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二日目・八 今からでも

 ヴェリタス、そしてレグルス。王国軍、アイテール財閥、アルバトラムの住民たちの思惑――考えなければいけないことが多すぎる。


 大聖堂を離れて遅い昼食を摂り、イグニスとクラヴィスはアイテール商会へと向かった。急いではいない。馬なりに任せてのんびりと雑踏を進む。

 アイテール商会の場所は既に確認しているので、特に迷う事もなく到着した。ただただ、気の晴れない散歩道であった。


 クラヴィスが事務所の扉を叩く。出てきた者に身分を明かし、財閥総裁のステラと約束していたことを告げると、すんなり奥へ通された。

 ステラのために用意された執務室は事務所の二階にあった。恐らくは高貴な人物を迎えるための貴賓室を改装して作った部屋なのだろう。秘書だという婦人職員の案内でその部屋へと向かう。


「……どうした?」


 執務室に入ったイグニスとクラヴィスは、机に突っ伏しているステラを見てそれしか言えなかった。

 昨夜のステラの気丈さはどこへやら。ステラは何故か力尽きたように資料の山に埋もれているし、ゼフィールもその傍で沈痛な面持ちで座り込んでいる。


「終わった……うちの財閥、完全に終わったわ……」

「な、何があったんですか?」


 軍人二人が困惑していると、ステラの手が力なく資料の束を差し出してきた。

 何事かと思ってそれを受け取り、目を通す。どうやらその資料は商会の取引記録のようだった。しかし、その内容は。


「……なんだ、これは」


 違法取引のオンパレードであった。



   ◇ ◇ ◇



 国の認可を得ない他国への武器類の輸出。不当に物資を買い占め、市場価格を吊り上げる行為。犯罪組織への物資の横流し。

 特に物資――穀類や豆類、砂糖や塩、畜肉の加工品などの食糧、武器、火薬などを必要以上に買い込み貯蔵する行為は市民の生活を苦しめるだけでなく、戦争の準備をしていると疑われても仕方がない所業である。

 だというのに、アイテール財閥もアーカリドゥス家も特に取引を隠蔽する事もなく、堂々と記録を残しているというのはどういう了見なのか。

 確かにイグニスたちはこの証拠を求めてここまでやってきたわけではあるが、こうも簡単に証拠が揃ってしまうとかえって不気味だった。狡猾なあのヴェリタスの足元が、こんなに甘いことがあっていいのだろうか。

 ともかくこの証拠を軍に提出すれば、ヴェリタスを国家反逆罪で訴えることが十分にできるだろう。となればあとはこの証拠をどのように提出し、どのような処分を国に訴えるかという話になってくる。

 それはこちらで協議していくとして、その代わりとんでもない窮地に陥ったのがステラとゼフィールである。自分たちの所属する派閥が完璧に洗脳され、悪事の片棒を担がされていると判明してしまったのだからその衝撃は計り知れない。


「ねぇ……今からでもできる減刑対策って何かあるかしら」


 青白い顔のステラが弱気な声を上げる。確かに今彼女たちにできることは、罪を認めて減刑を請うことくらいしかないのかもしれない。


「お気の毒ですが……もう平謝りに謝り倒すくらいしか……」

「ぼ、僕たち洗脳されてたってことでもうちょっとどうにかならないでしょうか」

「確かに、不可抗力であったということにすれば多少は軽くなるかもしれないな」


 今、四人は椅子を寄せて膝を突き合わせ、アイテール財閥減刑対策会議を絶賛開催中であった。

 イグニスたちはほぼ目的を達成してしまっている。これもステラたちが協力的だったおかげなので、彼女たちの目的にもこれから協力していこうということになったのだ。

 そういうわけでイグニスも資料を見ているが、この何も隠す気もない取引履歴は洗脳によって隠蔽を必要としていないことを前提に作成されているような気もする。それならば洗脳による不可抗力ということで罪が軽くなるかもしれない。

 だが裏を返せば、この四人ではそれくらいしかまともな対策が思いつかないのもまた事実だった。


「ということは、いま私たちにできるのはヴェリタス卿の異能による影響を明らかにして、徹底的に自分たちが被害者であるということを主張するのみ、ね……」


 ふう、と深く溜め息を吐いて、ステラは頭を押さえる。


「一応、私たちの手元にはレグルス様からもらった術譜があるわ。その効果を地道に検証して、うちの人たちが洗脳状態にあるということを証明して訴えましょう」


 ゼフィールやイグニスたちも、今はそれが一番だと頷いた。


「術譜の解読はどう?」

「うん、ほぼできてるよ。王国語に直したのがこっちね」


 気を取り直したステラが尋ねると、ゼフィールが二枚の紙を差し出した。一枚は昨夜レグルスが描いた術譜、もう一枚はゼフィールが書いたらしい術譜の解読文である。

 それを見て、クラヴィスが驚いたように声を上げた。


「ゼフィールさん、術譜の解読もできるんですね」

「あ、はい、ステラが一時期魔術師の勉強をしていた時に、僕も一緒に勉強したんです。僕は普段音楽家として音響魔術を使うことも多いんで」


 音響魔術は、風魔術の発展形として近年開発された魔術だ。音を広い範囲に響かせたり逆に聞こえなくさせたり、音の聞こえ方を調節したりするための魔術で、同じ頃に開発された光学魔術と共に音楽や歌劇の世界に革命をもたらした技術である。

 音楽家であるゼフィールは音楽の修養と共に、魔術の勉強も積んでいたようだ。彼の華やかな音楽家としての実績は、このような勉強熱心な一面が裏打ちしているのだろう。


「ふむ、俺たちも見ていいだろうか」

「構いませんよ、どうぞ」


 というわけでステラ、イグニス、クラヴィスの三人が揃ってゼフィールの書いた解読文を覗き込むことになった。


 古代文字と図形からなる術譜を解読し現代王国語に展開し直した解読文によると、この魔術は催眠状態を解除するとか暗示をかけるとかというよりも、より深く魂に働きかける作用を持つ魔術であるらしい。

 正直なところ一般的な魔術とはかけ離れた体系の魔術なので、魂に働きかけるということがどういうことかはよくわからないが、少なくともステラには効果があったし、きちんとした意味がある魔術作用なのだろう。

 あと不安なのは、実際に使った場合どのようなことが起きるのかがよくわからないことだ。昨夜はレグルスがこの魔術を無詠唱で使ってステラにかけられていた魅了が解除していたが、例えばレグルス以外の人間が使った場合や、より深い洗脳をかけられている人間に使った場合の副作用など、まだまだ未知数な部分も多い。

 そういった不安な点はあるが、今はこの魔術がステラたちを救うかもしれない唯一の希望の糸である。

 四人でその解読文を眺めつつ、接触式ではなく範囲式に変えたほうが使いやすいのでは、いやあらかじめ魔方陣を用意して即座に発動させられる形式を作っておいた方がいいのではと議論する。


 そんな時だった。


「失礼いたします。ご希望しておられた品が揃いました」


 扉を叩く音に四人が顔を上げると、扉の向こうから秘書が声をかけてきた。


「あ、そうだったわ。買い物お願いしてたんだった。せっかくだからあなたたちにも見てもらおうかしら」

「俺たちも見たほうがいい買い物?」


 と、イグニスが首を傾げていると、ステラは返事も待たずに扉を開けて従業員たちを執務室に通し始めた。

 女の買い物と聞いてなんとなく服飾品でも買ったのかと思ったが、それは浅い読みであったようだ。秘書の合図とともに従業員が部屋の中に次から次へ入ってきて、箱を山のように積み上げていき、軍人二人はそれをただ茫然と見つめるより他なかった。

 華やかで可愛らしい包装紙で包まれた、色とりどりの箱の山。ステラのような妙齢の女性向けの商品としては少々可愛らしすぎる包装のように見える。

 最後の箱が置かれ、従業員と秘書が一礼をして部屋を出た後、ステラは当然のように手近な箱を手に取り、包装を剥がした。


「なんだそれは? 本?」

「何って、絵本よ。子供向けの」


 そう言って、ステラは包装紙に包まれていた絵本の表紙をイグニスに向ける。

 革張りの表紙に金でタイトルが記された立派な本だった。ひと目で裕福な家庭向けの児童書であるとわかる。


「絵本や図鑑の類は何冊かまとめて買ったし、あとはぬいぐるみとかお人形とか、積み木とか模型とか……そうそう、ゲーム用のカードとか遊戯盤も買ったわ」


 指を一本一本折りながら買い物の内訳を説明するステラだったが、イグニスはそれが何のための買い物なのかぴんと来ず、ぽかんとしてしまった。


「まだ好みをよく知らないから、とりあえず思いつく限り子供が喜びそうなものを用意はしたけど……レグルス様ってこういうお土産喜んでくれるかしら?」


 別の紙箱から取り出した熊のぬいぐるみの縫製を確認しつつ、ステラはイグニスに問いかけた。

 その瞬間、イグニスは愕然としてしまった。


「これは……レグルス用だったのか」


 昨日会ったばかりだというのに、ステラはこうしてレグルスのために贈り物を用意している。

 だがイグニスは、子供に贈り物をするという発想がすっかりすっぽ抜けていた。

 何も用意していなかった。子供に接する機会がなさすぎて、子供と仲良くなるためにお土産を用意しようという考えに一切至らなかった。

 そしてそんな自分に気が付いてショックを受けた。


 城から出られず、僅かな使用人と共にひっそりと暮らしているだろうレグルスの気持ちは、幼い頃から軽んじられてきた自分が一番理解してやれるとなんとなく思い込んでいた。

 だったらそんな時に一番欲しかったものだって、すぐわかってやれたはずなのに。

 贈り物すら用意せず、ただ甥からの好意を享受してその協力を取り付けようなど、叔父として最低だったのではないか。

 イグニスは自らの失態に眩暈を覚えた。


「……すまん、今からでも買いに行ける玩具屋はあるか?」

「え、どうしたのいきなり」


 イグニスの真剣な質問は、ステラに怪しまれるだけで終わってしまった。


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