僕のお父さん・・・
「服きったね」
「〇〇菌がうつるぞー、逃げろー」
こんな言葉が飛び交うのが日常茶飯事な僕の学校。
僕は学校が嫌いだ。
貧乏なお父さんやお母さんのせいで、服も毎日洗濯できない。確かに体操服や靴はもうボロボロだった。でも、僕の存在が嫌なら放って置いて欲しい。せめてそっとしておいて欲しかった。
「こらお前ら何やってる!」
「うわ鬼部だ、逃げろー!」
そして、今生徒たちを怒鳴りつけて追い返したのは、担任の鬼部先生。名前の通りとても厳つくてクマのような人だ。いつも僕を庇ってくれる。
「ガツンと言い返せ。根性なし」
「僕。言い返す言葉がなくて……」
「……そうか」
鬼部先生は、僕の頭をガシッと掴むように撫でると、職員室まで歩いて行った。僕はただその後姿を見送ることしかできなかった。
授業中、一枚の作文用紙が渡された。
【あなたのお父さんについて自由に書きなさい】というものだった。すぐにでも破りたかった。僕には誇れるものが無い。家に帰れば、酒を飲んでぐうたらしているお父さん。パートに出かけているお母さん。
まだ、お母さんの方なら書けた。でも、お父さんに良い所なんて全くなかったからだ。
「どんな話題でもいいぞ」
鬼部先生は腕を組みながら一人一人の楽しそうな作文づくりを見回っていた。当然僕の所にも。先生は何も言わずに僕に鉛筆を握らせた。
「……」
僕は訳が分からなくなって、思いつくままに作文を書いた。どうせ選ばれはしないだろう。僕は主役じゃない。脇役でもない汚い貧乏人。
全員分の原稿用紙は集められた。終わりの時間に優秀な作品を読むらしい。そっか。僕には縁のない話だ。そう思っていた。
終わりの時間。
「今日の作文は、○○。お前が読むんだ」
「え?」
僕は何を書いたのかも覚えていない。ただただ頭が真っ白になった。ジトッとした教室の空気が怖かった。みんなは必死で書いた作品。僕はただ空欄を埋めるために書いた作文。
「鬼部ー、わいろ貰ったな」
「無理だろコイツ金ねぇもん」
「わはははは」
笑い声が怖かった。逃げ出したかった。先生も、どうしてこんなことするんだろう。
「○○。お前じゃないと駄目だ」
どうでもよくなった僕は、自分で書いた文章に目を当てる。そして、小さな声で震えながら読んだ。
◇◆◇
『僕のお父さんは・・・』
本物のお父さんなんて居なければよかったのに。
そうしたら僕は産まれてこなかったのに。
母さんも苦労せずに実家で静かに暮らせたのに。
愛情が欲しいよ。
友達が欲しいよ。
鬼部先生、答えを教えてください。
お金で幸せは買えますか?
新しい服や靴を買えばイジメはなくなりますか?
だったら僕は、そのうち悪いことをして、物を手に入れるかもしれません。
こんな僕を止めてくれる人はいますか。
お金が有れば、「止めろ」と殴ってくれますか。
鬼部先生、僕に答えを教えてください。
僕のお父さんのような存在のあなただから書きました。
◇◆◇
僕は読みながら泣いていた。
無意識にこんなことを書いていたなんて……。クラス中が静かになる。作文を読んで、明日不登校になってもいいやという気持ちになった。すると途端に、開放的な気分になって来る。
「僕、友達になりたい。みんなと、一緒に遊びたい。寂しいのは嫌だ!」
ずっとずっと、つっかえていた言葉が勝手に口から出てきた。そのあと何を言ったかも覚えていない。でも気が付けば、一つの小さな拍手から沢山の拍手が生まれた。その日、僕は初めて主役になれた気がする。
「……頑張ったな、○○」
「はい!」
それ以来イジメはなくなった。
新しい体操服や靴も、「ダブったからいらなーい」と渡されたりもした。本当は駄目だけど、お菓子を僕のカバンの中に詰め込む人も居た。
「ありがとう……ありがとう」
貰ってばかりで申し訳ないという気持ちと、将来、彼等に何を返そうかという気持ちが僕の中を渦巻いている。この恩は絶対に忘れない。