閑話「私の軌跡」
これは人の記憶、人は変わることを極端に嫌がる。それは自分という存在の欠如に恐れてしまうからである。
しかし空っぽの者もそう思ってしまう。なぜだろう?
…。
私は昔からさまざまなことにおいて優秀だった。運動、勉強、人間関係、特にコツというのは無く、私はそのことが当たり前で、そのことがひどく直感的なのだ。
普段なら何か見つかる弱点さえも見つからない、いわゆる人としてかなり完成度が高いという見方をしてくれればよかった。
しかし人の嫉妬心というのはどこまで強く。
[バシャ]
「あら、ごめんなさい。思わず手が滑っちゃったわ。」
皆とは一線を画す髪色、態度、見た目の同年代の女子高生が私にそう言いながら、明らかに悪意あっての行動をまるで偶然のように言い張りながら私に言う。
(簡単にいえば私はまぁいじめられていました。)
それは単純なイジメ、気に入らないからという嫉妬心からくるイジメ。、、行動原理自体はたったのそれだけ、私が特別浮いていたり、私が特別悪いことをしたわけでは無い。←本当。
そしてこのイジメに対して私がどう返したかというと、
「いえいえ、手が滑ってしまったなら仕方ありません。」
っと言いながら私はタオルを手早く取り出し、水がかかった体をできる限り拭いた。
「フン。」
その同年代は不服そうな反応を見せながら教室を出て行った。彼女が出て行った後、私を迎えたのはクラスメイトでした…
「大丈夫、ナミ?。」
「はい。ちょうど暑かったので、、。」
「もー。」
これは私も悪いのですが、クラスメイトたちからしたら私はイジメられてもなんら問題のない人物として描かれていたようです。直接的なものは少なかったにしろ私のイジメはいつしか誰もが『構わない』と思うところまで来ていました。
私個人としては、元々柔軟な性格ゆえに一端にムキになったり、何かに執着したりとしなかったお陰でいつも柔軟に流していました。逆に言えばそれはある種の人間性の欠如という点でもありましたが。
そのまま私は安定した暮らしをしてきました両親は特に私に厳しかったわけではなく、逆に心優しく。いつも私を気遣っているようでした…そんな距離感が私はあんまり好きじゃなかった、親子なのに父と母と私なのにその差はまるで親戚のようだった。もちろん本人たちにその意識があったわけじゃない、これは勝手に私が思っている感覚だった。
もしかしたら、私は家族と一生このままで、誰にもこのことを打ち明けずに、私は誰の隣にも立たずにこのまま自分という存在を何かの『理想』にし続けるのでは無いかと思った。
そんなことを思い始めてからか、私は自分の道というのがわからなくなった。社会に出てしまえば常にトップという立ち位置は取れなくなる。
なぜなら、私は世界のトップではなく平均的にみてできている人なのだから、、。
それに私のような、基本的になんでもできる人間より、世の中で選ばれるは一点に優れている人、そしてそれを補うかのように人は集まり、その人の弱点を補填し、その中で人はより強い絆で結ばれる。
なら、一体私はなんなのだろうか?。
それとなく付き合う形をとりつつ、自己を表現せず、全てに手を伸ばし、奇しくも全てを手にできている私。
(わかっています。これが長くは続かないと事実。)
どんなものにも終わりはあり、全てを手にできた試しはこの世に無い。
私のように全てを手にすることを望んでいるわけでも無いなら尚更、、。
それがわかっているのに、自分にはできることをと全てを手に入れる勢いで生き続ける私に、結局最後に何が残されるのか?。
『不安。』
その感情が私の体を象ってきているのを感じる。
(このままじゃいけない、何か新しいことを見つけなければ。)
そうして手当たり次第に探した。
みんなが面白いと言う物を全て見て、できるかどうか己で試した。でも私にとってはそれは探す工程であり、作業であった、だからかわからないけれども私はその『面白い』という理屈がいまいちわからなくて、みんなの中に入っていけないような気がずっとした。
知っている。しかしそれは『当事者』になったわけでもなく、私としては紙に書いてある文章を読んだ程度のもの、コンピュータに出力された『あった』データであり、みんなが『体験』したことによって得たオリジナリティとは全く違う。
自分に迷い、他の人に迷い、それでも私はここにいる、なぜ?。
自分にできることをそれとなくこなして、でもそれは他の人からしたら羨ましいことであって、、。
社会は正解を出してくれない。まるで問題に対する確実な回答を書いたのにも関わらず、『それは違う』と意味不明に赤バツを書かれたような感覚に、いずれ私は直面するだろう。
「言い訳だ。」
私に夢などなかったのかもしれない。みんなにある『憧れ』という唯一無二の感情は私には無く、ただただ他の人の後押しや他の人よりちょっと変わっていて、中途半端に接することができる人、それが私なのかもしれない。
いわば私は物語の主人公では無く、ただの脇役か、チョイ役、程度の立ち位置なのかもしれない。
…、。
「ハァ〜。」
自販機で買った缶コーヒーを開けずに眺めながら私はただ街のベンチで1人そんなことを考えていた。もうすぐ私は高校を卒業する…、進路相談に関しては『それなり』に良い学校に行くことは確定している。
でもそれも偽りで言い訳みたいなもの、自分の好きなところに行くわけじゃない。でも、行かなければ何かを残せない気がして、自分を育ててくれた母と父に何も返せない気がして…。
『ねぇ?。』
「!。」
「何か悩んでいるの?。」
突然だった、私が顔を上げるとそこには1人の女性がこちらをおっとりとした態度で見ていた。私は周りの気配に集中していなかったせいか女性がなぜここにいて、なぜ私に喋りかけているのかわからなかった。
「えっと、。」
私は言葉を先延ばしにしてそう言う、現状が突拍子もなさすぎて理解できないこともその理由だが、なんにせよ女性の問いに対して出ている答えをそのまま言えなかったからだ。
「あ、ごめんなさい。もしかして邪魔だったかしら?。」
「いえ、そんなことは。」
この女性は不思議だ、なぜ初対面であるのにも関わらずこうも簡単に話を運んでいけるのだろう。今まで私が対峙してきた人はどことなく自分のことを喋らずまず互いに出てくる手札の読み合いから始まる印象だった。そしてそれはもちろんこの私も例外ではなかった、故に『困惑』という文字で表現できるくらいの態度であった。
「よかった、隣いい?。」
「、はい。」
迷っている感情もありつつも、私は大人な女性にベンチの隣を譲った。間も無くして女性は座り、私と同じ風景を見るように正面を向いた…。
よく見れば私と背がほとんど一緒だ。見た目からはどんな年齢かは想像はつかなくもないが口ぶりがまるで違う。仮に大学生であるのなら、なぜこんなところにいるのだろう?っという疑問につながる。
「あなたは、どうしてため息なんかついていたの?。」
女性は少し間を置きながらも、本題にずかずかと踏み込んでいった。まるで恐れを知らない狩人のようだ、しかしその心は間違いなくこちらを読んでいるようで…。
「、、迷っているんです。」
私は初めて本音を言うことができた気がする。たったの数文字程度であったにも関わらず、妙な安心感と満足感がそこにはあり、同時にこの時間の延命を願った。
「そっか。どうして迷っているの?。」
次の瞬間には「私は、」から始めようとしていた自分にブレーキがかかった。落ち着け、少しずつ話そうっとまるで今にも飛びかかる獣を宥めるかのように私の心は落ち着いて…落ち着いて言葉を選んだ。
「なんだか、自分がよくわからなくなってしまって、、。この先どうしたらいいのかなって、、。」
言いたかった言葉とは違う言葉が出た、しかし自分はなぜか落ち着いていて、、。変に満足感があった。
「…。」
「、、?。」
次にくる言葉を想定していた私にとっては少女の沈黙は疑問であった。、それは女性が今のたった1秒によって人柄が一気に変わったような気がしたからだ、おっとりとしつつ大人な態度を見せていたその女性は。
まるでさっきの私のようにありそうな未来をひどく怖がっているように見えたからだ、。
「私もね、たまーにそう言うふうに思うの。でも結局私の周りには、頑固のお父さんや、一生懸命な好きな人だったり…。これから出会う人がいるから、、」
最後の一言は、言いたかったことをつぶした酷い声が聞こえた。あぁ、この人も私と同じなのかもしれない、いや同じなんだ。と私は烏滸がましくもそう思った、この人がどんな道を辿ってきたか知らずにも。
「…。」
私は黙った。多分この人のに比べたら私のなんて…
「ごめんなさいね、なんか辛気臭くなっちゃって。なんだが似ていると思っちゃって、、」
「似ている?」
牽制ではなく、私は素朴な疑問としてその女性に聞いた。
「私ね、もうすぐ結婚するの。」
(え、えぇぇぇーーーっ?!?!)
本当に突拍子もない。私の脳をバグらせるためにこの女性はわざわざここまできたのだろうか?本当にそう言いたくなるくらい訳がわからなかった、もしかして今の今までこの女性は私に結婚話を聞いて欲しかったのだろうか?!
「でもね、その。相手と少し揉めちゃって、気晴らしにここに来たの、、」
「そ、そうですか、大変ですね。」
私はもはや遠慮がちな態度になっていた。いやはや人とは見かけによらずなんとやら、というのはまさにこのこと。
「ふふ、でもね。これだけは言えるの、『きっと大丈夫』だって」
「、、どうしてですか?。」
「その人が言ってくれたからよ。『きっと大丈夫、何もかもうまく行かなくたって、この世はうまく進んでいくから。』」
私はその安心した声で喋る女性に何かを変えられた気がした。直接その人の口から聞かされたわけでもないのに、この人が言うと魔法をかけられたみたいに安心する、、。
私はこの安心を分けてもらって本当に嬉しかった。
「だから、あなたも…とりあえず進んでいけばいいわ。この世にはあなたの知らない物や在り方がいっぱい詰まっていて、この先あなたを色々な顔で出迎えてくれる、走るのが嫌になったら止まってみたり、足踏みしたり、戻ったっていいのよ。」
「、、はい。」
「…アー!もう私ったらいいこと言っちゃったー!。恥ずかしいぃ〜。」
女性はまた人が変わったようにそう言い、顔を若干隠すように頬を手で押さえた。
その光景に私は笑みが溢れた。
「ふふ。せっかくだからあなたのこと、もっと聞かせてちょうだい、言葉だけではなんとでも言えるけど、、正直、実際に聞かないと、ねぇ?。」
「はい!。」
私は元気よくその女性に返事をした。
「ならまず名前から教えて。」
「私は、ナミって言います。」
少し恥ずかしかったからか、私はなぜかその時下の名前しか話さなかった。
「ナミね。私は『 』」
その女性が言った言葉は今でも忘れられない。まるでその女性が生まれてきた理由を語るには欠かせない名前であり、とても優しかったことを覚えている。
人につけられている固有名詞がここまで温かいと感じたのは本当に久しぶりだった。
その後私は楽しい時間を過ごした。女性は最後まで一緒にいたかったと告げ、小走り気味で去っていってしまった。日がもうすぐ沈む暁どきの時間帯、良い子は家に帰る、まるでそう言い渡されたような気がしてたまらなく、満足感とその人の名前を心に刻んだ私は迷わず家に帰っていった。
その後、私は変わらなかった。いや、正確には変わったけど変わらないふりをした、少しずつ自分を変えていこうと考えた私は何事にも楽しむようになった。
そうして忘れた頃に、決して忘れないその女性の名前を思い出し、いつか会いたいと考え無知にも調べてみた。
なんとその女性は世でも名前が出てくるほどの有名人物であった。私はその人にもう一度会いたいという、この気持ちを願いとして、人生を歩むことを決めた。
その人のそばにいるためにはどうしたら良いのか?考え調べたら結果メイドに辿り着いた。
なぜ?と思うかもしれないがその女性はメイドが好きらしく、いつも調べて出てくる時にはメイドも一緒だった。
私はそのメイドになるために走った。走り続けた。もうちょっと、あと少し、すぐそば、
そこまできていた。が、その人は、、。
「え。」
突然死んでしまった、、。
いやだ。なんで、どうして、まって。
今まで走っていた道が崩れて、壊れて、割れ、燃やされて、
「っあ、ぁぁぁ。」
私は止まった。
…、。
…、、。
『だから、あなたも…とりあえず進んでいけばいいわ。この世にはあなたの知らない物や在り方がいっぱい詰まっていて、この先あなたを色々な顔で出迎えてくれる、走るのが嫌になったら止まってみたり、足踏みしたり、戻ったっていいのよ。』
…優しさが刺さるとはまさにこういうことなんだろう、でも。
「、はぁっ。…、」
私は。
「止まりません。」
たとえ目標がなくなったとしても、たとえ『願い』がなくなったとしても、ここで止まったらあなたと出会った、あの迷っていた自分に戻ってしまう気がしたから、あなたも私も進んだ道を戻して、また、相談する羽目になりそうだったから。
「止まりません。」
時間は戻らない。だから進み続ける。これは逆行を乗り越えていくというわけじゃない、止まっている私の心を引きずり、削り、進み続けること。
乗り越えるわけじゃない。邪魔なら、突き破っていけば良い。
言葉は本当に悪いけど、これが私なりの形で私なりの歩き方で、あなたの心に惹かれた、私なりの新しい『願い』。
「あなたは進んで、止まった。なら私は進んで止まって、進み続けます!。」
きっとこれが真意じゃない。あなたの言葉はとても重くそれでいて考えさせられるけど、あなたはいつだって言葉に深く想いを乗せたりはしないと思う。あなたは私と同じく、自分も知らずうちに『こなしてしまった』のだから。
適当なイメージであなたに辿り着くことを許してください。
あなたが残したものに触れることを許してください。
あなたと同じ空間にいられなかったことを許してください。
「あなたより進んでしまうことを!許してくださいっ!!!」
進んで、進んで、進んで、突き破っていけば、通過点で体が傷だらけになろうとも、破っていけ、恐れず、踏み出していけ、たとえ私は一人ぼっちでも、、。
「あなたが残した言葉を無駄にしたとしても。」
目の前にあるのがただの溶岩の沼でも
「その先にある希望を取れなかったとしても」
絶望に打ちひしがれて、仮に魂だけになったとしても
「私は、あなたなしで前に進む。もう、許してくださいなんて言いません、、。ただ、見ていて。」
「お初にお目にかかりますお嬢様。」
「本日から専属として支えさせていただきます。ナミと申します、」
「以後お見知り置きを」
『あなたが残した希望と私は歩んでいくから、それを、見ていてください。』
これは新たに決意を結ぶ物語、ただひたすらに迷っていた心は一筋の線となり、目的に辿り着いた。
しかし彼女はまだ進み続ける。それが主人との対立につながることだとしても『願い』がある限り進み続ける。
あの日、暁時に別れた女性は彼女の願いの一部となり生き続ける。
これは呪いではなく、祝福。
あなたに幸せが訪れますように。
そしてあなたに幸福が訪れますように。
あなたに運命が訪れますように。




