九十八話「本日の依頼内容」
前回のあらすじ
ゲレームへと向かう紅月達の前に現れた巨大サンドワーム、しつこい追撃をなんとか振り切りながらゲレームの迎撃兵装にてこれを撃退。
しかしながらエズの理不尽な命令に溜まった鬱憤によって紅月から説教を受けてしまうことになり………
「つまり人命は第一に考えることが大切であって、お前のようなふざけた女王様がいるかって話で─────。」
「…………………」
しばらく何も返事が返ってこないことに気がついた俺はその姿を見た。エズは全身真っ白に塗装したかのように、燃え尽きておりもはや機体、精神共に全てを放棄したような具合であった。
こうなってしまっては話を続けるわけにはいかないだろう。説教とは正しく聞いて学んで理解してもらうためにあるのだから、こんな廃人同然のエズにひたすら話しかけたところでそれは無意味に近い。
「っとこんな時間か。」
時計を見てみればかなりの時間【SAMONN】にいたことがわかる。それこそいつもよりやりすぎてしまったというほどに……
「それじゃあエズ、俺は一旦終わる。明日あたりまたここにくるから………って聞いていないか。じゃあな。」
エズをそのまま置いて行ってもいいだろうという何を根拠に出たかわからない結論を抱えたまま俺はその日の【SAMONN】を終わることにした。結局新しい依頼のことについてはわからずじまいだったので、次こそはしっかり聞いておこう。何せ俺の借金の問題も含まれているのだから、
(説教が長くなったのは間違いなく俺のせいだけどな………)
──翌日・【SAMONN】──
「さて、と。」
昨日終わった風景が目の前に映し出される。目の前、後ろ、右左をキョロキョロしながら動作に問題がないことを確認すると同時にエズを探す。姿がないことを考えるにどうやらあの後自分でかそれとも誰かにここではない別の場所に移動したもしくはさせてもらったと見ていいいだろう。
「となるとまずエズを探すところからか。」
部屋を出て、廊下を彷徨うようにしてエズを探す。あいつがそこら辺ほっぽり歩いているとは思えないが、もしもの可能性だってある。なんなら俺がここで知っている人の1人や2人でも捕まえればエズの場所に関する情報がくらい入手できるだろう。
「あ。」
第一村人発見が如くアンジュさんが先の通路で横切っているのを見かけた、久しぶりに見たが全く変わっていなさそうだ。こちらに気づいていなさそうだったので後を追うように少し早歩きで彼女に追いつく。
「アンジュさん───」
久しぶりすぎて敬語を使いそうになったところを、止めて話しかける。
「あ、────紅月さん、お久しぶりです!!」
アンジュさんはとても嬉しそうな表情をこちらに向けながら目を輝かせたまま頭を勢いよく下げた。つい1秒前まで纏っていた落ち着いた雰囲気からは想像がつかないほど、活発的だ。
「久しぶり。今エズを探しているんだが、どこにいるかわかるか?」
「はい!、エズ様なら多分20Bエリアだと思いますよ。」
20Bエリア、確か俺の工場のすぐ近くにある場所だったはず。なら行き方はそこまで難しくはない、ヤツがそこで何をしているのかもいけばわかる話だ。
「あそこか……わかった、ありがとう。」
「あのっ!もしよければ案内させてください、話したいことがいっぱいあって。」
話したいこと……それがなんなのかは想定できない。が、ゲレームに関することは確かだアンジュさんがせっかく申し出てきた提案断るわけにはいかない、それにゲレームの話題は最近あまり聞いていなかったので道中の退屈さがなんとかできるなら聞いておくことは損ではないはずだ。
「……それじゃあ案内を頼む、話は歩きながら聞こう。」
「わかりました…!!」
アンジュさんと俺は工場エリアへと向かい始めた。道中向こう側から話してくる気配があまりなさそうな気がしたのでこちらから先制攻撃を仕掛けることにした。
「それで話したいことっていうのは…」
「あぁ、すみません。実は私、とうとう軍属部隊に配備されることになったんです!」
「軍属部隊……ってことは昇格した?」
「そうなんですよ!、ってあはは。その喜んでいいのか難しいところですけどこの間のレギオンの襲撃でこちらの兵士が何人も深傷を負ってしまって、軍備回復までの繋ぎだとは思うんですけど、この度ゲレーム軍部隊第105特殊機動部隊に配属されることになったんです……!」
アンジュさんは口ではそう穏やかにそう言ってはいるものの、彼女の本心は間違いなく喜びで満ちていた。長らくテスト要因であった彼女の境遇を考えるのならたとえ世間的には悪いことがあった後だとしても喜びたい一心なのだろう。だが、戦当事者であった俺からしたら少し彼女の昇進は複雑でもある。
「そうか………よかったな、」
「これも、紅月さんのおかげかもしれません。あんまり自慢げにいうつもりじゃないんですけど、私……あれから頑張って今では部隊長に選ばれるくらいなんです、あのアドバイスのおかげでここまでこれたと言っても過言じゃないです!」
「それは、まぁでもアンジュさんがしっかりと努力して勝ち取った場所だと思うから。あんまり棚に上げられても俺はそこまですごいことをしたわけじゃない。」
「そんなことないですよ……本当に!」
「んー……まぁじゃあそういうことで。」
アンジュの輝きを持った瞳から逃れるように俺は押し負けながら目をあさっての方向へ向かせながら彼女の感謝を素直に受け取る。
「……それで、部隊長になった感想とか、なんかそういう類のはあったりするか?」
あんまり向け続けられる気も悪くはないが少しアレなので話を逸らすようにアンジュさんへ問いかける。
「………そうですね、隊長の役割はやっぱり大変ですかね。部隊をまとめ上げるのはそこまでじゃなかったですけど、みんな私と同じテスターで知り合いでもあったので。でも軍の整った規則に従うのは、テスターだった頃とはまた違った忙しさがありますかね……」
アンジュさんは話を続ける。聞いておいてなんだが今の俺の頭の中には正直、ゲレームの軍備に関することしか頭にない。レギオンの襲撃によって不足した全力を整えるというのが世間的な形だということに納得も理解もしている。しかしそれだけにしてはいささか過剰防衛戦力なのではないか?っという考えも俺の中ではある、それこそアンジュさんのようなテスターを前線に引き上げるというのは。
(何を根拠にこんな考えが浮かんでくるかは……まぁいつものことだが。)
最近のゲレームの異様な動きの速さからきているのだろうか、それともエズのあの態度からか?どちらにしても考えてもすぐに答えが出るわけではない。
「そういえば知ってますか、実は今度新しい訓練教官が来るらしいんですよ。」
「訓練教官?」
「今まではカリキュラムに沿って、軍全体での訓練を行なっていたんですけど、これからはその教官がそれぞれの部隊について、直接手取り足取り教えてもらえるらしいです。エズ様曰く、部隊での役割をしっかり区切るためだとか。」
「なるほど…」(つまりは、部隊ごとに特殊な役割をつけるためってことか。工作隊だとか、支援部隊だとか、差し詰めそういった類だろうな………)
まさしく軍備再編成ならぬ、軍備再調整だな。エズは前回の反省を大いに活かしている、まぁそれもこれも全部国民のためと言えば道理は叶っている、エズの愛国心は本物だ。民を安心させるためにも軍事事を急足に進めると考えればより明確になるものだ。
だが……俺としては、アンジュさんを未熟な状態で出したくないという気持ちがある。決して彼女のことを侮っているというわけではない、部隊長に任命されるというのは比例した実力の現れだろう、それに俺はアンジュさんのことをあまり知らない、結論を出すにはいささか早すぎるとも考えたが、ここまで厚意を抱いてくれている相手のことを心配するなんてことは普通に考えれば当たり前、それが憧れなら尚更だ。理由はそれだけで十分だ、
「………もうすぐ着くな。」
アンジュさんの話を聞いていながら考え事をすれば到着もすぐだというもの、だが俺がそう口に出してしまったからというものアンジュさんはどこか物足りなさを覚えながら、残念そうにしている。
「すみません、一方的に喋りすぎてしまって。」
「いや大丈夫、こっちもアンジュさんの話を聞けてよかった。機会があったら今度手合わせでもしよう、案外いい勝負になるかもしれないしな。」
「本当ですかっ!?、あ…でも一応忠告としてあんまり私強くないので。でも次会う時にまではしっかり腕を磨いておきます!」
「あぁ、楽しみにしておく。それじゃあ、」
ゲレームの技術力を改めて測るという意味にも、アンジュさんの能力を確かめるという意味でも、手合わせは五日必要だろう。いくらエズに断りを入れられたとしても、俺は彼女に何か返すべきだと思う。
(幸い相手も乗り気だしな。よかった、)
そんな思惑を抱えたまま、俺はB20エリアの自動ドアを通過し中へ入る。
「あー、あー違う違う……!、それは下じゃ、下の装甲!!」
「エズ様ーっ、このライフルどうします?、明らかに重量オーバーですけど……」
「そのためのパワーユニットじゃろうに…」
「何ですかそれ?」
「報告書を読め馬鹿者!」
現場は一目見るだけでわかるほど大慌てであった。エズが落ち着きと怒りの起伏を激しくしながら、現場の人に指示し続けている、ワンオペの一例としてこれほどわかりやすいものはないだろうと個人的に思いつつ、騒音のんかに俺も入っていく。
「エz──『あーッ!!、』──」
「おい!配線のテストは野外でやると決めておろう、あの馬鹿者を早く集電盤から引き剥がせ!!」
「………エz!『エズ様っ、B21で火災です!!』」
「何か爆発したのかっ!?えぇい消火に迎え……!」
「───────。」
喋るタイミングすらないとはまさにこのことだろう。エズの慌ただしい態度を見れば、口を出すことにすら躊躇ってしまうほどだ。だが勝手にいなくあったのはそっちだし、こっちはお金を人質にされているわけなので意地でも話しかけないといけない。
「おいエズ──」
「だー!、だれじゃ……エネルギーパックを直列で繋げたやつは!誘爆の危険性を考えてこっちの機体は別々にしろと申したじゃろうが!!」
「エズ────!!」
「ビームシールドは試作段階じゃ!、後で紅月にでもデータ送ってお願いでもするから……おい待て、予算を通すなんて許さんぞ、この間ナズナにこっぴどく怒られたばっかじゃからなっ!!」
「エズ────ッ!!」
「なぬ、商標登録?、ダメじゃ名前がダサすぎる……もう一度考えてまいれ!!」
「エズ───ッッッ!!!!」
あまりに気づかない俺は一周回って痺れを切らし、エズの肩を掴んで声をかける。
「だれじゃぁっ!!!」
「俺だよ!!」
大きい叫び声に屈することなく、反骨精神剥き出しでエズの絵帯かけに高速で答える。
「な、何じゃお主か。というか何しにきた…妾は今忙しいんじゃ!」
「それは見たらわかる、だけどな…せめて依頼内容くらい教えてもらっておいいだろ!?」
「…うぬぬ、わかったついてまいれ。」
エズが早歩きで、そのばを後にして俺はそれについていく。連れられた場所は騒がしい工場とは一変した防音壁で整えられた一室。エズはため息をついたまま、当然のごとく椅子に座る。
「さて、これで静かになったな。」
「ほんとだよ……」
こことさっきのところを比べれは天と地との差があるほどだ、あんな場所に長いこといてしまっては耳がおかしくなっても文句は言えない。
「それで、依頼のことじゃったな。」
「あぁ、それでどんな依頼なんだ、結局。」
俺は椅子に座り、エズに催促しながら彼女の次の言葉を待った。
「………単刀直入に言おう、お主にはゲレーム軍の共感をしてもらいたい。」
「教官……」
もしかしなくても、さっきアンジュさんがいっていたアレか?いやだとしてもなんで俺なんかがやる必要がある。信頼しているからとかいう理由だとしても、もう少し。
「……って柄じゃないんだけどな、どういうつもりだ?」
「なに、今から詳しく話すつもりじゃ。」
そう言いながら、エズは近くにあったタブレット端末を手に取り何やら操作をし始め俺の前へと出す。
「まず、お主の経歴からじゃ……お主はオートマタに革命を起こすほどの新技術、新環装甲を開発した。これは現在お主が身につけている完全ビーム兵器対応型の装甲の新しい名称じゃ。」
初めて聞いたんだが…なんで言葉は出なかったただ俺は黙ってエズの言葉を聞きながら、タブレット端末に映し出される光景を眺めているだけ、
「これちょってオートマタ界隈では飛躍的な戦闘力向上が認められ、オートマタ狩りがオートマタに狩られるなんて構図も珍しくない。第一試験者としてのお主の功績は他にもあるからな、もはやお主以上にこの関連装備を設計……使用できるものは他にはおらん。」
「お前だって作ってるじゃないか。」
「……全く。見てわからんのか、お主が1進んでいる間、妾たちは何十人もの人員を総動員してやっと0.01くらいしか進まぬ。理屈で分かっても、それを一番に再現できるのは、お主じゃ紅月。」
(そう言われてもな。)
「そして、お主はその身一つで大量のレギオンを相手取り、襲撃を終わらせた。ゲレームではお主の存在がもはや英雄のような扱いじゃぞ。まぁ顔も名前もこちらは情報統制によって明かしておらんがな。だが、軍関係者には顔も姿も割れている。」
「つまりは────」
「そう、そんなお主を教官にしない理由が逆にないんじゃよ。」
有名人が、学校に呼ばれるのとほぼほぼ同じ原理だな。まぁ有名人になったつもりなんてものはないんだが、ただただ通りすがって少し恩があるから返しただけで……でも周りから見ればそんなめんどくさいふうに見られているとはこっちは夢にも思いたくないものだ。
「ということで、以上のことからお主には教官をしてもらいたいのじゃ。」
「………」
頷くしかない選択肢でも、黙ることくらいは許されるはずだ。俺はこいつから金という名目で引き受けている、無論早急に解決したいことでありこの提案を飲むことはやぶさかではない……ただ俺にそこまで求められるものはないということだけをこいつに知ってもらいたい。俺は誰かを助けたいなんて自分から一度たりとも思ったことはない、ただただその場の決断と選択の繰り返しだっただけだ。
(ただ自分の周りにいる人間が少し幸福になってくれるのならとは思ったが、見知らぬ誰かを助けたいなんて欲求はまるで湧かない。やったとしてもそれは恩を返すという行為の連続だ、)
「紅月、確かに半強制的な提案にも聞こえるが……これは妾のお願いでもある。見ての通りゲレームはレギオンの襲撃の後、軍備拡張に向けて動き始めてはいるものの、小国であるが故に人でも足りてはおらん。軍をより強固にするためには少数精鋭である必要が必ずある。」
「一周回って優しい言葉でまとめた脅迫にも聞こえるんだが……」
「全く、この石頭め。言ったであろう…これは、お・ね・が・いじゃ!、それともなんだ、お主は友人のお願いごとの一つも聞けんのか?」
なんかこいつ終始断りづらいような言葉で訴えかけてくるが……どっちにしたって俺はこの要求を飲むしかない、できてエズに文句をいうくらいだが、それもさっき言った。
「………。理由はどうであれ、その友人とやらのお願いを聞いてやるよ。ただししっかり報酬をもらうし、追加報酬も入れるけどな。」
「…………はぁ、抜け目ないノォ。お主は、」
どっちがだ、っと思いながら俺は椅子から立ち上がる。でも追加報酬をもらえると少し冗談混じりに言った割にすんなり通ったのはいいことだった。
まぁ仮にも無理でもこいつにはまぁ考えてみれば借りもあるわけだし、普通に断らないがな。
『topic』
紅月が新環装甲を開発するまでの旧型装甲の名称は機人装甲と呼ばれている。




