百十四話「始まりの終わりPHASE-3」
前回のあらすじ
サイモン、インディアリア、ゲレームは連合軍として超巨大対国要塞"バアル・ゼブブ"の討伐へと動いていた。サイモンのプレイヤー軍団により三つの防衛ラインを形成、戦力を削りこれを撃破することを作戦として、インディアリアも天使部隊で支援。一方距離的な問題で直接戦闘に参加できないゲレームは紅月を最大戦力として投下することを決定し、紅月もそれに向けて装備の開発を急がせる。
──???・時間不明──
(くらい、くらい。くらい、誰もいない。)
(でも、やるべきことはわかっている。たとえ口を封じたとしても、たとえ耳も目も全てが見えなくたって僕は感じることでそれが分かる。)
(何を生かして何をつぶすかくらいは、)
(あれ?この世界に。)
(生かすものなんて、あったっけ?)
──対"バアル・ゼブブ"用第一防衛ライン・サイモンプレイヤー軍団駐屯地──
いよいよ"バアル・ゼブブ"との会敵を前にしたプレイヤーたちは準備の最終段階を行なっていた。すでにそれぞれが役割を理解して動いており、無数の魔法器具や魔道具、自動で動く迎撃装置などを準備し魔法で作られた簡易の壁なども準備されていた。開戦の準備は近い、多くの者たちは理解していた、これはエンターテイメントではなく本気の戦争と同義であるということを。
目の前の巨大要塞から放たれるオーラは醜悪さはどんなに間抜けなプレイヤーでも奮い立たせてしまうような絶対感が存在していた。
そんな全員緊張感でいっぱいになっている中、ある一人のプレイヤーが心を落ち着かせようと深呼吸していたウミに話しかけていた。
「よぉ!プロイシーぶりだなウミ。」
「あっ、メルドさん!!きてくれていたんですか?!」
「おうよ、大招集っていうだからな。急いでカッ飛んできたってんだが………ルルカのやつは?」
「お嬢様は実は別作戦でここにはいないのです。すみません、」
ウミがメルドに頭を下げると彼女はどことなく申し訳ない気持ちになった。だが豪快な性格な彼女は自分の気持ちを軽く切り捨て、話を続けた。
「あーなるほどな。まぁいないんなら仕方ないよな。それに、どうにも帰れそうな雰囲気じゃねーわけだし。」
メルドはゆっくりと進軍してくる"バアル・ゼブブ"の方を見た。その瞬間彼女の雰囲気は反転するように鋭いものへと変わった。
「相手は強敵です。」
「………そうだな。正直聞いていた話よりもイカれてるぜアレ。竜が可愛く見えるくらいにな、」
「作戦開始はあそこの森が爆発した時、地盤陥没によって"バアル・ゼブブ"の足が止まった時に攻撃を仕掛けます。」
「了解───!」
メルドとウミの二人は歩き出し、他のプレイヤーたち同様にゆっくりと進軍し始める。歩けば歩くほどの"バアル・ゼブブ"の恐ろしい足音が地震のように響いてくる。だがその場に合う待ったプレイヤーたちは逃げたいと言う気持ちを抑えつけながら一歩一歩前へ進んでいた。その時をじっと、獲物を狙う鷹のように待って。
[バゴーーー!!!]
目の前周辺に広がっていた森に火がつき、爆風の風が平原を伝ってプレイヤーたちに刺さる。そしてその瞬間向こう側にいた"バアル・ゼブブ"は一段と体が下がったようにものの見事に足を陥没した森の中へと下ろした。その要塞の全体的なバランスが傾いた瞬間プレイヤーたちは一斉に走り出し、声を荒げながら戦いへと駆り出した。
一方"バアル・ゼブブ"も転んだことはあったとしてもその装甲には傷ひとつない、あるのは土汚れだけだ。すかさず自身を守るように周囲にいる寄生し操っているモンスターたちに攻撃命令を出し、プレイヤー達と対峙させる。
「最前線の奴らは本体を殴りに行け!こっちは援護と掃討だっ!」
最前線を走っていた上位プレイヤーは本体である"バアル・ゼブブ"に対して攻撃を始める。そして他のプレイヤー達はその援護、加えて使役している魔物達の掃討に当たった。
大勢の人達が大勢のモンスター軍団と開戦する、二つの大きな波がぶつかったように戦いの火蓋は切られその瞬間から目に痛い光がいくつも迸りながら、モンスターの軍勢は強化を施されていたとしても一気に押され始めていた。
「『鎧崩し』ッ!!」
「『治癒増加範囲』、『広範囲治癒』、『持続広範囲治癒』!!」
「『銃時間』………『一撃必死』ッ!」
「『金剛氷烈嵐』!」
「『広範囲特技増加───『戦争人』!!!」
「俺の後ろにいろ───『鋼鉄都市』……ッ!!」
未熟なNPCとは違いここに集うのは歴戦のプレイヤー達。ゲームで磨かれた腕が無尽蔵とも言えるモンスター達を屠り、ゲームが好きというたった一つの想いが千にも匹敵する戦闘能力を見せるのだ。まさしく効率のいい戦い方を知っている、それがプレイヤーの最大の能力でありNPCたちとは一線を隠せるほどの力でもあるのだ。
有効なスキルを取捨選択し、団体戦であることを理解した上で細かい要因をわけ、たとえ戦闘で活躍しなかったとしても最大限の働きを見せる。ゲームというフィルターを通した彼らに死の恐怖がないことも戦闘を有利に進めているという点で他に比べてかなり大きい。
「『寄生虫』がくるぞ!!全員カウンター用意。」
寄生虫とは、"バアル・ゼブブ"が魔法師団を壊滅に追い込んだ最高で最大の武器、蝶のように舞い蜂のように刺す、という形容と同じような行動パターンで突撃攻撃をしてくる、そしてありえないほど数が多いという点もまた厄介な点だ。しかし彼らはそんな最大な武器に対してすでに対策を張っていた。
それはカウンター作戦である。プレイヤーである彼らはこの寄生虫の特性がただの突撃攻撃なのをすでに勉強済み、となれば攻撃を受け、規制されるよりも早く反撃することによってことなきを得る作戦を思いついたのだ。
ちなみにカウンター持ちではない人は盾役の後ろにつき、攻撃してくる前より早く撃ち落とし、回復やバフ役は盾役のサポートに徹することによる。
その間もモンスターたちは襲ってくるので効率よく対処することが求められるのだが、そこも流石はプレイヤー達といったところだった。マルチタスクを平然とこなしつつおかしいといってしまえるほどの統率に雑兵はどんどん数を減らす。しかし目の前に聳え立つ"バアル・ゼブブ"は数分が経過してもまるで止まる事を知らない。
「おい、ほんとにダメージ与えてんのかよ?!アイツ全然止まらないぞ!」
「少なくともSS級が行ってんだ、間違いはないだろ!」
──"バアル・ゼブブ"本体付近──
一方"バアル・ゼブブ"に突撃したプレイヤー達はヒットアンドアウェイを繰り返しながら本体にダメージを与えていた。だがいずれも目立ったものはない。
「敵の数が多い……!」
「それに加えてなんて、硬さだ!」
SSランクプレイヤーまでもがその戦闘に参加していた、だが傷をつけているのかいないのかの判別ができるかできないか程度の損傷しか与えることができない。もはや特殊防壁に守られた要塞を素手で叩いているような感覚に等しかった。
「魔力的な障壁は存在しないはず。だけど、この防御力は!」
「黙ってないで動いたほうがいいっ!下手したらあの飛んでくるやつに交通事故起こされるぞ!」
その時、回復に徹していた一人の神官に向かって『寄生虫』が一直線に飛んでくる。
「しま……っ?!」
「───熱炎射!!!」
目の前で燃え盛る炎、突撃を敢行してきた『寄生虫』達が一瞬にして灰塵に変わり。神官に直撃することはなかった。
「大丈夫ですか!!」
「あ、ありがとうっ。」
ウミはすかさずその神官の元へと駆け寄り、軽く身体を診て怪我がないか確認した。幸い大きな傷などはなく無事なようだった。
「かっこいいじゃねぇかウミ!!」
「メルドさん!言ってる場合ですかっ?!」
「だよな、っ!!、悪い─────ッ!」
メルドは"バアル・ゼブブ"の対人レーザーを受け止めまいと大剣を変な方向にずらし受け流した。しかし思った以上に圧力があったのかバランスを崩して近くの森へと吹っ飛ばされていった。
「メルドさん!!!!」
「ウミメイド長!あのバカ女ならすぐ帰ってきますから!」
戦線離脱しようとするウミをすかさず別のプレイヤーが止める。発言から分かる通りメルドの旧友であることは確かだがにしたって表現が悪すぎる。
「そうだ、アイツは竜以外じゃ意外と戦えない……最終攻撃をかけるならこれが最後だぞ!」
「なら、今からオールバフを全員にかける。タイミングは任せるやったれー!!『全能力多重付与』『必殺技超強化』『覚醒上昇』ダメ押しのぉ〜〜『強制弱点付与』!!!!」
そしてバフを確認した。プレイヤー達は一斉に自身の最高の一撃を"バアル・ゼブブ"へと叩き込もうと飛び上がった。しかしその瞬間。
"バアル・ゼブブ"の中心部に近いところから極黒閃光の光がほとばしりプレイヤー達を直撃した。
『!!!!!』
攻撃モーションに入っていたからか、もう後戻りはできなかった。
── 対"バアル・ゼブブ"用第一防衛ライン──
[ドォォォォン!!!]
プレイヤー達は"バアル・ゼブブ"の前足部分で起こった爆発に一瞬気を取られる。誰もがSSランク冒険者の一撃である事を瞬時に理解し少しの希望を抱こうとしたが、爆炎が晴れた"バアル・ゼブブ"のその鋼鉄の体には傷ひとつない状態が一番に目に留まった。
「!!」
「おいっ、少なくとも100万は出てたぞ!?」
だが"バアル・ゼブブ"は止まる事を知らない。再びその重々しい足を持ち上げて一歩一歩と防衛ラインへと迫り来る。そしてプレイヤー達もプレイヤー達で長期の戦闘へと発展していたため疲労が隠しきれていない状態だった。
「ぐぁっ?!」
「っ!リザレクション!リザレクションを頼む!!」
対して相手の軍勢は疲れるところを知らない。無尽蔵無機質に襲ってくる『寄生虫』達は最初こそ押され気味ではあったものの、着実にプレイヤー達の戦力を削っていた。それこそ、体力より先に精神が力尽きてしまうほどに。
「魔法使いは、撤退のポータル準備を頼む!」
「───わかったっ!」
「お、おいっ!放棄すんのかよ?!」
撤退のポータルを使えば次の防衛ライン、すなわち第二防衛ラインの前哨基地に移動することができる。多くのプレイヤーはこの戦いがいかに理不尽でどうしようもないものだと薄々勘付いていた。ゆえにここ一回では終わらないことも理解していた。
「別に、ギルマスからは最悪捨ててもいいって言われていただろ!」
「───でも!」
「行かせてやれ、殿ってわけじゃないが……残れる盾役は俺たちが引き継ぐ!」
ここで戻る連中は腰抜けと言わんばかりの言葉が各方面で聞こえてくる。だがいずれはこうなる事を見越しての撤退ポータルだったので誰も止めはしなかった。ただ思った以上に心が弱い奴らが多かったというだけだったのだ。
「悪い。」
「………。」
そう言い残しプレイヤー達は次々へと自身の限界を悟ってポータルへと入っていった。
「で、お前はいつまで残るんだ?」
「は。リスポーンはご勘弁なんでな、ただSSランクが戻るまでは守ってみせるッ!」
「んじゃ、俺もそうするか。回復役は必要だろ!」
「頼む!!」
すぐにポータルに入らなかった者たちは最後の最後まで戦い続けていた。第一防衛ラインに構築されていた簡易的な砦は見るも無惨な姿へと変わっており、その場に残ったポータルも『寄生虫』に悉く破壊され、残るは一つのみ。その死守にあたりながらも残りのプレイヤーを逃すために奮闘状態。もはや戦況は対等ではなく袋の鼠と化していた。
「──限界だ。この様子だと突撃して立った奴らはもう!」
「………おい、アレを見ろ!!」
大盾プレイヤーが爆発と荒れ狂う戦場の中で走ってくる二人の女性プレイヤーの姿を確認した。一人は顔は平然だが体に力が入らないのかもう一人に背負われながら砦の方へと走ってきていた。
「はぁはぁ、はぁ!!」
「アレは魔女さんところのメイドだ!!」
「それと、ドラゴンデストロイヤーのメルドだ!!」
繰り返される爆発、そこから命からがら逃げてきた二人は飛び込むように。かろうじて存在していた屋内へと避難した。
「はぁー、はぁーっ!!!」
「ぉぉわ、ウミ。もうちょっと優しく。」
「す、すみませんメルドさん…!」
背負われていたボロボロのメルドは全身の痛みを口に出さず少し苦しそうな声でウミへと訴えるしかしウミも口ではこう言っているが満身創痍だった。
「二人ともよく無事に。」
「無事って、五体満足だったら適用内なのかよ……」
笑えないジョークを言いつつ痛みがある箇所を押さえるメルド。
「何があったんだ?」
「説明は後です!とりあえず探して帰ってきましたが他のプレイヤーはいません!撤退しましょう!!」
「りょ、了解。メルドはこっちが持ちます、お前はウミさんを!」
「あぁ。急げ!!」
その後、残ったプレイヤー達はボロボロになったウミとメルドと共にポータルの中に無事入り第二防衛ラインの前哨基地転送された。しかしこのことにより、事実上完全に第三者防衛ラインは崩壊し、予定にあった残り3日間の猶予もさほど変動せず、"バアル・ゼブブ"は変わらない進行速度で魔法国へと向かっていった。
つまりは事実上の敗走である。
『topic』
メルドは随分と間抜けな飛ばされ方をしたが、その後しっかりとビームの追撃をもらっており退場の仕方に反してかなり手痛いダメージをもらっていた。




