七十二話「意外と長かった。」
前回のあらすじ
紅月を通さないエリア、人魚族の神秘を駆使しながら紅月と戦っていく。
しかし紅月の装備は彼女の生み出すどの武器よりも強固であり、その上手加減していた紅月に叶うはずもなく、まぁまぁあっけなくやられてしまう。
しかし口に出していた言葉とは裏腹の感情をエリアから感じ紅月は深追いはせずにその場から立って行く。
「っというわけでさっきに繋がるって感じかな。」
紅月様は長い話を終え、椅子の背もたれに自分の背中を預けた。
最も私達は彼が話している間ずっと椅子に背中を合わせ、とても人の話を聞くような集中力を出さないまま聴いていた。そんな私が一言感想を述べるとするなら、
「長すぎんのよアンタ。」
私が絞り出そうとする言葉をレナ様が代わりに言った。言葉には独特の気だるさを感じ、なんだか心細かった私の心は申し訳ながら満たされていく感じがした。
「まぁ。…俺教えるの下手だし。」
目を逸らしつつ言い訳を述べていく紅月様、残念ながらその教え下手がここまで影響されているとなると、なんだか私の見る目自体が変化してくるまである。なんなら本人自身も今の話は長かったと自己分析できているような疲れた様子だった。
「目ぇ逸らしながら言われたってこっちが困るわ。ルルカもぉ〜…寝てるわね。」
私もすぐに視線をお嬢様に向けた、すると先ほど意気揚々と紅月様の話を聞いていたお嬢様はいつの間にか杖で体のバランスを支えつつ椅子にうまい具合に寝座っていた。
「お嬢様、起きてください。」
「……zzzzz」
「お嬢様……、白金天麟(※)出ましたよ…」
「──本当っ!?」
お嬢様は私が耳元でそう呟くと目をぱっちりと開きまるで脊髄反射するかのように立ち上がった。
(※)白金天麟とは白金ポロというモンスターが落とす天麟であり、とても高価and重要な魔術研究素材として使われたりもし、また魔導書の作成にも使われる超レア素材、排出率は驚異の0,001%。本体の出現率も相まって1匹出るのに優に数十時間はかかる。
「どこっ!?どこにあるのウミッッ!!!」
「おはようございますお嬢様。」
「え、あおはよう。…あれ?出てない?。」
「出るも出ないもここに白金ポロはいません、まだ周回は終わってないということですし…それはこの事変が終わるまでできません。」
「……つまり起こすためだけに──」
「─嘘を言ったわけです。」
「……………」
「────。」
「うガァァァー。」
お嬢様は叫びながら私へ突撃してきた。しかし事態を飲み込めていないせいか覇気もなければやる気もない突撃、私は軽くいなし捕まえてすぐさま自分の膝に乗せる。
「ウゥ。」
「ステイ、ステイです。」
私がそうなだめ始めるとお嬢様は少し不貞腐れながらも落ち着いた。
「で、要約するにここでは時間の流れが遅くなっていて、そこにいる魚人族はメビアっていう第二王女で、今回の『泥』について協力を仰ぎたいわけね。」
「そう…最初の動機はなんであれ、この依頼にはおそらく海洋調査という名前にとどまらないほどの難易度が要求される、だから今一度改めて受けるかどうか考えてほしい。」
「難しい言葉を並べているみたいだからいうけど、ここから先は危険だから本当に受けるのかって忠告しているのよね?…改めて。」
「…さっきからまとめるの上手いのなんかムカつくな。」
「上手いんじゃなくてアンタが下手なの自覚なさい。で、私としてはまぁノーね。、まずこの件に関して私はあんたを連れ戻すために二人と行動を共にしていた以上話の根本をから見て無関係よ。」
レナ様はため息をつきながら紅月様に面と向かって言った。それに対してメビアさんは驚いている様子だったが紅月様に関しては納得している感じだった。
そして私たちに話が振られていることをさとり私は口を開く。
「私は─」
「私達はOKだよ〜、お兄様が決めたことだし。」
お嬢様が私の言葉を攫っていくように紅月様へそこそこ意気揚々とそう言った。
「達って、それはルルカの意見だろ、」
「むぅ、ウミもそれでいいよね?。」
紅月様の言葉に従ってお嬢様は一瞬痛いところを突かれた、みたいな顔をするがすぐに顔を切り替えてメイドである私に返事を求める。
私としては迷った。通常であれば主人の意見を尊重するところだが、それ以上に私は少々危なっかしい御身を心配している、故に答えはノーにするつもりだったが。
「はい。お嬢様の望むままに、」
それは私のエゴだ。お嬢様の望むところではない、彼女自身も自分の心配をしつつ私の心配をしているならコレは相殺案件だ。互いが互いを思っているならどちらか片方のお節介で両方の足を引っ張るなんてことはこの自由奔放なお嬢様に実に相応しくない。
「……それ本心?。」
「もちろんですよ?。」
「ならいいや。。」
(少し硬すぎましたかね…、)
「─。まぁ理由はなんであれ協力してくれるのは嬉しい。。で、もちろん理由を聞かせてもらえるよなレナ?。」
紅月様は私たちのかけ合いを見た紅月様はその場を和ませるかのように少し苦笑い、レナ様に理由を問う。
「する必要がないからよ。私はアンタの身の安全を確認しに来たの、つまりはアンタが下手に動いて壊れるのは私の依頼の失敗を意味する。だからやる必要がない、」
(理にはかなった答え。)
「ムー。」
おかげでお嬢様も何か文句を言う気にはなれないことが伝わってくる。何にでも噛み付くほどお嬢様は野蛮ではない、隙があるときに突くということを流石に学んでいる以上今のような回答にはめっぽう弱い。
「…どうしてもか?」
「えぇ。私基準の"どうしても"よ。」
「なら仕方がない、」
紅月様は座っていた椅子から立ち上がると槍を振るってレナ様に向けた。ただ単純に向けただけにしても紅月様の隠しきれない殺意に似た雰囲気の前では私も立ち上がり身構える他なかった。
「なっ─!アンタ…」
「俺には自分で決めたやり方がある。お前の"どうしても"が武力行使である以上俺はお前に正当防衛を行使する権限もある、もっとも単純なエゴの押し合いだけどな。」
紅月様はそう言いながらレナ様の目を見続ける。紅月様がどんなことを"決めた"かについてはわからないが、少なくともレナ様に向けないと思っていた武器を向けているところ、別人だと疑いたくなってしまう。
「──正気?」
「あぁ俺は至って正気だ、誰かに惑わされているとか、頭を強く打ったとか…そんなことはまず無い。だがみすみす機密事項を知った奴を逃すほど柔らかくもない。」
「機密事項…?勝手に信じて言ったあんたの後始末でしょう?。」
「後始末と表現するには少し大袈裟だとは思えないか?…レナ。」
「─あっそう…にしても驚いたわトコトンまでアホだとは思っていたけどまさかここまでの人でなしだとは……。」
「言葉を選んだ方がいいぞ、こっちは引き金一回で終わるんだからな。」
「っチ。」
レナ様と紅月様の静かな言い争いに私達二人が入れる隙間はなかった。今すぐにでも止めたいという気持ちはあったもののその後に待ち受ける紅月様の一言を想像しただけで足を踏み出せる気力は抑制された。
ただ苦虫を食い潰すかのような気持ちを顔の裏側に隠しただその場で行末がどうなるかを見続けるしか今の私にはできなかった。
「待ちなさい。」
その時今の今まで口を閉ざしていたメビアさんは紅月様へ命令をかけるようにそう言った。
「メビア、」
「紅月。私たちはこの方々へお願いする立場にある、少なくとも武力で鎮圧するような人ではないあなたが彼女の行動の何が気に障ったか知らないけど……それは間違ってる。」
「…」
紅月様はレナ様の言葉でも動かなかった槍をゆっくりと下げ地面まで落とした。
そして同時に紅月様から溢れ出ていた殺気はだんだんと鎮まり何事もなかったかのように無くなった。
「しばらく静かにできる?。」
「──あぁ」
メビアさんが紅月様にそう言い掛けると紅月様は二つ返事をしてメビアさんと交代するように彼女の後方に回った。
「挨拶がまだでしたね。プロイシー第二王女、メビアと申します以後お願いいたします。」
メビアさんはその名に恥じない優雅であり礼儀正しい挨拶を私たちに見せた。その挨拶を前にしては下手にこちらが何か言えるものではないと私は無意識に感じ取っていた。
「…レナよ。よろしく、」
「ウミです。」
「ルルカ。」
お嬢様は少しそっけなさそうにそう口に出した。先ほどの話を聞いていても紅月様とメビアさんの関係に納得がいっていないのはお嬢様の態度を見れば火を見るより明らかだった、もっとも私も納得していない。
「では、改めて私達に協力していただいてはもらえないでしょうか。」
「ないわね。」
「お嬢様に…」
「お兄様のお願いだったら。」
私達三人は見事に偏った回答をメビアさんへ言った。まともに回答しているのがレナ様だけという事実に正直複雑気持ちを隠しきれない、私もそのうちの一人だというのに……
「たとえ『泥』のせいで国が滅びようと私からしたら優先順位が上に来ることはないわ…」
「お兄様がそっち側についている以上何かいう立場にはなれないけど…少なくとも距離感とか名称とかはなんとかしてほしいかもね。」
「───」
お嬢様のわがまま、レナ様の行動原理。二つともエゴの強さがよく出ているしかしそれは私も例外ではない。しかしこの場でそれをいうのは少し控える気になってしまう、それだけだ。
「レナさん、あなたは依頼を受けていると言いましたが、いくらで受けていますか?。」
「…いくらでもいいでしょ?」
「3倍出します。」
「─乗った。これからよろしくね、」
(はやっ。)
私がそう思ってしまうほど、レナ様は簡単に落城してしまった。あれだけの強キャラオーラを出しておきながら
結局は金銭的な方に走ってしまうところを見ると本質が変にかいま見えてしまう。
「え、ちょっとレナ…?」
「ルルカごめんなさい、私…少し金欠気味なのよ。」
「裏切り者ーォ!」
そうしてレナ様はいつの間にかメビアさんの隣に回っていた。後ろにいる紅月様がさっきの怖い表情からでは想像できないほどの呆れ顔を見せているのはあえて言及しませんが。
「フッー」
そして何を思ったかメビアさんはお嬢様(?)相手にそう笑ったそれに対してお嬢様はガーンっと音が鳴るほどのショック顔を見せた。この一連の流れで私が思ったことは、メビアさんは意外に賢いのでは?っという感想だった。
「う、ウミは──」
「お嬢様に従います。」
無論二人が向こうに移ってしまったからといって私は裏切るだなんてことはしない。
「ふ、ふっふっふー。わ…私たちはお兄様がどうして持って言わないとそっちには降らないヨー。ま、まぁお兄様がどうしてもっていうなら、、検討しなくもないけどねー。」
そうお嬢様が見え見えの虚勢を貼りつつメビアさんへ言った。そしてそれの回答を表すようにメビアさんは指をパチンッ(?)とした。そうするとメビアさんの背後から紅月様が進んでき、そしてなんとも穏やかな表情をこちらに見せた後、
「ルルカ協力してくれないか?。」
っと言っt───
「はーい!!。」
いとも簡単にお嬢様は落ちた。私はお嬢様が言ったことに不満はないがその性格と将来性にいささかいつも以上に心配を増やした。なんというかテンプレートといったものか、こういう展開はすでにレナ様が落ちた時点で決まっていたような気がする。
そしてそんな気持ちを抱きながら、私たちはもう一旦席に座り…これからについて話すことにした。
「とりあえず私たちはメビアに全面協力すること、そういう認識でいいわ。」
先ほどと違って上機嫌なレナ様はメビアさんにそう言った。
「ありがとうございます。」
「お兄様がいうなら仕方ないからねー。」
「さて、これからどうしたものでしょうか。」
「それについては私の方で案があります。ですが……」
メビア様はキリが悪そうな顔を私たちに見せ、紅月様へ続けるように顔を向けた。
「、今日はこの辺にしておくか。」
「う〜ん気になるけど、お兄様がいうなら。」
「そうね、それに今日は疲れたし。」
「一旦明日に回しましょうか。」
「あぁ、それがいい。それじゃメビア、また明日。」
「うん、紅月お兄様もまた明日。」
そして私たちはメビア様が立ち去ったことを確認し、それぞれタイムラグがないほど同時にログアウトした。長かった1日がついぞおわった感じを噛み締めながら……
余談ですが。
「お嬢様、お食事の準備が─」
「もう知らない!!!」
そう言うとお嬢様はスマホを両手で抱えたままベットにダイブしていった。一瞬私のことについて言われたのかと思ったがどうやら布団の中でモゴモゴしているところを見るとそうではないらしい、
ゆっくりと近づきつつも私はお嬢様の様子を伺う。
「どうかなさいましたか?。それとお食事ができました。」
「うん。わかった今行く…けど、」
何やらお悩みのご様子だったので、できるだけ違和感なく迅速にお嬢様のベットへ私は腰掛けた。
「お兄様にメビアとのことについて問い詰めたけど、何も返ってこなかった。」
私の重みでベットが沈んだのを確認してからかお嬢様は自然と独り言を話すように私へそう言った。
「ま…まぁ紅月様も色々あったんですよ、」
私もメビア様と紅月様の関係に意義を申し立てたい派ではあるもののお嬢様のこの状態を見るに本当に紅月様は何もわからないのだろうということを私は察した。故にここは場を和ませるのが正解だと思いこの言葉を言った。
「そうかもしれないし、そういうのはわかっているんだけど…さぁ。」
「、プロイシーは地上世界の1/4しか時間が経っていないそうですし、私達がかけた約三日間は向こうでは12日間、紅月様が言ってくれたこともですが、それ以上にメビアさんみたいな…こともある種仕方ないと言えなくも、、」
「ぅー。ナミはいいの?。」
「私は…まぁ良くはありませんが。ですが割り切ってはいます。」
「、そっかぁ。」
「今日の紅月様の言動を見ればおそらくメビアさんだけじゃなくきっと私たちが想像するよりも難しいことが起こったと思いますし、」
「……。」
「でもだからと言って、捨てたりとか話したりしていいわけではありません。とりあえず今は保留という…ことを、私は考えています。」
「…、後でお兄様に謝る。でも今はお腹が空いたからご飯行くね。」
そう言うとお嬢様はベットから立ち上がり、私をその場に置いて扉を開けた。
「ウミも行こ。」
「はい。」
私はお嬢様の後を付き添いながら食卓へ向かった。今は無理でもいつか紅月様がおのずと、もう少し詳しく、わかりやすく出来事を言ってくれる時を待って…
『topic』
紅月は教えるのが下手なので物事が思った以上に伝わらないことが多い。




