七十四話「ひとときの炎」
前回のあらすじ
ウミさんがガチ心理戦をする。(本人談)
建物から出た私はやっと安心することができた。はぁっと少し大きなため息をつきつつ、先ほどの緊迫感を体から一気に放出する。
(悪い癖だったらいいんですが、アリスさんみたいな人はどこか警戒してみてしまうんですよねー。)
先ほどの一件、確信を掴んだり持ったりしてアリスさんと話していたわけじゃない、ただアリスさんの態度を見るにそういう感じの人なのではないかと勝手に頭が切り替わったのだ。結果柄でもないことを色々と思ってしまった感はある、しかし完全否定をすることもまたできない。
(彼女から放たれているオーラは紛れもなく私の感想と同じだからだ。)
以上。私は頭をしっかりと切り替えて歩き出す。帰り道に訓練場の一つでもあれば寄りたいと考えていた私ですが今回は望めなさそうである。プロイシーにおける人間のヒエラルキーを考えれば一目瞭然、面倒ごとが起こる前にさっさと撤退するに限る。
そして私は柄にもなく解放されたはずみで少しだけ鼻歌を綴りながら歩いてしまっていた。
「ウミさんお疲れ様。」
「はい、とっても疲れました。それではまた家で───」
通り過ぎようとした時私は違和感に気づいて声がする方を見た。
「?。」
そこにはメビアさんが佇んでいてまるで私の登場を待っているかのようだった、
「メ、メビア様どうしてこちらに?!」
恥ずかしい姿を見られたことによる羞恥心で私の言葉はかなり慌ただしかった。
「少しそこら辺をお散歩しててね、ずいぶん楽しそうなウミさんの姿が見えたから。」
意気揚々と家に帰る姿は客観視してしまえば子供のようだ、それをさらに自覚した私は声をかけられた時より少しだけ頬が赤くなる感じがした。
「あはは。それはそのぉ他言無用で。」
「恥ずかしいもんねー。気持ちはわかったりするよ、」
メビアさんに弱みを握られた感覚を覚えたが、きっと大丈夫はハズと自分に言い聞かせる。
本当に大丈夫かどうかはさておき、、今はとっても気まずい。
「ええと、メビアさん!」
「なに?」
「その近くに修練場のようなところはありますでしょうか?、少し訓練でもと思いまして…」
逃げるように私はメビアさんに話を切り出す。今この場から一刻も早く逃げたいという気持ちを正直抑えることができない、
「あるよ、ここからだと向こうの通りをまっすぐ行ったところに。」
「ありがとうございます!、それでは〜!!」
私はメビアさんが指を刺した方向に向かって全速力で走っていった。
「あ!、くれぐれも変なことしないでね〜。」
彼女が私に言ってくれた忠告は残念ながら羞恥心でいっぱいになっていた私の心には届かなかった。瞬発的に私が走り出したことにも十二分の
(くれぐれも変なこととおっしゃっていましたが特に何も無い筈!そんなことよりもいい年した私がなんて恥ずかしいことを……!私だってはしゃぐほど若くないですし!なんならもうアラサーですし!!)
自虐を切り返しながら私は、逃げるように道を走って行く…道中の魚人族、人魚族の人々がまるで嵐を見たかのような目でこちらを見たことでしょうがそれによって私の足はさらに加速するだけ!。逃げたいのに逃げられない、早く修練場につきますようにと祈っていたところ、いつの間にか着いていた。
「はぁはぁ。」
息を切らしつつも修練場を見渡す。しっかり足場があることに若干の安心を抱きつつ私は中央へ進んでいく。
幸い誰も来ていないようで周りにも人の気配も感じない、一人になれた感じがした私は深呼吸する。
(さて、いっぱい走りましたし。少し心を落ち着かせるために少し休憩を。)
そう思い、私は近くにあった椅子のような岩に腰掛けた。
逃げるようにここへ来た私だがもちろんしっかりとした理由はある、あの時使うことができた炎の槍、あれを上手く使えるようになればきっと今まで以上に私はお嬢様や紅月様を守ることができる。
(私だけ足手纏いなどとは、)
足手纏いな存在は忌み嫌われる。少なくともそう思っている私からしたら、現状の力は二人に到底及んでいないもので自分自身を嫌いになりかける。お嬢様は新たに自分の力を開拓し、紅月様は元からあったポテンシャルをさらに高めていっている。なら私は?、、、
(せっかく掴んだこのチャンスを無駄にしないためにも、今この場で確実にモノにする。)
決意した私は立ち上がり、一人修練場の真ん中に立ち尽くす。そしてこの間触れた火を思い出すかのように感覚をひたすら研ぎ澄ませイメージする。
このゲームにおいてイメージ力というのは時に単純なステータスを上回ることがある、というのもイメージして打った魔法が詠唱より上回るなんて事例があったりするからだ
(もちろんイメージの基準などないのでかなり確率的で大きく上下したりする。)
ゆえに精神を集中させることは時に修行となる。それがこのゲームにおける現状の当たり前、そしてそれが可能にする現象が【再臨】と呼ばれるもの。
【再臨】とは一種のデジャブにも似たもの、この世界の肉体に染み付いた確かな痕跡を脳が拾い、目の前に再顕現させることだ。
基本一つの脳に一つの体が当たり前だ、しかし【SAMONM】というこのゲームはそれが複雑に噛み合っていない、この世界にあるもう一つの自分の体それに現実世界の脳をリンクさせているっと説明したところだろうか、
とにかく説明が難しいので割愛ようは、
(イメージすればなんとなく掴めるというもの…!)
そしてそれは私の前にもう一度姿を現した。
真っ暗な目の前に一周んだけ光が灯し。遠くにある太陽のように温かいモノではなく、私を焦がすモノそれを今私は手に入れる。目の前の光がパチパチを虚空を燃やし始め、明確なイメージができたところで私はそれを形成し始めた。
(炎の槍…。)
ある程度向こう側が【再臨】をサポートしてくれる時がある、私の体験談的にそれはキーワードに反応して頭が勝手にいろんなことを思い出す時の感覚にすごく似ている。
(……)
私の手の甲につき従えるように、炎の槍は水の中であろうと燃え続け現れた。
通常水の中に炎を入れるとなると沸騰し無数の泡が噴き出すモノだが、この槍は不思議とそんなことは起きない。まるで水と炎が互いに共存関係を築いているようだ、作り出した私がいうのもなんなのですが仕組みに関してはよくわかっていない。
しかし己が支配下に置けるのなら今この場でモノにするという覚悟はあった、この槍が私の身を焦がす前に。
(っ──熱い。)
目の前にに燃え盛る炎があるような身を焦がす熱気が私を刺激し続ける。【再臨】によって呼び出されたこの槍はしばらく消えることがない時間はまだあると頭の中でわかってはいるものの───ッ。
指さきが触れた瞬間反射的に手を引っ込めてしまうが私は意地でもその煉獄の中に手を入れる、しかしいくら覚悟を決めても痛いものは痛く、熱いものは熱い。弱音を吐く気にはなれないのは自分自身でもわかっている、が
「っはぁ──ッ、はぁ─ッ。」
私は槍を掴んでいた手を押さえつつその場で膝末く。熱によって焼かれた手は火傷をしているわけではなかった、外傷だけ見れば少し手が焦げているだけだがその実、痛覚に関してはこれでもかというほどの痛みに覆われている。
手はふるえだし正規の感覚を失いかけている、これ以上続けることはあまり良いことではないと体がそう告げている。
(ですが───)
私、ウミの意志は堅かった。手の感覚がないのなら手が戻らないうちにやってしまおうと私はいろんなことを頭の片隅においやり、もう一度炎の槍を掴んだ。
触感すら消えかかっていた私からしたら槍に触れたかどうかは目でしか判断できない、つまりは触れている感覚がないのだ……ただ燃えているから感覚が麻痺したからとそういう類のものではないことは薄々気付いていた、そしてそれを理解した脳内は私の気持ちをさらに加速させる。今すぐ離すか今すぐモノにするか、先ほど決めた決断をさらに重い条件が付き纏い私に採決を申し立てた。
意地でこの槍をモノにできるとは正直なところ思っていない、やけになって無理やり手に入れようとする亡者と志だけ見れば同じだ、離せばチャンスはまた訪れる、だが熱は暑いうちとも言う、今この瞬間を逃してしまったら次私が同じ地点に立てるかどうかの保証は無い。
たかが片手を麻痺しただけ、このまま手を離してしまったほうが良いのかもしれない───。
(……もちろん私はそんなことしませんが。)
そう自分に言い聞かせると本当に自信が湧く。自分はルルカお嬢様に使えることができる最高のメイドであり──。
脳内に浮かぶ私に色彩を与えてくれた人。…もう会うことは叶わないとわかってはいる思い出すだけでも悔しさと嬉しさと悲しさが込み上げてくる。そんな人の素顔が映った一枚絵をしっかりと見届けて………
(貴方の宝物を守れる最高の幸せ者。)「それが私だ──っ!!」
[バチバチィィィ───ッッ]
私は槍をしっかりと掴み、自分の隣という定位置から引き離そうと試みる、それがこの槍に対する答え。もとより力でこれを従えるというのならもはや精神的な屈服は無意味だと見た…それが私が編み出した答えだった。槍は私の引っ張る力に反発──いや正確には何か外格で覆われていて引っかかっているような感じだった。槍の周りに見えないような殻が存在し、私のすぐ隣にある槍と私の間に見えないが確かな隔たりを作っている、それを今無理やり壊そうとしている。
殻は中身を守るためにできている、いわば最後の要だ、下手な気持ちを持ってすればこちらが逆に引き込まれてもおかしくはない。実際に私の手元だけに屯っていた炎はたちまち私の腕まで上り詰め、皮膚をヒリヒリと焼き焦がしている。
植物が危害を加えられた時、反射的な防衛策をとるようにこの炎はこちらの精神力と生命力を削っていく。HPゲージが無作為に吸い取られていくところを私の目の前で映し出される。
「くっ………」
焦る──、1秒でも早くこの槍を引き剥がそうと私は余りある力をもう片方の腕に結びつけ、炎に燃え盛る腕を掴み引っ張る。片腕は槍を掴んだまま離さず、もう片方の腕は槍を引き抜こうと奮迅する。
炎が移っていき私の首元へ巻き付く、首元を噛まれるような締め付けが私の呼吸をさらに困難にし同時に脳へと送る血液を堰き止められる。
「ぁ゛──っ!!」
私は苦しみの声を上げると共に、死を覚悟する…一瞬の隙が生まれ私が力負けしてくる。槍が元の場所へ戻っていくのを見る、負けじと私も力を込めようにも炎に包まれた腕の感覚はすでに失せ力を入れるという感覚さえ忘れてしまっているつまりは掴むという行動も本来にはできない、それでも掴むことができているのは亡者の執念と同じくらいの私の頑固さが所以しているのだろう。
だがそれもいつまで持つか、口から何かが込み上げて目の前に落とそうとする発作をなんとか抑え、ただでさえ困難な槍を抜こうとするのは至難の技だ。
(それ…でも。それ……でも──ッ)
私はいまだに諦めることができない…この苦行の先にあるものを掴もうとやけになっている、体がすでに半分崩壊しているというのに歩みを止めないのと状況自体は同じだ。もう諦めたっていいと誰かに言われたい、そう思う…すごく思ってしまう。
でも私は誓った、あの時あの日に…お嬢様の隣を歩いていくと、決してそのことに向かっていくと振り返らず常に進み続けることをそれが───
「私の唯一の────」
「──諦めなかったことだから…ッ!!」
[パキン───!!]
槍が厚く、重く、堅苦しいものから放たれたような感覚がした…不思議だった自分は槍では無いのに槍は自分では無いのに、その時…その瞬間だけは私と槍は同じ生物のように共存し同一化していたのだと思う。
一転して、槍の何かが伝わってくる。こことは別のどこか、その先、もっと先、槍に貯蔵されていた"何か"としか仮定できないものが私の腕から伝わり一瞬で私の体の中に崩壊しかけそうな量の濁流と化して襲いかかってくる、否定することはできない…拒むこともできない、ただ私がして良いことはこの濁流に流れを任せること、たったそれだけのことを共存していながら、"強制"されたような感覚だった。
「────」
目の前が真っ白になって、白い空間に招待される。無限に続くかと思た感覚はいつの間にか終わっていて、私はここにいる。そこには槍を片手に持った私と……
白く、熱く燃え盛る人だった…
「あな…たは──。」
おぼつかない口調で私は目の前の"ヒト"らしき人に言葉をかける。
「こっちに…」
その人がそう口にすると彼と私の距離が縮まった感じがした。彼…そう、私は無意識中にその人を男と認識していた声は男の大人のような深みがある声であったから──というなんとも主観的なものに過ぎないが。
「─。」
彼との距離がちょうど人二人分くらいの距離になった時、止まった。そして彼が口を開く
「どうして──私を知った?。」
「─っ?。どう…して──」
その言葉に疑問を感じる返しをしたつもりがやはり口が思うように動かず、こちらがただ単に疑問を感じているような語列になってしまった。
「あぁ。すまない、今の君はうまく喋れない、それなのに難しいことを聞いてしまった。許してほしい──それというのも私も人と話すのが久しく君とは違った意味でうまく喋れないかもしれない、重ねて許してほしい。」
白く燃え盛るその人は紳士的な謝罪と共に頭を下げたように見えた。もっとも彼の姿を構築するはずの輪郭が燃えているので視覚的な距離感ではなんともいえないのだが、だがそれはこちらの話本人の前で言うのは失礼に当たる。
「い、え…」
そう口にする。彼はその言葉を聞くまで頭を決してあげず紳士的だとやはり感じてしまう。
こんな人に会ったのはご当主様を除いて久しぶりかもしれない…
「ありがとう。残念ながら長話をできる時間がないので単刀直入に言おう。──君にはその槍を受け継いでもらいたい…」
「──受け…つぐ?」
「あぁ、その槍はとても特別なものだ。私の…本来の力の何割かを封印しているものだ、いや正確には内臓か…?どちらにせよ君と私の間にある"偶然にも似た因果"がそれを呼び出したのには間違いない、君は正当な所有者の"資格"を今現在握っていると見ていいだろう。」
「つまり…これは──あ…なたの。」
「あぁその認識で間違いはない、だが私はもうそれを放棄してしまった。正確には違うが今これを君に話すのもまた違う…ただ一人としてのお願いを君に託そう願っているのが──今の話だ。」
「────。」
「断る権利は君にある。」
突然スケールの大きい話をされたような気がする、少なくとも私の頭の中にあった部屋が突然広がったくらいのインパクトだ。
この人の言っていることは伝わっているようで伝わっていない、だが話を聞いても聞かなくても、結局のところやること自体は───変わらないのだろう。
私はそう勝手に自己完結させた。彼が言う権利というにこれが含まれるかどうかは定かではない、だがそもそもこれは"思っただけのことだ"証明しようがない…
「──わかり…ました、受け継ぎ──ます。」
「そうか…その答えを聞けてよかった──」
男の表情は炎に揺れてわからない、だがきっとそれは満足しているような顔なのだろうということを勝手に頭が判断した。
「ならば炎を受け継ぐものよ──この言葉を君に送ろう。」
「────。」
「………"進め"。ただひたすらにがむしゃらに自分が思ったこと、感じたこと、決意したことを全て────。」
光が目の前を覆いつくし炎の人も消え、私は無気力感に襲われる。眠りにつくと同時に私はこの白昼夢のような世界から蹴り飛ばされた。
『topic』
かつて炎を自在に操る"使徒"がいたとかいなかったとか




