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二日目・十四 穏やかな宴

 その日、レグルスは自分の身に起きたことが信じられず、夢みたいだと思った。

 昨日出会った叔父が街から帰ってきたと聞いて、レグルスは夕刻、メイドのセレニタと一緒に叔父の部屋を訪ねに行った。

 部屋で寛いでいた叔父のイグニスと彼の同僚は、レグルスを温かく迎えてくれた。それだけでも嬉しいのに、今日はレグルスを友達のところへ連れていってくれたのだ。

 叔父の友達――昨日の夜にも会ったステラというお姉さんとゼフィールというお兄さんの部屋に遊びに行くと、ああ、なんということだろう。


 色とりどりのラッピング。数え切れないプレゼントの山。

 絵本。ぬいぐるみ。玩具――。

 見たこともない贈り物の数々に、レグルスはびっくりして固まってしまった。


「レグルス様。昨日は私に付いていた悪いものをとってくださりありがとうございました。これは私たちからの感謝の印です」


 ステラは屈んでレグルスと目線を合わせながら、ふわりと優しい笑顔で少年の手を取り贈り物の山の前まで連れて行ってくれた。

 レグルスは目の前の女性が、絵本で読んだ『良い子に幸福をもたらす妖精のお姫様』なのではないかと思った。

 振り返ると、叔父たちも微笑を浮かべて頷いている。どうやらこの贈り物の山は、本当にレグルスのために用意されたものらしい。

 こんな大量の贈り物をもらったことのないレグルスは、ひたすら戸惑った。

 しかしステラも、叔父たちも、そしてメイドのセレニタすらも辛抱強くこちらを見守ってくれている。

 

 ――本当に僕のための贈り物なんだ。


 ようやく気持ちが落ち着いたレグルスは、意を決して一つの箱を手に取った。慣れない手つきでリボンを解き、包装紙を外す。箱を開けると、中には可愛らしい熊のぬいぐるみが入っていた。


「わぁ……!」


 ふわふわのぬいぐるみを抱え上げ、レグルスは思わず歓声を上げた。


「あ、ありがとうございます! とっても嬉しいです!」

「喜んでもらえて、こちらも光栄です」


 そう言って上品に微笑むステラは、本当に優しい女神様のように見えた。


 レグルスの興奮がひと段落すると、叔父たちがプレゼントの山の中から自分たちが選んだものを順に教えてくれた。

 最初に開けた箱に入っていたあの熊のぬいぐるみは、ステラ自身が一番に選んだ贈り物だったそうだ。

 ゼフィールは玩具のピアノを、クラヴィスは様々な動物の絵が描かれた図鑑を選んでくれたようだ。どちらも初めて触れるものだ。

 そして、イグニスが選んでくれたものは。


「これ、剣……?」


 包みを開いた中にあったものは、小さな木製の剣の玩具。

 それに気付いた瞬間、レグルスはぱっと顔を上げて叔父を見た。


「ああ。その……一緒に遊んだりできるものがいいんじゃないかと言われたんだが……生憎、俺が教えてやれそうなものが剣くらいしかなくてな」


 膝をつき、大きな体を屈めてこちらに目線を合わせながらプレゼントの開封を見守っていたイグニスは、照れくさそうに頭を掻いた。

 剣くらいしか、ではない。レグルスにとっては今、一番欲しかったものだ。

 感極まって、レグルスは叔父に抱き付いた。今朝見た叔父たちの手合わせの迫力は、少年の人生の中で最も心を震わされた光景だ。

 しかし城に囚われ、外に出ることもできない自分が剣を習いたいと願ったところで、叶えられるわけがないと諦めていた。その剣が今、この手の中にある。

 嬉しくて、嬉しくて、思わず抱き付いた叔父は一瞬目を丸くして驚いたような表情になったが、すぐに右手で抱き締め返してくれた。

 大きな手の温かさが心地いい。


「叔父上、ありがとうございます……!」

「そんなたいしたことじゃないさ。こんなことしかしてやれなくて悪いな」


 叔父はそう言うが、こんな心尽くしをされたことのないレグルスにとってはこの上ない贈り物であった。

 振り返れば、ステラたちも微笑みながらこちらを見つめている。

 この胸に込み上げてくる温かい気持ちは、何なのだろう。とにかく心が温かくて、例えようもないくらい幸せで、レグルスは素敵な大人たちに囲まれながら泣いてしまった。



   ◇ ◇ ◇



 突然泣き出してしまったレグルスにイグニスが動揺し、それを見ていたステラが苦笑しながらハンカチを差し出す。

 しゃくりあげながらレグルスが言うには、嬉しすぎて涙が勝手に流れてしまったのだそうだ。

 安堵した大人たちはレグルスをテーブルへと誘った。タイミングよく、セレニタも料理の載ったワゴンを押して部屋へと戻ってくる。レグルスの専属メイドは、叔父の膝の上に抱えられて大人たちにあやされている涙目の主人に小さく笑みを溢した。


「お城の厨房にお願いして料理を用意してもらいました。今宵は一緒にお食事をして、もっと仲良くなりましょうね」


 ステラがそう言って微笑みかけると、レグルスは借りたハンカチをぎゅっと握り締め、笑った。


「……うん!」


 まだその目は潤んでいるが、この上なく幸せそうな表情を浮かべ、レグルスは力強く頷いた。


 甘めに煮込んだ野菜。新鮮なミルクを使ったスープ。香味野菜の風味を効かせて柔らかく仕上げた鶏肉の蒸し物。バターをたっぷり使ってしっとり焼き上げた白身魚のソテー……。

 ステラが用意させた料理は、なるほど確かに香辛料などをあまり使わず優しい味わいのものが多かった。用意された飲み物も酒の類はほとんどなく、果物を使った甘いジュースやお茶などが中心である。

 幼い子供をもてなすためのメニュー構成となっていることに、イグニスもすぐ気付いたし素直に感心した。こういう気遣いは普段子供と接することがほとんどないイグニスたちにはなかなか思い至らない点である。


 レグルスは叔父たちと囲む食卓にとても満足している様子だった。終始にこにこと楽しそうにしており、食も進んだようでセレニタが驚いていた。

 今日の夕食はなんだか楽しくていつもより美味しく食べられたよ、と得意げに言うレグルスの様子に、大人たちが思わず目を細める。

 そうして食事を平らげ、ステラおすすめのケーキまでしっかり堪能したあとは遊びの時間だ。さすがに室内で剣は振り回せないが、玩具は他にもある。絵本を読み聞かせたり、パズルで遊んだり。中でも、小さなピアノの玩具を使ったゼフィールの手ほどきは特に気に入ったようで、おぼつかない手付きながらも簡単なメロディが紡がれると、レグルスはぱあっと顔を輝かせた。


「すごい! ちゃんとメロディになった!」

「呑み込みが早いのね。才能があるんじゃない?」

「ふふ、練習すればもっと長い曲も弾けるようになるよ」


 ピアノの玩具を抱えたレグルスの両脇にステラとゼフィールが座り、優しく弾き方を教えたり、褒めたりしている。その様子は幸せそうな親子の団欒のようにも見え、それを眺めるイグニスは複雑な思いを抱えながらも何も言えずにいた。

 レグルスはまだ七歳だ。本来なら、両親に愛されながらのびのびと暮らしているはずの年頃である。そんな子供時代に寂しい思いをして暮らす辛さはイグニスも身に覚えがある分、どうしても同情してしまうのだった。

 もしも彼をこの家から解放してやれる時が来たら、ステラとゼフィールのような愛情深い夫婦の家庭に引き取ってもらえたらいいのだが――なんて、詮無いことを思わずにはいられない。

 イグニスは何も言えず、ぬるくなった茶を啜った。


 ピアノの他、絵本を読んだりパズルで遊んだりしているうちに、やがてレグルスの目がだんだんととろんとしてきた。


「あら、眠くなっちゃったかしら」


 ステラが微笑みながら声をかけると、レグルスは目をこすりながら首を横に振る。


「大丈夫よ、明日も遊べるわ」

「ほんと……?」


 なかなかステラのドレスの裾を離そうとしないレグルスが、寂しげに訊ねた。


「本当よ。まだしばらくはここにお泊りさせてもらうんだもの。遊ぶ機会はいくらでもあるわ」


 そっか……と小さく呟くレグルスの瞼は今にも閉じそうである。ステラは苦笑しながら少年の頭を撫でると、その頭がこっくりと揺れた。


「レグルス様、お部屋に戻りましょう」

「よし、僕が抱っこするよ」


 今夜はもうお開きのようである。

 まどろみ始めているレグルスを揺り起こそうとするセレニタを制し、ゼフィールがレグルスを抱き上げた。

 小さく華奢なレグルスは、大人のゼフィールに抱えられるとより一層小さく幼く見える。


「ゼフィール、セレニタさんについていってレグルスを送ってあげて」


 わかった、とゼフィールが笑顔で頷く。二人も今日でレグルスとの仲を一気に深め、お互いに名前を呼び捨てにできる仲になっていた。


「申し訳ありません、ゼフィール様……」

「いいよいいよ。女の子には重いでしょ」


 恐縮するセレニタは何度も頭を下げるが、ゼフィールもステラも気にしないでと笑っている。セレニタはそんな二人やイグニスたちを見渡し、居住まいを正して綺麗なカーテシーをした。


「皆様、今日はレグルス様のために心を尽くしてくださりありがとうございました。レグルス様がこれほど楽しんでおられたのは初めてです。主に代わりお礼申し上げます」

「こちらこそ、あなたたちが手助けしてくれているおかげで足掻くことができてるんだもの。これくらいはわけもないわ」


 と、朗らかな微笑みを浮かべるステラ。

 それを見て、イグニスも椅子から立ち上がった。


「……こちらからも礼を言わせてほしい、ステラ・アイテール」


 尊大だった男が急に神妙になったことに、ステラは目をぱちくりさせた。


「レグルスのことは気掛かりだったが、俺たちでは子供にどう接したらいいかよくわからなかった。だがお前たちのおかげでレグルスを喜ばせることができたし、味方も増えた……本当に、感謝する」


 そう言って、頭を下げる。

 イグニスだって、礼を言うべき相手にはきちんと感謝する。しかしながら、ステラとゼフィールは「え?」という顔で固まってしまい、横で見ていたクラヴィスすら意外そうな顔をしていた。


「あ、えっと……こちらこそ、どういたしまして?」


 ステラの返事は何故か疑問形だった。


「……なんでそこで疑問形になる」

「いや、あなたに感謝なんてされると思ってなかったし」

「俺だって感謝すべき相手には礼を言うが」

「そりゃそうなんでしょうけども……別にあなたから感謝されるためにやったことじゃないし、なんとなくあなたが人にそうそう容易く礼を言う人間に見えなかったっていうのもあるかしら」

「お前の中での俺はどれだけ失礼な人間なんだ」


 椅子に再び腰を下ろして溜息を吐く。

 原因はもちろん第一印象が最悪だったせいなのだろうが、ステラから平然とそう言われると少々凹むものがある。

 職務上、人から恨みを買うことはよくあるが、だからといって全ての人間から嫌われたいわけではない。むしろ味方であるはずの相手から悪く見られるのはイグニスだって勘弁被りたいのだが。


「ふふ、ごめんなさい。どうやら私たちはまだまだ話し合いが足りないみたいね。どう? ゼフィールがレグルスを部屋まで送ってきたら、四人でお酒でも飲む? まだまだ大人が寝る時間じゃないでしょ」

「……まぁ、それも悪くない」


 イグニスはステラの提案に肩を竦めて答えた。


パソコンがぶっ壊れました…泣きたい…

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