さようなら
誤字脱字の報告ありがとうございます!サラッとお読みください
朝目覚めると横に貴方はいない。もう、当たり前の光景。だけどそんな日々を無くしたくなくて。
貴方の大切なものを愛したいと思った。貴方の未来を愛したいと思った。
まだ夢から覚めないで。
視界がぼやけて見えない。本当はもう気づいてるの。だけどもう少しだけこのまま居させて欲しい。
私はスカイラ、極々普通の街の薬師だ。コルト様との出会いは私が男の人達に絡まれているところを騎士であるコルト様が助けて下さった。その内、コルト様が私の店に来る様になり少しづつ私達の距離は縮まった。
幸せだった。好きな人と過ごす時間は大切な思い出になって心を埋め尽くす。だけど、コルト様は侯爵家の次男で貴族だ。身分は痛いほど分かる。
だから私は体だけの関係になった時に誓った。絶対に私はコルト様に思いは告げないと。貴方が話す言葉を信じたい。でも、貴方の未来の続きに私はきっと居ない。
独りきりの夜には幸せな日々も、貴方の温もりも無かったかのように怖くて押しつぶされそうになる。
だから、これ以上欲張りになっちゃいけない。
「スカイラ、どうしたんだ?何か考え事か?」
「どうしてですか?」
「いや、心ここに在らずな感じがしたから」
「……何でもないです」
「そうか。でも、もし何かあったら僕に話してくれ。愛しているよ、スカイラ」
ベッドの上に二人で寄り添う。横にコルト様がいて、顔を見る。長いまつ毛、金色の髪に翡翠色の瞳。優しげな天使の様な顔。私は繋ぐ手に少しだけ力を入れた。
愛しているだなんて……嘘つき。
コルト様には婚約者がいるのを知っている。結局は私はコルト様の玩具なのだ。それでも、愛してしまった。愛してしまった私が悪い。
……疲れたな。
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コルト様は時々現れては、朝にはもう居ない。ベッドの温もりは消えていて虚しくなる。もう待つのは疲れてしまった。
私の心を置き去りにして……私を残して。
私は薬の調合をしながら自嘲気味に笑う。持っていたビーカーを取り落としてしまい、床に散らばったガラスをかき集める。
気づいていた。分かっていた。さよならの選択が正解だって。それを拒む私……私はいつになれば言えるのかな。苦しい関係、悲しい程届かない距離。愛してるのに、貴方の側にいたいのに……私から言わないと。
窓の外を見ると雨が降りそうだった。私は店を早めに閉めて鍵をかける。自室である二階に上がりベッドに沈み目を閉じる。コルト様との思い出を出会ったコルト様の優しい微笑みも、時が止まってしまえば良いのに。
すると扉のベルが鳴る。私はゆっくりと階段を降りて扉の前に行く。
「スカイラ、僕だ。鍵を開けてくれないか?」
もう、ここまでだ。
「コルト様、貴方は貴族で私は平民です」
「……スカイラ?」
「知っています、貴方には婚約者がいる事も全部、全部、全部!!私は貴方の玩具じゃない!!」
「待ってくれ、スカイラ!!確かに婚約者は居るが、破棄するつもりだ!!君を愛しているんだ!!」
「……嘘つき。その言葉が本当だったら私と関係をもつ間に出来たはず。所詮、貴方の愛しているなんて言葉は、私を釣り上げる餌でしかなかったんです」
視界がぼやけてうまく見えない。私はドアに背中を預けてズルズルと座り込む。コルト様は何も言わないが、雨の中まだ扉の前に居るのが分かる。
すぐ側にいるのに、私達はすれ違う。いや、最初から交わる事なんて無かったんだ。
「スカイラ……開けてくれ。君の笑顔が見たい」
「帰ってください。貴方の未来に私は居ない」
「頼む、スカイラ……」
「……さようなら、コルト様」
何度も何度も飲み込んだ言葉をやっと言えた。もう戻れはしない。涙が頬を伝い、服を濡らす。コルト様に聞こえない様に両手で口を押さえて嗚咽を殺す。それでもコルト様は扉の前から動こうとしない。だから私は力の入らない足で立ち上がり、寝室へと向かう。
また最初の頃の様に戻ることはない。そう、これは私の心の小さな死だ。枯れるほど泣き叫び、雨音がそれを掻き消してくれる。小さな心の死の先には虚しい気持ちだけが残っていた。
ありがとうございました