百八話「オムニカルツの裏口。付属記録:ウィスト」
前回のあらすじ
鷹橋から謎のバッテン生物についての情報を得た紅月は早速エズに相談する。最近巷の亜倣・新環装甲を使用して暴れ回っているオムニカルツという集団との関連性を疑う紅月は、ケリーンを連れて強襲偵察をしてアジトとオムニカルツのリーダー、パズを含めたメンバーたちを拘束することに成功する。
──ゲレームMk~Ⅱ・収容エリア・尋問棟──
オムニカルツの頭領パズ、およびその主要メンバーを捕獲した俺たちは彼らをゲレームへと連行した。そして着いて早々に尋問室へと引き渡されることになった。エズの早い判断には少し感服もするが、いささか焦りすぎだと俺は思いつつ尋問室の外で、口を割らないパズの様子をエズとともに見ていた。
「………なかなか口割らないな。」
「…………」
この場所に入るのはこれが初めてではない、以前にもはぐれオムニカルツの奴らを尋問した時にもこの場所であった。あの時の狂喜乱舞具合は今でも記憶に焼き付いている、正直初めて尋問をやることになった身としてはあり得ないくらい最悪なスタートダッシュだったと思う。
そんないやな思い出を考えていると
「よし、妾が出る。」
「────────っ!?」
エズは唐突にそのようなことを言い始めた。"はぁ?!"っと思わず叫びたくなった。
女王であり、あいつらの反発の象徴であるお前が行ってどうするっと言いそうになるが、エズは俺の方を向いて少し得意そうな顔をしたまま黙っている。
俺が何か言うことを予見したように、それでいて自分を信じて欲しいと俺に訴えかけるように。
「─────、エズ!」
それでも俺は声に出す。理由はこいつが信用ならななった、正確には信用してはならない理由があったからだ
「何、たとえ喧嘩になったとしても妾は負けぬ。」
「いや、それはわかってんだよ。でも、ここは……」
お前の出番じゃない、なんて言葉を言おうとしたら、エズはまっすぐ俺の目を見てこう話した。
「紅月……妾はあやつと同じ一番上の者じゃ、今更じゃが、対等じゃなくてどうする……それに、」
「………それに?」
「いや、兎にも角にも───妾を信じろ、紅月。」
エズは俺に向かってそう笑って見せた。少し心配な気持ちが俺にはあった、核心なんてこれっぽっちもなかったが、エズがそんなに何でもかんでも強気に出るタイプだとは思ってなかったからだ。普段、笑顔を振り撒くおてんば女王は、おそらく誰よりも繊細だ。この国の誰にも負けないほどに、
「全く、主は本当に妾を信じぬな。泣いてまうぞ?」
「………信じてないに決まってるだろ。」
いつもの軽い冗談を織り交ぜながらも、エズの言葉には重みがあった。大丈夫なんて本人は言っている時が一番大丈夫ではない、当たり前だ。だから、俺はこいつを"信じる"ことができない、言葉とは裏腹の、どこか不安そうな顔をされれば特に。
「ふ、そうか…それは結構。ま、黙ってみておれ、妾はゲレームの女王だぞ?」
「…………」
エズは意気揚々に尋問室の二重扉へと入っていった。俺はその光景を黙ってみているだけ、頑張ってこいのひとことですら言ってはやらなかった。なぜなら、おれは嘘が好きじゃないからだ。誰かのために、自分を潰そうと頑張るお前は、本当に嘘まみれでどうしようもない。
(そんな、大馬鹿野郎だからだ。)
──尋問室:オムニカルツ頭領パズ──
尋問を受けていたパズは部屋から入ってくる一人の少女を見た。先ほどの正装を身につけたオートマタとは違ってその少女の雰囲気、そしてどこかで見たことある顔からパズはその人物像、そして正体を一瞬で理解した。
「…………。」
少女が対面の椅子に座る。パズは理解している、相手がいくら少女であろうとオートマタは基本的に見た目をいくらでもいじることができる、なんなら生まれたその姿から歳を老いることすら知らない。だが見た目からくる第一印象は、パズの一言目に話す予定だった罵倒をキャンセルしていた。
そしてその隙にエズは話し出す。
「……初めまして、オムニカルツの頭領。妾はゲレーム現女王、エズじゃ。」
「………」
パズはエズの話し方のおかげか現実に戻ってきたような感覚がした。"やはりこいつはそういうやつだ"と心の中で思い、今まで貯めてきた複雑な感情を整理して目の前の少女にぶつけてやろうと考えた。
「よくも俺の前にノコノコ出れたな。こんなところに入れて、、力で制圧した感覚はどうだった?」
ていのいい皮肉を言うパズ、しかしエズはなんとも思っていないような顔で続ける。
「うぅむ、悪気はせんかった。じゃが、やはり性に合わんとは思っておる。」
「──ナメているのか?」
「まさか、妾は本心を語っているまでじゃよ。」
エズの趣旨がわからない返し方に少し揺さぶりを入れてみるも返ってくるのは何も変わらない態度、そして付随した言葉だけだった。パズはいけすかないやつだっとさらにエズの評価を内心悪くさせる。
そしてエズの本心を語っているという先ほどの言葉を利用してやろうとパズは思った。
「なら、質問がある。お前、仲間のことどう思っている?」
「む?」
「お前がくだらない女王様ごっこやっている間に、苦しんで生きている仲間のことどう思ってんだよ。」
二回目はしっかり、相手に伝わるように。その察しの悪さこそがお前の弱点であり、自分と今対立している理由だと。
「…………」
エズの沈黙、表情は全く変わらない。パズの質問から数十秒経ち、彼は黙秘こそエズの答えであることを理解した。怒りと笑いが込み上げてくる、だがそこを少し止まってパズはこのロリババアに次はどんな言葉を投げるか考えた。
「……お前のやっていることはな、同族に対しての見殺しだ。お前は散々いい言葉をほざいているらしいけどな、結局それはただのごっこ遊びに過ぎない。現にゲレームはまだ練鉱国っていう名を使ってる、オートマタだけじゃなく人間も入り込める国になってる。方法がどうとかじゃねぇ、何にも進展がないんだよ……お前のやり方には、解決策がないってことだ!」
「───じゃから、多種族を殺していいことに繋がるのか?」
冷静なカウンター、しかしこれで怯んでいてはオムニカルツなんていう組織を作った頭領パズとしての名前、そしてそれに信じてついてきたものたちに顔向けができない。
「当たり前だろッ!大体あいつらが俺らを迫害してきたんだ、俺らがやり返すことは間違いない正当防衛なんだよ!!」
「お主は履き違えておる、正当防衛というのは自分を守ることを前提としたことじゃ、つまり攻めの型ではない、唐突で一方的な攻撃の何が正当防衛かっ!!」
「だから、なんだ!実際お前が何かやっても世間は何も変わってない。俺たちオートマタに対する考えは何にも変わってないんだよ!!」
「───数年で変わると思っているとはとんだ小童じゃのうッ!!」
「じゃあその間ずっと耐えりゃいいってのか!、ええッ?!!」
エズが尋問を開始してからというもの、パズの口はどんどん軽く、そして痛々しく、荒々しくなっていく。自分が全ての代弁者であり、ぬるま湯に浸かっているこの女王こそ、なり損ないだと言葉ではなく意思で伝えているようだった。
パズの口から語られる言葉は二重扉の外にいるオートマタ達にまで伝わっていた。誰もが、誰も、エズのフォローを入れるという考えよりも先にパズの言葉をしっかりと耳に入れ理解しようとしていた。それが忠誠に歯向かうものだとしても、、それほどまでにパズの言葉にはエズ以上の"力"が込められていた。
「だから言ってやる、お前達のやっていることはなんの解決策にもなってないって!そして俺たちの力あるやり方でしかオートマタの未来は変わらないってな!!」
「────っ!」
エズはこのレスバにおいてだんだんと押されている状態であった。パズに込められた"力"は時に反対意見すら潰す勢い、それをなんとか言葉巧みにいなすエズであっても本質的な心の強さでは負けている。
彼女に残されているのは、信念だけである。
ただそれでも、エズはあの言葉を忘れてはいなかった、こうして目の前の若者の言葉に押されている最中も、決して。
『逆に、俺はそれが正しいとも思うな。違いがあるから確かに争いはあるが、でもそこから生まれるものもあるはずだ。』
この言葉は一見戦いというものが必要だと言っているようにも聞こえる。だがエズは違う解釈をした。その者がどうにも戦い好きに見えなかったからか、それともその者の言い方があまりにも優しかったからか、
『争いがあって、そのあと解決することもある。対立が呼ぶのは悲劇ではなく、新たな時代の幕開け。』
エズは自分なりの解釈をした。だから、この言葉に従って自分は決して負けない、自分はそれでも我を貫き通すと決めた。
「確かに、お主が言っていることは正しい。じゃが、本当にそれが正しいとお主自身思っているのか?」
「……何が言いたい。」
突然のエズの発言に困惑と怒りを秘めるパズ、それは核心をついているからなのか、それともただ無性の怒りがそうさせているのか、それがわかるのはこの部屋にいる二人だけだろう。
「お主は、本当は戦いなんて望んでいないのではないかということじゃ。お主の言葉からは妾の方法であっても未だ解決できないから、力に手を伸ばしているように聞こえる。」
「──────っそんなはず!」
「じゃったら、力あるお主はお妾を潰せばよかろう。」
エズは自分とは違う相手の視点になって考えてみた。叫んでいる言葉は全て前提にオートマタがされてきた迫害への怒りが詰まったものだと、そしてそこからエズの行いへと追及になっている。つまりどこを通っても変わらないものは、"迫害への怒り"だけだったのだ。
卑怯だが、それがエズのやり方、言葉巧みであっても"力"で全てが成し遂げれれるわけではない、それを解くことが。
「できないに決まってるだろ、」
「妾が強いからか?」
「…………」
「違うな、お主はオートマタ同士が戦うこと心から望んでいない。本当に、自分の種族を愛しているから、じゃから妾を前にしてもその恨みを口だけに抑えておる。」
「っ!、わかったように言うな!!」
「わかっておらぬ!じゃが妾はわからなくてはならない!ここまで来たから、ここまで来させてくれた者たちに、絶対に報いるために!!!」
「───────。」
パズは黙った。今まで静かで堂々とした態度でいるエズから、そのような言葉が飛んできた、間違いなく個人的な感情が乗った一言、それを捻り出すことはエズにとっては自分の内側を出すことに等しく、同時にとても苦しいことだった、なぜならそれは弱点晒しと言っても過言ないからだ。王が常に孤高であるのはなぜか、それは誰にも自分の本性を見られないため、たとえそれがどんなに忠誠心が厚い者でも、王は自分の口を抑えないといけない。
辛くて、悲しくて、どうしようもなくても、エズは女王であるから、弱音を吐くことは許されない、自分の意思でいることを許されない、女王は民の総意であるから、一個人のただ一つの発言すら許されない。
そこにいる誰もが察した。エズの自由は決して自由ではないと、彼女の言動は常に自分を縛っている者だということを、元々知っていたものはさらに自覚した。彼女が運命に囚われたとてもか弱き存在であるということに、
「妾は進み続けなくてはならない、じゃから悪いがお主のやり方は否定させてもらう。それが違うものと信じて、それだけではないと信じて、妾には義務がある、責務がある、そして信念がある!!」
「く、口だけッ!!!」
「そのためなら、どんなことでもするつもりじゃ!じゃから、どうか妾にお主の時間を託してはくれぬか……頼むッ!!」
エズは椅子から立ち上がり、そしてあろうことか頭を下げた。部屋の外にいたエズの部下たちは一斉に驚き、そして部屋へと乗り込もうとする輩まで出てくる。頭を下げるなんて行為は一番王がやってはいけないことだと、それこそ目の前のただの一般オートマタにすることではないと、いずれもエズを止める側とパズを殺す側の二つに勢力が分担されていた瞬間。
ただ一人、紅月は黙って見ていた。この行末がどうなるか見定めるために。嘘や、建前で塗りたくられた声よりも、エズの心からの叫びを誰よりも"信じて"いたから。
「お前─────?!」
「なんとでも言うが良い、じゃがなこれだけは言わせてもらう。妾は絶対に民を見捨てぬ、同族を見捨てぬ、誰一人欠けることなく、全ての者を幸せにしてみせるッ!!!」
その言葉は不条理への反逆と名ばかりの全ての者の幸福を願う祈りだった。エズは久しぶりに誰かに頭を下げた、そして久しぶりに自分の口から心の底にあるものを言えた。
お願いしている立場でありながら、不服感はこれっぽちもなく、そればかりか満足感すら彼女は感じていた。
「……認めねぇ。俺はお前がなんて言ったって、どうやったってお前を認めることはできない。」
「──────。」
「だが。………パルコス大森林、そこにもう一つのアジトがある。」
「─────!!」
「行きたければ勝手にいけ。」
その瞬間、尋問は終了した。パズの背後の扉が開き二、三人のエズの部下が出てくるそれぞれとても厳しい表情であり、パズを連れていくのも少々強引気味だった。
「……感謝する。」
エズは連れて行かれる、パズの背中にそう言い頭を上げる。パズは連れて行かれる足を止め、少しエズに振り向きながら最後にこう言った。
「─────今後絶対に"どんなこと"なんて言うなよ。エズ女王、」
パズは尋問官のオートマタに引っ張られるように押されて扉の向こう側へと連れて行かれた。彼がこの後どうなるかはわからない、どうにかするべきなのだろうとエズは思っている、だが彼が最後に行った情報を無駄にしないためにも、エズは伝えるべき人にこのことを伝えた。
「聞こえたな、紅月準備をするのじゃ!」
『聞こえていたし、もうしているけど、アレについてはどうする?』
紅月のいうアレというのはサンドワームのバッテン印の件についてである、無論エズは紅月の言葉だけでそれを察し理解したので
『なーに、お主が帰ってくるまでにはしっかり聞いておくつもりじゃ。』
っと少し余裕そうな表情を浮かべてそう言った。自分の言いたいことを言えてスッキリしたのか顔にはいつもの得意そうな様子が戻ってきていた。
『………了解。』
紅月はエズの言葉を聞き入れると、すぐさま準備に取り掛かっていった。
──バスク砂漠・南西──
エズの依頼もとい、命令を受注した俺は準備を整えて車でパルコス大森林というところに向かっていた、場所にしてバスク砂漠のちょうどお隣。ゲレームの位置的にほぼほぼバスク砂漠の半分を横断するため到着までは時間がかかることは明白だった。だが、幸いにもただボケーと運転しているだけの任務にはならなさそうだった。
「教官、眠くはありませんか?」
「大丈夫だ、これくらいは慣れてる。」
ウィストが俺の話し相手もとい今回の依頼の同行者となってくれた。いや、なってくれたというよりかはそこそこ強引ではあったが、
『教官、最近105部隊と外出する機会が多いと聞きました、もちろん任務であることは理解しております、なのでご一緒しても構いませんね……。』
あの時のウィストの目は笑っていなかった。そしてお願いにしてはあまりにも高圧的でどちらかと言えば問い詰められているような感覚だった。身に覚えない恐怖がこの俺たる若葉紅月を襲った結果、ウィストがついてくることになったのだ。
別に迷惑してないし、本人を連れ始めてからはこっちの心配とか色々してくれるから、悪い気はしないが、先程のインパクトある雰囲気は脳内でしっかり残っている。そのため、なんだかうまく気を抜けないような時間が続いている。
「教官、現地に着いた時に安定して制圧できるように作戦を立てておこうかと思っているのですが。」
「そうだな、なんせ今回は少し面倒くなりそうだしな。」
「やはり、亜倣・新環装甲についてでしょうか?」
「あぁ、あのパズの言葉が本当なら、相手はオムニカルツに技術、または製品を輸出しているやつになる、つまり亜倣・新環装甲の制作者がいる可能性が高い。森の中っていうところから工場なんかで作っているというよりもどちらかといえば工房なんかで作っている感じだろうな、だとすれば生産性は悪い。亜倣・新環装甲を使用している敵数は少ないはずだ。」
「ですが………」
ウィストが口を開き意見を述べようとするも、俺はその内容をすでに理解しているしわかっている、この若葉紅月に抜かりはない。
「そうだ。こちらとスペックが並んでいる可能性を加味したら戦力差は向こうが上、加えてパズはアジトと言っていた、なら本家の方に続いた人数が潜んでいてもおかしくない。」
「………さすがですね。」
ウィストがポカンとしながら、驚きつつ言葉を口にする。ウィストは105部隊の中ではブレイン、つまりは頭脳に当たる部分がある。保守的な考え方からくる多方面への可能性の考慮はまさにチームプレイにおいて、そして作戦を立てる上で必要不可欠だと言える。
もっとも俺もそういった部類に近いため、ウィストが言っていることは大体わかったりする。
「あと、トラップに気をつけないといけないかもな。」
「トラップに、ですか?」
ウィストが不思議そうに問いかける。確かに彼女からしたらこれが初の森林戦であるならば、トラップについての考え方がなくてもおかしくはないか、どちらにせよ今俺も思いついたことだから、いつかこいつらの教科書にでも載せておこう。って、そんなこと思っている場合じゃなくて。
「あぁ、森林なんかの視界不良な場所での攻防戦は明らかに遮蔽物なんかが多い守り側が有利になる。それこそ、トラップは定番と言ってもいい、亜倣・新環装甲を作ってるんだから、簡単なトラップくらい朝飯前だろう。」
「なるほど。勉強になります、」
まぁ全部燃やしてしまえばすっごい楽なんだなぁっと思う。そうしたら向こう側は大パニックになって大慌てで森から出るはず、そこを追撃したらすぐ終わるんだなぁっとも思う。
でもそんなことしたら、まーた"鉄血の死神"とかいう(非公認)二つ名に拍車がかかってしまう。
(冗談じゃない……死神なんて、)
確かに相手に容赦しないところは間違ってはないと思う。だけれどもそれでルルカから怖いとか言われたらアレだし、外出て他所の人から妙に怖がられたりしたら面倒ったらありゃしない。
気にしないと言えばそれまで、だが周りがそんなそぶりを見せた時真っ先に気にするのは俺だということ。だから、あんまり鉄血の死神なんていう二つ名好きじゃないんだよな。
「あの、教官?」
「あぁ、悪い……それで作戦のことだったな。」
いけない、いけない。自分のことを少し考え過ぎていた。ウィストは何も話していないはずだが、教官の俺がずっと黙ったままだったら流石に何か不思議と思うのは当たり前だ。しっかり話を聞かないとな。
「私なりに考えてみたのですが、今回の作戦は集団行動を意識して常に近接戦で決着をつける構成がいいかと、教官は射撃戦より近接の方が強いですし。」
「そうだな、よし……それで行こう。注意すべき点は───」
「──トラップですね。」
「その通り。」
ウィストの頭の速さは話の展開が早くなって助かる。おかげで俺も解説厨にならなくて済む、教官として色々教えていく上で一番苦労するのは相手に自分がイメージしていること、伝えようとしていることを、できるだけ簡単に伝えるというところだ。その点、ウィストは飲み込みが早いので手がかからない。
「……それで、教官。作戦が立て終わって早々にご迷惑かと思いますが、ご相談があるのです。」
「相談?」
ウィストは少し俯きながら首を縦に振る。深刻そうな話なので、俺は聞き耳をしっかりと立てて彼女言葉を待った。
「最近、感じていることなのですが……私はチームの役に立てているのでしょうか?」
「どうしてそう思った?」
俺はウィストに問いかける。ウィストの頭の速さなどをみるに、部隊にとって一番足りていない提案力があるのは明白だ。それならばたとえ自己評価が低い人だとしても自分が部隊にとってどんな必要性を秘めているか、彼女であればわからないわけないはずだが。
「アンジュも、フォズもケリーンもメイビスもテトンもそれぞれ自分のすべきことをできています。しかし、私はただチームに意見を出して守りに専念する……それが悪いとは思ってはいませんが、教官と戦っているといつも真っ先にやられるのは自分です、ガードでありながら、こうもあっさり突破されるのは……自分の実力や経験が足りてないのではと思いまして。」
(それは誰だって同じだと思うけど。)
でも確かにウィストの戦法はどちらかと言えばガードというよりも攻撃型のタンクのように見える。それこそ耐久力があるアタッカーみたいな感じだ、だがそれこそ彼女本人の動きならば、ここで指摘するのは戦法ではなく彼女が動きやすい立ち回りだ。
「ウィスト、俺は思うんだが……毎回お前の動きを見ていると、みんなを守るというよりもこう、相手を倒していくみたいな感じがすごく伝わる。」
「つまり……」
「つまりだな、ガードじゃなくてタンクだ。動き方がな、ちなみに俺はそれでも構わないと思っている。」
「何故ですか、105部隊は前衛が基本的に多く、ガードは役職としてチームに必要不可欠だと思うのですが。」
「簡単だ、人には得意不得意があって…ウィストはタンクをやっている時が一番戦果を発揮しやすい。最高戦闘力を維持することが戦闘をする上で一番大事なのはわかるだろ?」
「タンクが、私の最高戦闘力。という意味ですか、」
少し不服そうな口調でウィストは話す。彼女からしてみれば自分の役割を何一つ守れていないどころか、今上司から向いていないまで申告されたのだ、不服にならない方がおかしい。でもこの話には続きがある。
「ウィスト、確かにこれだけは言わせてもらうが……やっぱりお前はタンクの方が良い。でも、それでも仲間を、チームを守りたいなら今日教えてやる。」
「ぜひ、教えてください。って、今日の何時頃?」
「───というよりも、今からだな。訓練より実戦で慣れる方が良いだろう。」
「…………まさかっ?!」
「そのまさかだ。」
俺は車の速度を少し早める。ウィストはそれに気がついて、アシストグリップに掴み、慌てながら俺にこう言った。
「無茶です!それに、実戦の緊張感では習得も───」
「良いかウィスト、頭がよく回るお前に言っておく、時には体に覚えさせることも重要であり、知識と肉体は一心胴体だってな!」
加速がついてきた車に俺はアクセルペダルを踏み込む。後ろのウィストが突然の俺の行動についていけないのか、言葉にならない悲鳴を奏でながら車は賑やかになり、そしてあっという間に目的地に着いた。
パルコス大森林の前、砂漠と森の境目あたりに車を止めて、高く聳え立つ樹木に見渡しながらその地に俺は足をつけた。
「よし、ここか。」
「あ、の……早くする意味は。」
ふらふらとしながらウィストが後部座席から、目を回しながら出てくる。悪いことをしたなと思いつつそのもう一方では、
「ほら、鉄は熱いうちに打てという。ウィストの勉強熱が冷めないうちにやるのは合理的だろ?」
っと我ながら意味不明な言葉を並べる。だがせっかくやる気になってくれたのだ、こっちとしても教育しがいがある。
「それは、そうでしょうね。ですが、次からは安全運転で………お願いします。」
盾を地面に突き刺し少し気だるそうに寄っかかる。ウィストが回復するまで数分はかかると見た俺はレーダーそして高性能カメラを使って外から森林の様子を確認する。
森林はとても静かで、そして自然豊か、以上っと切り上げても良かったが、いくつか人が通った後がある。それこそ大型の何かが森を直進してきたような妙な痕跡が。
(車なんかない以上は、機械も引っ張って運ぶか。クソほど面倒だっただろうな、)
だがバスク砂漠なんて、広すぎるので誰の目にも止まらないと言えばその通り、砂嵐もちょくちょくあると考えるとタイミングを見計らっていけば痕跡は思った以上にかき消せる、だがそれもバスク砂漠に限定される。木についた傷跡やとんでもない重さに耐えきれなかった葉っぱなどは思った以上に森林ではよく目立つものだ。
(アジトから一直線で考えたとしても、破壊の箇所が多いな………機体のテストでもやってたってところか。)
見晴らし場所も悪しっという所であんな大型の重機を満足に動かせない以上、少し強引に環境を荒らしながらテストするのはあり得る話だ。加えてそんな痕跡が一つや二つでないのなら、数機いるという可能性も、その域を出ることになる、ここからは一つの確証としてみた方が良さそうだ。
(にしたって気になるのはなんでよりによってここでやっているのかという所だ。)
重機を隠してやるなら別に地下でも良いだろうというのが俺の考え方だ。確かに森はカモフラージュしやすい場所だとしても、見ての通り木々が邪魔で自由とは言えない。罠を張るものだとはいえ、ここがもし工房とかそういうの所だったら本当にここにする必要はあるのだろうか?
(深く気にすることでもないか。)
「教官、お待たせしました。大丈夫です、」
「いや、元はと言えば俺が勝手にやったんだ。ごめんな、」
「いえ、愛の鞭と受け取っておきます。」
それ褒めてんのか?っと思ったが、もう面倒くさいので流すことにした。さて、ウィストが戻って装備の点検もすでに済んでいるとくれば、
「ウィスト、作戦開始だ。おまけで訓練開始だ。」
「了解。精進します…!」
俺たちはオムニカルツの第二のアジト、パルコス大深林へと入っていった。
──パルコス大深林・中部──
パルコス大森林へと入りしばらく、進行状況は順調も順調、なんなら警戒していたトラップ一つすら無い。だが確認しとけば良かった依然とした問題が存在する、それは。
「………アジトの位置が割り出せないな。」
そこら中、重機の足跡だらけではあるが痕跡として残っているのはそれだけ、進んでいけば行くほど足跡が増えたり、っと思ったら減ったり、さっきから辺りをぐるぐるしてよーく観察したりスキャンなどを行なってはいるが一向に見つかる気配がしない。
「メイビスを連れてくれば良かったですね。彼女は索敵の方も得意なので、」
「かもしれないな。でもどちらにせよ、なんか物理的な方法で隠してる感じがしない。」
「つまり、魔法を使っている感じですか?」
「──かもしれない……いや、これに限っては俺も専門家じゃ無いからよくはわからないんだ………」
腕を組んで唸る。向こう側からヒョイっと姿を見せてくれればあとは逆算して位置を割り出せたりもするが、そんな間抜けなことをしてくれる様子はない。
「……いっそのこと全部壊してしまいます?」
ちょうど俺が今考えようとしていたことをウィストが言い始める、ちなみに冗談要素一切なしの本気の目だった。これはまずいと思った俺は
「うん〜、そうしたいのはやまやまだがやめておこう!見つからなかったらそれはただの環境破壊だ。」
「それもそうですね、森は悪くはありませんし。」
時に冗談じみたことを言ってそれを本気に捉えているウィストは、しっかり手綱を握ってないといけない。さもなくば本当の本当にやばいこと言った暁には実行しかねないヤル気がある彼女にはある。
「ともかく、破壊しない路線で考えていこう。かといってちまちま探さないやつで、」
「ですが、教官。もうちまちまは探していますし、痕跡もここらあたりが一番多いことを考えるに、このすぐ近くのはずです。スキャンも散々試しているのに見つからないとなると、、」
「…………」
やはり魔法か?っとも思ったがその可能性はやっぱり低いと思い始める。なぜなら俺のレーダースキャンは基本的に魔力、魔素の痕跡をも辿れるように改良されている。ルルカが前に持続系の魔法なら絶対に痕跡が漏れるっと言っていたので、隠蔽系ならすぐにわかるはずだ。だがそれが見つからなく、こちらの高性能なレーダーに引っかからないとなると。
(物理的に加えてこちら側の技術で対抗できない。)「もしかしたら………」
「何かわかりましたか?」
「……………」
ここに入ってから、こんなにも多くの痕跡があるのに機械的物音が一つもしないこと、こちらのレーダースキャンは基本的に、マイクロ波による反響を利用してスキャンを行っている点。そこから導き出される答えは相手は音を遮断できるということ、さもないとここまでやって見つからないなんてことにはならない、そしてオムニカルツの技術力はお世辞にもこちらと肩を並べられるほどというわけでは無いにしろ、かなり高技術水準だ。
そして堂々と森にアジトを置き、今までプレイヤー間でも報告があがってないとなると
「ここだ。」
「あの教官、お言葉ですがただの岩に見えるのですが………」
確かに目の前に"見えている"のはただの岩だ、だがこれが極めて高度な科学力による賜物だったら話は別だ。SF作品、ひいてはロボット系にもありうる能力、物理的な遮蔽を使用せず自ら風景に溶け込む技術。
「光学迷彩。」
俺はAWを起動状態にしてチャージを開始する、そして目の前の岩に向けてビーム砲を1発入れる。超近距離で爆発が起こるも俺の装甲は傷がつかない、よって明かされるその岩、というよりここら一帯を覆っていてアジトの姿が明かされる。
「これは…………!」
「あぁ、広範囲に作っていたんだろうな……木とかの遮蔽物をあたかも装置の一つとして使って。」
そこら中にあった、木々は姿を変えて鉄の柱へと変わる。いわゆる光学迷彩(オムニカルツ製)の中継地点兼増長装置としての役割があったんだろう。半透明なバリアらしき膜はだんだんと紐解かれていき、俺たちの目の前にそのアジトの本来の姿を表す。ツリーアジト、そう一言で解釈できる森の上層部に建築された、見たこともない設備、加えて俺たちと同じ地表には無数の倉庫が位置されており、自然との共存をまるで拒んでいるようだった。
「恐れ入ったな、森の上層部には基本的に目を向けることはない………木登りでもしない限り違和感には気づかない、作ったやつは相当頭がいいな。」
カモフラージュの心得というよりかは、何たるかを根本的にわかってないとできない発想だ。俺とはまた違った視点、そして能力。もしかしたら俺やゲレームを一方面で上回っている可能性まである。
「それにしても、今のところ警報などはならないのですね?」
「………いや、もしかしたらすでに捕捉されているだけかもしれないな。」
「───もしそうだとしたら、警戒すべきは、」
ウィストがこちらを向いた瞬間、彼女の顔の目の前を一つの弾丸が掠っていった。敵スナイパーの一撃は偶然の偶然によって当たらずに済んだ。そして俺はそれを真っ先に理解してウィストに指示する必要がある。
「構えろ!」
続けて2射目がこちらに向かって放たれる。予測はしていたのでAWを狙撃が飛んできた方向に全面的に構えて、攻撃を防ぐ。もう1射目が飛んでくるかと警戒していれば、そんなことはなかった。代わりにといってはなんだが、木の上からロープを伝いながらいかにも武装した兵士が上陸してくる。全員、こちらに敵意があるのは明確だった。
「ここを突破するぞ。」
「──了解!」
こちらが進軍を開始すると同時のタイミングで相手側も装備していたライフル中で応戦し始める。敵の武装がわからないため、AWでガードしながら、ビームサーベルで峰打ちを狙っていく。ウィストもそれを理解しているのか、盾を構えながらショットガンで応戦、しかし相手の装備が思った以上に高性能なのか、決定打は与えにくかった。
「ウィスト、このライフル弾は実体よりだ……少し無理をしてもいける!」
AWから伝わる衝撃よりの感覚に俺がそう伝えると、ウィストは無言で理解してシールドバックから超近距離のいつも癖でやっているスタイルに切り替えた。
「ウィスト、タンクはヘイトを惹きつけるのがコツだ。相手を引っ込めることを意識して戦え、撃破はできるだけするな!」
「了解!」
俺の言われたことを理解したウィストはタックルや先ほど使っていたシールドバックを相手を浮かせたりノックバックするのに使い始める。頭で理解し始めているのなら、体が覚えるのは早い、こんなこと言えないが、さすがエズがその目的のたえだけに作った甲斐はある。
「……了解、総員撤退。」
相手の指揮官らしきオートマタが、そう口にすると敵は俺たちに背中を見せながら出会ったのにも関わらず撤退した。ウィすとはそれを追撃しようと、前に出ていくが俺は嫌な予感がしたため、彼女を引き止めようとしたが。
「!?───っくぁ!!」
ウィストがすごい勢いで、こちらに吹き飛ばされてきた。俺は彼女の機体をタイミングよく受け止め、状態を確認する。どうやら気を失っているだけのようだった、すぐさま前方に目を向けるが、そこに敵の姿は無かった。しかしウィストの飛ばされた速度を見ればすぐ近くに敵がいることは明白、そしておそらくそいつは俺たちが今さっき戦っていたやつとはまた別タイプのやつだ。
「なんだ、レーダーが…!?」
さっきからレーダーが敵の位置を把握しきれていない、俺が敵がいるであろう方向に目を向けた時、そこには何もいなかった。ただレーダーに表示される敵は点々と映っては消えてを繰り返していた、それこそ幽霊と呼称してもおかしくないほどに。
(またさっきの、光学迷彩か──?いやレーダーが反応しているのなら……違う。それに何かが動いている音が聞こえる。)
レーダーが敵の位置をしっかり捉えているとして、さっきから聞こえてくる変な音、そして草木が風の影響を受けている、こんな森の奥深くで風がまともにくるはずがない。なら相手は
「超高速で移動している………!?」
その瞬間、レーダーがこちらに超速接近している物体を補足した。その存在に気づいた時には体が何かに思いっきり引っ張られる感覚に襲われる。地面についていた足が一瞬にして浮かされ、体はその物体の速度と同等になる。まずいと感じた俺は反射的に気を失っていたウィストを自分の体から引き離し、最悪の展開を防いだ。
(───────っ!!!)
体と意識が引き離されそうなほどの速度、見ている風景が同じに見る錯覚自分の機体だけそこらとはまた別の時間を過ごしているような感覚。宙に浮いているのか、それとも引きずられているのか処理速度が早い俺のシステムのほとんどは今この状態だけは麻痺していた。
超高速度の中、機体の制御はできない。腕を上げようにも目の前の圧力によって無理やり一方方向にしか向けない状態にされている。このままどこかに衝突されれば物理法則に基づいてこの頑強な装甲も一撃で帆介されることだろう。だが、そんな簡単に折れる俺ではない何かノータイムで出せて自分にかせられているこの速度を相殺できるほどの何かを
(もし魔素が魔力の集合体ならっ、)
自身に魔力を纏わすことによって空気中にある魔素との反発ができるのなら、魔力放衣によって自分にかかっているGを相殺できるかもしれない。そう思いついた時には行動していた。
(魔力放衣────!)
コアを中心に身体中に魔力が行き渡る、体にかかっていた肉体を行動不能にするレベルのGは全て自身の魔力によって相殺され、腕を簡単に上げれるようになっていた。腕についていたAWは未だ健在、内蔵されたスラスターに火をつけて自分の体を掴んでいるその腕に向かって、回転力を加えたスラスターブローをお見舞いする。
「ッ?!」
どうやらろくな耐久性はなかったようで、機体を掴んでいた腕はAWの強度と俺の筋力に負けてあっけなくへし折れた。自分がその加速から真の意味で解き放たれ、地面に衝突しそうな時、背部にあるスラスター出力を最大にして、AWで正面を守り、木々を薙ぎ倒しながら、無事とは言えない着陸を成功させる。
「………っよし。」
『教官、ご無事ですか?』
通信からウィストの声が聞こえる。どうやら向こうは気を取り戻したようだ、
「大丈夫だ、そっちの状況は?」
「実は、先ほど撤退した敵が再度攻撃を開始しまして…」
通信の向こう側から、敵のライフル弾の音が聞こえる。ウィストの被弾する音から防戦一方であるのはわかる、だが通信距離から逆算した位置は相当に離れていた。今から行っても間に合うか間に合わないか、加えてさっきのやつも腕を折っただけで完全に撃破していない、そのことが心残りだった俺は。
「ウィスト、撤退しながら俺のところまで来れるか?」
「やってみます!教官は───」
[────レーダーに敵性反応。]
「俺は、大物の相手をする。」
こちらに向かってくる、巡航型の大型マシーンが突っ込んでくる。魔力放衣を兼ねた俺の反応速度は通常の倍以上、機体性能も向上しているので音速を超えるその機体の体当たりを見切り回避する。そしてAWのスラスターを点火してタイミングを待つ。今通り過ぎた一瞬で機体の構造外装はある程度見ることができた。おそらく前面に空気抵抗をなくすバリアを張っているのだろう、さもなければいくら鋭利w効かせたフォルムであっても音速で動くことはできない。
「来るな……。」
息を潜めるこちらに向こうは無鉄砲にもまた突撃を開始する。どうやら相手は戦いのプロではないようだ、さもなくばこんな適当な戦い方で勝てるはずないとわかる。
「───そこだッ!!」
スラスターの出力を最大にして、目の前からくる音速の物体に衝突させる。続いた衝突がわかった瞬間、背部のスラスターも最大出力に切り替え、吹かす。
(バリアさえ貫通できれば、)
先ほど腕を壊した際に感じた手応えを考えるにおそらく機体自体の耐久性は低いはず。なら必然的にバリアを破壊した瞬間、この質量攻撃が直撃するのはその薄っぺらい鉄の塊だ。
ゴォォン!!っとバリアにAWが衝突する音が真っ先に聞こえる。次にその手応え、AWを通して腕に伝わる圧力は重いと口に出してしまいそうなほどだ、なんとか拮抗状態を保っているが一瞬でも気を抜いたら、お終いになる予感が直感的なわかる。
(魔力放衣をしてこれかっ……このバリアがどのような機能でどのような性能を含んでいるか正直気になって仕方がないが、今は───!)
AWの発射口が変形する。予備プランとして用意していた最後の一撃、ダメ押しと言わんばかりのビーム砲。本来なら開けた状態でチャージするのが基本だが、衝突時のAWの耐久性に不安があったためあえて閉じてでのチャージ、それを今目の前のバリアにぶつける。
パイルバンカーのようなやり方で発射されたビーム砲は確かな圧力を持って目の前のバリアの許容量を超えた。バリアは瞬間的に砕かれ、そして敵本体に、軽減されてはいるもののこちらの渾身の一撃が刺さる。
ビームが敵の装甲を溶かし、精密機器を破壊する火花が散り、次の瞬間には連続した爆発。敵機体のあまりにも脆い四肢は爆散し、事切れた。
AWを地面に下ろし、負荷をかけた右腕を休ませ、機体全体の排熱を開始する。そしてしっかり機能停止しているかどうかを確認すべく俺はその機体に近づいた。
大破したその機体は先ほど一瞬だけ垣間見たものと同一型だと判断、動く気配が全くないと分かった時やった肩の荷が降りたような気がした。
「………いや、待て。」
俺は違和感に気がつく、この機体は人が入るにはあまりにも四肢が"細すぎる"おおよそ、誰かがこの中に乗り込むことを想定して作られていないような感覚だ。だがそんなはずはあり得ない、先ほどこの機体から確かに声らしきものが聞こえていた。
(……スピーカーか!)
地面に倒れ炎を出している機体の装甲を引き剥がしたが出てきたのは、発生装置のみ。中には人らしき人物は入っていなかった。つまりこれは無人機、
(……なるほど、どおりで音速飛行ができるわけだ。)
シールドを張っても、いくら装甲が硬くても、中にいる人はどうなるのだろうか?っという疑問はあった、だが無人機ならばそんな必要はない。
(まぁ、だとしたらこれを誰かが操っていたことになるが。)
その考えが浮かぶが考えている時間はさほどもらえなかった。
『教官、そろそろ限界です!』
ウィストがいまだに戦い続けていることを思い出した俺は、排熱が終わった体を持ち上げてその場に壊れた無人機を残してウィストの援護に向かった。
持っていたシールドがところどころかけているほど善戦したウィストを休ませながら、俺は次から次へと来る雑兵を軽く掃除した。
「すみません教官、振り切れなくて。」
「いや、本当によく頑張ってくれた……少しその辺で休んでてくれ」
「ぁ、教官は?」
「ちょっと気になることがあるから、それを今から確かめにいってくる。」
ウィストを置いて俺はアジトの中心部へと向かった。鉄の柱と森が融合したその場所でスキャンを通す、すると反応が一つだけあった、先ほどの戦闘では余裕がなかったため観れていなかった部分。スラスターで飛び木々をわたす橋を歩きその鋼鉄の塔へと辿り着く、他の柱とは一線を隠すまさにラスボスが潜んでいそうな雰囲気を醸し出している塔、その入り口にあたる扉を叩く。
「入れ。」
相手の声は随分と余裕そうだった。外の音が聞こえないわけではあるまい、俺の予測が正しいのならこの声の主こそが
「さっきの無人機の操縦者だな。」
「あぁ、そうさ。」
椅子にふんぞりかえりながらゆっくりとこちらへと姿を見せる。男型のオートマタ、服は中の上くらいの良さ、体格は普通。しかし顔はイケオジというか、少し中年ぽく見えなくもないハンサム、だからか顔からも余裕そうな様子が伝わってくる、まるで自分の立場を弁えていないようだ。なぜ今更になってそんな態度が取れるのか、実際に余裕があるから?それともこいつの性分的な理由?いや何もなんだが当てはまる気がしない。
「──で、どうだった?俺の傑作と戦った感想は」
「…早かったよ。正直技術を知りたいところだ、」
「はは、かの鉄血の死神にお褒め預かり光栄の極みって感じだな。」
「………そうか、それもそうだな。合点がいった、お前プレイヤーか。」
俺を真っ向からその二つ名で呼ぶやつなんて基本的にプレイヤーくらいだ。この名前自体が真っ先に広まったのは現実世界のネット内でだ、それが【SAMONN】の方にも流れてきて、俺のことを街で呼ぶ名前として用いられることになった、そういう経緯を考えるにNPCよりもこの名前で呼ぶ奴らは大抵プレイヤーであると、俺の中で相場が決まりつつある。
「じゃなきゃ、作れねぇだろ。」
肩をすくめながら男は、スクリーンをポチポチと押し始めた。コンソールを開けるという時点でもはや俺の予測は確定したといってもいい。
そして何をとち狂っているのか、この男は俺にフレンド申請をしてきた。このことに言及したい気持ちもあるがそれは後回しだ。
「俺を呼ぶんだったら紅月って呼んだほうがいいぞ。」
「おぉっと、怖い怖い。こりゃ悪いことをしたな、それじゃあ紅月さんとでも呼ばせてもらう。」
男の態度は相変わらず余裕そうであり、ここまでくると一周回ってムカついてもくる。だが俺はため息を吐いて、頭を一旦冷静にする。
「……悪いがお前をゲレームに連行する。大人しくしておいたほうが身のためだ。
「はっ、いいぜ。敗者は大人しく勝者に従うのはもはや鉄板中の鉄板。テンプレってやつだろ?」
「………なんでもいいが、そういうことだ。」
俺がかぶりを振ると男は椅子から立ち上がりこちらに歩いてくる。
「にしてもさっきからお前は不機嫌だな。いつもそうなのか、」
「仕事に従順なだけだ。」
「んー、あーそうか…お前は日本人か。だとしたら気を悪くさせるか、俺の言葉も…」
まるで自分は日本人みたいな言い方だ。いや実際にそうなのかもしれない、この【SAMONN】ではアメリカ人であろうと日本人であろうと、自動翻訳が適用されて聞こえる側の指定した言語位相手の言葉が翻訳されて伝わる。そして俺の直感的にこいつが嘘を言っているようには聞こえないので、まず自分と同じ日本人ではないことは確かだろう。
「……お前にはいくつかの罪状がかかるだろうな。」
こいつの言葉を聞くほどでもないと判断した俺はプレイヤーらしくある程度の情報共有を始める。現代の制度を知っている人間ならある程度は更生の余地があるんだろうなという希望的観測だが、
「罪状ぅ?」
「オムニカルツに武器売っただろ?パワードスーツやらなんやら、おかげでバスク砂漠中心に意外と被害が出たんだよ。」
「………なるほどな。そいつは悪かったと思う、だが紅月さんよぉ。一つ勘違いをしている、俺は現時点じゃ武器商人だ、双方の合意のもと契約を組んで、あいつらは俺の技術力のテスト兼いい売り先としていて、俺はあいつらから提供される素材で自分の趣味を進める。これだけで善悪を図ろうだなんて、無理に近いだろ……」
「勝手に言ってろ、」
俺がそう言って、おとなしく背を向けた男の両手に拘束器具を取り付ける。エズからこの間受け取った試作品だが如何せん一個しかなかったため使い所に迷っていた、だが相手がプレイヤーならここが使い時だろう。
「お、能力制限かかったな。」
「まだ試作品だけどな、よし。まぁとりあえず許容するかしないかは、ゲレーム次第だ。今のお前にはなにもできない、」
そう言いながら男の肩を叩き、入口の方へ振り向かせると。
「はぁこれだからゲレームは……俺もあいつらと同じでそういうところが"アレ"だから居たくないんだよ、あんなところ。」
「アレ?」
なぜそう言ったのか気になる。それにジョークのようにいくらでも言葉を並べるこいつがなぜだか形容を諦めているような言い方になんか引っ掛かるものがあった。
「だってそうだろ、あそこの女王…少し見ただけででこう思ったんだ胡散臭ェってな。あくまで個人の感想程度かもしれねぇが、俺の目利きはよく当たるんだぜ?」
「…………」
こいつを信用しているわけではない、しかし何か引っ掛かることがあるのは事実だ。
(いや、今気にすることでもないか。)
俺は思い直しこの男の連行を開始した、少し手間はかかったが、男と一緒にツリーハウスから降りてウィストと合流する。
「教官、お待ちしておりました………もしかしてそちらは?」
「あぁ、あのパワードスーツとか諸々の製作者だ。これから俺たちが直々にゲレームに連行する。」
「………わかりました。」
ウィストは隣の男に向けてすごい睨みながら俺の言葉を飲み込んでくれた。ここで手綱を解いていたら壊れた盾で殴りかかってもおかしくないほどの殺気を感じた。
(なあ、嬢ちゃん怖くねぇか?)
ゲームのチャット機能を勝手に繋げられ、隣の男からそのような声が聞こえる。余裕そうな態度も流石にウィストのあの眼の前では、若干の恐怖が混じったものに聞こえてくる。
(自業自得だ、ウィストは意外に執念深いから気をつけたほうがいい。)
(えぇ〜〜〜。)
俺から言えることはこのくらいだ。ウィストの怒りを買ってしまったのなら、おとなしく死ぬか土下座するかの二択しかない。ちなみにどちらも許してもらえるかと言ったらそうでもないという回答になる。
なんでそんなこと知っているかって?この間、人質救出訓練を行なった際、こいつが人質置いて、犯人にこの二択を問いかけたからだ。
(あの時決めた。絶対ウィストに人質関連の任務をあたえないと。)
交渉はできるほうなのに、なぜこれができないのか。いやウィストだから、としか言いようがない。ともかくその方面でのウィストの育成はほぼ俺自身が諦めている。
で、そんな話は置いておいて定期的に隣の男に殺気を向けているウィストを尻目に俺たちはパルコス大森林を抜けて軍用車へと戻って来れた。道中危険はなかったが、ウィストがいつこの男を襲うか襲わないかがヒヤヒヤしてたまらなかったのはいうまでもないことだろう。
「ふぅ、よし戻るか。」
「はい。」
「…………」
俺の前ではお調子者でいたこいつもすっかりおとなしくなってしまった。まぁそれは表面上の話なんだが。
車にエンジンをかけ、俺はこの男、プレイヤーの輸送を開始した。だが道中、アレだけ喋る男が黙るわけでもなく。
(聞こえているよな)
(こっちからかけたんだ。聞こえているさ)
この男からはまだ聞きたいことがあったため、俺はボイスチャットを密かにこの男に繋げていた。もちろんエズには後で報告する予定だが、それも結果的に俺に一任される。彼女を信頼していないわけではないが、どうしても大ぴらに聞けないことが人にはあるということだ。
(で、紅月さんよ。なにを聞きたいんだ?)
(三つだ。一つ目、お前の名前は……?)
いいかげん、この男という表現するのもめんどくさくなってきた。それにプレイヤーであるならば、名前がないという心配もないだろう。
(おーっと、これは失敬。名乗ってなかったな、俺の名前はファールっていうんだ。以後お見知り置きを、)
(ファールな。それじゃあ二つ目、その技術どこで手に入れた?)
(というと?)
(今の時代(現実)の技術じゃ無人機は確かに多いが、お前がこの【SAMONN】で作ったさっきの無人機は明らかに完成度が高かった、企業に所属しているなら納得はするが、お前はそういう感じには見えない……そうだな?)
(やれやれ、中身の詮索なんてするもんじゃねーぞ。ま、あってんだけどな……確かに俺のこの無人機作りのノウハウは独学だ。企業なんていうただ金稼ぎのために動いている奴とは馬が合わなくてな。こういうもんはロマンが大切なんだよ、)
気持ちはわからなくないが、だからといって少しやる場所を考えたほうがいい気がする。しかし根本的にこいつが変わるには、おそらく一朝一夕では不可能なんだろうと俺は理解してた。
(なるほどな、時間があれば………知りたいところだ)
(いいぜー、お前なら。タダとはいかないけどな、俺のこの技術はかなり自分でも評価できるくらいすごいんだぜ?)
(へぇ、根拠があるなら教えて欲しいな。)
(あるさ、なんせこの【SAMONN】の一部分の通信プログラムは俺が手を加えたからな。)
(なんだって………?)
今この男、ファールから聞いたことのない言葉が飛んできた。
(書いて字の通りだ、っていってもほんの端っこあたりだと思うけどな。なんせ数年前に書いたからな。)
(数年前?)
(あの時はただのフリーの依頼だった。なんの変哲もないな、そこそこの仕事をやったところでいきなり金だけ渡されてスパッと切られてな。まぁこういう界隈にはよくあることだから気にせず数年過ごして、んで暇つぶしにこの【SAMONN】というゲームがリリースして面白いらしく、いざ楽しく遊ぼうとプレイしてみれば、あぁ俺が書いたプログラムが使われてるなってところがあったんだよ。いや、そんな正確にわかるわけじゃないが、自分が作ったものが使われてんのは感覚的にわかるもんだ。なんせ俺は腕利だからな。)
(本当なんだよな?)
(へ…嘘つくのは性分じゃあねぇ。)
その話がもし本当なら、俺は【SAMONN】のプログラムを書いたやつと戦ってたことになる。一方でなるほどとも思う、卓越した技術力、それを可能にするのはいつだって基礎的な能力の高さだ。この男ファールの実力を証明するに値する内容だ、今の話は。
(っても期待すんなよ…これでも歳でね。)
(にしては元気じゃないか。)
(は、違いねぇなぁ。)
どちらにせよ。こいつの技術力が折り紙付きだと分かった時点で、ただの囚人としていらえられるのは勿体無い。エズに掛け合ってみることにしよう。
(それで、最後のはなんだ?)
(簡単な話だ、どうして【SAMONN】で作ろうとした?)
(さっきも言ったかもだが、趣味だ。紅月さん、お前さんと一緒だよ。)
(………そうか。)
そう言われるとこちらも何も言えなくなってしまう。確かに俺がこの【SAMONN】で今でいう新環装甲を作った理由は、オートマタという種族でもルルカの足を引っ張らないレベルで戦うため、そして俺個人の趣味的な理由が大きな理由だ。
それが今ではこんなめちゃくちゃなことになるなら、少し自重しておけば良かったとも思う。言っても仕方のないことは理解しているが
(ま、思っていることは伝わるぜ。でもな、俺たちの根本的にそういうところは治らねぇもんだ、確かにそれで周り、もしくは自分にすげぇ波紋がいくことがある。こればっかりはやってみないとわかんねぇことがあるからどうしようもねぇ。でもな、これで救える奴がいるってこともある、なら悪いことだらけでもねぇ、そうは思わねぇか?)
(………かもしれないな。)
まさか、捕まえている相手に励まされるとは思わなかった。だが彼の言う通り、俺のこの新環装甲も誰かの役に立っていると考えるなら、少しは気が楽になったりする。何事もポジティブに考えることが重要であると、改めてよくわかる。
(小耳には挟んでおくくらいにしておけ。そろそろ後ろにいるお前の部下が怪しみし出すぞ。)
(わかった、ファールありがとう。)
(お礼なんて言うな。こんなもんただの優しい尋問なんだからな。)
その男ファールは、まるでこれから自分は厳しい尋問をかけられると予測しているようだった。実際の尋問場所を見たことある俺からすれば、確かに彼の言っていることは半分くらい当たっている。だが、
(安心しろ、正直者には優しいぞ。)
(だといいんだけどなぁ)
通信はそこで終わった。ウィスとの視線がそろそろ痛くなってきたからだ。それにこのファールとも今は那覇すないようはない。全てはこの男と俺次第で、これから面と向き合って話す機会があるかないかが決まる。どちらにせよ、いい方向に転がるように俺は少し手を加えようと思った技術力にも、人格的な意味でもゲレームのひいてはこっちの役に立つことがあるかもしれないと思ったからだ。
「教官。」
「───なんだ?」
ウィストが話を始める。隣に座っているファールは黙ったまま、そんな雰囲気のまま俺たちはゲレームへと戻り、この事件の幕は閉じた。
『topic』
バスク砂漠全体のサンドワームの数が増えてきているらしい




