九十四話(2)「強襲!!貴族の家」
前回のあらすじ
貴族の邸に不法侵入した紅月たちはいよいよ作戦を実行する。アラハバキと対面する紅月、予定通り何事も起こらず執務室を漁るウミとフライ、暇だと思っていたらいきなり奇襲されるルルカ、混沌を極める室内戦にそれぞれ己の作戦の遂行を目指す
((紅月、そっちはどんな感じだ?))
アラハバキの赤い斬撃が複数回にわたって遮蔽物を破壊し尽くす。無数に繰り出される攻撃の合間を潜りながら接戦を繰り広げるその戦場は控えめにいっても地獄そのものだった。
((今、戦闘……っ!))
頭の中で考えるより早く相手の攻撃が自分を殺しにかかる。いつもならそこそこ他のことを考えながら戦えてはいるものの、今回は久しぶりに余裕がない自分がいる、AWを解放しておきながらパワー負けしていると感じている弱気な自分までもがいる。
「ハッハハハ──────!!」
((ちっ。))
答えを返す暇すら無い。こいつの攻撃を受け止め隙を見ながら攻撃を入れ込む、どちらもまともな決定打が入った試しがない完全平行線の戦い、この間とは訳が違う。こいつの強さが確実に変わっている。
「死屍累々(ししるいるい)───気傷壊滅ッ!!」
アラハバキが空中を無数の斬撃で覆い尽くす。それは空中に描かれただけでこちらへのダメージとしては通ってこない。しかし嫌な違和感を覚えた俺はその斬撃ごとアラハバキにAWの打撃をぶつける。
[バリバリバリッン]
斬撃がガラスのように割れる。そして残った斬撃はまるで時が止まった世界に残された攻撃予告と表現できるように俺が先ほどまでいた場所をズタズタに切り裂いていった。
(1秒遅かったらまずかったな。)
遅効性の高威力高頻度の斬撃、物理破壊が可能であったとしても正直面と向かって食らいたくはない。
「死冠────災死」
さらに立て続けにスキルを放つアラハバキ、死を連想する直感が毎秒が如く俺に危険信号を発してくる。よもや目の前の光景の対処に集中するばかりか、他のことを考えている暇は全くないといっていい。
頭上に現れる巨大な大斧、それをAWで跳ね除けながら目の前に向かってくる五月雨のように降り注ぐ赤い閃光をビーム砲で一網打尽に焼き払う。
「そこダぁッ!!!」
「─────っく!」
直撃をAWで受け切りながら、崩れたバランスをスラスターで補う。壁を蹴る感性をつけながらAW搭載型大型ビームエッジをアラハバキに向かって大きく振り下ろす。
こちらの高速移動に目を動かしながらアラハバキは手に持っている大斧で大型ビームエッジと鍔迫り合いを起こす。感性は確実につけていたはずだが、それでもやつの片腕で抑えられるほどの威力しか出せてはいない。
スラスターでさらに追感性をつけるも、アラハバキは平然と両手に切り替えながらこの攻撃を受け流し俺を放り投げる。
(強制噴射っ──!!)
投げられた体が壁に衝突する前にスラスターを全開にし先ほどまで優勢に使っていた推進力を根こそぎ反発へと回す。作用が大きければ大きいほど反作用がとてつもなくなるのは昔からよく言われていることだ、それこそスラスターで危険レベルの感性を相殺し残った感性のまま壁に一度足を着き、オートマタの尋常離れした耐久性と能力性をフルに使い脚部へのダメージコントロール、アブソーバーを最大限使った負荷軽減の後、のしかかかった反発と同時にスラスターを吹き、アラハバキに再度同等以上の攻撃推進力が加わった攻撃をする程度には効果的のはずだ。
「──────ン!!!」
激しい金属と金属のぶつかり合い。アラハバキの大斧の刃がAWにと衝突する時、まるで鍔迫り合いが起きているような鋭い金切り音を互いに奏でる。オリハルコン製のAWであればどんなに鋭い刃が正面衝突しようと壊れることはない、その過信があるゆえに今回の戦いは基本性能ではなく、戦局的技量差が大きく作用してくる。今の俺と奴の力は明らかに互角クラスだ。
(この前、よほど手を抜いていたのか……!)
「死紅─────。」
拮抗状態である俺たちの沈黙を先に破ったのは奴の方だった。
(またスキルかッ)
赤い細い線が複数四方八方から放たれ、俺の身体に照射される。回避行動を繰り出すまでのわずか一秒間の滞在であったのにも関わらず、5連撃ほどの見えない斬撃が自身の装甲に直撃した。幸い攻撃箇所を5分割して損傷具合を確認すれば一撃一撃の威力はとてつもなく低い、しかしチリも積もれば山となるように斬撃自体の射速が計算上0,2秒、ヒットストップも含めるなら無闇矢鱈に当たる技でないことは確かだ、
赤外線レーザーのような糸が無数に俺に向かって突き進んでくる。気分はさながらレーザー回避ゲームのようなものだが自体はそう達観できたものではない。これがただの防衛システムならば自立型殺戮兵器もセットでついてくることはないのだから。アラハバキの赤い斬撃、レーザー光線にも似た劣悪な攻撃スキル。
攻撃する隙がなく一方的に追われている姿の俺から分かることはただただ劣勢だという情報だけ。現状を打開するのはおそらく、
「────っ!!」
振り下ろされるアラハバキの大斧自身を覆うようにAWを前に突き出し、全ての攻撃をガードに回す。大斧の一撃はそこまでだったにしろ、赤外線レーザーの追加斬撃によって、引き起こされた思いもよらない衝撃に背後にあった壁をもつき抜け、飛ばされる。AWを地面に突き刺し、スラスターの噴射を加えることによって体全体のバランサーを安定、今の自分の地盤を確立する。
(中庭から外れた。)
状況は芳しくない、ここで攻撃に回ればアラハバキを吹き飛ばせるかもしれないが、あの反撃のリスクを考えると容易に飛び出せる状況ではない。閉所戦であれば大獲物(AW)を持っているこちらが不利だ。アラハバキと比べてみればこちらはただのデカくて硬いだけの棺桶。決定だという決定打のいずれも屋内を破壊するレベルの戦術兵器、屋敷を壊しまわっていいなら今すぐにでも使うが、ウミさんや鷹橋がいる以上全てを破壊尽くすことはできるだけ控えたい、
((そしてここからはそれを奴に悟られずどう動くか。))
「……なんだ、もう終わりか?」
「─────」
どうする。つい数分前まで自信はあったものの、相手の本業が暗殺者故か意外に屋内戦での戦闘が上手い。今AWをしまえば、防御の側面で俺はアラハバキとの戦闘が不利になる、かといってこのデカブツを振り回すにしても場所とタイミングが悪すぎる。
(だが、"アレ"を使うにしては時間が足りない。)
「…………案外あっけないな。」
「ッ────────────」
動き始めるのは早かった。アラハバキが妙な動きを始め、まるで自分が確実ん勝つであろうと予測するような余裕の効いた顔と声を出す。嫌な予感がしたのだ、もはやなりふり構っていられない、今すぐにでもアラハバキを止めなければ、やられるのはこっちだと。自分の保身に走ったのではない、こうしなければいずれ全員死ぬと直感が囁いてきた。それだけの理由で十分だ、何せこの手もものは基本的に
「界変技────無垢死調雑!!!」
(ロクでもないことに決まっている。)
アラハバキの背から溢れ迫ってくる黒いオーラ。ベンタブラックのように光を反射することがない黒物が俺とアラハバキを包むように頭上を通り過ぎる。一瞬よりも早い、思考を回せば回すほどどうしようもなさだけが迫ってくる。
ウミさんから、ルルカから聞いた話が今目の前で起ころうとしている。
せめてもの勢いで目の前のアラハバキに一撃喰らわせようと、スラスターを吹かすが俺の思考とは裏腹に現実の時の流れは実にゆっくりであった。ゆっくりと進んでいく世界の中で、黒物と俺の思考だけが正常に機能している感覚に襲われる。
(……………)
もはや思うことはない。そんな時間とっくのとう終わっている、次の瞬間の打開策に使った方がなにぶん効果的だ。だが直感が囁くそんなチャンスも、タイミングも、それを活用する時も二度と訪れることはない────っと、
[キンッ!!!]
しかしかくも現実は俺の思い通りにいかないことが多い。大抵のことは予測通りに行くものだが、俺は別に未来予知を毎回発動しているわけではない、思考が先で体が後になることが多いように。俺の直感も、今はただの予定装置というよりも予測装置でしかない。
世界が暗くなる前に一筋の光のようにこの闇に包まれる中に投げ込まれる聖槍。誰が持っていて、どんな名前か、なぜここにあるのか、それを瞬時に理解した。
それだからか、俺はその槍に、その槍をここに投げてきたやつに賭けることにした。俺はアラハバキに向かっていく一撃をさらに強力にすべく、AWのビーム砲を展開状態にしてエネルギーをセーブする。衝突と同時に放たれるその一撃は今俺が出せる中での強力な一撃として指で数える中の一つとして、目の前の暗殺者に向けて放たれるだろう。
そんなことを知らず、アラハバキはいまだに勝ち誇った顔のまま思考のスピードではこちらの方が上手だ。お前が世界を奈落へする前にこちらはお前に一撃を与える。
((この結界内にいる間自身が最強とでも言いたげだが、それは違う。))
((あぁ……盛者必衰っていうだっけな、こういうの。))
ただの独り言に過ぎない言葉に回答が降ってくる。やっぱり敵対すると面倒だが、背中を預けるのにここまで適した人間はそうそういない、いつもいつもちょうどいいタイミングで現れてくれるもんだな、お前は。
「───────死ねっ!!!」
無数の大斧が空中に現れ、俺の体をに向かって放たれる。完成間近となっている界変技であれば即座に攻撃可能だということ、無論タイミングはピンキリで"向こう"はこっちを近くできるわけではない、全てはあいつの直感を信じるだけ、だから……
「AW───エーオースカノン、スタンバイッ!!!」
ガゴンっとしっかりとした開閉音が右腕の棺桶から聞こえてくる。そして暗い世界の中で最も輝く光となり、アラハバキに向かう俺の一撃として完成する。
準備は万端、迫り来るアラハバキの一撃対処するのは俺ではない。大天使だ、
「聖天光命盾ッ!!!!!!」
四枚の羽を広げる大天使が槍を引き抜くかのように現れる、そして手に持っていた聖盾を掲げそう叫ぶ。界変技はそれこそ時限的範囲的に世界を塗りつぶせる技だろう、しかし何事にも例外は存在する。そも界変技を真正面から打ち消す、もしくは正面衝突で均衡状態にできる存在がこの世にいるのなら、対抗することは十分に可能だ。
盾を中心に広がる薄く神々しい光郭は俺たちをあっという間に包み込む。俺はいまだにアラハバキに向かって猪突猛進の状態であったのにも関わらず、鷹橋は堂々とタイミングを合わせこの場に現れる。俺の行動が全て読めているとでも言いたげな背中が俺に全幅の信頼を寄せているようにも見える。どちらにせよ、俺が入り抜けていくたったわずかな時間内に怒ったことは迫力的だったに違いない。
時が動き出したかのように思考と体の一体感を感じる。つき向かってくる無数の大斧は鷹橋の展開した盾によって俺の体にはかすりもせずにそのまま打ち砕かれた。界変技の特性は学習済み前提として、それは世界を掌握したことである=自身の思い通りの結果を招くことが可能になる、すなわち相手を生かそうと思えば生かし、殺そうと思えば殺せる。ただ一つ弱点があるとするならば外部からの攻撃、または同じく界変技と同等の性質を持つものとの衝突、この場合はどちらが上かしたかに関わらず確実に拮抗以上の事象しか起こらないということ。
鷹橋がそんな代物を持っていたかなんて知らない。ただあの頑丈なだけの盾で大会を生き抜いたにしては話ができ過ぎていると思った、ただの予測だ。だが少なくとも今回の俺の読みは間違いなくあたりだ。
「─────────っし?!?!?!」
「遅いッ───エーオースカノンブラストォぉぉぉぉっ!!!!!」
反応を見せたばかりのアラハバキは回避をする暇なく、俺の右ストレートならぬAWストレートを直に受ける。ただ一撃にしても明確な直撃、タダでは済むことはない。そしてそこに全てを薙ぎ払うかのようなエーオースカノンのゼロ距離射撃を敢行する。光に包まれながらアラハバキの肉体が確実に破壊されている音を感じつつ、弾き飛ばすかのようにアラハバキの肉体を暗闇の向こう側へと吹き飛ばす。
凝縮されたエネルギーはアラハバキの肉体にとどまることができず、突き飛ばしたすぐ後には暗い世界を反転させるような大爆発が目の前で起こっていた。
焼き焦がすような火の風が吹き荒れ、俺はAWを盾にして火炎熱のような風を防ぎきる。よもや余波でこれなら、直撃は死を確定させる要因になる。
((やったよな……!))
((フラグじゃないよなそれ…?))
ちょっと喜びたい気持ちから出た言葉が鷹橋へと伝わる。火炎熱の温度がだんだんと下がっていくのを感じながら、俺は背後から近づく鷹橋に意識を向けつつ目の前じっと見つめる。
先ほど考えにはあって確信したことではあっても俺の直感はしたいをしっかり確認しろと騒いでいる。
((で、結局何できたんだ?))
俺は歩みを始めながら鷹橋に質問する。返答は早かった。
((お前の状況が芳しくないから、もう一つはウミさんが重要証拠を見つけたから。今は多分いい書類を根こそぎ持って合流地点に走ってるところだと思う。))
((なるほどうまくいったんだな。))
((あぁ、書類の管理がもう少し丁寧でセキュリティが甘かったらこいつの界変技を発動せずに済んだかもな、))
鷹橋と俺の目の前には焼き焦げた人型の死体があった。皮膚は完全に炎燃化しており一眼でその悲惨さとAWの脅威度が見て取れる、こうなることは予想していたが実際に見ると自分も少し慎重になって武器を使わなくてはならないと自覚したくなる。
これを向けている相手が仮にもNPCではなくてよかったともつくづく思う。
((流石にこれは逝っただろ。))
((あぁ、直撃で人型なら間違いなくな…これであとは界変技が元に戻るのを待てば───))
((っ紅月!!!))
鷹橋が俺の腕を引っ張りその場から無理やり位置をずらす。一瞬何が起こったかわからなかったが、背後で起こった激しい金属音と引っ張られた際に首を振り向いていたことによって俺はその光景を見ることができた。
鷹橋は俺を引っ張り盾で攻撃を防いだのだ、レーダーにも映らずいきなりの奇襲、よく反応できたと誉めて称えたいところだが問題はそこではない。攻撃している人物は今そこに死体が転がっているはずのアラハバキそのものだったということだ。
「テメェッ」
鷹橋は槍を握りしめてアラハバキに反撃を繰り出すもいずれも全くの決定打にならず全て大斧によって受けきられてしまう。バク宙で奴は大きく交代し、体制を整えるかのように俺達と一定の距離感を保った。
((おい、どういうまやかしだよ。))
「…………身代わりホムンクルスか。」
「正解だ。数秒遅れていたらそうなっていたのは俺だがな。」
((攻撃される直前に予備のやつと切り替えたってことか。))
((あぁ、こりゃあ随分と用意周到だ。バーサーカー型アサシンだとは聞いていたが………ともかく、まだ終わりじゃないぞ紅月!))
((もう一仕事ってことだな、終わらせて帰るかッ!))
──同刻同所──
「そっこぉ!!」
執事さんが投げてくるナイフを空中で掴みそのままそっくり相手に返す。猛毒が塗られていようともスーパー状態の私なら直接触れても問題なく解毒できる。そこそこ時間がかかってはいるが今回の戦いで運がなかったのは相手の方だ。
「────っ。」
「掌底!からぁのー、発勁!!」
バランスを崩したところにすかさず入り込み、二連撃を与える。ウミ特製の武術はやっぱり変だと感じる時はあるけど、かなり実践的で何より使いやすい。一体どこで教えてもらったんだろう。っと気になったりもする。
その思考とは裏腹に、執事さんは歯を食いしばった様子で吹き飛ばされた体の体制をなんとか整える。
(意外と粘るなぁ)
「く─────」
「イケメンでも、襲いかかってきたなら容赦しないからね。」
顔がいい。とにかく顔がいい。お兄様っていうもっと上位の存在がいなかったら確実に靡いていたと思うほど顔がいい。だからせめてもの手加減で顔は無事の状態にしてあげようと思う。
「ふ───容赦など必要ありません。魔女がっ!!」
その言葉と共に、腕があらぬ方向に引っ張られ、自分の意思とは関係無く捻じ曲がる。皮膚が強制的に絞られ、私の手首は激痛ともに血が吹き出す。いつの間に仕掛けられた、っという疑問よりも先に自信が危険な状態であるという信号が瞬時に送られてくる。
「いった───!!」
引っ張られた右腕をよく見ると、そこには白い糸が私の腕そのものをがんがらじめにしていた。今の今まで気づかないほど精密で正直魔力で視力を強化していたというのに見えるまで時間がかかった。
「その糸は最高品質の対魔力結晶によって編まれたものです。あなたが私を攻撃している時に引っ掛けさせていただきました。もちろん全身に!」
言葉の真偽を確認すべく、目を動かし体を見ると確かにそこには糸で体全身がいつの間にか糸によって引っ張られている私の姿があった。右腕を前例とするならここから首一つすら動かしてはいけない。
「チェックメイトです、あなたはそこから何もできない。」
「ふぅん。まぁ、私は何もできないよねぇ。私は、だけど…」
「……何をっ」
執事さんは私の首を巻いている糸を強める…魔力による防御を貫通している以上、私に何かできるわけではない、腕を無理やりに引っ張ろうものなら腕のほうが先に犠牲になる。首から痛みと共に血液が流れ出ていることを感じる。痛いけどまだ我慢できる領域、というよりかはスーパー状態の私はアドレナリンが常時出ているためそこまで痛みを感じない。しかし冷静になればなるほど魔力の循環などの効率性が下がるためじっくり痛みが後を追ってくる。どちらにしても、執事さんの手の上に私の魂があるとう認識が正しいだろう。
「あなたは、もう何もできない。このまま殺させていただきます!!」
「無理だよ。」
そう堂々と言った私に執事は違和感を感じた。私の瞳に映る光景はきっと執事さんとは違っているのだろう、彼からすれば私は何もできずやられることを待つウサギのように哀れだろうなっと思う。でも執事さんの背後にいる存在が今の状況の全てを破壊する力を持っていることを私は確信する。
「───だってもうチェックメイトなんだもん。」
そう口にした時、執事さんは後ろを振り向く。その瞬間炎を纏った強烈な右ストレートが綺麗な顔を粉砕するが如く勢いで叩きつけられる。炎がその顔を焼き尽くすより早く、プロ野球選手がボールを投げるより早く、執事さんは一瞬のうちに壁に吹き叩き飛ばされた。
「……ふぅ。」
全身拘束状態から解放された私は、ため息のような安堵の声を出す。そしてすかさず腕に回復魔術を施し、一瞬にしてねじきり曲がった腕をなおす。
「お嬢様…!大丈夫でしたか?!」
「もー大丈夫だって、それよりきてくれてありがとう。」
ウミが心配そうに私の体をことを気にかける。本人も私が無事だということをわかってはいると思うが、やっぱりそれとは別に心配になるのは当然か。っと納得する。
「にしてもよく我慢できたね。」
「できていませんでしたよ。でも、お嬢様ならきっと大丈夫だと信じていたので。」
本当にできていなかったら、多分会心の一撃も出さずに執事さんをボコボコにしていただろうと容易に想像できる。前の海に比べるとやっぱり私に対する心配性の側面は減っているように思える。このくらいがsちょうどいいんだよ〜っと思うが。
「お嬢様、いくら魔法で治したとしても、流れた血は消えません。しっかりと拭かなければ。」
「ぅむんあ、ちょ、できるぅできるかぁら。」
私の頬に付いた血の一滴すらしっかりと拭き取るようにゴシゴシと顔にハンカチを押し当ててくる。これ心の中じゃ結構余裕ないんだなぁっとウミの言動から私は察した。
「紅月様のお目を汚してはいけませんよ。」
「もー!」
──同刻同所──
「鬼焼滅会────即致死」
巨大な大斧が空からふり注ぐ、先ほどのわざと似たようになってはいるものの規模が段違いの一撃がこちらに向かってくる。俺と鷹橋は急いで両方に回避し、それぞれの高速移動でアラハバキに食いつく。
「天裁光───!」
「やめとけっ!!」
お馴染みの光のビーム攻撃を放とうとする鷹橋の技をアラハバキは一声かけるだけで、根こそぎ破壊する。
鷹橋は勢いを削がれ、怯む。
「なら近接戦だッ!!」
AWをしっかりと担いだ俺はスラスターの高速移動の勢いを利用してアラハバキに殴りにかかる。回転の勢いをつけながら多彩な角度で奴に攻撃を与えようとするも、応じるようにアラハバキは防御と攻撃を交互に繰り出す。金属同士の激しいぶつかり合いの中で、アラハバキはパワー勝負で俺に勝ち、AWごとそれを弾き飛ばす。
しかしそこに体制を整えた鷹橋が追撃を阻止し、攻撃に転じていく。
鷹橋の近接戦はあくまで肩に則ったものであり、アラハバキの無系の肩と比べると一歩劣る点はあった、しかし、そこに翼を使った変化球や盾を最大限に使ったパリィからシールドバックなどを使い、足りない部分を補っていく。だが明確にアラハバキとのスキルの相性さが埋まりにくくはあった。
「合わせろ!!」
「言われなくても!!」
アラハバキを挟み撃ちにするような形になり、両方からの同時攻撃。
「エーオース───カノン!!」
「主神──── 穿槍!!」
互いに互いのタイミングを見計らい、アラハバキの一番無防備であり頭が働かないタイミングで攻撃を仕掛ける。しかしアラハバキは虚空からもう一つ大斧を取り出し、俺たちの二人の攻撃を完全に受け止め切る。
「初無血─────!!」
[パリン!!!]
アラハバキの真技いよって俺たちの攻撃は全て勢いのない0の状態へと転換される。その隙を見逃さず両斧を地面へと叩きつけ衝撃はで俺たちはその場から浮かされ、奴が放った回転斬りで防御をしていたにしても大きく吹き飛ばされる。
「死紅─────!!」
「紅月ッ!!」
赤い線が俺に結びつくより早く、鷹橋は自身の盾から展開される光の衣で俺への直撃を全て受け切る。衣の外側がひどい音で奏でられる中、鷹橋は俺に捻話で語りかけてくる。
((紅月、気づいたか?))
((あいつが俺たちの強さに比例しているってことか?))
考えてはいた。アラハバキはルルカやウミさんと戦った時初戦は確実に敗走している、しかし計画を練ってきていたのか次では必ず両者ともに勝っている。だが今回俺は奴と戦って感じたことがある、いくらなんでも強さが比例し過ぎていると、この前戦った時はこちらが明らかに優勢であったのにも関わらず、今回では明らかにこっちの手のうちがばれているというレベルの話では到底解決できないほど、手も足も出せていない。
そして鷹橋が参戦してきているというもの一時は優勢を保っていたが、界変技の展開によってか明らかに不利に展開する時間が早かった。これらのことをまとめると、アラハバキは時間が経つにつれ、こちらの能力と同等の力をつけるようになるということだ、ポテンシャルという面も関係していると思うが、人まねをされている感覚で正直深いったらありゃしない。
((さすが、話が早い。ならわかるな?))
((ああ、あいつが見たことない、初見の一撃でぶっ飛ばす。))
相手が時間経過で真似してきているなら解決策は二つ、真似できないようなことをするか、初殺しをするか。
幸い俺の手札はまだジョーカーを切っていないとくる。あいつに特大の一撃を喰らわせるにしては、うってつけだ。
((俺が解除した瞬間に飛び出せよ、今回は先を譲ってやる。))
((了解───!!))
「フェイズ3、コード"A-Os"システム解放」
各部装甲が開閉し、内部装甲が露出する。俺は魔力放衣を展開し機体全体を包み込む。すると各所の露出した装甲がエネルギーを吸収したかのように真紅に発光、続いて期待のメインフレームに赤い線のような亀裂が走り、たちまち機体色を薄く赤色に変化させる。
「かっこいぃー。」
鷹橋が口笛を吹きながら、俺の装甲に感想を垂れる。
「一瞬でカタをつけるぞ、」
「オーケー。いくぞ!!」
鷹橋は盾を伏せ、光の衣を解除する。その瞬間飛び出した俺は今まで感じたことのないような加速Gを体感しながら、アラハバキの攻撃よりも早く暗い世界の地表を瞬間にかけていく。そしてAWを開閉、この状態だからできる最大火力を奴に叩きつけるために準備を開始する。
「エーオースカノン最大出力─────」
口にした時には覚悟は決まっていた。俺は回避をやめ、全速力でアラハバキの元へとスラスターを全噴射した。先ほどよりも負荷がかかったGが全身を襲う。意識から体が引き剥がされそうなスピードを感じながら猪突猛進が如く、突き進む。
「──っち!!」
アラハバキはこちらに向けて無数の攻撃を放つ。いずれも一般であれば回避不能と謳われてしまうだろうが、この状態の俺はお世辞にも早かった。攻撃の合間を縫う、いや、攻撃が俺の速度に追いつくよりも早く俺はアラハバキの手前に現れた。まさしく光のごとく、まさしく瞬間移動と言われても仕方がないほどに。
AWに溢れ出ているエネルギーもすでに臨界点。これを片腕で打つなんてことをすればいくらこの状態でも腕が使い物にならなくなる。勢いを押せた体の感性を振り切りながら横に飛び出していた精密射撃用のレバーをグッと掴む。
「初無血─────」
すぐさまそれを解除しようと、アラハバキは真技を展開する。しかし
「主神穿槍・A──────ッ!!!!」
「がァァァっ!?!?」
鷹橋の聖槍がアラハバキの胸を貫く。それによってアラハバキは真技を発動するタイミングを完全に失われ、そして……
「エーオースカノン最大出力……ヴラストエーオースコードォォォッ!!!!!」
0距離で今まで放ったことのない最大出力の一撃をアラハバキに直撃させる。確実に奴の頭蓋が壊れた感触を感じながら、目の前はAWから放たれる一撃によって暗がかった世界は一瞬にして白紙へと変わっていく。
意識が途絶えているか途絶えていないかわからない感覚に陥るも、
「うおー!!紅月ィィ!!!!」
こちらに向かって縦を構えて向かってくる鷹橋の手を掴む。界変技が最後の一撃を抱えて滅びるより早く、俺は高橋と共にその中域を離脱した。
「あっぶねー!!」
聖槍によって、界変技から脱出した俺たちは黒くなった世界が伸縮し、何事もなかったかのように布散死ていく様子を見ながら自身が生きていることに安堵のため息をつく、鷹橋は安堵の叫び声であったが、
「お前……マジどんな機能載せてんだよ。あれ下手したら大爆発じゃ済まないぞ、」
「あれ以上の火力がなかったんだよ、仕方ないだろ…」
「だとしてもだ。ほら銃口が焼き切れてるじゃねーか」
鷹橋の指摘を受けてAWを見ると確かに銃口が高熱化、そしていささか負荷に耐えきれず変形もしていた。オリハルコンを素材に使っているはずだが、さすがに理論値を大幅に超える供給量をそのまま転換した砲撃はAWそのものを破壊しかねない。教訓にしたおこう。
「お前テストしたんだよな?、」
「A-Osシステムだけは未テストだ。なんせ急遽搭載したからな。」
「なんでそんなもん入れたんだよ。」
「……………」
直感がそう囁いたと言ったら起こりそうなので俺は聞かないことにした。俺もこのシステムを入れること自体は正直不本意だった、コストはかかるわ、オーバーフローは長いわ、机上の空論でもちゃぶ台返しをしたくなるほどのデメリットを抱えている。だが反面瞬間的な性能の爆発性は何よりも高い、そしてかっこいい。やはり時限強化は至高だ。
「、まぁいいけどな。」
((お兄様、フライ、二人とも大丈夫!?なんかすごい魔力の乱れを感じたんだけど、))
((大丈夫。今すぐ帰るからいい子にしてなさい。))
さすがはルルカだ、魔力感知でこっちの様子をある程度観察していたらしい。あとで魔力がどれだけおかしくなっていたのか感想を求めて性能調整の材料に使ってもいいかもな。
「それじゃあ、本丸が来る前に帰るか。これだけ暴れれば、城から兵士が来てもおかしくない。」
「あぁ………」
俺はAWを背部に背負い、その場を後にした。最後に少し気がかりだったのは界変技がなぜあのようなおかしな形で閉じたのかということだ。あれは素人の俺から見ても不自然だった、まるでアラハバキごと。
(考えても仕方ないか)
戻ったらルルカにでも聞いて見ようという意で俺は、その考えを投げ捨て、合流地点の地下室へと向かった。
自分が打ち開けた穴を下り、破壊した壁を乗り越えるとそこにはこっち見て待っていたウミさんとルルカがいた。
((遅いよ〜。))
((紅月に言ってくれ。))
((悪かった。))
軽い挨拶を交わしたのち、俺たちはルルカが開けた裏路地から入った穴を登り、地上へと這い出た。外は慌ただしかった。貴族の邸が燃え盛っており、俺の武器のせいだなぁっと思いつつも気にしないふりをしてきた道を辿るように不法侵入した城壁までなんとか戻ってきた。道中は魔法使いや兵士などがわんさか通っており正直紛れればばれなくもなかったが、鷹橋が万が一と言うので時間をかけつつ戻ってきた。
((アレ、兵士さんが起きてる))
((交代させられたんだろ。じゃ行ってくる))
鷹橋は一回の跳躍で軽々しく飛び上がり。
「ハッピーバースデイっ!!」
「なんだおまぇっ!?─────が」
「誕生日じゃ────ぐおぉ」
きた時と同じように一瞬で敵を無力化させた。俺はスラスターを使って、ルルカは浮遊魔法をウミさんに一時的にかけて浮遊、自分が城壁の上に上がってからウミさんをバランスよく引っ張ってきていた。
((なんでハッピーバースデイ?))
((なんか、誕生日っぽかったから。))
意味がわからない。そんな鷹橋はさておき、俺はメンバー全員の顔ぶれを確認したのちに城壁の下の方を見る。
地表は兵士たちで溢れていた。魔法使いは照明魔法を使い、兵士たちは松明を使って愉快なコソ泥探索へと乗り出していた。おかげできた時には暗がりで溢れていた。地表全体がクリスマスイルミネーションの二分の一程度の明るさを保っていた。間違いなく人影が通ればわかる。すなわち地面を通るなんてもってのほか、
((よし、飛ぶか。))
((だな。))
((おっけー))
((………………え?))
ウミさんの自身のドン引きに、その場にいた全員は彼女の顔を見る。まぁ確かにウミさんの驚きももっともだ、俺たちは飛ぶことが当たり前になっているが、ウミさんからしたら普通に飛べないのだからそう易々と言っているあなたたちはどうかしているという感想を持ってしまうだろう。無論作がないわけではない、
((俺が運びますから。幸い今回は両腕が無事ですしね。))
((え、で…ですがご迷惑をかけるわけには。))
((素直に聞いたらウミ?、さっきも浮遊魔法でバランス崩してたでしょ?))
((俺の翼でも問題ないですけど、紅月が立候補するならねぇ))
何を横目でチラチラ見ているんだお前はっと突っ込みたくなる気持ちを抑えて、俺はウミさんに手を出す。ウミさんは少し躊躇ってからその手をとる。そして俺はウミさんの手を勢いよく引っ張る、
「ひゃあっ!!」
引っ張った感性を利用して、ウミさんをお姫様だっこする。こういう表現方法は自分には似合わないことを自覚しているが、横抱えというわけにはいかない、ウミさんも俺の中では大切な人物の一人であるから。
((ほほー、お兄様もやるねぇ。))
((やるだろ、超無自覚系天然だぞ。))
((誰がバカだよ。))
「あ、あの紅月様。」
捻話を使わずウミさんは少し恥ずかしそうにこちらを見ながら呟く。そりゃこんな人間に抱えられら複雑な心境にもなろうあとで謝罪を申し入れなくては、それと何か埋め合わせも。だが今は……
((ウミさん捻話で、敵にバレますからね。))
((は、は………ぃ))
ウミさんは顔を真っ赤にさせて、目を虚にさせる。今回の戦いは彼女にとって精神の負担になったと見てもいいだろう。疲れて熱でも出さなければ幸いなのだが、ウミさんは強いのでなんとかなってくれようっと思いながら俺は彼女をしっかりと抱える。
((よし、離脱するぞ。))
(((了解)))
AWの推進剤システムは別に組んであったため、飛行は可能だった。これでダメだったら一番災厄の事態を招いていただろうなとヒヤヒヤしてしまう。穏やかなフライトとまではいかないものの、俺たちは敵兵に誰一人見つからずに魔法国領ないからの脱出に成功した。
「はぁ、やっと喋れる。」
「喋れないって意外ときつからなぁ。」
ルルカと鷹橋が楽しそうに談笑する。妹は渡さないからな…
「うっぇあ!?!?、寒気が…………」
「風邪ひいた?」
「あ、ウミさん大丈夫ですか?」
鷹橋の発言で俺はウミさんに注意を向ける。あのバカですら寒いのだ、ウミさんはもしかしたら寒いのではないかと意識を向ける。今俺は自由飛行をしているわけではない、抱えているウミさんのこともしっかり見なければ、、
「………………………………。」
しかし当のウミさんはポーッと口を小さく開けたまま、ぼーっとしている様子だった。その顔は正直表現するには難しすぎた。問題ないとは思うが一応もう一回声をかけることにした。
「う、ウミさん?」
「え、は、はい!大丈夫……です。」
、、どうやらあまり大丈夫ではないらしい。寒さがというより今の反応を見るに別のこと、それこそ今回の一騒動の心の傷についての気がする。やっぱり口ではああ言ってはいたが本音は今回の作戦嫌でも参加したくなかったのではないかという考えが俺の中で大きくなってきている。
「…あ、アー、お兄様ぁ私も少し寒いかもー。」
ルルカがそう言い始めた、もちろん兄として心配すべき事態なのかもしれない。だが俺の直感は胡散臭いルルカの一芝居だという結論を出している、無論俺もその意見には大賛成疑いの目を光らせているのが常時ではないにしろ今のルルカはだいぶあからさまだった。
だが一応ということもあり俺はルルカを、サーマル機能をオンにして越しに見ることにした。
「………………」
結果はご覧の通り青い部分がほとんどない。極めてあったかい状態のルルカ、すなわちこれは嘘をついている。
兄として妹の嘘を何とかするのも役目だと感じた俺は(どちらかといえばそっちが本命)
「ルルカ、嘘つくのは良くないぞ。」
「え、えー!何でわかったの?!」
いい意味で純粋で潔いが一周回ってそこは少し誤魔化してくれてもよかったとは思う。何だか何でもかんでも信じる子にならないのだろうかと心配になりつつもルルカの返答をする。
「俺はお前の兄だぞ、わからないことなんてない。」
「そ、そっかぁ。さすがお兄様。」
(本当はサーマルで見たなんて言ったら怒られそうなので嘘をついてみた。)
ごめんなルルカ、お前の兄は結構悪い人だ。でもこういうことの積み重ねをしていかないとお前の兄はお前が心配でたまらないんだよ。
っと心の中で適当にいい感じに終わらせた。
「あ、紅月、俺こっちだから。」
「おいおいおい、下校中に急に言い出すやつやめろ。」
「そうは言ってもなぁ、そうだフレ交換してないだろ。」
っと言ってきて見せられたフレンドコードを無言のまま打ち込む、こいつに今完全に会話の流れを取られた気がすることに少し納得のいかない心境になるも、とりあえず
「最後の会話がこれか。」
「まぁまぁそういうなよ、近いうち殺(遊び)しにいくからさ。」
「おう。ちょっと待て今のお前のニュアンス変だった気がする。」
「そんなことはどうでもいいんだよ。ま、今回は色々あって正直プチ冒険したみたいな感じで色々スッキリした。楽しかったぞ、」
「あ、あぁ。こっちも助かった。」
「また機会があればお前達とこんなことしてみるのもいいかもな、ハァ〜俺も仕事さえなければお前みたいに冒険している暇があるのになぁ。」
「おい!」
「っとじゃあな!俺は逃げる!!」
っと言い残し嵐のような会話から逃げ出しながら鷹橋は空の向こう側へと消えていった。もはや追う気力は湧かなかった。あいつの散々な言葉に散々かき乱されてこっちの心はほぼほぼ諦め状態、本当に嵐のような終わり方でいいのか?っと疑問的に思ってしまうものの、鷹橋との終わりはこんな感じでいいかっとなぜか納得した。
「お兄様の友達って変な人だよね。」
「お兄様が変みたいに言わないでくれルルカ。」
その後はゆったりとフライトを楽しみながら飛行。そして先ほどまで暗かった夜空がだんだんと明るくなっていき、
「をー!眩しいぃー!!」
「朝日か。」
現実世界ではみたことないほどの輝かしい朝を迎えた。思わず目を瞑りたくなるほどの晴々とした朝日は控えめに言っても幻想的だ。上空での日の出なんて人生がどれほど長くてもめったに味わえる体験ではない。
「綺麗ですね。」
「ふふ、ウミの方が綺麗だよなんちゃって。」
「何してるんですか2人とも。」
前まで少し賑やかなものもあまり得意ではなかったがこういうのも悪くはないと思った。
ゲームだからできることもある、ゲームだから味わえる感動もあると改めて感じた。
そんな感動を通り過ぎて、俺たちはサイモンへと戻ってきた。着陸の時どこに降りようかと考えたがここは別に魔法国でもない、門前に降りたとしても怒られることはないだろう。
っと軽く門前に着陸した時、
「よぉう、戻ってきたな。」
「おー!ギルマスじゃん!!どうしてここに?」
ギルマスが出迎えてくれたルルカは親戚のお祖父さんとでもあったかのような軽々しい態度でギルマスに近づいてニッコニコだ。
「お前達が行ったという知らせ受けて待ってたんだよ。今回はこっちの責任不足でもあるからな、これくらいしないと気が治らん。」
ギルマスはハァっとため息をついたあと、今回のことについては本当に頭を悩ませている様子だった。ギルマスのことは前に少しイラつくこともあったが、根はいい人なのだと再認識すると同時に心の中の印象を撤廃した。
「なるほど、魔女様も行ってたのか、じゃあ収穫はあったみたいだな。っと、……これはまた随分。」
ギルマスは先ほどの少し険しい顔とは一変して元気な顔になる、だが視線を俺に向けた瞬間顔が急にニヤけずらになる、何かと思い俺は自分の身のよくみる。
「───あっ!、すみませんウミさん今下ろします!!」
「あ、いえこちらこそ運んでいただき。」
俺とウミさんは急に他人行儀のように頭を下げ合う。完全にウミさんを抱えていたことを忘れていた、いけないいけない。こんな美人さんの存在を忘れるなんて、もとい自分の身の疲れのことを振り返るべきだった。
「あの鉄血の死神にこんな一面とは。」
「お兄様はど天然だから、」
「なるほど。」
2人の会話を聞いているこっちからすれば何だか居心地が悪くなってしまう。おもわず2人の会話に口を挟もうとすると、
「それで、しっかり強奪してきたんだよな。」
「えぇ、こちらです。」
ギルマスがいきなり表情を変えて、真面目に話を始める。俺は完全に声に出す隙を失うがウミさんは少し慌てた様子でギルマスに例の資料を急いで取り出し、受け渡す。
「よし。確かに受け取った、あとはこっちに任せてくれ……今日は解散だ。」
「やったーお昼寝しよー!!お兄様、ウミ、お疲れ様〜!
ギルマスがささっと資料をチラ見しながら俺たちにそう声かけて街の向こう側へと戻っていく。俺はポツンと残されたような気から少し紛れたくなるように街の中へと進んでいく。
ルルカはルンルンしながら一目散へどこかへ駆けて行きいつのまにか人に紛れて見えなくなった。いつもなら俺のことを取り残さないようにしたりするのだが、眠いなら仕方ないとここは兄として割り切る。
ウミさんは何も言わずにルルカについていく、っと思いきや俺についてきていた。何かようがあるのだろうかと思い。
「ウミさん?」
声をかけてみる。
「何でしょうか、」
「あの……」
がここで少し気が変わった俺はウミさんの表情から読み取れる何かを密かに感じ取った。ウミさんは今疲れているなら、休息が必要なのは至極当然だろう、そう思ったらやることは一つだと決めた。
「………少し近くで休みませんか?」
ウミさんを連れて俺は近くのベンチへと向かい座る。ウミさんも俺の隣に座り俺たち2人は目の前にある噴水をただ眺めるような気まずい雰囲気を纏ってしまう。こういう時の会話の切り出しというのはあまりわからない、大体控えめ大学生に人との会話の盛り上がり方を聞く方が少し場違いなような、
「あの紅月様。」
「は、はいっ。」
ウミさんから切り出してくるとはおもわず少し変な声になりつつも、答える。それに対してウミさんは少し安心したように微笑みながら次のように話した。
「実は私。少し嘘つきました、昨日紅月様やお嬢様がいるから大丈夫と言いましたが………本当は怖かったです。すみません、」
彼女の口から出た言葉は自白というより告白だった。俺がウミさんから感じた違和感というか心情というのは間違っていなかったのだっと思うと同時に、俺は会話の返しを考えた。
だがどんなに深く考えたって俺は俺であり、特別気の利いた言葉を出せるタチではない、それこそ真剣な人間に嘘をつくことなんてのはやりたくない。そう感じたからか
「知ってました。」
っとあまりいい返しではないことを自覚しながら俺はそう言った。無論この先に続ける言葉はウミさんは繊細ですから、だとかウミさんはそういう人だからというものでもよかったと思う。しかし本人を前にしてそんな失礼にも近いこと言えるはずがない。ゆえに変な形で言葉が途切れてしまい余計に混乱しそうになった。
「あ、別に黙認してたわけじゃないんですよ!ただウミさんはその、やっぱり辛いんじゃないかって………だって誰しもそんなこと言われて怒りがいっとき勝ったとしても、誰も傷つかないはずなんか、怖くないなんてことないんじゃないかって…そう思いまして。」
全く、これでは言い訳をダラダラと述べている悪い人間に他ならない、こんな言葉で彼女を怒りを鎮める、もとい気持ちを落ち着かせられるだなんて考えてしまう俺は相当なバカだ。
(本当、自分の文章制作能力を疑いたく─────)
「紅月様。」
「は、い。」
また変に詰まる。予想だにしていない言葉が次の瞬間彼女の口から飛ぶことになるだろうっと覚悟をして返事を言い切る。当たり前だ、俺は相当なバカをやらかしたのだ、女性は繊細だからアホな行動犯すなよっと"あの"鷹橋から言われたことを思い出す。
そんなこと思っている時ではないのに、この頭はどこまでも変な言葉が思いつく万能マシーンだ。まったく、、だが、若葉暁は逃げないどんなことを言われたとしてもしっかりと心で受け止めて───
「少し…甘えてもいいですか?」
「はい。……────?」
反射神経で"はい"っと返事をしてから言葉の意味に不思議がる。しかしそんなことを言うよりも早くウミさんは俺の膝に頭を倒して横たわった。曰く、俺がウミさんに膝枕をしているような構図になる。不思議から驚きという感情に変わりすぐに声を出そうとしたが、
「……ありがとうございます。」
俺の膝の上で声が響く、たったそれだけで俺は全てを察したように声を出す行為をやめ、スッと中途半端に上げていた手をウミさんに当たらない場所に置く。こういう経験は初めてのため、内心は少しドキドキしていた。しかしウミさんの頭から感じる重みと熱は彼女の心情を表しているかのように、重く、冷たかったような気がした。
(いや頭が重いのは当然だ、決してウミさん=重いとはならない。)
「………………」
「………………、ウミさん俺の膝固かったりしません?」
沈黙の打ち破り方を知らない人の代表格である俺は突拍子もなくそんな言葉を使う。純粋に気になったにしろすこしその心を我慢させていれば、下手な行動に出ずに済んだものをっと個人的に思う。
いやオートマタって金属だからこういうのは案外柔らかい方が適性あるのではないかという個人的観測にすぎないのだが、
「……はい。ちょうど、いいです。」
ウミさんは俺の膝に手を置く。頭だけならまだしも手も置かれるとなんだかんだで少し感触的に驚くところがある。くすぐったいという意味でだ、誰しも自分以外が自分の膝を触られるとくすぐったいと感じるのは当然のように、オートマタも例外ではない。
感覚がない冷たい機械ではないのだから。
「それはよかった。」
「………紅月様、」
「…はい?」
「私って、弱いですかね。」
ウミさんが静かに自分を卑下するような言い方をする。もちろんそうではないっと大声で言いたい気持ちにはなってしまうが、雰囲気がそれを許さなかった、だから俺は少し考えてウミさんの言葉に対する回答を出した。
「そんなことありませんよ。ウミさんは俺が思うにとても強いと思います。」
「……ではもし、強くなかったら。」
「え。」
「あなたが思うほど、私が強くなかったらどう思いますか?」
あぁ少し間違った。いつも教えるのが下手くそだとか伝えるのが下手くそだとか言われているくせに、重要なところでもそのようなミスをしてしまう。言葉を選びを慎重にと考えたばかりだというのに、だが……
「強くなくてもウミさんはウミさんです。俺はいつでもウミさんを頼りにしてますよ、強いとか弱いとか関係なく、信頼しているので。」
「では、ずっと……信頼してくれますか。」
「……約束はできません。だって、俺は約束を守れることが少ないですから、、でもウミさんは俺が守りますから。」
今はこんな気休めみたいなことしか言えないが、いつかウミさんの悩みや苦しみをなくせる存在になりたいとは思う。もちろん良き友人として、
「……………紅月様は、ずるい人ですね。」
「えっ。」
その後俺は人たちが街に溢れかえるギリギリまで、ウミさんのメンタルケアに勤しんだ。人が歩いてきそうな時間になったところでウミさんは俺の膝から頭を持ち上げてそそくさと俺たちはその場を後にした。なんだか俺の少し恥ずかしくなってきたのだ、ウミさんがどうかは知る由もないが、、
「それでは、今日はここで。」
「…そうですね。」
今日一日はとてつもなく長かった。気がするとかではなく事実として長かったのだ、昨日のことが今日に集約されているようなもうそれこそ一つの物語が作れてしまうほどの内容量だったと思う。やったこと、やることは実に単純明快でありながら、ウミさんのことや、アラハバキとの戦いなど振り返ってみれば、それこそ選択の繰り返しだった。だが最後はかなり丸く収まった途方だと思う、ウミさんの顔を見ればそれがよく伝わる。
「紅月様……最後に一つお願い事をしてもいいですか?」
「いいですよ。俺ができることなら、」
「では、私のことを一回だけ呼び捨てしてくれませんか。ウミさん、ではなくウミっと。」
俺は少し息詰まった。別に抵抗があるわけでもない、ウミさんのお願いなら聞いて叶えてあげたいとは切実に思ったりもする。しかしウミさんはウミさんだという自分の堅苦しい認識がなぜだか言葉の発生を遅らせる、ただ名前を呼ぶだけ、たったそれだけだというのに、何を躊躇っているのか。
結局呼ぼうと一度決めた覚悟をため息のように吐き、息を吸う感覚が明確になる程口に意識を向ける。若葉暁はウミさんいや、ウミ…の願いを叶える。それが今の俺にできる返答なのだから、
「ウ、ウミ…………。」
気を抜いたらさん付けをしてしまうほどのぎこちない声で俺はウミっとその名前を言い切る。無論あからさますぎて目の前のウミさんは俺の返答に満足しているのか面白がっているの口元を手で隠し少し笑った。俺は自分が恥ずかしく感じた。
「紅月様、ありがとうございます。そして─────」
ウミさんは今日見せた笑顔の中で一番の顔を俺に見せながら。
「───あなたはやっぱりずるい人です。」
そう言いながらドラマチックにログアウトして行った。俺はその場にぽつんと残されてなんだか心がどこかに飛んでいったような虚無感?喪失感?に近い浮遊感を感じた。嫌な気分ではない、ただただ
「……そうですね。」
自分は相も変わらず教えるのが下手くそだなっと思った。
『topic』
ルカの最近のトレンドはゲームの中でお昼寝すること。理由は長く寝れる気がするから、だそう。




