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百二十五話「焔のウミ」

前回のあらすじ


事後処理でペルシドはため息しかつけないような状態に陥っていた。







 ──サイモン近辺の森──




 意識を集中させ、拳を握る。ゆっくりと右足を後ろに、力をいれる。瞑っていた目を再び開けて目の前にある大木へ向けて、


 [ズドッン!!!]


拳を放つ。反作用によって自らへ帰ってくる衝撃や痛みが体を怯ませるより早く突いた部分から手を離す。今の一撃は悪くはなかったのですが正直まだまだ甘いところがあった、自分がしっかり集中できていない証拠なのかもしれない。


 (今度はもう少し肩の力を抜いて…………)


 「フーーーー………。」


朝が顔を流れる、止めていた息を再び吸い込み、自分の精神と体を落ち着かせる。そしてクールタイムを終え、再び拳を大木へ打ち込む。


 [ズドォォォンッ!!]


先ほどより良い当たりを引いた。おそらく今日打ち込んだ453発の拳の中で最も優れたものでしょう。それと自分自身ウミとしても納得できる一撃だった。


 「……突きはここまでですね。」


私は肩の力を抜いて全身の血の流れを正常のもへと戻す。おかげか力を入れていた部分の感覚が鈍い、でも少し休憩すれば戻るレベルなので気に求めていない。


 私こと、メイドのウミは只今森で修行中。理由は明白、数日前の"バアル・ゼブブ"との戦い、最後の最後で気を抜いたせいで致命傷を負い結果お嬢様の加勢にも関われなかったからだ。常に主人の身を守り主人の一歩後ろで降りかかる厄災を退けるのがメイドの役目、しかし当の私はどうだったでしょう。


 (…………)


森の中は静寂に包まれている、今の私の回答と同じく、沈黙を貫いているとも思える。森ではそれが本来あるべき姿であるでしょう、しかし私の中ではそうではありません。

沈黙を貫くというのは答えが出なかった、もしくはやり遂げられなかったことの証。私にとってはその烙印が何よりも恐ろしくそして何よりも愚かしい。


自分は役目を全うできなかったと。いくらチャンスがあろうとできなくては意味がありません、失敗の積み重ねこそが最悪な展開をまねくことは。


 (すでに、知っています………)


───それを防ぐために今私は修行しなくてはならない、お嬢様を守れるほどの力、お嬢様の隣に立って彼女を庇えるほどの力。

庇護欲でも、慈悲からでも、責任からでもなく、私がただただそうしたいからそうする。


 「………次は、」


次はスキルの修行だ。私のスキルは炎に関連する技などが多い、本来なら森の中でやることはあまり推奨されないでしょう。ですがそれでこその修行というもの、誰かに火の粉が飛び火することを恐れて技が使えないなどと、それは甘えた考えだ。自分の炎くらい正確に扱えずして一体誰を守れるというのか。


 「光焔槍────」


自分の手から炎が湧き上がり、薙刀型の槍を形作る。光焔槍の炎は私にとっては暑くない、しかしこの森にとっては全勝してしまうほどの危険的な"火"を帯びている。不燃の影響からか、この炎は元来途切れることを知らない。ひたすらに燃え続けては辺りの物は片っ端から焼却していく。だからこそ私はこれを御すこと、これを扱い切ることが修行の真骨頂だと思う。


光焔槍は燃え続ける。炎が地面に燃え移りそうなところで私は目を瞑って意識を集中させる。力を抑え込み槍の形をより明瞭なものへとしていく。何回もこの槍を使い続けてはいるが形を正確にかたどるのは容易ではない、燃えているからか最初からこの槍に確かな形なんてものは存在しないのではないかという気持ちが私の中にあるからかもしれない。


 (ですが、そんなものはまやかし。)


やるやらないのではなく、やり遂げる。この燃え盛る光の槍に相応しい姿を私が与えなければならないのだ。


 [ボウゥッ………]


地面に火の手が広がる。ごたくや明確なイメージを脳内で考えてはいるがそれを成し遂げられていない自分がなんとも愚かしい。このままでは森がやけてしまう。っと少し自分をはやらせ、より一層の集中力を手と繋がっている槍へと注ぎ続ける。


 「────────っ。」


焦げた匂いが強くなってきている。おそらく私は失敗している。熱くはないが明らかに燃えている匂いが私の鼻口を過ぎる。まずい、まずい、まずい。自分の心が乱れるのを感じる、呼応して光焔槍の炎も手を伝わって揺らいでいる。このままでは森が燃えてしまうなんとかなさい、っと自分を言い聞かせるが理性より先に集中していた意識が外界の異変をより強く主張させ結果さらに集中が別の方へと向いていく。


 (まだ───ッ)


 『目を開けてみろっ!!』


誰かにそう言われた気がして、思わず目を開けてしまう。


 [バチバチバチッ────!!]


 「………あぁッ、そ…そんな!」


目の前の光景に思わず絶望の声が漏れる。素人でもわかる、これは手を遅れだ。愚かにも目の前の槍に集中しすぎて他のことを疎かにしたせいで、このような惨状へと変わってしまったのだ。


 (遅…過ぎた。)


そう遅過ぎたのだ。先ほど自分の心の中で決めて理解していたはずだ。失敗を積み重ねれば最悪な転移回になってしまうと、そうそれは取り返しのつかないことと同義だ。不燃の炎は決して消すことができない、魔法であってもそれは例外ではない諸刃の剣であることは理解していたはずだ。それなのに私は。


 『何ぼさっとしてる!早く消せ!!』


 「ぇ、」


先ほども聞こえた声、聞き間違いじゃないかと耳を疑うが周りの火の音とは明確に隔絶された声。一体どこから聞こえるのだろうか……


 『槍を掲げろ!』


 「────は、はいっっ!!」


迷わず、声の通りに槍を天へと掲げた。すると槍が私の意思とは関係なくひとりでに光始める。私が動揺していると、槍は周囲の炎を吸い寄せ始めた。初めてみる光景に私は目をパチパチとしながら燃え盛る森の火の手が槍へと収束していく光景をただただじっと眺めていた。まるで夢幻を見せられている気分だったそして気がついた時には森は鎮火しており、それどこらか焼けこげた後の一つすらない。まるで最初から燃えたことがなかったことになったようだった。そして私が掲げてた光焔槍は今までにない以上安定していた。

 

 「すごい………。」


 『全く───お前の心がまともじゃないと安定しないんだよ、その槍は……』


 「………どちら様、ですか。」


先程からずっと聞こえる声、こちらとの意思疎通ができる気配から私は周りを見回しながら、つぶやく。


 『俺は、そうだな…なんて言えばいいか。』


相手の声は聞こえるもののそれは反響に近い。森の奥から聞こえるようですぐ耳元で話されているような気がした。言葉に表してみるとその不可解性と矛盾性が垣間見える。


 『スピリチュアルガイド………。』


 「はい?」


 『いやだから、スピリチュアルガイド。文字通り霊的な、なんかのガイド?』


 「あの、なぜ疑問形で。」


 『こっちも説明すんのが難しくてめんどくさいんだよ!』


 「す、すみません……。」


なぜ私は謝っているのだろうかと考えるが、どちらにせよ相手が誰なのか探らないといけない。敵なのか、味方なのか。


 『あーえーっと、ちょっと待て。お前が何考えてるかわかるぞウミ……俺は少なくとも敵じゃない。』


 「は、はぁ……?ってどうして私の名前をッ!?」


 『そりゃお前、俺がスピリチュアルガイドだからだよ。』


っと目に見えないスピリチュアルガイドさん(仮称)は語る。ですが説得力は皆無、しかし納得はしてしまうという謎の心境、それが今の私だ。いつもの冷静沈着に物事を考えるスタイルはこの謎の声のせいで真正面から破壊されているような気がする。


 「それであの───」


 『あー、わかったよ。"具体的な説明"が欲しいんだろ?今からしてやる。』


私が言葉を口に出すより早く、スピリチュアルガイドさん(仮称)は私の考えを読み解きため息まじりに説明を始めた。


 『どこから話すべきか………俺はな勇者に付き従う炎の精霊みたいなもんなんだ。』


 「勇者の炎の精霊?」


 『いやイフリートとかそんなんじゃなくてな、だから"精霊みたいなもん"なんだ、似ているけど違って、違っているけど似ている、この辺は結局俺自身もよくわかってないから、深く考えなくていい。』


 「はい……」


 『それで俺は基本的に勇者に付くんじゃなくて、勇者の"炎"についているもんなんだ……だから勇者が死んでもその炎が別の知らない誰かに継承だの、受け継がれただのしていれば俺は死にやしないしソイツにつくことになる。まぁそもそも"存在が抹消"されなかったら俺は死なないけどな。』


 「えっと、はい……」


 『そして、それがウミ…今回はお前だったってことだ。』


 「はい……え?私ですか。」


スピリチュアルガイドさん(仮称)の説明をなんとか頭の方で理解しながら唐突に指摘された言葉に反応する。


 『お前、"アイツ"から炎を受け継いだろ?』


 「あ、アイツ?」


頭の中で"アイツ"様に該当する人物を探し始める。私のこの炎の根幹を知っているかのような、人物。


 (もしかしたら彼?)


彼と呼称するのはいささか変だと自分では思う。なぜなら口ぶりは男性のようであったが"男性"であったかと聞かれればそのてん印象はあやふやだ。今思い返しても不思議な人物だったと記憶している。


 『やっぱり引き継いでんじゃねーか、そうそう"アイツ"だよ。そいつがお前の炎の元の持ち主で勇者って呼ばれていたやつだ。』


 「勇者………あの、話を追って申し訳ないのですが先ほどから私の心の声を読んでます?」


 「あぁ、スピリチュアルガイドだからな……」


 「スピリチュアルガイドだからなんですね……」


もうツッコむのはやめにしよう。


 『でだ。そいつからお前の世話を間接的に頼まれたからこれからよろしくってことだ。まぁ、少し前にも助けたけどな。』


 「そ、そうなんですね。」


なんだか終始混乱していて、内容がいまいち掴めていない気しかしませんが。ですがこれ以上聞くとめんど……いえややこしくなりそうなのでやめておくことにしました。


 『で、お前槍の使い方が下手くそだな……』


 「と、唐突に!?」


 『あぁあん?そりゃお世辞を言って何になるって話だ、間違っていたら間違ってるって言わなきゃわかんねーだろ……特にお前は"アイツ"に似てクソ頑固だろうしな。』


 「う──っ」


どうしましょう、すごく酷く口が悪い言葉なのに的確過ぎて何も言えません。お嬢様にも頑固だと言われたことはありましたが、もしかするとそれと同じくらいショックだったかも。


 『でだよ、そのための俺だ。俺が今からお前に正しい槍の使い方を教えてやる。頭からつま先までな、』


 「はい………よくわかりませんけど、よろしくお願いします。」


 『よし、それじゃおさらいだ。その辺に適当に座れ。』


口ぶりからどうやら最初は座学から始めるようで、私はスピリチュアルガイドさん(仮称)の指示に従って、その場にあった適当な切り株へと腰を落とす。


 『"アイツ"にも言われたかもしれねーけど、炎は基本的に心と繋がっている。心が安定していれば炎も安定している、心が荒ぶってたら炎も荒ぶってる。表裏一体ってことだ。』


 「はい。」


 『そしてお前の場合、槍だな。炎で作り出された槍はより敏感だ少しの雑念、不安、心の揺らぎなんかがあるとたちまち制御が効かなくなる。でもな、裏を返せばそのぶん炎よりお前の心により従順で、炎よりお前との相性はとても良い。心しだいでどんなこともできるようになる。」


 「───そうなのですね。」


 『そうなのですねって……つまりなぁ、お前の心がしっかりしてないとダメってことだ。』


なんだかビシッと指で指摘されたようなイメージが頭の中に出てくる。


 『自覚してなさそうだな。』


 「別にそういうわけじゃないですよ、」


 『いいや自覚してない。からだ、今からカウンセリングするぞ、』


 「はい、でも─────」


 『いいって言っただろ!大体心がなんとかなってないのに武器がまともにると思うな!』


 「はい……すみません。」


叱られてしまったと思いながら謝罪する。私の謝罪に複雑なため息をつきスピリチュアルガイドさん(仮称)はカウンセリングを始めた。


 『長いのは嫌いだから単刀直入に聞く。"お前は何を目指してんだ"?』


何を、と聞かれると何に?っと聞き返したくなってしまうもの。しかしスピリチュアルガイドさん(仮称)の言葉の意味は私にしっかりと伝わっている。ならば私は今も昔も同じ通りこう答えるだけ。


 「お嬢様をお守りするため─────」


 『違う、』


 「ぇ、」


いい終わるよりも早く否定されてしまう。彼は私の心を読めるなら確かに最後まで聞く必要はないとは思っている。でも今の言葉は本当に本当の本心で言っている言葉だ、何も違くはないはず。っと考えていると彼が話し始める。


 『それは確かにお前の目標の一つだろうけどな、そのためにお前はどんな力を身につけるんだ?どんな力でお嬢様を守るんだ?』


 「どんな、………」


どんな力、初めてそんなことを問われたと思う。それこそ面接で予想外のことを聞かれ何も答えられない時と同じように私は思わずポカンと口を開けたまま言われた答えを探し始める。

ですが、そう簡単に見つかるものではない。


 『──それがなってないならいくら修行を積んだところで何を得られないぞ、修行っていうのは自分の延長線にある行為だからな、目標がなんであれ自分のゴールを、自分だけのゴールを決めなきゃ結局のところその場しのぎの骨折り損だ。』


 「では、それは?」


 『それを決めるのはお前だ。アドバイスするとお前はゴールは白紙だ、今ここで決めろ。』


 「そう言われましても……」


何もかもが初めてで書かれた問題用紙に自分で答えを書けなんて言われても困ってしまう。しかもそれが自分のことだというのなら尚更。


 『だからな。自分のことはフツー自分が決めるんだよ。明日腹筋20回やるってだけでもいい、毎日1冊本を読み終わるでもいい。なんでもいいんだよ、お前が"納得"するならな。』


 「私が、"納得"?」


 『そうだ。お前がお嬢様のために一体何までできれば"納得"する?』


 「…………」


今の言葉はどこか矛盾だ。お嬢様のことはお嬢様本人しかわからない、だから私が隣に立てているなんてのは私が決めることではないはず、それなのに私が立てていると思うためのゴールを作る、なんて考えてみればおかしな話です。


 『確かにおかしな話だな。でも、なんでもいいからつけてみろ。』


 「…………(私自身が"納得"。)


少し考えて私はすごく曖昧で自分自身には妥協とも言える答えを絞り出した。そしてそれをスピリチュアルガイドさん(仮称)へと伝えた。


 「槍を。この槍を、そして私の炎をしっかりと扱えるようになりたいです。」


 『………』


 「どうですかね?」


 『……ま、及第点だ。よし、お望み通りガイドしてやるよ。』


それからというもの、スピリチュアルガイドさん(仮称)にしっかりと炎、そして光焔槍の使い方を習った。今まで自分で手探りのように訓練していた身からすると彼の指示や彼の提示する修練方法から心構えまで何から何まで私にピッタリと言えた。本人曰く『"アイツ"に似ているから』と言われた、私としてはそのことをいいこととして受け取ることにした。




 ──夕方──




 『まぁ、こんなもんだろ。』


 「はぁ───はぁ、」


タオルを手に取って汗だらけの顔を拭く。スピリチュアルガイドさん(仮称)の修練方法は確かに私にはあっていたが、それでも厳しいことには変わりない。特に精神的な面をより鍛え上げられた気が自分でもする、槍を使う上ではそれが大事だと身をもって体感しました。


 『一応今のが初歩的なやつだ。もし次もやるんだったらそれは技とかを磨くのに費やした方がいいな。』


 「は、はい。」


今のが初歩的なことだという発言に少し心の中で弱気になってしまう。


 『"アイツ"はこの初歩開拓するのに1年以上はかかってんだ、それに比べれば1日でできるようになったお前は恵まれた方だ、あんま気にすんな。』


 「そうですか………」


"アイツ"様は独学だったのでしょうか。


 『とりあえず今日はゆっくり休んだ方がいいぜ。』


 「そうします………そうでした、聞きたいことが。」


 『なんだ?』


 「…はぁ、、……勇者ってなんですか?」


 『ん?勇者知らないのか?』


まるで当たり前のことを知らないのかと言われた気分だが、残念ながらその単語に聞き覚えはほとんどない。いや、勇者がどういう者を指すのかはわかるが、スピリチュアルガイドさん(仮称)が言う勇者というのはどこか自分との認識とすれ違いがあるように思えたからだ。


 「はい知りません。」


 『はーん、今の奴らは勇者しらねぇのか?教えてやるよ、勇者っていうのは今から大昔にこの世界に召喚された総勢72人の特殊能力者のことだ、お前の炎を持っていた"アイツ"も勇者だったぜ。』


 「初めて聞きました。」


大昔たスピリチュアルガイドさん(仮称)は言うが、【SAMONN】の過去の歴史の中でそんな言葉が出てきたことを今の今まで見たことも聞いたこともなかったので少し半信半疑だ。


 『まぁ今はいないんじゃ疑われてもしょうがねぇか、とにかくいたんだよ大昔な。』


 「あの、どのくらい昔ですか?」


 『さぁな、』


 「ぇ、」


 『俺はただの炎の付き物だ。時間なんてもの眠っている間わかるわけねぇだろ。俺がわかるのはただただひたすらに遠い昔ってことだよ、当時とここら周辺の地形がまるっきり変わってるところからくる推測だけどな。』


 「は、はぁ。」


スピリチュアルガイドさん(仮称)はどうやらとことんこの話はどうでもいいようだ、なら私もあまり好奇心を出すのは、というより知らない相手に無理して聞きかかるのもただただ変な話だ。


 『じゃあな。俺はちょっと疲れたから休むぜ。何か用があったら読んでくれ、』


 「あ、待って────って、言ってしまいました。」


スピリチュアルガイドさん(仮称)がどこかへと消えてしまったような感覚が残る。ですが呼び出せば応じてくれるというわけでしたので、彼を頼るのはまた今度にしてもいいのでしょう。


 「戻りますか。」


私はそうして【SAMONN】をいつも通りログアウトして行った。


 


『topic』


サイモン近辺の森は修行をする場所としてうってつけと知られているが、そのせいでプレイヤー環境破壊が盛んである。


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