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扉の先の黒き人々-7-

 黒人間の身体全てが塵になると、トンネル周囲には沈黙が戻った。

 高村がふぅと一息つき、拳銃を下ろす。


「どないなってんねん、ったく」

「うどん屋の黒人間が楔になっていたのかもしれないな。扉の中の黒人間は外に出たがっていたが、奴が何らかの方法で中に閉じ込めていた。俺が奴を排除したので外に出てこれたが、身体が持たずに消滅した」

「それが自然な考えかも知れませんね。何一つ理解できませんが」


 警察官たちは一言も発さないが表情などから安心しているのが見て取れる。

 天はそんなことも気にせずにトンネルの方へとズンズン歩いていく。


「お、おい! なにしとんねん!」

「何もクソもあるか、中から黒人間が出てきたんだぞ? 扉の中がどうなっているか確認するに決まっているだろう」

「それにしても急ぎすぎやろ――――」


 高村の言葉を遮るように、天は手を高村の前に翳して言った。


「四人だ」

「なんやて?」

「前野と車に乗っていた人数だよ。繚乱舎の人間の話では同行者は二人だそうだな?

 怪異がワザワザ嘘をつくとは思えん。間違っているのはどこなのか、確かめる必要がある」


 スタスタと一人でトンネル内部に進入する天に、高村含め全員が絶句する。

 一番最初に動いたのは吉備だった。駆け足で天の横に並び、腰からスッと取り出した拳銃のチェックをしながらトンネルへと歩を進める。


「ご一緒しますよ」

「危険はないが結構歩くぞ?」

「この目で確かめとかないと。報告書書かされるの僕でしょうし」


 天は短く「そうか」と返答をして、二人はトンネルの闇に消えていった。

 トンネル前に残されたのは高村と警察官たち。すっかり質問役になってしまった眼鏡の警察官が高村に問う。


「私たちは何をしたら…?」


 高村は小さくなってしまったミント味の飴を噛み砕き、考える。


(トンネルん中は縁間が行ったから何事も起こらんやろ。かといってもな、外で問題が起こったわけでもあるまいに。やっぱ待機が最善か?

 ……ぶっちゃけもう今月の給料分は働いたしな、吉備には悪いけど楽させてもらうかぁ)


 次の行動を決めた高村。待機と警察官たちに告げようと口を開きかけた瞬間、ポケットに入れておいたスマートフォンがメッセージを受信した音が鳴る。

 直感的に高村は嫌な予感がした。無表情でスマートフォンのロックを解除する。


「おぉ……」


 送信者は吉備。事後処理お願いしますと書かれたメッセージと共に、見事に倒壊した元うどん屋の写真が送られてきていた。

 高村は天に吉備が同行した意味がここにきて理解できた。


「事後処理から逃げんなやぁあああああ!!」


 警察官たちは害のなかった黒人間より、怒り狂った高村が一番怖かったと後に語った。





「お前戻ったらボコボコにされるぞ」

「はっはっはっ、たまには高村警部にも事後処理の面倒さを学んでもらおうと思いまして」


 高村と進入した時のように、十指王環の秦広環≪しんこうかん≫でトンネル内を照らし、されど口数多く二人は先に進んでいく。


「扉の中の黒人間って結局のところ何者なんでしょう?」

「知らん。……そう言いたいところだが、お前らは気になるのだろう?」

「当然です。人ならざる御身からすれば些細なことかも知れませんが、我ら人間はその些細なことを知るために命を懸けてしまう性でして」

「ふん、面倒な性だ。いいだろう。一つ、俺の考えを聞くがいい。

 この一連の流れに出てきた敵性的な怪異は二つ。うどん屋の黒人間と緊急通用口の怪異だ。通用口の怪異はあの空間か黒人間か判別できないから一纏めにしておく。

 それとは別だが、他に一人、前野のグループに同行していた『何か』がいる。うどん屋の黒人間がベラベラ喋ってくれたおかげで、それはほぼ確定だろう。では、そのもう一人は誰なのか。

 トンネルから出てきた黒人間は何故消滅したのか。これについては聞いただけだが、黒人間が『でられた』と言ったそうだな。状況的にトンネル内に閉じ込められていたと見ていい。

 結論付けるならば、緊急通用口の中は確実に変化しているはずだ。普通の通路に戻っているならばよし、逆ならば……。

 結局は扉の先をみなければ何も答えは出ない」

「決着を付けなければならない、と」

「最悪もう一回うどん屋の黒人間と同じことをしなければならないかもな」


 キュッと天の靴が音を立てる、いつの間にか二人は緊急通用口の前に辿り着いていた。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか…。いくぞ」


 ノブを捻り、天が扉の内に入る。


「鬼は部下でしょうに…」


 吉備もそれに続いた。





 天がゆっくりと緊急通用口の扉を引く。扉の中の光景は依然と変わっていなかった。

 黒人間たちを除いてだが。


「なるほどな……」

「どういうことです? 黒人間たちがぐちゃぐちゃにされてますよ!」


 天と高村が初めて訪れたときは洋館を取り囲み、二階に向かって斧を投げつけていた黒人間たちの集団は、吉備の言う通り縦や横に真っ二つに裂かれていたり、酷いところでは腰の部分からへし折られている者もいた。

 天はそのうちの一人にゆっくりと歩み寄り、触れる。反応は一切なく、パッと見ではわからないが絶命しているものと考えられた。


「なるほど、見えた」

「何がです?」

「黒人間の行動だ。俺と高村が初めてここに来たとき、前野を連れ出そうとして襲われた。だが、扉の外に連れ出したら攻撃を止めて洋館への斧投げに戻った。

 実は前野を連れ出している高村を援護したときに黒人間に唐竹割りを見舞ったり、斧を投げ返してみたんだがダメージは無さそうでな。手の打ちようが見当たらないからそのまま一度引いたんだが……。

 もしかすると、黒人間同士ではダメージが通るのかもしれない。トンネルから這い出てきた黒人間は洋館から逃げ出して、外を囲う黒人間を始末して扉を通った? いや、違うか? 吉備! 一度外に出て、扉を閉めてくれるか! 三分経ったら再び開けてくれ!」


 了解ですと、黒人間たちの死体に近づいている天に聞こえるように大声をあげた吉備は急いで扉の外に出ると、つっかえにしていた石を外して扉を閉めた。

 扉が閉まるとそこは切り取られた空間が元々なかったかのように背景と一致する。


「やはり、扉は内から開けられない…。俺のような空間を裂ける者でもない限り不可能か。

 ならば、どうやって…」


 天は黒人間たちの死体からさらに奥、洋館へと踏み込む。玄関、勝手口、応接室の窓……。全てが外から塞がれており、中から外に出るのは到底無理だと素人目で見てもわかるほどだ。

 一階外部を一周し、天は奇妙なものを見つけた。黒人間の頭である。

 その時、背後から誰かが走ってくる音が聞こえた、十中八九吉備であろうと天は振り向く。案の定、足音の正体は吉備であった。


「視界から見えない位置にいないでくださいよ! 消えちゃったと思ってビックリしました!」

「すまん、なんとなく見えたぞ。一旦扉の外に出る」


 頭部だけの黒人間を右手で鷲掴みにしながら、天はスタスタと通用口の扉に向かって歩き出す。吉備は一瞬ポカンとするが、慌ててその背を追う。


「中でどうなったかわかったんですか!?」

「多分な。仮説が正しければ…」


 扉の前に辿り着いた二人は一度扉の外に出て、持ってきた黒人間の頭を見つめる。


「この人も前野さんみたいに元に戻ると?」

「ああ、そしてこの頭の正体は…」


 黒人間の頭から前野の時のように塵がどんどんと剝がれ落ちていく。

 その顔が現れたとき、吉備は大きな声を上げた。


「う、うどん屋の老婆!」


 黒い塵が剥げ、現れた顔はうどん屋で見た老婆の顔だった。


「繋がったな。老婆は扉の中と外で分離していた、だが根本は繋がっているから俺がうどん屋でコイツを始末したときに中の奴も死んだ。

 うどん屋とリンクしている中の奴が死んだおかげで、洋館の中にいた黒人間が老婆が消えて統率の取れていない奴らを無理押しして洋館の外に出られた。

 外に出た黒人間が逆襲として館を囲んでいた黒人間を殺し、トンネルの中を経由して高村達の前に現れた」

「話は繋がりますが、意味は分かりませんね」

「まったくその通りだ。……館を囲んでいた黒人間を全て外に出すぞ」

「ええ!? 百人超えてましたよ人数!」

「あの殆どが『仲間』にされた奴らだ、警察としても手柄になるんじゃないか? どちらにせよ、このまま洋館に繋がるこの扉を放置はできん。俺の力技でなかったことにしてもいいが、あまり俺の力を使いすぎると現世に影響が出てしまい、よろしくはない」


 うーんと頭を捻って唸る吉備。天の無茶ぶりに対してどうしたものかと悩んでいるようだ。十数秒後、彼は決断を出した。


「わかりました、外に出て無線を使って警視庁経由で自衛隊に応援を頼みます。縁間案件≪めんどうごと≫だと聞けばすぐに人手を寄こしてくれるでしょう」

「頼んだ。俺は一人で先駆けて扉の外に黒人間を出し続けていく」


 その後、Nトンネル行方不明者救出作戦と名付けられた活動は数時間に渡って続けられ、扉内の黒人間を全て外に搬出し終えた。






 後日、高村と吉備は縁間骨董堂を朝早くに訪ねた。

 インターフォンを押し、しばし待つとシアが玄関を開けて二人を中に招く。玄関、骨董品置き場、そして食堂に入ったとき、強烈な刺激臭が二人の鼻腔を刺した。

 思わず鼻を覆う二人だが、高村が我慢して声を発する。


「邪魔するで」

「邪魔するなら帰ってくれ」

「あいよー! ってくらぁ! ゴホッゴホッ!」

「ナーガ・ヴァイパー入りのカレーだ。人間は近寄らないほうがいい」

「はよ言えや! 骨董部屋で待っとるから食い終わったらさっさと来い!」

「二年ぐらいかかるかも知れんぞ?」

「気合で秒で食え!」


 耐えられないのであろう、食堂のドアを強烈に締めて二人は退出した。なお、シアはそもそも食堂内に入ってすらいない。

 誰もいなくなった食堂で一人、天はカレーをぱくり。


「からっ」


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