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二日目・十 菓子と貴族

 恐ろしき時代への追憶。あの時代を牽引したグロリウス・アーカリドゥスはもういない。

 しかし今、その子であるヴェリタス・アーカリドゥスが王国へ牙剥こうとしている。

 あの時代を知る者として、ナーシスは何としてもその陰謀を挫かねばならないと考えていた。

 自分が愛した二人の肖像画を見つめ、年老いた女侯爵は静かに決意を新たにする。


 例えどんな手を使ってでも。例え己の名誉を捨てることになろうとも。

 全ては王国の未来と、子供たちのために――。


「……ん?」


 その時、不意にばたばたと慌ただしい足音が聞こえてきて三人の貴族は同時に顔を上げた。

 何事かとナーシスが椅子から腰を上げる。


「お袋!!」


 ばん、と勢いよく扉を開け、ナーシスの息子のウルサスが血相を変えて入ってきた。


「どうした」


 尋常ではない雰囲気にナーシスの声音も強張る。ウングラが思わず後退り、トニトゥラも杖をついて立ち上がった。

 肩で荒く息をするウルサスが何を告げるのかと、三人は固唾を飲んで凝視した。


「す、すまねぇ……」

「どうしたのだウルサス殿!」

「今日のおやつのケーキ……買えなかった……!」


 その瞬間ウングラとトニトゥラは膝から崩れ落ち、ナーシスにこめかみに青筋が浮かぶ。


「こンの……バカ息子がァ!!!」


 ナーシスの怒鳴り声に、またしても邸宅周辺の鳥が一斉に飛び立っていった。


「今! 大事な! 話し合いの! 最中だって! わかってたでしょうが!!」

「痛! いって、いってぇって! 悪い、悪かったって!」


 スパン! スパン! と小気味いい音が響く。女侯爵が息子を扇子で打ち据えているうちに、ウングラとトニトゥラは大きく溜め息を吐き、それぞれ自分の椅子へと戻って腰を下ろした。

 女侯爵ナーシスの薫陶を受けて育ち、既に立派な成人であり、軍医であり男爵の地位だって持っているウルサスだが、このようにどうにも落ち着きがない仕上がりであることは王国貴族界における大きな謎であった。


「だ、だってよぉ、この街で一番の菓子店に行ったら、大口注文と材料の品薄のため新規の注文はお断りさせていただきますって言われたんだぜ? お袋のために最高のケーキを用意しようと思ってたのに、一体どこのどいつがケーキを買い占めたってんだよ……」


 散々しばかれた頭を擦りながら、ウルサスは涙目で弁明した。


「お黙り。こちとら真剣な話してるってのに、そんな話の腰を折るんじゃないよ」

「俺にとっちゃ重要な話だって! この物価上昇中のアルバトラムで、一体誰が高級な菓子を大量発注してるんだって話だよ!」

「おや、お前にもそれくらいは疑問に思える頭があったのかい」

「あるに決まってんだろ? これでも白鷹の団長だぜ?」


 白鷹とは、もちろんウルサスが団長を務める白鷹医療兵団のことである。ヒュメナイ侯爵家が抱える私兵集団であるが、その名の通り医療技術に長けた人材を多く抱えており、戦闘よりも紛争地帯や災害のあった地域での市民の保護や救助活動に重きを置いている集団である。

 自衛能力を持った慈善団体と思われることの多いこの兵団は、医療行為の提供という名目の下、きな臭い場所にもすんなり介入できることから、実質的にはヒュメナイ家の情報収集機関としても機能していた。

 その機関の長であるウルサスも、さすがに市場での物資の極端な流れには疑問を覚えたようだ。

 へへ、と得意げな笑みを浮かべたウルサスの頭を、ナーシスは図に乗るなと言わんばかりにもう一度叩いた。


「だからって阿呆みたいに騒いでいい理由にはならないんだよ。まったく、忙しない子だね……」


 すっかり母親の顔になって呆れているナーシスの背を横目に、ウングラとトニトゥラ老はやれやれと頭を振りながら手元の資料を片づけにかかった。

 どうせさらに調査を進めなければヴェリタス・アーカリドゥスの陰謀は暴けないのだ。ここで頭を抱えていても仕方がないし、そろそろお暇するべきだろうと二人は考えた。


「……ふむ、ケーキのう……」


 ふと片付けの手を止め、トニトゥラ老が考え込む仕草をした。


「おや、どうかされましたかな?」


 トニトゥラが何か思い出そうとしている様子に、ウングラも何があったのかと小首を傾げる。


「そう言えば……城で軍閥の者たちに聞き込みをしておった時に、城の者からなにやら菓子を渡されておりましてな」

「何?」


 トニトゥラの言葉に、ナーシスとウルサスも反応した。


「ええ。なんでも、伯爵の葬儀に参加する者へアイテール財閥からの進物だそうで」

「アイテール財閥からだと?」

「はい。儂はどうせ独り身の老いぼれです故、菓子などもらってもと一度断ったのですが、それでも是非にと勧められましてな。今日はこちらに参る予定がありましたので、処分する暇もなくそのまま持参しておりましたことを、今の今まですっかり忘れておりましたわい」


 そう言って頭をぽりぽりと掻くトニトゥラ老に、彼以外の三人はぱちくりと目を瞬かせた。

 件の菓子はトニトゥラがこの屋敷のメイドに預けていたというので、ナーシスはすぐに菓子を持ってくるよう部屋付きのメイドに言いつけた。


「なんだよ、俺のケーキを買い占めてったのはアイテール財閥だったってのか」


 と、ウルサスが不貞腐れて口を尖らせる。


「しかし何故アイテール財閥が葬儀の参加者に進物を?」

「それはあれでしょう。財閥の新しい総裁……ステラ嬢といいましたかな。彼女がアーカリドゥス家の四男を婿にもらう話になっておりましたから、アイテール家もアーカリドゥス家の一員であると印象付けるためでしょう」


 ウングラとトニトゥラの会話に、ナーシスもふと昨夜の晩餐会での一幕を思い返した。

 葬儀の参加者を集めた晩餐会の場で、アーカリドゥス家の家宰を務めるヴェリタスが自分の弟と財閥の新総裁ステラ・アイテールの婚約を発表したのである。

 婿取りをするステラは至って落ち着き、自信に溢れた振る舞いであったが、婿として発表されたアーカリドゥス家の四男イグニス・アーカリドゥスはそうではなかった。そんな話は聞いていないと激昂し、婚姻の無効を一方的に宣言して会場を出ていってしまったのだ。

 平時ではただの醜聞にしかならないような一場面であったが、ナーシスたちにとってはイグニスという男の振る舞いが少し気になっていた。アーカリドゥス家の人間でありながらヴェリタスと仲違いしているようだったし、さらに言えば彼には良い意味でアーカリドゥス家らしさがなかったからだ。

 弱者を平気で切り捨て、人々を戦争の熱狂へと誘ったグロリウス。生前ほとんど感情を表に出さず、アルバトラムの統治以外ほとんど目立った功績がないアダマス。そして現在不穏な動きを見せている狡猾なる策士ヴェリタス。

 そのいずれのタイプにも当てはまらず、感情を素直に表に出して激昂していたイグニスという男は、アーカリドゥス家の独特の不気味さがない分とてもわかりやすい人間に思えた。だから余計に印象に残っているのだろう。


「ふむ、アイテール財閥の動きも気になるが……トニトゥラ卿、今後も城で情報を集めるのであればイグニス・アーカリドゥスの情報も探ってもらえるか」

「そう言ってくださると思いまして、現在部下に情報をまとめさせております。夕刻にはそれが上がってくることでしょう」

「流石だな」


 トニトゥラの言葉に満足げに頷き、ナーシスは一同を振り返った。


「一先ず会議はこれで終わりにしよう。あとは、そうだな……お茶の時間にでもしようか」


 そう言ってふっと表情を緩めたナーシスに、ウルサスがやったぜ! と喜びの声を上げた。


そろそろ人物紹介でも作ったほうがいいだろうか…

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