魔物と旅人6: 煙突の魔物
「よろしくお願いします!」
今日も親方について煙突掃除に向かった。
親方は、居間の大きな暖炉の煙突から取りかかり、僕らは小さい煙突の掃除を始めた。
兄弟子のテーヴェは、いつも僕に仕事を押しつけ、今日も
「ちゃんとやれよ」
とだけ言って、屋根の上で居眠りをし、僕は1人で作業をこなしていた。
暖炉に灰の受け皿を置き、布で養生すると、長くてしなやかな柄のついたブラシを肩に巻き付けてはしごを登る。
煙突の上からブラシを入れていくと、
「ぴきゅ」
と言う変な声が聞こえた。
煙突の中に小鳥の巣でもあったんだろうか。
あとで灰受に鳥の死骸があったら嫌だなあ。
急にテーヴェが僕のブラシを取り上げた。
見ると、庭から依頼人が僕らを見上げていた。
しばらくよそ見をしながら雑に手を動かしていたけれど、すぐに
「ほらよ」
とブラシの柄を投げてきた。
依頼人が庭からいなくなったらしい。
そういうところだけはよく見ていた。
しばらくして、少しブラシを引き上げると、すすの煙の中から握りこぶしくらいの大きさのすす玉が現れた。
下に落ちるならともかく、上に上ってくるすす玉ってなんだ?
そう思っていたら、
「ぷっしゅーーー!」
と言う音を立てて、すす玉が空高く舞い上がった。
そして、煙突の中に再び入っていく。
ブラシに何かが当たった手応えがあった。
そのあと、またさっきのすす玉が、今度は煙突の先から1メートルくらいの高さに浮かび、ふと見ると、目玉があった。
目と目が合ってびっくりしていると、すす玉はまた煙突の中に落ちていった。
すす玉が何度か上り下りする間にも掃除が終わり、僕がブラシを引き出すと、それに気がつかなかったのか、すす玉は煙突の中に入り、そのままガンッと、すす受けに当たったような音がした。
はしごを伝って下に降りて、暖炉の中を確認したら、すす受けの中で丸っこいものがもごもごと動いていた。
変な虫か、焦げた動物か、タールの固まったものか、はたまたすすのお化けか。
恐る恐る指を伸ばすと、丸いものはぷっくり宙に浮いて、一度身震いをした。
すすが払い落とされ、周りに撒き散らかったけれど、そいつはやっぱり黒いままだった。
何の生き物なのかは、判らなかった。
「おまえ、こんなとこにいると危ないぞ。寒くなったら下で火をたくから、こんなところに巣を作ると焼け死ぬだけだ」
そして、そっと掴んで、屋敷の外に出ると、庭の片隅に逃がしてやった。
他の小さい煙突の分岐も掃除して、暖炉周りも片付けて、概ねおしまいという頃、あのすす玉が僕に近寄ってきた。
そして僕に何かを手渡した。
見ると、指輪のようだった。
「おまえが拾ったのか?」
「ぷきゅ」
僕が依頼人に届けようとすると、どこで見ていたのか、テーヴェが僕から指輪をひったくった。
「いいものみっけたじゃないか」
「ダメだよ、それは依頼人に返すんだ」
「ばかじゃないのか、おまえ。なくして気付かないようなもん、持って帰ったってわかるもんか」
「大事なものかもしれないじゃないか!」
僕が何を言おうと、テーヴェは聞く耳を持たない。
取り返そうとしたけど顔を殴られ、指輪を持ち去る兄弟子を黙って見ているしかなかった。
そこへ、テーヴェの顔面にいきなり黒いものが当たった。
大して仕事もせず、すすよけの布も顔に撒いていなかったテーヴェの顔面に、真っ黒なすすが丸い形でついていた。
さっきのすす玉だ。
だけどテーヴェは僕が何かを投げたのと勘違いしたらしい。
猛烈に怒って僕に突進すると、馬乗りになって僕を殴ろうとした。
それを止めたのは、親方だった。
「お客の家で何をやってる!」
親方に腕を捕まれたテーヴェは、
「こ、こいつが、見つけた指輪を自分のものにしようとしていたんだ。それを止めていたんだ!」
テーヴェはポケットに入れていた指輪を出した。
親方は、テーヴェと僕の顔をちらっと見比べたけれど、何も言わなかった。
指輪は、親方から依頼人に戻された。
依頼人は、探していた指輪だ、と、とても喜んでいた。
「どなたが見つけたの?」
言い遅れた僕をにやっと笑って、テーヴェが
「俺が見つけました」
と言った。
さっきと話が違うからか、親方もいぶかしがっていた。
僕は黙ってうつむいていた。どうせ僕が何を言ったって、通じやしないんだ。
すると、
「おかしいわねえ」
と依頼人が言った。
「ずっと寝ていたあなたに、何が見つけられるのかしら」
そして、僕の方を見ると、
「あなたが見つけたの?」
と聞いた。
「いいえ」
と僕は答えた。
「僕じゃなくて、煙突の中にいた丸いのが持ってたんです」
「丸いのって、…これ?」
依頼人の手の上には、さっきの丸っこいすす玉が乗っかっていた。
依頼人のところのペットだったのか。
「そうです」
僕は、こくりと頷いた。
丸いのは、周りに人がいっぱいいるのに驚いたのか、飛び上がると、依頼人の後ろにいた人の服の中に飛び込んだ。
あーあ、あんなすすまみれのままで入ったら、服が汚れて、とれなくなってしまうのに。
…あれ、汚れてない??
そう言えば、依頼人の手も汚れていない。
元々黒いんだ。いつきれいになったんだろう。
「…おまえは正直者だね。自分の手柄にしても良かったのに」
依頼人はにっこり笑って、親方のところに行った。
「この指輪は、実は私の夫がなくしたものでね…。何でも、星を見たさに、屋根の上で一杯やっていて、うっかり煙突の中に落としたらしいんだよ」
依頼人は思い出しながら、くくく、と笑った。
「暖炉まで落ちているだろうと思ってたのに、なくてね。多分どこかに引っかかっていたんだね。焦げて終わりだと思っていたんだけれど、この人の魔物が見つけてくれるって言うもんだから、それなら丁度煙突掃除がくるから、一緒に探せばいい、と言っていたんだよ。まさか、本当に見つけてくれるなんてね」
後ろにいた人の服から、黒いすす玉がすこしだけ顔を出していた。
服の端に小さな手を引っかけて、覘いた世界でみんながすす玉に注目していたからか、そのまままた元の服の中に戻ってしまった。
すす玉に入られた人は、そっと手を添えて、すす玉がいる辺りを優しく撫でていた。
「丁寧に仕事してくれてるね。これからは親方のところに頼もうかしらねえ…」
そう言って、依頼人は礼金と、それとは別にみんなに少しづつチップもくれた。
あのテーヴェにも渡していた。
「おまえさん、今からそんなサボり癖をつけると、将来ろくなことにならないよ。もう弟弟子に出遅れてるじゃないか。この後の仕事からは、ちゃんと性根を入れて働くんだよ」
テーヴェは、苦々しい顔をしていた。
テーヴェは結局その日のうちに仕事を辞めてしまった。
近いうちに、新しい弟子をとるから、それまで頑張ってくれ、と親方に言われた。
僕が兄弟子になる日が来るなんて、思ってもみなかった。
2日後、煙突掃除をしていると、この前掃除をした家にいた人が、肩に黒いすす玉を乗せて遠ざかっていくのが見えた。
聞こえないだろうな、と思いながらすす玉に手を振って「気をつけてなー」と言うと、すす玉は、ぴょんと跳びはねた。