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閑話「役割」


これは悠久の時を生きてきた一人の勇者の話。

彼女の記憶はあるところから途絶えている、そう完全に勇者という存在になってから、自分の最後を求めて…

 




…………


 昔から私には役割があった、そしてその役割はある日突如として私の頭に入り込んだ。


 【あなたは勇者で、この世界(海)を平和にしなければいけない】


そう幼い私の頭にあまりにも重すぎる天命が舞い降りてきたのだ。

そして次の瞬間、どこにでもいるはずの小さな子供である私の精神は───死滅した。


 生まれ変わったと表現するには実に気持ちが悪かった、自分の体の中に異物が入り込み静かにそれでいて素早く私という存在を乗っ取っていた。しばらくして私は自分が周りにいる同族と同じ存在だととてもではないが思えなくなっていた、私だけが周りと違って…周りとは一線を隠す次元の生き物、今すぐこの私であり私ではない異物をどうにかしてくれと助けを求めたかった、だがそれを誰かに言うなんてことはできなかった、なぜなら周りから見れば私はごくごく自然な生き物と見られていたからだ。すれば私はただの狂人の一人として数えられるだけだろう、自分を助けて欲しいという意識よりも自分以外がこうなって欲しくないと思っていた私は他者の理解を求めることよりも他者との拒絶を選択した。自分の中の怪物が誰かを食らってしまう前に。


そして私からしたら、自分を殺した異物に全てを乗っ取られるという感覚は、いますぐにでも首を断ち切りたいほどの衝動に駆られてしまうことにもまた違いはなかった。


 「──────────。」


だが結果は失敗だった、異物は実に狡猾で私が自分を殺した瞬間に、私を"蘇生"させた。

生命にいかなる祝福がもうけられようとも必ず平等に訪れる概念、それが"死"だ。

しかしこいつは生命体と呼ぶにはあまりに歪で不可解だった、なら私のこの行動をなかったことにすることもまた可能であったのだ。



 「」


私は発狂した。決死の覚悟で……自分を殺すと決めた、他人や寿命などの自分ではどうすることのできないものとは違い、自分で刃を持ち自分の核貫く。いったいどんな心でこれを実行したのだろうか、今ではわからない話だ、なぜならその気持ちを抱いていた存在はもう死んでしまっている。私が自分の胸を突き刺す瞬間に───。



 そしてその異物は私に成り変わった。今の私には以前抱いていた気持ちは全てなくなっていた、逆に以前の気持ちを否定する立場になっていた。私はこの世界(海)の平和のために命を捧げなければいけない存在へと生まれ変わり、今もその過程にいる。


止めることはできない、辞めることはできない、引き返すこともできない、


ただただ無心で進み続ける───エリアという存在を永遠に偽りながら。


…………



しかしその過程で、ある光を見つけた。


いや、光と表現するには弱々しく───何ならその本質は闇と捉えてもいいほどの存在だった、私と同じ気持ち悪い光だった。……でもそれでも私は光に惹かれた、異物の精神強制が効かなくなるほどの強い思いが私の身に宿った。


彼女と触れ合っている時は特に異物が強い衝動を見せていたことはよく覚えている。心ではそれを倒すべき敵だと言っていたのに私の心の底の方ではそれを慈しんでいた。彼女と触れ合っている時だけが、乗っ取られた私の心の中で唯一の癒しであった。

そんな砂漠にあるオアシスを見つけては心を休める行動を繰り返しているうちに私本来のエゴは強化されていった、それこそいつしか異物の衝動が全く聞こえなくなるほどに。


まさに聖女、私を化け物の腹からただ一人連れ出してくれた絶対的な存在。


そんな存在こそ、私なんかより世界を平和にできる存在だと、確信した。ならばすることは変わらない、彼女のためなら自分自身にも嘘をつく、自分自身という存在を偽りもする。


この異物の力がこの体を蝕もうとも、利用する。そう決めた────────。



だが、どうやら私はまた油断したらしい…心の中では完全に使いこなせていると理解していた異物にまたもや奪われようとされ、精神の摩耗からくる判断力の低下が結果として、彼女を苦しめる機会を作ってしまっていた。


全く情けない、それこそ死んでしまいたいくらいの恥ずかしさだ。


実際に私の体は死体に近い状態に今なっている。このまま異物からくる提案を拒否し続ければ楽に死ねるだろう。これで彼女も幸せになることができるだろう。



 (まさか、そこまで嘘をつくつもりなのか?)


…………………、それもそうだな。少々諦めが良すぎる気がする。


 (…なら決まっているだろう?)


…………。もう一度立ち上がって今度こそ彼女の役に立つ。そんなことが実際に許されることなのだろうかとも思ったりするが……あぁそうか、確かにそうだ。


 (…無駄死によりかは遥かにマシだろう。)


なんなら今までに味わった私の中で一番良い死に方なのかもしれない。それに"まだ一回"くらいはまともにふるまったりできるだろう。加えてアレはおそらく全霊を尽くさなければ勝てない、懐に短い時間ながらいたからそのくらいは理解できている、それこそ私しかとどめを与えられないだろう。


 【あなたは勇者で、この世界(海)を平和にしなければいけない】


今になってそんな言葉が聞こえてくる。応援しているつもりなのだろうか、いやそんなはずはないな…この異物はいつだって私の異型になったことがないのだから…


 【あなたは勇者で、この世界(海)を平和にしなければいけない】



わかっている、だから貴様が望む通りに───




 「───勇者のような姿を最後に華々しく見せよう。」


"勇者"の定義は6万6204年前に召喚された存在のことを基本的に指している。大規模召喚により72人が同じ場所に召喚される予定だったが、召喚陣が安定しなかったことにより数人が姿形、記憶を変えて転生するようになってしまった(前例あり)

また勇者の不死生も合間って現代でも生きているのではないかと言われている。


しかし世界崩壊戦争はあらゆる力を持つものが前線へ動員され、散って行ったため。生存はほぼ絶望的だと見られている。

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