二日目・五 大聖堂へ
強盗犯は駆け付けた警邏隊に突き出し、その後の対応は彼らに任せることになった。
警邏隊はこちらの身分を明かすとすぐに警戒を解いてくれた。彼らの仕事の手助けをしたのだから感謝されて当然ではあるのだが、地域の警備兵や自警団など縄張り意識の強い組織は時として国軍にも警戒心を露わにしてくることがあるので、そういう意味ではアルバトラムの警邏隊は協力的な組織でとても助かった。
というのも。
「おお、アーカリドゥスの坊ちゃまか! 久しいですなぁ! いや、なんともご立派におなりになって」
警邏隊の隊長が、イグニスのことを知っていたからだ。
その隊長が姿を現した途端、イグニスがぱっと顔を背けたのを、クラヴィスは見逃さなかった。
「軍に入ったとは聞き及んでおりましたが、まさか再びお会いできるとは……」
と、その男は潤んだ目許を乱暴に拭いながら、親しげに近づいてきた。
群青色の警邏隊の隊服に身を包み、羽根飾りのついたヘルメットを抱えた五十絡みの男は、初対面のクラヴィスに対して警邏隊隊長のカイロスであると名乗った。
白髪の混じり始めた焦げ茶色の髪は短く切り揃えられている。よく日に焼けた肌は張りがあって若々しい。鍛えられた体には力があり、動きも溌溂として、このアルバトラムという都市を守る者としての強い自負と誇りが感じられるようであった。
「この度は犯罪者の捕縛にご協力くださり、誠にありがとうございました。お二人が迅速に対応してくださったおかげで盗品も無事に取り戻せ、暴利を貪る悪質な金貸しも見つけることができましたよ」
「いえ、こちらはたまたま近くを通りすがっただけですよ。余計なお世話でなければよかったです」
イグニスが相変わらずそっぽを向いたままなので、カイロスとの対応はクラヴィスがしている。
「しかし、あの……隊長殿は彼とはどのような関係で?」
確かにイグニスはアーカリドゥス家の生まれで、この地で幼少期を過ごしているし、警邏隊は実質的にアルバトラム伯爵の私兵という扱いであるので、因縁がないということもないのだろうが、なんだかそれだけの関係というわけでもなさそうである。
「ああ、今から十五、六年前になりますかな。当時は坊ちゃんもやんちゃ盛りでしたからなぁ。一介の警邏隊員であった自分はそれこそ、毎日のように悪ガキどもを追いかけては拳骨を喰らわせていたわけですよ」
「ははぁ、なるほど」
カイロスの説明にクラヴィスがにやりと意地悪い笑みを浮かべた。
「イグニス、隊長はお世話になった方なんですから、きちんと挨拶したらどうですか?」
そっぽを向いたままだったイグニスは、ぐむむ、と唸って帽子を引き下げ、顔を覆ってしまった。
◇ ◇ ◇
イグニスは油断していた。
アルバトラムに着いてからというもの、過去に面識のある人間と出会ったのはヴェリタス以外で初めてだったものだから、まさかこんなところで昔のことを暴露されるとは思わなかった。少年時代のやんちゃなどというものは、大人になってみればただただ恥ずかしいだけである。
あの時の警備隊員がまさか隊長にまでなっているとは思わなかったし、こうも暑苦しく対応されるとも思わなかった。
「お労しや……まさか、こんな大怪我を負われていたとは……!」
警備隊長のカイロスはイグニスの顔の火傷痕と空っぽの左袖を見て、また涙ぐんでしまった。
「さぞ……さぞ、お辛かったことでしょう……!」
「あー、いや、今はもう傷も塞がっているし平気だ。気にしないでくれ」
イグニスはカイロスをうんざりとした顔で投げやりに慰めた。
こういうことになるから怪我したことは教えたくないし、普段は左袖をマントで隠しているのだ。
今回は隠すより先にカイロスがイグニスの左肩をがっしり掴んでしまったせいで、腕がないことがばれてしまった。これにはさすがにクラヴィスも気まずい顔をしている。
こうしてイグニスたちがカイロスに暑苦しい対応を受けているこの場所は、大聖堂にほど近い場所にある警邏隊の本部である。
強盗犯たちを捕まえたこともあって、状況説明を求められたので付いてきたのが運の尽きであった。
「あ、あの! 我々、これから大聖堂に行こうと思っていたのですが……」
イグニスからカイロスを引き離そうと、クラヴィスがやや強引に声をかけた。
「おお、左様でしたか。だからあの場にお二人がおられたのですな」
「はい、それで聴取のほうは……」
「それはもう大丈夫ですよ! あの事件についてはもうほぼ解決しましたからな!」
と、カイロスは満面の笑みを見せる。
どうにか解放してくれそうな流れになり、イグニスとクラヴィスはほんの少しだけ胸を撫で下ろした。
「では我々はそろそろこの辺で」
「いやいや! 大聖堂に行かれるということであれば是非一度会ってほしい者がおります! ここは自分に案内を任せていただきたい!」
ついてくる気満々である。
イグニスとクラヴィスはなんだかどっと疲れてしまった。
◇ ◇ ◇
カイロスは数人の部下にてきぱきと指示を出すと、何故か覇気のなくなった二人の軍人を引きずるようにして大聖堂へと向かった。
警邏隊の本部と大聖堂は目と鼻の先なのだから、わざわざカイロスが案内するほどではないと思うのだが、彼は頑として譲らない。
イグニスはクラヴィスと共に、釈然としないながらもこの警邏隊長に従うより他なかった。
間もなく、先ほど馬を降りた大聖堂の前へと辿り着く。
強盗に入られた宝飾品展はまだ片付けの最中らしいが、通りはすっかりと落ち着きを取り戻していた。
それを横目に、カイロスに連れられるがまま大聖堂の大扉を潜る。
大人が三、四人で抱えられるほどの太さの立派な白大理石の柱や、神々の功績を称えるレリーフが彫られたファザード。壁や高い天井を覆いつくす彫像やテンペラ画。歴史と風格を感じさせる豪奢な造りの大聖堂は、過去の戦災からも市民の手によって厚く守られてきた、街の誇りともいうべき場所であった。
大聖堂に入ると、カイロスは手近なところにいた若い僧侶を呼び止め、二、三言葉を交わす。僧侶は心得たように一礼すると、そのまま奥へ引っ込んでいった。
しばらくその場で待つと、若い僧侶と入れ替わりで年嵩の僧侶が出てくる。
「シアーノ、こっちだ」
カイロスが手を振ると、その僧侶は柔らかく微笑んだ。
高位の聖職者にしか許されない金糸のストラを身につけた、カイロスと同世代と思しき僧侶である。
「仕事中にあなたが来るとは珍しいですね。おや、そちらの方々は?」
「忙しいところすまないな。滅多に会えないお方が見えたので紹介させてほしい」
挨拶もそこそこに、カイロスはイグニスに向かって僧侶を示した。
「坊ちゃ……いや、イグニス様、こちらはアルバトラム大聖堂の現書院長シアーノ・ベルティアです」
名と記録を重んじるレクティス教において、聖堂はすなわち書の貯蔵庫であり、その聖堂を取り仕切る役職のことは書院長と呼ぶ習わしがある。つまりこのシアーノという僧は大聖堂の長ということだ。
しかし紹介されたシアーノはさほど偉ぶった様子もなく、年若いイグニスたちにも丁寧に腰を折って礼をした。
「ご紹介に預かりました、シアーノです。お初にお目にかかります」
「いやいやシアーノよ。お前はこの方と初対面ではないぞ。こちらはアダマス伯爵の末の弟君、イグニス・アーカリドゥス様だ」
カイロスが楽しそうに教えてやると、シアーノは穏やかな目を大きく見開きイグニスを見直した。何かを思い出したようだ。
ちなみに、イグニス自身にこのシアーノなる僧侶との面識はなかったように思う。多分。
ここまでイグニスもクラヴィスも一言も言葉を発しないうちに話がどんどん進んでいて、正直もうどうしていいやらわからなくなっていた。とはいえここまで来てしまったからには何が来ても驚くまいと、イグニスは腹を括ってシアーノの出方を伺う。
「……イグニス様でしたか! なんと、ご立派に成長なされて……あなた様は覚えていらっしゃらないとは思いますが、実は私はあなた様がお生まれになった時に、お名前を付けさせていただく名誉に預かった者でございます」
「「な、名付け親……!?」」
驚くまいと決めたはずだが、驚くなというほうが無理だった。
イグニスとクラヴィスは二人揃って同じ反応をし、それを見たカイロスとシアーノは目を細めてうんうんと頷くばかりであった。




