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(9)従妹イレーナ



 ラグーレン家を訪れたのは、予想通り、従妹のイレーナさんでした。

 いつもなら心から歓迎するのですが。

 ……昨日、聞いたばかりの話がそれを邪魔してしまいます。



「ルシア、久しぶり! お元気だった?」


 内心複雑な私とは対照的に、イレーナさんは輝くような笑顔でした。

 イレーナさんは私と同じ十八歳で、男なら守ってあげたいと強く思うような可愛らしい女性です。

 私の肩ほどの身長で、ちょっと首を傾げながら見上げる大きな目は明るい空色をしています。アルベス兄様と似たダークブロンドはふわふわと波打っていて、私にきゅっと抱きつく腕は細くて非力でした。


 本当に可愛らしい。

 ……こんな時期に、純粋そうな笑顔を私に向けてくる心臓の強さが羨ましいです。

 私は引き攣りそうになりながら笑顔で挨拶を返し、とっておきのお茶を二人分用意しました。

 今朝、フィルさんにもらった砂糖でお菓子を作ったばかりなのは幸いでした。



「あのね、もうルシアは知っていると思うんだけど」


 お菓子を食べてお茶をおかわりして、やっとイレーナさんは本題に入りました。


「昨日、ゴルマン様が招待状を送ったって言っていたから、もう知っているわよね? 私、結婚が決まったの!」

「……ええ、そうらしいわね。おめでとう」


 なんとか笑顔を保ったまま言えました。

 ……私、偉い。とても偉い。もう自分で褒めてあげるしかないです。


「でも、ずいぶん急に結婚まで決まったのね」


 あ、つい言ってしまいました。

 すぐに後悔しましたが、イレーナさんは一瞬眉を動かしただけでにっこりと笑いました。


「私も急で驚いたわ! でも、仕方がないのよ。ゴルマン様の結婚は、ずっと前から今年と決まっていたでしょう? 準備は済んでいるから、もう遅れるわけにはいかないんですって」


 イレーナさんはおっとりと話します。

 でも……ゴルマン様と今年結婚する予定だったのは私です。それをわかって言っているんですよね。イレーナさんですから。


「オーフェルス伯爵家ではまだ足りないものがあるそうだから、ベルティア家でいっぱい用意することにしているのよ。ただ、結婚式のドレスだけは間に合わないかもって心配だったけど、幸いなことに、伯爵家で用意していた布があるからそれを使わせてもらうことになったの。今、お針子たちが大急ぎでドレスに仕立ててくれているのよ!」


 ……え?

 伯爵家で用意していた布というのは……まさか、私が着るはずだったものでは……まだ仕立てに入っていなかった、と言うことでしょうか。


 婚儀まで半年を切っているのに、伯爵家から贈られる予定だったドレスの話が全く出ないのは不思議ではありました。でも、まだ何ヶ月も先のことですし、こちらは贈られる立場でもありますから、何も言えないままでした。

 でも、イレーナさんの話が本当なら。

 思っていたより早い時期から、私との婚約破棄の準備が進んでいたことになります。



 ……なんだか、頭がくらくらしてきました。

 手も少し震えているようです。顔色も悪くなっているでしょう。

 これ以上、イレーナさんと話をする余裕はありません。

 でも、帰ってくださいとは言えません。


 イレーナさんは笑顔を浮かべたまま、私をじっと見ていました。

 変調にも気付いているはずです。

 でも何も言わず、さらに笑顔を輝かせて言葉を続けました。


「オーフェルス伯爵家の方々は、私のことを気に入ってくれたみたいなの。だから、私の従姉であるルシアにもぜひ会いたいんですって! 私は背が低いけど、ルシアはとても背が高いんですよと教えてあげたから、皆様はあなたに会うのをとても楽しみにしているわよ! だから、ね」


 立ち上がったイレーナさんは震えている私の手をぎゅっと握り、可愛らしい顔を私に寄せて甘い声で囁きました。


「……絶対に、私たちの結婚式に来てね? ゴルマン様も、オーフェルス伯爵家の方々も、そのご親族の方々も、みんなあなたを待っているから」


 ざらざらした私の手を、柔らかくて細いイレーナさんの手が握っています。

 普段は特に気にしていなかったのに、自分の手が急に恥ずかしくなり、手を引っ込めたい衝動に駆られました。

 でも、それをぐっと抑え込み、私はラグーレン家の誇りをかき集めました。



「とても光栄ね。ぜひ、出席させていただくわ」 


 心にもない言葉を紡ぎ、私はにっこりと笑いました。

 イレーナさんも笑い返してくれましたが、手は素っ気なく離れて行きました。




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― 新着の感想 ―
[一言] 伯爵家、主人公兄を低く見すぎてない? 国王から直接剣を授けられる。乱発なら単なる報奨、基準があるならそれを満たしただけの、やっぱり報奨に過ぎないが…そうじゃなかったら? 誰もが認めるほどの武…
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