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二日目・二 変化

 朝早くから準備をして、ステラはゼフィールと共に馬車に乗り込んだ。向かうはアルバトラムの街にあるアイテール商会の事務所である。

 財閥の主幹企業であるアイテール商会は、王国でも長い歴史を持つ豪商だ。王国の主要都市には必ず支部があり、王国の民の暮らしに必要な物資や食糧の他、国軍の武器や装備、兵器なども支えている。

 いくら優れた政治家や高貴な貴族、立派な英雄がいようとも、ものを作り、運び、そして売り買いする者がいなければ国は回らない。そこにアイテール一族の魂があった。

 あったはずなのに、とステラは歯噛みする。


「ステラ……」

「ええ、大丈夫。戦いはこれからよ」


 心配してくれる幼馴染の手を握り返し、ステラはきっと前を向いた。

 馬車は既に到着している。御者が先に降りて扉を開けてくれるところだ。表情を引き締め扉の外に視線を向けて待つ。


「ステラ総裁、ようこそおいでくださいました!」


 扉が開け放たれた途端、事務所の従業員たちが勢揃いしてステラを迎えてくれた。ステラはゼフィールに手を取ってもらいながら、悠然と馬車を降りる。

 彼らは皆ステラの大事な部下であり、そして敵であった。


「皆さん、楽にしてちょうだい」


ステラは従業員一同を見渡し、殊更余裕のある口振りで声をかけた。


「総裁のステラです。皆さんも知っての通り、この度私は栄えあるアーカリドゥス家のご令息と婚約を結ぶ栄誉に預かりました。これも皆さんが日頃から人々のために働いてくれているからこその栄誉です。私も皆さんのために、この商会をより繁栄させられるよう精進して参りたいと思っております」


 優雅に膝を折って一礼すると、従業員たちが一斉に拍手をする。その中から初老の男が腰低く進み出て、ステラの側に侍った。


「ご挨拶が遅れて申し訳ございません、アルバトラム支部長を務めておりますレプスと申します」


 目尻を下げてへらへらとした笑顔を浮かべ、揉み手しながら近づいてきた小太りの男は、この事務所の長であった。

 ステラは彼のほうを向いて笑顔を返す。


「レプス支部長。苦労をかけてしまって申し訳ないわね。私の執務室はもう準備できているかしら」

「勿論でございます! 事務所従業員一同、総裁のご到着を今か今かとお待ち申し上げておりました。総裁が快適にご職務を全うできるよう、総力を挙げて環境を整えさせていただきましたので、ぜひごゆっくりとお過ごしくださいませ」

「そう。ありがとう」


 にこりと笑って感謝を述べると、レプスはこれ以上ないほどに幸せそうに目尻を下げる。

 商会は財閥の主軸だが、ここはあくまでもアルバトラムという街に置かれた支部でしかない。レプスはどうやらステラの歓心を買って、さらなる栄転を狙いたいと目論んでいるようだった。

 ステラはすぐに表情を引き締め、レプスに事務所の案内を申し付けた。


 今日からしばらくはこの事務所がステラの仕事場となる。

 ステラはゼフィールと共に、レプスと宛がわれた秘書官たちを引き連れて、事務所の廊下を進む。


「アーカリドゥス家の方とお話する上で、過去の取引について答えられないと話にならないわ。まずは直近半年分の取引の記録を引き出しておいてくれる?」

「はい、かしこまりました」

「それと、これからこちらで生活するのに買い揃えてほしいものがあるの。リストがあるから、誰か買い出しをお願いできるかしら」

「それでは私めが」

「お願いね。ああそうそう、事前にお願いしていた手土産の品の手配はどうなっているかしら? アーカリドゥス家のご令息を婿にもらう家として、参列者の皆様に私とアイテール商会の存在をしっかりアピールしておかなければ」

「勿論整ってございます。一流菓子職人の手による焼き菓子を五十個ほど用意し、すぐにお城に届けられるよう準備しておりますが、追加の必要があれば発注可能でございます」

「ありがとう。さすがだわ」


 廊下を進みながら、ステラは秘書たちに矢継ぎ早に指示を出していく。

 今日のステラは薔薇色の髪に映える深緑色のドレスを纏っていた。衿飾りは真っ白なレースに、手触りの良い天鵞絨のリボン。ブローチ、イヤリング、髪飾りは全て金と真珠でできている。

 夜会に着ていくような華やかさはないが、ドレスも装飾品も彼女の美しさを引き立て、上品かつ知的に見せる素晴らしい装いであった。

 隣にはゼフィールがいる。彼も今日はくすんだオリーブグリーンのジュストコールにジレ、長い髪も天鵞絨のリボンで結わえていた。

 ステラが表向きアーカリドゥス家と縁づいたこともあって、堂々と同じ色の装いこそしないものの、ゼフィールがステラのドレスと同系色のジュストコールを着て彼女をエスコートしているということで二人がただならぬ関係であることを暗に主張しているようであった。


 ゼフィールは確かにステラと兄弟同然に育った幼馴染だが、彼の所属するウェンティ楽団は財閥の経営している団体であり、彼自身も国内外の大きな劇場でいくつもの公演を成功させている実力派の音楽家である。

 大財閥の若き総裁と、その寵厚き美貌の音楽家。二人の仲の良さは、既に公然の秘密として周知されていた。


「執務室はこちらでございます。何かありましたらすぐにお呼びください」


 相変わらず揉み手しながらレプスが廊下の突き当りの扉を示した。黒塗りの重厚な扉に、磨き抜かれた真鍮のドアノブが輝いている。


「ええ、ありがとう。これからよろしくお願いするわね」


 ステラがレプスににこりと笑いかける。同時にゼフィールが扉を開けてくれた。

 レプスや秘書たちに見送られて、二人で執務室に入る。

 ゆっくりと扉を閉め――閉まった瞬間、ステラとゼフィールは顔を見合わせ、こくりと頷き合う。


「よし、やるわよ」

「財閥がヴェリタス卿の悪事に加担している証拠集め、だよね」

「それは私がやるわ。ゼフィールは魅了の異能への対抗魔術の解析を進めててちょうだい。私もこっちが片付き次第、対抗魔術を習得したいから」

「わかった、任せて」


 ステラは傍付き用の机に就いたゼフィールを頼もしく見つめつつ、自分のために用意された大きな執務机の横に立った。

 これから秘書たちが取引の記録を持ってやってくる。今日のステラはその洗い直しが目的だった。


「悪いことは全部膿を出し切って、なんとしても財閥を守らなきゃ……そのためにも、まだしばらくはアーカリドゥス家の姻戚っていう立場、使わせてもらうから」


 ステラは窓の外に鋭い視線を投げかける。

 正直イグニスという男はいけ好かないが、悪人ではない。悔しいが、財閥の現状を突き付けてくれたという点ではむしろ恩人である。

 あの男の婚約者として振る舞わなければならないということは少し不満だったが、四の五の言ってはいられない。


 執務机のために用意された椅子はふかふかで、文句のない座り心地だった。

 深く息を吸って、吐いて、若き総裁ステラは生き残りをかけてその明晰な頭脳を働かせ始める。



   ◇ ◇ ◇



 一方、その頃。


 まばらな林に囲まれた銀竜城から市街地までの緩やかな坂道を下り、古い防塁の関を越えればそこはもう市街地である。急に人家が密集し、人々の生活の気配や喧騒がそこかしこから聞こえてくる。

 商業都市アルバトラム。イグニスにとっては十数年ぶりの故郷である。

 白く輝くような街並みは、この辺りでは豊富に採れる大理石や石灰岩の建材によるもの。それらの家々が岬の崖を切り拓いて作られた段々畑のような土地に、ひしめくように立ち並んでいる。それぞれの地区を区切るようにぐるりと城壁が巡らされ、要所要所に建てられた火の見の塔が街を見下ろしていた。


「この先にずっと行けば、中央広場と目抜き通り。そこから北に下って行くと、一番大きな市場と港に出る。中央広場からは確か、大聖堂と議事堂が見えたはずだ」


 人の波をかき分けるよう、ゆっくりと馬を進めながらイグニスが記憶を辿る。


「大きさはともかく、活気は確かに王都並みですね……」


 生まれも育ちも王都であるクラヴィスは、馬上から物珍しそうに周囲を見回していた。


 大きな交易港であるアルバトラムの港には、国内のみならず、海の向こうの様々な国からも絶えず人や物がやってくる。

 路肩に座り込んで煙草をふかしている南方系の男。北の大陸産の獣皮や毛皮などを店先に並べる女。王国では珍しい薬草や香辛料を石臼ですり潰す匂いが漂ってくる路地を抜け、小さな楽隊がやや調子外れな旋律を奏でる通りに出る。

 物を売る者、買う者。

 気忙しげに通り過ぎる者、ふと足を止める者。

 男も女も、老いも若きも数限りなく。

 まるで川のような人の波の中を、二頭の馬が舟のようにゆっくりと進んでいく。


「……確か、その先の角に古い酒場があったな。看板に酒を飲む山羊の絵が描いてあった」

「酒場……はあるみたいですけど、看板変わってません? どう見ても酒飲んでる魚の絵ですけど」

「ふむ、ここじゃなかったか。じゃああっちのほうに有名な食料品問屋が」

「いや、楽器屋になってますね」

「なんでだ。いや、仕方ないか。じゃあ向こうの大聖堂の屋根が見える方向に、毛織物の類を扱う店はないか? そういった店が数件集まっている場所があったはずだが」

「大聖堂の方角……もしかして、あの大きな建物が建ってるあたりですか? あれは多分、どこかの商会の事務所だと思いますよ。あ、アイテール商会って書いてある」


 イグニスの記憶を頼りに、どこにどんな店があるか確認して歩いているのだが、その主だったものは粗方別の店に変わっていたり、移転したり閉店したりしているようだった。

 勝手知ったる地元の街と高を括っていたイグニスだったが、だんだんと自分の記憶が役に立たなくなっていると感じ始めていた。

 怪訝げに眉根を寄せて、周囲を見渡す。

 人々の波が滔々と通り過ぎていくように、街もまた流れによって姿を変えていくのか。


「本当に道、覚えてます?」

「十数年前まで自分の庭のように歩き回っていた街だぞ、そう簡単に忘れるか。とはいえ、ここまで様変わりするものか……」


 たかが十数年。短いといえば短いが、物事が移り変わるには充分といえば充分な時間。

 その期間の中で街が大きく姿を変えていることが、果たして何の不思議もない普通のことなのか、それとも何か大きな変革があってのことなのか。

 判断がつかず、イグニスは戸惑いの表情を浮かべていた。


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