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百二話「チームワーク・プレイヤーワーク」

前回のあらすじ


模擬戦によって紅月は完膚なきまでに第105特殊機動部隊を叩きのめした。本人たちの回復が必要だと考えた紅月はアンジュただ1人を残してその場から去る。

一方アンジュの心の中はどうしようもない失意によって染め上げられていた。






 ──ゲレームMk ~Ⅱ・第105部隊宿舎──




 「あー!、もうっほんとムカつくぜ!!」


宿舎の静けさの中で一番うるさい、フォズが大きな声を出して嘆いている。素体の修理が終わって喋れるようになってからというもの、この試合に関して愚痴はとどまるところを知らない。


 「フォズ、悔しいのはわかりますが……」


 「悔しかなんかねぇよっ!ただ………そうめっちゃムカつくだけだ!!!」


それを悔しさというのでは?っとウィストは思ったが本人の前で言ったところで同じ言葉が返ってくることは目に見えていた。そうですね、っという小さな言葉を漏らしたまま本人もまた落ち込む。


 「ウィスト、大丈夫?」


 「………えぇ、大丈夫ですよ。て、本音を言えばそうではないのですが。」


自分が先にやられたことはウィストの記憶の中で新しい、ガードとは味方を守って初めて仕事を果たしたと言えるのに、その盾役がわずか数分で退場となれば落ち込みもする。


 「私もあまり活躍できなかったから。」


 「大丈夫ですよ、少なくとも私よりは───」


テトンはウィストの落ち込みをどうにかしてあげたいという気持ちでいっぱいだったが、普段からこういうことに慣れていないせいかかける言葉を見失っていた。


 「そ、それにしても教官強かったですよね…………あ。」


話を聞いていたケリーンもウィストを元気づけようとそう言ったものの、気づいた時には遅く、場は陰の雰囲気から一気に凍りついた世界へと変わり果てていた。先ほどまでうるさかったフォズでさえ黙る始末にケリーンはやってしまったと少し顔を青ざめ申し訳なさそうにする。


 「はぁ、そうだな………文句がつけられねぇくらい強かった、それはそれとしてめっちゃムカつくッ!!」


 「珍しい、フォズさんが認めるなんて……」


 「俺をなんだと思ってるんだよテトン。」


誰しもテトンと同じような感想を思っただろうが、フォズになんか言われると思いあえて言わなかった。しかし帰ってきた言葉は怒りでもなんでもなく、ただのツッコミだった。この時全員が思った、


 ((((なんかいつものフォズと違うなぁ))))


っと。


 「………教官アイツはたった一人で俺たちを壊滅させた。装備のスペックがあっても手加減までされたらどうしようもねぇ、正真正銘の強いやつってことだ。クソ───ムカつく。」


 『……………』


ここにいる誰もが紅月の強さに打ち負かされた。軽い気持ちでやっていたということもそうだが、いざ本当の強敵を前にして動けなかった経験、恐怖、そういったものが今の彼女たちを変えている。ついこの間までの自分たちがどれほど無力だったかを今痛感している最中なのだ。


 「私たちは正直見誤っていたのかもしれませんね。相手のことも自分たちのことも………」


 『…………』


また沈黙を挟む。こういう時、彼女たちはなんて話を続けたらいいのかわからないのだ。経験がないから。


 「そういえばアンジュは?」


 「………ずっと部屋にこもってる。何をどうしているのかは私にもさっぱり。」


 「大丈夫かなぁ、アンジュ隊長。」


ここにいる五人はアンジュのことを心配していた。自分たちを回収して修理室に突っ込んで、その後どんな感じなのかはいくらチームでもわからないのだ。だが少なくとも親しい間柄の自分たちにも音信不通を貫き通しているところを見ると、"キズ"は相当に深そうだということがわかる。


今の今までチームを鼓舞してきた彼女のそんな精神状態にどう寄り添えばいいのかもまた、わからないのだ。経験がないから。


 [コンコン]


止まっていた時を動かすような音が部屋に響き渡る。玄関の扉がたたかれた音だ、つまりは来訪者。


 「俺がでる。」


フォズは立ち上がり、玄関の方へと向かっていく。こんな面倒な時に誰だよっと小声で悪態をつきながらも扉に手をかけた。


 「はーい、どんなご用で────げッ!?」


扉を開けてみれば立っていたのはついこの前殺し合いをしたばっかの教官(紅月)だった。普段空気が読めないと気にしているフォズですら、タイミングが悪すぎるっとこの時ばかりは心底思った。


 「───げって、別にきちゃ悪いわけじゃないだろ……」


 「あ、紅月教官?!」


 「どうしてここに………」


その場で雰囲気を悪くしていた全員が、椅子から立ち上がり直立する。部屋の悪かった空気は強制的に外に出され、一瞬にして刺激的な空気に変わっていった。


 「どうしてって、アンジュから聞いてないのか?、今日来るって連絡したぞ。」


 「き、聞いてねぇよ!、それとズカズカ入ってくんなっ!!」


後退りしながらゆっくりと道を譲るフォズの精一杯の威嚇に紅月は少しフッと笑った。


 「お前たち、普通にしてていいぞ。今日の俺は教官としてきているわけじゃないからな。」


 『………………』


その割に結構堂々としているな、っとその場の全員が思いはしたが、心の内側にある複雑な心境の前にはとりあえず座るか、みたいな感じで全員もといた椅子にゆっくりと座る。


 「さて、今日は訓練もなし、抜き打ちテストもなし、ただ君からこの間の模擬戦の感想を聞きにきた。報告書なんてものは提出する必要はないし、語彙力がなくても問題ない。ただ率直に思ったことを言っていってくれ。」


そうは言われても、っという顔をする5人。紅月の堂々とした態度が一周回ってプレッシャーになっていることを本人はもちろん知らない。上司から無礼講と言われた時くらいは言葉に信頼性がない。

そんな中でケリーンが声を上げた。


 「あ、あの……なんというか、強かったと思いました。いろんな面で、」


 「あぁ。めちゃくちゃ言ってた俺だけど…………教官アンタの力には完敗だ。」


 「私も、ガードとして……攻撃を防ぎきれなかったこと、悔しく思いました。」


 「狙撃し返されたのは初めてだったので、ちょっと新鮮でした。」


 「後方支援の立ち回り方とか、見直すべきだと思いました。全体的に………」


ほとんどが、自分たちへの振り返りに繋げているところを紅月は率直にいいことだと捉えた。第一印象ではどうしても未熟なところがある新人チームだという印象が抜けずにいたが、今では少し良くなっているというのを実感できる。感想が変なところに行きやすいところも含めて、まぁ経験がないからかっとかなり甘めに紅月は割り切った。


その後もちょくちょくと反省点や改善点などの会話をした後、紅月はこう言った。


 「残りは、アンジュだけか。」


 『……………』


自分がそういうとその場にいた5人は気まずそうな顔をした。小さくなるほどっとつぶやいた紅月はアンジュの文字が彫られた扉の前まで向かう。


 「アンジュ、さっきから聞いているんだよな。」


 「……………」


少しの物音、図星だったことを確認した紅月は少しため息をつく。


 「言いたいことがあるならはっきり言ってくれ。俺はエスパーでも、お前自身でもない。」


 「…………………」


扉から帰ってくるのは少し物音、紅月は少し頭をかきながら困る。ルルカじゃないので扉を破壊して無理やり引き摺り出すわけにもいかない、上司と部下の関係というのは案外厄介だなぁっと初めて思っていた。


 「…………紅月さん、あなたは─────────────────────────────────死神です。」


返ってきた言葉、ただただ冷たい紅月に対する評価だった。紅月はそう言われるのが好みではない、怒ることだってその気になったらできる、しかしただ黙ったままアンジュの次の言葉を待った。


 「…………あなたを同族とは思えないです。あんなに優しかったのに、戦いの前では例え知っている人でも何食わない顔で殺すことができるんですから。」


 「アンジュ…………」


紅月は自身の異常性をある種理解している。だからアンジュの言葉を理解して受け止めている、そして自分という存在が彼女にとってどういうものだったかを改めて痛感している。


 「戦いの場で慈悲がないなんてことは知ってます、ならなんで私をあの時わざわざ生かしたんですか………どうして、あの時殺すことができたのに。」


 「エズからの依頼だ。」


 「────なら、紅月さんはどうなんですか。」


いいはぐらかしは聞かない。アンジュは淡々と静かにそう口にしながら紅月の内側を確認しようとする。紅月も言葉に詰まる。

それはなんだかそう言う自分が想像できないから、自分はそんなこと言わないから、言い慣れていないから、そんなふうに思っている確信がないから。


とか、そんな自分勝手なフィルターにしかすぎないのだ。


 「──────そうだな、なら…………誰かが死ぬのは見たくないからだ。」


 「………………嘘つき。」


紅月の言葉にアンジュはこもった声で呟く、その言葉は先ほどまでの言葉と違い紅月にしか届かない。


後ろにいる五人はアンジュの言葉に気づくこともなく、ただ2人の会話を盗み聞しているだけだ。


 「紅月さん、今日は申し訳ないですけど………帰ってください。私はその間に部屋から出るので、」


 「わかった。」


紅月は宿舎から出る前に全員に軽く会釈しながら無言で外に向かっていった。ドアが閉まる音を聞いたアンジュはそっと自室の鍵を開けた。


 「隊長、」


先頭に立っていたフォズは少し躊躇いながらもその扉を開けた。部屋の扉が簡単に開くと中にある風景に隊員全員は驚いた。部屋の中は無数の紙が地面に散らばっており、それぞれに何かが書いてある痕跡が見受けられる。

普段整理整頓ができる隊長の部屋からは想像もできないほどの散らばり様に隊員たちはアンジュの心情を限りなく理解した。


 「隊長……?」


ベットにいる存在に気づいたメイビスは困惑しながら声を出す。ぴくりとも動かないその体はまるで寝静まっている様に見える、しかし紅月との会話ができていたのなら。


 「アンジュ………。いい加減に起きろっ!!」


フォズは瞬間的に覚悟を決め、横になっているアンジュの肩らしき部分を無理やり掴んで起き上がらせる。それはとても強引に、


 「フォズ……っ!」


 「黙ってろ!」


注意をしようと声を上げた瞬間的にウィストはフォズの鋭い言葉の視線に沈黙した。そしてフォズはアンジュがかぶっていた掛け布団を素早く外し、顔を見る。


 「…………」


 「おい……っなんか言えよ!」


アンジュ普段のアンジュからは見受けられない顔の酷さに戸惑いながらもフォズは怒鳴る様にアンジュを揺さぶる。


 「うん。大丈夫だよ、フォズ………私は────」


 「な訳あるかっ、鍵開けた途端布団に入り込んでいるやつの台詞セリフじゃねぇだろ…!」


ボサボサだった前髪を急いで横に流しながら、フォズは次のアクションに関して考えていた。人を励ますなんてこと生まれてこのかた経験がなかったからだ。


 「こんなもんか…?」


 「………ありがとう。それと、本当に大丈夫。」


フォズは掴んでいたアンジュの肩から手を引き、距離を取る。アンジュはベットから足を下ろす。そして座りながら部隊員全員の顔を見る、


 「みんな、心配かけてごめん。」


そして、ゆっくり頭を下げる。


 「何言ってるんですか……謝りたいのはこっちですよ。」


 「う、うん。結局最後まで隊長についていけなかったし、」


テトンとケリーンが互いを見合わせながら、アンジュにそう言った.アンジュはその言葉で気分が少し楽になりつつもなぜだか申し訳なさの方がまだある顔をしていた。


 「でも、私があの時───。」


 「部隊の敗北は部隊員全員の敗北です。アンジュが背負う必要なんてありません。」


チームの敗北はすなわち部隊の敗北。アンジュが心の中に抱いていた責任感というものは所詮は彼女が作り出した偶像に過ぎなかった。みんなになんて言われるだろうや、自分のせいだ、っといった自己嫌悪に苛まれる必要は最初からなかった。


どこから湧いたのかもわからない不測の感情にアンジュは心を痛めていたのだ。


 「ほら、俺たち絶対にいいチームになるんだろ?」


フォズが、手を差し伸べる。初対面の時それぞれがぎこちなくいた空間でアンジュは自分がなんて言ったのかを思い出した。あぁそうだ、いいチームになるっと決めたのだった。

動機はそれだけで十分だった、彼女が差し出された手を取り立ち上がるのは、自分が信じる仲間に再び迎えられる動機はたったそれで十分だった。

 



 ──同刻・工場こうば──




アンジュ達と別れた俺はただ一人、工場こうばにいる人物を見つけた。


 「む、どうした紅月?」


あいつは何も知らない、これから起こることを、あいつは何も知らない、俺が考えていることを。

常に横転きなその頭を今すぐにも助走をつけて殴りたくなるような気持ちが襲う。あくまで仮説程度であることは自分の頭で理解していても、それが現実だったらということを考えると、拳に力が入るというもの……


 「エズ、話がある。」


 「む?」


タブレット端末片手のエズにゆっくりと近づく。そして腰部に搭載されていたビームマグナムに手をかけ、エズの頭に向けて照準をつけた。


 「…………なんの真似じゃ紅月。」


流石のエズも察したのだろうか。表情が変わった、


 「いや、悪いな。正直撃つ気は無いんだ、ただ今の俺はどうしてもお前の頭に銃口を向きたいらしい。」


言葉を交わすより先に手が出るなんて本当にらしくないと自覚している。だがこれは俺の根幹に関わる内容だった。人が誰しも地雷を抱えるように俺にもそういった類の装置はある。故に、それに限りなく近ければこういった普段ではあり得ない行動に走るというもの。


 「一つ質問する。その後の対応次第で、俺は引き金を引くかもしれないから、覚悟しろよ……」


 「っ────…」


開いたエズの口は言葉を発する前に不服そうな表情と共に自ら閉じた。それはそうだ、やつからすれば俺がどのようなことをするかは未知数なわけだから当然の対応だな。


 「質問だ。第105……いやこのゲレームに所属する軍部隊員のほとんど、アレ─────人口NPCだな。」


 「……………そう───かっ!」


知っていしまったか。という反応となぜ知っているという二つの反応が混じり合ったなんとも言えない表情。流石のエズもこれに関しては予想できなかったか。


 「、なぜ…わかった。」


 「少し注意深く見ればわかることだ。ゲレームは先のレギオン迎撃戦で大量の損害を出した。機械化しているここでも流石に人的要員の保管から免れることはできない。ましてや最新型のAIもこの程度だ。」


俺は自分の頭をコツンと叩きながら話を続ける。


 「ゲレームは小国で人をそう簡単に増やす子はできない。ましてや国専属の部隊となればそう簡単に用意できるはずがない。加えて、ゲレームの技術力は世界的に秘匿性が高いはずだ。なら傭兵とかいうよそのヤツを雇うだなんていう選択肢は除外される。」


 「………」


エズは相変わらずだんまりであるが、それが薄い黙認を貫いていることは顔を見ればわかることだ。そして俺も最後の結論を下す。


 「となると、最後にあり得るのは………人口NPCの制作。エズ、お前のスキルだったら可能だろ。」


エズのスキルは確か素材さえあればイメージ通りの物体を作ることができる能力。ならオートマタという種族お基本構造を理解していれば作れないことはない。


 「─────よくもまぁ気付いたのぉ………」


 「まだ仮説だったけどな、トリガーになったのは105部隊の奴らがあまりに似過ぎているからだ。多少の個体差を持って生み出したつもりなんだろうが、あいにく人っていうのは違いがわかる生き物なんだよ………あれはわかる。NPCでも実際の人間でもない、意図的に作られた命ってことがな────ッ!」


向けていた銃口を構え直す。引き金に指を置き殺す準備はとっくにできている。


 「…………わかっておる、妾の行いは正しいものではない。決して許されぬものじゃ、戦うために命を生み出すなぞ、誰が見ても人の所業ではないことくらい。」


 「あぁ、そうさ。でもお前はやってしまったんだよエズ………この世で過ちを犯した人になったんだよ、お前は………!」


 「そうじゃ、その通りじゃ。じゃからそんなものはわかっておる、だから………もしその引き金を引くのなら、お主には妾の責任と願いを背負ってもらう。──────あやつらを自由にすることを………!」


 「この後に及んで逃げるとは随分と達者な態度だよな、お前はっ!!自分が死んだのはお前のせい、だからお前にはその責任がのしかかる……?よくもまぁそんなこと言えたよな、ほんと。」


こいつには毎度のこと違和感を感じる。どこまでも飛ぼうとしようと翼を広げるが、結局は誰かに託すことを望んでいるように見えて仕方がない。矛盾だ。


 「いいかエズ、世の中には自分が犯した罪に気づけない奴がいる。俺はソイツを絶対に許すことはできない、この手で確実に潰してみせる。でもな、お前は違うはずだ。」


 「じゃから、銃口を下すのか。」


先ほどまで狙いを定めていたビームマグナムはいつの間にか地面を向いていた。体と心が乖離しているように今の俺は自分自身を認識できないような感覚にある。それでも心に体は表れるものだった。


 「そうだ、お前の罪は変わらない。戦うだけの魂はあってはならない………だから、改めて言ってやる。お前のその依頼は俺が生き受ける。あいつらをお前が望んだように自由にしてやる。」


 「────────主は………。そうか、そうなんじゃな、お前が。」


エズはどこか遠い目をしながら、上を向きそう言った。俺は人の心情を理解するのが得意だと言われたことがあるが、多分それは、同じような空気をただ感じ取っただけだと思う。今のエズみたいに─────






 

『topic』


ゲレーム産人口NPCの製法に関してはエズしか知らないため外部にはその情報がまるで漏れてはいない、また人口NPCという単語は基本的にプレイヤー間で用いられている用語なのでただのNPCにはその真意はわからない。

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