも可能、更に温度差で気流を生じさせ、絶対零度や熱風大火の竜巻を生み出すことも可能……、それだけでなく粒子のぶつかり合いにより雷が生み出し、その威力は従来の10倍を超え……」
「あの、ウィリアムさん。長い、長いです。もっと分かりやすく能力を説明できないですか?」
「だからお主が言ったであろう、【熱力学第二法則を無視してエントロピーを自在に操る】能力とはそういう能力なのじゃ。」
「えっと……この勇者様は世界を救えそうですかね?」
「それどころか、世界を破壊することも可能じゃろうて。」
神妙な面持ちでブツブツと呟くウィリアムさんに、わたしと転生者の木村さんは茫然とするほかなかった。