百三十一話「クラン拡張:その四」
前回のあらすじ
アズサを新たなクランメンバーとして迎える紅月であったが当の本人が忙しいということで勧誘失敗。しかし彼女の薦めで腕利きプレイヤーシルギスを仲間に入れることに成功する。
──練鉱国ゲレーム・中央広場──
「やっぱりワープは楽だな……」
今までゲレームには直に来ていたためこうしてワープを利用するのは実のところ初めてだったりする。最初は徒歩、次は軍用車と並んで3回目でようやく文明の力(?)を使うことができた。
さて、なぜ俺がまたゲレームには来たのかというとエズに呼ばれたからではない。第三回公式大会に向けての装備、その素材をここへと取りに来たからだ。前回同様事前にアポイントメントをエズにとっているので、少なくとも苦労せずに受け取れるはずだ。
──練鉱国ゲレーム・王城──
門番に軽く挨拶するだけで王城に入れるようになっていた俺は、エズの執務室へと足を運んでいる。通路を歩けば俺の顔を知っているのだろうか、職員に頭を軽く下げられたりする。
有名になったつもりはないが、なんだが複雑な心境だ。
(エズには素材を取りに行くとしか言ってないが、わざわざ紙で書く羽目になるなんてな。)
請求欄がプリントされたどこにでもありそうなリスト。アイテム欄から即座に取り出し俺はそう考える。まぁエズは女王様で色々大変な身なのだろうそれこそ、ペーパーレスが進んでいなくてもおかしくはない。
そう考えているとエズの執務室へと辿り着いた。道中の道のりは快適は快適、突っかかってくる奴もいなければ敵エネミーももちろんいない、そして何よりエレベーターやエスカレーターが設備されているところ、まさに気分は大型モールに来た客というべきだ。
(他もこのくらいやって欲しいが流石に贅沢だよな……)
ここが進んでいるのではなく、ここが特異点だということを理解して俺は執務室の扉を2回叩く。
[コンコン…………]
「?」
[コンコン─────]
(あれ?)
声が全く返ってこない、確かに俺はエズと会うことをチャットによって連絡していた。チャットのメッセージ欄には"いつもの執務室で会おう"と、それに返事をするエズの履歴が記録されている。そして今の時刻も間違っていない、どういうことだ?っという疑問を抱えながらも俺は恐る恐るドアハンドルに手をかけ、押す。
[ガチャ…]
この扉にセキュリティなんてものはない。鍵はかかっておらず(そもそも鍵が存在しない)部屋の中はシーンとしている。目の前に現るわ想定の何倍もペーパーレスが進んでいない机と、書類のビル群の隙間から見えるエズの姿であった。
「エズ?」
「zzzzz……」
俺の言葉にエズは寝息で返答した。どうやらエズは仕事をしているのではなく、机に突っ伏して寝ているようだ。扉を叩いた時に返事がなかったことを考えればこの結果は何も不思議ではない。
「……。。」
俺は執務机へとゆっくり近づき、壁となって立ちはだかる書類山に当たらないようにエズ本人へと近づくことに成功した。そして疲れ果てて寝ているエズの肩に軽く手を当てゆっくりと揺らしながら目覚める時だと教える。
「エズ、起きろ。俺が来たぞ。」
「うぐごごご、」
「エズ……!」
「……妾の眠りを妨げるのは誰ぞぉ……?」
「紅月だ。もう起きる時間だぞ。」
「紅月?」
エズは俺の名前を口にするとゆっくりと上半身を起き上がらせる、起き上がる途中でエズの伸びた手が目の前の書類の山を押し落としたが、なんとも思っていなさそうな本人のあくび的に問題はなさそうだ。
「なんじゃ、なぜ主がここにいる………?」
「なぜって、アポイントメントとっただろ?」
「───────はっ?!!」
エズは目を大きく開き壁掛け時計を確認した。
「なっ、もうこんな時間か。す、すまぬ……仕事が立て込んでいたせいで寝過ごしてしまった!」
「いや、別にいいぞ。それにこの書類の山は明らかにオーバーワークの後だろう、」
エズの青ざめた顔が少し実戻ってきている。まるで俺のことを悪魔だと思い込んでいるかのようだ。ルルカから俺は少し厳しいと言われることはあれど、流石にぶっ倒れるように寝ていて今起きたエズを叱責する気なんてものは起きない。ましてや魔人じゃなければ。
「……うぅむ。レナから紅月は時間にうるさい魔人だと聞かされておったが……。」
「よーし、アイツは絶対に許さん。それはそれとしてまぁ疲れているなら本当に別にいい。ただリストに目を通してハンコを押してもらうだけだからな。」
「ぬ、そうなのか?」
俺はリストをエズの目の前においた。エズはそれを手に取ってざっと見た後、何も言わずにハンコを押した。
「ほれ。」
「あぁ……しっかり見たか?」
「大して見なくてもわかる、主は新しい装備を作るのじゃろう?」
「そんなに顕著だったか?」
「気じゃよ気。直観じゃ……それを下にいる適当な者にでも渡せば、急いで用意してくれるじゃろうよ。」
「わかった。ありがとうエズ。」
「うぅむ……それじゃあ妾は後30分寝るからの、何かあったら呼んでおくれ、答えるかどうかはわからんが。」
「……おやすみエズ。」
エズの執務室を後にして、俺はゲレームMk ~Ⅱへと向かった。地下に広がる人工的な研究施設兼生活空間。いつ見ても不思議な光景だ、そしてそれをエレベーターで降っている俺はもっと不思議なのかもしれない。
ゲレームMk ~Ⅱのガバガバ関所を通り抜け、そこら辺にいる研究員をとっ捕まえてエズの紙を渡させた。紙を渡すと研究員は少し慌てた様子で"近くで少し待ってください"とだけ告げて素材を取りに行ったらしい。
(………次からエズのハンコをもらいに行くのかどうか、少し考えてから行った方が良さそうだな。)
ただでさえ忙しい人たちを働かせるのは正直忍びない。エズのニュアンスから今は暇な時期とか考えていた自分がバカみたいだ。
(少しその辺りを回ってみるか。)
どちらにせよ、時間がかかるのは確かだ。しばらくぶりのゲレームMk ~Ⅱを回るのも悪くはないはずだ。
──ゲレームMk ~Ⅱ・戦闘訓練場──
戦闘訓練場は試しに訪れてみた。制御台に数人のオートマタが群がっており、どうやら正規軍の者のようだ、ドームの内側では戦闘訓練が繰り広げられていることが遠目でも確認できる。上部に設置された大型スクリーンから戦闘の様子を閲覧することができ、適当に近くの席に座り、その様子を観戦した。
[シュン───ドドドッ……ボォーーーッン!!!]
擬似的な実弾を交えた戦闘訓練。サーベルはヒート系列に換装されている他、スラスターは通常よりも数段出力が落ちていることが窺える。
前のようなちょっと過激で非道な戦闘訓練とは違うようで安心する。
「そう言えば聞いた?」
「何が?」
「新しく来た部隊のこと。」
黙ってスクリーンを見ていると近くの観戦席から声が聞こえてくる、どうやら彼女たちも正規軍所属の者らしい、盗み聞きは良くないが気になったので耳を傾けてみる。
「新しく来た部隊って?」
「元々テスト要員だった子達らしいんだけど、サンドワームの件でうちらのところに入ってきたんだって。」
「へぇ。あの子達かー。」
「やっぱり知ってるじゃん。」
「いや、ここに入ってきたことは知らなかったよ。でも、テストからなんてよっぽど優秀なんだろうねー……」
「うちらは基本的に役割ごとにモデリングされてるから、成長なんてしないし生まれたままの能力か、技術でなんとかするくらいしか違わないけどね。」
「今に始まったことじゃないでしょ。」
「それもそうだね。で、その子達言ったように本当に優秀でさ部隊別ランキングはドンドン上がって今や上位らしいよ、」
「へぇ〜。すごいじゃん、」
「なに、私たちには関係ないみたいな顔するの……?」
「あんまり気にしてないでしょランキングなんて?」
「まぁ実際生き残れるかどうかだからね。どんなに偉くてどんなに強くても死ぬ時は死んじゃうし。」
「そういうことー。ま、仲間が死ぬのは嫌だけど、私たちはそういうやつだし。」
「使い捨てでも、私はゲレームのためになれるならいいけどね。」
そこから会話はドンドン日常のものへと変わっていった。会話を途中までしか聞かなかった俺の心境はどこか不思議だった、彼女たちの言っている言葉はまるで昔のアイツらを見ているような気分だったからだ、その件でエズに一度問いただしたこともあった。
(…………)
この話題にどう折り合いをつけるべきか、悩みながら俺は逃げるように戦闘訓練場をゆっくりと後にした。俺が先ほどの場所に戻ってくると職員が大きな台車と共に箱詰めされた素材を集めて待っていてくれた。
「お待たせしました。紅月様、こちら要望の素材でございます。」
「ありがとう。」
「いいえ、では失礼します。あ、レシート入りますか?」
「レシート?」
俺は職員が持っていたレシートをそっと手に取って金額を確認した。金額の最後に請求場所として紅月→エズへと書いてある、つまり俺がエズにこの素材の金額分支払うということだ。
「…………」
職員の顔を覗くと不思議そうな顔をしている、目の前の奴はこの違和感に気づかないというかそもそも知らないらしい、となればやることは一つだけ。
「もらっておくよ。」
「では…私はこれで。」
職員はそそくさと早足になりながら建物へと入っていった。俺は誰かに見られていないことを確認すると一瞬にしてゲームの機能で目の前の膨大な素材を回収した。間違えて台車ももらってしまったが、これは後でエズにぶつける用として用意しておこう。
ゲレームMk ~Ⅱから地上に登りそしてエズの執務室まで戻ってきた。もちろんやることがあるからだ。
[ドンッ!!!]
「───んなぁきっ?!?」
扉を大きな音が鳴るように開き、眠っていたエズを強制的に起こす。先ほど、時間にうるさいと言われた時俺もそこまで鬼じゃないと心の中であったがあれは嘘だ。
「エズ、どういうことか教えてもらおうか?」
俺は手に持っていたレシートをエズに突きつける。エズは目を擦りながらそのレシートを見た。
「なんじゃ、ただのレシートでおかしな点はないじゃろ。」
「ある。なんで俺もちなんだ?」
以前にエズの口から聞いた言葉では新しい装備を作る際にかかる費用は全てエズもちだと聞いていた。だがこのレシートに書いてある金額は俺からエズに向けてと書いてある。まさしくこれはどういうことだ?という話である。
「……なんでって、妾は装備を作る際に制作の費用を出すと言ったじゃろ。」
「言ったな。」
「じゃから"素材の費用"はださん。」
「………」
「出すのは"制作まで"の費用であって"素材だけ"を要求するのならそれはださんのじゃよ。いわゆる契約適用外といったところじゃ。」
「待った。それなら以前に素材だけ要求してここの工場で作ったことがあった。あれはどうなる?」
「どうなるもこうも、工場の設備は無論制作までの適用内に入るじゃろ、あそこは主のお金で動いているわけじゃないんじゃから。ま、サービスじゃよいっとらんかったか?」
「───────。」
唖然だ。言葉すら出てこない、騙したつもりが騙されていた、いや言葉遊びでこちらが負けていたとは。あの時交渉下手くそだとエズに対して思った自分はまさかの一杯食わされていたのだ。
「ほれ、なんの不思議もないじゃろ?」
「ハァ、味方ながら天晴れだよお前は。」
「そりゃどうもじゃ。」
幸い金がないわけじゃない、ここのところクランクエストばかりをやっていたからか、いつの間にか黄金持ちになっていた自分がいるくらいには余裕がある、だとしても少々手痛い出費だが。
「にしても、この間装備を作ったばかりじゃろ?大会用だとしても……また作る必要なんかあるのか?」
キャッシュレスが進んでいないゲレームにおいて、大量のゲーム内通貨を袋詰めにしてその場に置くのは珍しいことじゃない。つまり俺がちょうどそれを行なっている時にエズは聞いてきた。
「あるんだよそれが、それにあれはつなぎ装備だったし。あ……AWの調整どうなった?」
「もうほとんどできとる、近いうちにナズナにデリバリーさせるつもりじゃ。」
「………あんまりナズナをこき使うなよ、」
「失礼な、やつからサイモンに行くついでと言い出したのじゃ。」
あー、そういうことかっと納得する。サイモンにはレナがいるそりゃナズナは行きたがるわけだ。だが、だとしても俺のメイン装備をおまけみたいに言われるのは少し心外な気がする。まるで俺があいつに負けてるみたいじゃないか。
「それで、今度はどんな装備なんじゃ?どうせ主のことじゃ今度は穴でも掘るタイプの装備なんじゃろ。」
「誰が、EMS-05だっ!!」
「じゃあどんな装備なんじゃ?」
「…………超近接特化装備。」
「ほう…」
エズの態度的に詳細を言いたくなくなった俺はそれだけ告げたが、今目の前にいるロリババアはどうやらさらに知りたくなったようだ。やってしまった感だ。
「のう、もう少し詳しく言えんのか……?」
「───、、」
見た目は美少女、中身は老人(推定)のやつが猫撫で声を出してくれば一瞬日和ってしまうのは必然だ。特に目の前のこいつなら尚更。
「のうのう、」
「悪いが関係者以外は知らせたくない……」
「妾も関係者じゃろうに。」
「それじゃあ、俺のクランに入っている奴ならにする。」
エズは入らないだろうという考えのもとそういう適当な言葉を言ってみる。が、今考えれば少し悪手だったかもしれない。
「ほう、主のクランか。」
エズが興味を持ってしまったからだ。
「───お前まさか。」
「そのまさか、紅月……妾も入れてくれ!」
「バカ言えッ!!」
「な、なぬ。今のは確実に入れる流れじゃったろうに!」
何を考えているのか、いやまさか何も考えていないのだろうか。
「お前はゲレームの女王だぞ!この間の第二回公式大会だってあの後ナズナにめっちゃ問い詰められてたじゃないか!」
「うな、べ…別にその気になれば妾はなんでもできるし、」
「そういう問題かよ………いやそうじゃないだろ。」
やっぱり何も考えていなかった。調子に乗るとすぐこいつは自分の身分を忘れる癖がある。時々頭が良くて時々バカ。わかりやすくてわかりにくい性格している。
「ともかくじゃ、妾もクランに入れろぉ!そして主の新しい装備を観察させろ!!」
「───装備がいちばんの目的だろ。ならお断りしたいんだが、」
「じゃあ、何が口実ならいいんじゃ?ん?!」
「…………。」
俺は目を逸らしながら少し考える。エズは確かに頭がいい部類の人間だ、そして信用もできる。ならクランに入れて第三回公式大会をガチで勝とうとしに行くのを、もしかしたら手伝ってもらえるのかもしれない。エズは戦闘者としてはともかくとして国を導くリーダーシップや、戦略等々の面にも多少なりとも知見があるはずだ。こいつの側近をナズナ以外に見かけてことがないのがその証拠だ。あれをワンオペでやってるとは信じたくないものだが。
────それに別に格段隠すべきことでもない、それなのに、なぜ。
(何を、言っちゃダメだと思ってたんだか……)
そう思い始めると再びエズへと目をやる。彼女は俺のことをじっと見たまま動かない、睨めっこでも始まっているのだろうか、だとしても馬鹿馬鹿しすぎる。
「………第三回公式大会だ。」
「ぬ?」
「第三回公式大会、その優勝を目指している。」
「うむ、それでそれが目的ならいいと?」
「簡単に言うな。」
「もちろん、お主のことじゃからどうせ妹のためとかじゃろ?」
「…………随分と、今日は勘がいいんだな。」
「うぅむ図星じゃったか!いってみるもんじゃの。」
「……。」
なんか今日はいろんなところでエズにペースを握られている気がする。不愉快というわけじゃないが、なんか不思議だ。
「それで、もちろん優勝をプレゼントしてやればいいんじゃろ?」
「あぁ。」
「それじゃあ、契約成立というわけじゃ。妾は主のクランに入って、戦果を上げる、そして妾はお主の装備を観察する。これで問題ないの!」
結局、クランにどのような理由で入ろうとエズの忙しさが加速してそしてナズナに怒られる未来が今一瞬見えたが、
「……まぁ、お前が問題ないと言えばいいか。」
っとこれはもう忠告しても無駄だなと話題を切った。
「じゃあ、お前のことは他のメンバーにも伝えとく。ちなみにほとんど顔見知りだぞ。」
「うぅむうぅむ!結構。」
エズは嬉しそうに椅子に座った。そして俺は小さなため息を吐いた後エズがクランに加わることになったことをどう全員に報告しようかと考えながらドアハンドルへと手をかけた。
「あっ、それと次からここを会議として使っても良いぞ!妾もクランのメンバーならこのくらいせんとな。」
「あぁ、みんなに伝えとく。」
その言葉を最後に俺はゲレームを去った。ちなみにその後全員にこのことを共有すると。
『エズから問題ないね!』
『少し不安ですがエズ様なら問題ないでしょう。』
『忙しそうでちょっと不安しかないけど、まぁアイツが大丈夫っていうなら問題なしね。』
『指揮官役として、こちらの大きな味方になってくれることは確かだ。問題ない。』
っと満場一致だった。信用されているのか、見捨てられているのかわからないがともかく俺も問題ないと思うことにした。後日エズをクランに招待した。
『topic』
ゲレームでは近日高性能ドローンのテスト実験を行なっている。




