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二日目・十一 ケーキと当事者たち

 アルバトラム市街地、アイテール商会。


 ステラが買い込んだ大量のレグルスへのお土産は、中身の確認を経て再び包装し直され、そのまま銀竜城へと配達されるという。ステラの厳しい品質確認によっていくつかの品が返品され、その目利きは流石に商家の娘だなと感じさせられた。

 その作業を見守っていると、イグニスとクラヴィスはついでだからと茶菓のもてなしを受けることになった。


「そういうのは別にいらないんだが」

「別にあなたたちをもてなすためじゃないわよ。私はまだ名目上はあなたの婚約者なのよ? お城に来ている方々へお配りするご挨拶のお菓子を確認してもらうだけよ」


 ステラは帰ろうとしていたイグニスたちを強引に椅子に座らせ、秘書にお茶の用意をするよう言いつけた。

 イグニスは人前で飲食することが好きではない。隻腕であるというハンディキャップを如実に晒してしまうからだ。

 しかしステラは有無を言わさずイグニスたちを座らせ、さらには商会の従業員たちも素晴らしい手際でお茶の用意をしてくる。きっと始めから準備していたのだろう。

 失礼いたします、と声がかかるや否や、手押しワゴンを押した給仕の者たちが入ってくる。そして執務室に置かれた会談用のテーブルにまっさらなクロスが掛けられ、次々とカップやポット、皿やカトラリーが並べられていく。その手際の良さたるや、下手な貴族の邸宅の給仕よりも良いのではと思われた。

 精緻な花模様の描かれた可憐なカップに、温かいお茶が注がれる。遠い異国で産する高級な茶葉が使われているのは一目瞭然だ。その間に別の給仕がケーキを切り分け、一人ひとりにサーブしていく。

 目の前に置かれたケーキは、イグニスも見たことがないものだった。


「うちが最近外国から輸入し始めた材料を使ってるの。材料を独占してるから、この国じゃここでしか食べられないのよ」


 給仕たちが退室すると、ステラは少し得意げな顔をして銀のフォークを手に取った。


「どういった材料を使ったケーキなのですか?」


 甘味好きのクラヴィスが、皿の上のケーキをしげしげと眺めている。


「アリューメっていう南方の果物があるの。生だとすぐに悪くなってしまうんだけど、現地で加工させたものを輸入して、クリームにしてあるのよ」

「フルーツのクリームですか、それは美味しそうだ」


 クラヴィスは上機嫌でケーキにフォークを突き刺した。

 焼き色さえ美しいタルト生地の上に、薄桃色のもったりとしたクリームがたっぷりと詰められ、さらにその上に何かしらの果実のコンポートのようなものが綺麗に並べて載せられている。飾りとして飴細工の花が添えられ、見た目はケーキというよりも工芸品のようであった。

 イグニスなどは美味そうだ、と思うよりも先に高そうだ、などと思ってしまった。


「もちろん小麦粉やバターや砂糖も一級品よ。今回はこのケーキを五十個用意してお城のお客様にお配りしたの」

「「ごじゅっ……!?」」


 恐らくこのケーキ一つでも相当な値段だろう。下手をしたら庶民の給料一か月分くらいしたとしても不思議ではない。それを、五十個である。

 王国最大級の財閥にとってはたいした額ではないのだろうが、庶民感覚が強い軍人二人はその数字の衝撃に、思わず手に持っていたフォークやカップを落としそうになった。


「やっぱりうちの財閥って最高。だけど、ああ……ヴェリタス卿の告発をしたらうちも巻き添え食らって、このケーキも今後食べられなくなるのかしら」

「ステラ、やめようよそういうこと言うのは」


 ステラの嘆息にゼフィールが泣きそうな声を上げる。


「そうね……でも、私の腹は決まったわ。やれることは今のうちに全部やりましょう。打てる策は全部打つし、今のうちにできる贅沢は全部味わっておくの!」


 そう言って、ステラは美しいケーキに大口を開けてばくりと食らいついた。

 クラヴィスもゼフィールも、ケーキに舌鼓を打って表情を綻ばせている。

 唯一、イグニスだけがフォークには手を伸ばさず、お茶のみを啜っていた。


「……あら、あなた甘いものは嫌いだった?」


 そのことに気付いたステラがイグニスに声をかける。


「まぁ、そんなところだ」


 イグニスは曖昧に頷いた。


「そう。でも一口くらい食べてよ。私がどういうケーキをお客様に配ったのかくらい把握してもらわないと」

「そうか……」

「別にマナーとかそういうの気にしなくていいし。ほら、どうぞ」


 ケーキを食べさせないという選択肢はないらしい。

 咄嗟に視線を彷徨わせるも、クラヴィスには目を逸らされてしまった。

 迷いはしたものの、うだうだ言っていても埒が明かない。イグニスは諦めてフォークを手に取った。幸いケーキはまだフォークだけで食べられる食べ物だし、ステラも細かいマナーにいちいち目くじら立てるようなタイプではなさそうではある。

 銀のフォークでケーキを小さく崩し、それを突き刺して口に運ぶ。異国の果物を贅沢に使ったケーキは見た目以上に甘く、まったりとしていて複雑な味わいで、なんというか食べ慣れない味がした。


「美味しいでしょ?」


 ステラが得意げに聞いてくるので、とりあえず頷いておく。そうすると彼女は満足そうな顔をした。

 頷きひとつで彼女の自尊心が僅か也でも満たされるのであればそれでいいかと考え、イグニスは口の中の甘味をお茶で流し込んだ。


「美味い、とは思うが……甘いものは、食べ慣れていない」

「あらそう。じゃああなたは何が好物なの?」


 予想外の質問に、イグニスは顔を上げてステラを見た。

 実際に結婚するわけでもない、一時的な利害の一致のためだけに協力している男の好物を知ってどうするというのか。そう思ってステラの表情を伺うが、彼女はただただきょとんとしてこちらを見ていた。

 少し考えて、これがただの「一般的なお茶会での会話のやり方」であると気付く。例えば天気の話とか、好きな食べ物のことだとか、そういうごく普通の話題から会話を盛り上げて、楽しい時間を過ごす。ただそれだけのことだ。

 なんでもかんでも斜に構えて、会話の裏をかこうとしてしまっているのは自分だけと気付き、イグニスは己に呆れて脱力した。


「……どちらかというと、魚介類が好きだ。小さめの海老を素揚げにして塩を振っただけの奴とか、そういうシンプルな料理がいい」

「あらいいわね、よく冷えたエールに合いそうだわ。今度私もそれで飲もうかしら」


 そう言って、ステラは純粋に人好きのする笑顔を浮かべた。

 彼女は本気で、今この時を全力で生きるつもりでいるようだった。食べることも飲むことも、全力で楽しんで、そして苦難に立ち向かっていこうという強さが感じられる笑顔。

 その笑顔に、ゼフィールやクラヴィスの表情も自然と明るくなっている。

 これが人徳か、とイグニスはひそかに感心していた。



   ◇ ◇ ◇



「あの対抗魔術、今のうちに一回くらい試してみようと思うの」


 そろそろ城へ帰ろうかという頃合いになって、ステラがそんなことを言い出した。

 お茶の時間が終わり、商会での用事はほぼほぼ済んだ。レグルスから授けられた対抗魔術は既に解読も済んでおり、使おうと思えば使える状態である。使うことでどんな影響が出るのかまだ未確定な部分も多く、生きている人間に使うのは少々躊躇われたが、そんなことを言っていられる余裕はステラ達にはない。

 イグニスとクラヴィスも、その提案に黙って頷いた。対抗魔術の検証結果はイグニスたちにも必要だ。


「使うのはいいけど、誰に使うの?」


 ゼフィールが心配げに訊ねる。


「うーん、支部長のレプスでもいいんだけど、立場のある人が急におかしなことになっちゃうと私たちが怪しまれるわよね……それよりは、これからも直接お世話になる秘書の方を正気に戻しておきたいかな」

「妥当な判断でしょう」

「昨日のステラの時のようにひっくり返っても、秘書一人だけなら俺たちだけで応急処置できるだろう。となると、詠唱はどうする」


 魔術を正しく発動させるために、人は言葉の力を使う。言葉による制御によってより確実に魔術を発動させることが可能になるということは、この世界に住む人間であれば誰でも知っていることだ。

 その魔術に熟練した術者であれば呪文の詠唱を省略して術を発動させることができるが、今回の対抗魔術はステラたちにとって初めて使う魔術なので、詠唱を省略して魔術を行使すると失敗する可能性が高い。

 しかし人間は、目の前の人物が突然知らない呪文を詠唱し始めれば誰だって警戒するものだ。秘書をこの部屋に呼んで対抗魔術を試すにしても、すぐにおとなしく協力してくれるとは思えない。


「それについては考えがあるわ。昨日のレグルス様のやり方を真似させてもらうの」


 そう言って、ステラは執務机に歩み寄り、引き出しを開いた。

 彼女が取り出したのは白い絹の手袋と、ペン、そしてインク。手袋は恐らく高価な貴金属などを扱う時に嵌めるものだろう。ペンは高級そうだが、特に変わったものではない。だがインクは少し変わっていた。


「魔銀インクか」


 それは錬金術によって精製される特別なインクで、魔方陣などを描くために使われるものだった。


「対抗魔術を魔方陣にしてこの手袋に書き記しておくの。そうしたら魔術を流してすぐに発動させられる。つまり昨日みたく、握手するふりをして相手に触れた瞬間に魔術を発動させるってわけ」

「なるほどな」


 ステラは椅子に座り、さっそくインクを使って手袋に魔方陣を描き始めた。見た目で魔方陣が描いてあるとばれないよう手袋をひっくり返して裏地側に書き込んでいくが、その筆致に迷いはない。魔術師として修行したことがあるという経歴に嘘はないようだった。

 魔方陣が描き上がりインクも乾いた頃、四人は準備を整え、秘書を呼んだ。


「……お呼びでしょうか」


 ステラが執務机のベルを鳴らすと、すぐに隣室で控えていた秘書がやってきた。

 上品な青色のドレスを身に纏った三十代くらいの婦人職員である。

 白手袋を嵌めたステラは椅子に座って執務机に就き、横にはゼフィールが控えて立っている。そしてイグニスとクラヴィスは少し離れたところにある来客用のソファに腰を下ろし、ステラたちを見守る構図となっていた。


「ええ、今日はもう調べたいことも調べ終えたし調達も済んだから、今日のところは城に帰ろうと思って」

「左様でございますか。では馬車の用意を」

「お願いするわ。ああ、それと」


 椅子からすっとステラが立ち上がる。


「ローザ、今日は一日ありがとう。あなたと商会の皆が心を尽くしてくれたおかげで、とても快適に過ごせたわ」

「滅相もございません。当然のことをしたまでです」

「いいえ。良い働きをした者に感謝をし、褒賞を与えるのも上の者の役目です。財閥の総裁として、あなたの働きに感謝を」


 ステラはにこりと笑い、秘書に向かって右手を差し出した。

 ローザと呼ばれた女性秘書はその差し出された手に驚きつつも、勿体ないお言葉です、とはにかみながら応え手を差し出す。

 目論見通りの展開だ。ステラの手が、ローザに触れる。


「……あっ、ちょっと待ってステラッ!」


 魔法陣が発動する瞬間、何かに気付いたゼフィールが鋭く声を上げた。


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