(8)招待状の罠
「……それで、ゴルマン卿の結婚式のことだが」
一夜が明け。
昨晩の醜態を恥じているのか、アルベス兄様は微妙に目を合わせないまま口を開きました。
「わざわざルシアを名指しで招待しているということは、断るとろくなことにならないと思うんだ」
「そうでしょうね」
「かと言って、一人で行かせるわけにはいかない。ゴルマン卿はお前に劣等感を持っているし、イレーナはイレーナで底意地が悪いからな」
底意地が悪いって……そこまで言いますか?
イレーナさんはしたたかなだけなのに。
それより。
「劣等感って?」
「……ゴルマン卿より、ルシアの方が背が高いだろう?」
……ああ、そういう。
やっぱり気にしていたんでしょうか。
だから嫌われていたのでしょうか。
そう言えばゴルマン様が私に優しくしてくれた頃は、まだ私は小柄でした。
ゴルマン様は平均的な身長で、私が背が高すぎるだけなのに。
……でも、それであんなに嫌われたんですか? 私だって、好きでこの高身長になったわけではないんですけど。なれるものなら、もう少し小柄で可愛らしく育ってみたかったです。
理不尽ですね。うちの家系、全員背が高くてすみません。
「そういう事情だから、ルシアは一人では行かせない。俺も行く」
「一緒に行ってくれるの? 心強いわ!」
「ああ、二人で戦おう!」
私とお兄様ががっしと手を握り合った横で。
招待状を見ていたフィルさんが、首を傾げていました。
「なあ、アルベス」
フィルさんはまだ手を固く握りあっている私たちを見て、困ったような顔をしました。
「盛り上がっている時に言いにくいんだが。ゴルマン卿の結婚式があるのは、君が一番忙しい時期だぞ?」
「……なんだと?」
「細かい日付は覚えていないが、租税報告とか各種折衝とか、そういうのが詰まっている辺りじゃないのか?」
お兄様は無言で招待状を見ました。
私は予定を書き込んだ手帳を持ってきました。
二人で日付を何度も確認し、そっと顔を見合わせました。お兄様の顔は青ざめています。きっと私も同じような顔をしているでしょう。
「……なんでこんな時期に」
「表向きは、貴族連中がだいたい揃っている時期だからだろう。でも、嫌がらせとしても完璧だ。アルベスはこの手の仕事を全部一人でやっているからな」
「なんて性格が悪いんだっ! いや、申告なら一日ぐらいならずらしてもらうことも……!」
「できるとは思うが、それをまた言い触らされるだけだぞ。王宮雀どもの食い物にされるだろうな」
「なんて奴らだっ! こんな状況でルシアを招待するなんて! 勝手な理論で婚約破棄しただけでも許せないのにっ!」
アルベス兄様が、人殺しのような顔になっています。
まあ、普段はのんびりした顔で農作業をしていますが、お兄様は前線で活躍していた騎士ですからね。
似たようなものです。
しかし、参りました。
婚約破棄されたばかりの私が、のこのこと結婚式に招かれて、ゴルマン様からはあからさまな侮蔑を、イレーナさんからは同情のふりをした勝者の眼差しを受けるのでしょうか。
ドレスのことでも、絶対に笑われるのでしょうね。
一つ一つは許容できる範囲ですが、全部まとめてとなると辛いです。
考えただけで憂鬱になってきました。
憂鬱に始まったその日の昼過ぎ。
夏至祭の前にある徴税報告のために帳簿付けをしていると、ドタドタと大きな足音がしました。
顔を上げると、開け放った戸口にユラナが駆け込んできました。
「どうしたの?」
通いで家の仕事を手伝ってくれているユラナは、少し息を整えてから言いました。
「お嬢さま、今、丘の羊飼いの息子が知らせに来ました!」
「いつものタロンくん?」
「はい。王都から馬車が来ているそうです! それも、あまり見た事のない家紋のようで!」
「……タロンくんは、まだいるかしら?」
「はい。タロン! お嬢様がお呼びだよ!」
またバタバタと足音がして、日焼けした少年がひょいと顔を出しました。
その間にラグーレン家と交流のある家紋を集めた紙を取り出し、タロンくんをそばに招いて見せました。
「どんな形だった? この中にあるかしら」
「えっと……あ、これだよ!」
タロンくんの指が示した家紋を見て、私は一瞬息を止めてしまいました。
でも、すぐに心配そうなタロンくんに笑顔を向けました。
「私の従妹みたいね。いつも知らせてくれてありがとう」
「俺たち羊飼いの重要な仕事の一つだって、父ちゃんがいつも言ってるから!」
「それは頼もしいわね。また、何かあったら教えてね。ユラナ、タロンくんにお菓子を何かあげてちょうだい。それから、いつでもお茶を出せるようにお湯の用意をしていてもらえるかしら。着替えたら、私も準備を手伝うわ」
「かしこまりました」
ユラナとタロンは部屋を出て行きました。
笑顔で見送った私は、天井を見上げて深い息を吐きました。