塩味のシチューの縁(前)
本編から何年も前の、アルベスが騎士になってまもない頃の話です。
「やっぱり、シチューは塩味に限るな!」
「ああ、塩味が一番だ!」
騒がしい食堂で、意気投合した二人ががっしりと握手をした。
ここは王国軍の騎士用の食堂。
任務を終えた騎士たちが集まって、思い思いに食事をとるところだ。
王宮を構成する東棟は王国軍の本部であり、そのすぐそばにある食堂は一日中騎士たちが集まっていて、非番ならば酒も飲む。
素面の人間が立ち聞きすると首を傾げるような、よくわからないことで意気投合をする男たちという図はよくある。
シチューについて熱く語りながら握手をし、さらに肩を組んで笑っている若い騎士たちも酒気を帯びているようだ。
だから、特別珍しいことではない。
そのはずなのだが——周囲の騎士たちは、息を呑んで二人を見ていた。
多分ほとんどの男たちは、自分の目がおかしくなったのではないかと疑っているだろう。
話題が問題なのではない。
シチューの好みで熱く議論を交わすことは、よくあることではないが、王国全土から集まっている騎士たちだから、食の好みで盛り上がることはおかしくはない。
だが、意気投合したのが「あの二人」であることが、騎士たちを絶句させていた。
一人は、美しい銀髪と濃い青色の目、それに圧倒的な美貌を持つ青年だ。
階級としては隊長格。だが、それ以上の高い地位を生まれ持つ人物である。
名はフィルオード。
第二王子という高い生まれではあるが意外に気さくな性格で、腕っぷしの強さもあって騎士たちの中に溶け込んでいる。同世代の若い騎士たちに交じって、なかなかに馬鹿な騒ぎを起こしている。
ただ、どこか一線を引いているところもあるようだ、というのが王国軍の騎士たちの一般的な評価だった。
なのにその第二王子が、とても楽しそうに笑っている。……もう一人の若い騎士とシチューについて熱く語りながら。
「僕は豆のシチューが好きだが、君はどうだ?」
「シチューなら、俺はやはり蕪だな。畑から収穫してすぐのものを使うのが美味いんだ」
「へぇ、蕪のシチューか。僕は食べたことがないな。でも塩味との相性は良さそうだね」
味を想像しているのか、第二王子はどこかうっとりとつぶやく。
もしこの場に王宮に勤める女性たちがいれば、黄色い悲鳴をあげていただろう。そのくらいに楽しそうな表情だ。
だがそのくつろいだ表情に、騎士たちはますます頭を抱えている。
彼らが考えていることは、皆同じだ。
——もともと顔がいいとは思っていたが、ご機嫌な王子様があんなに輝いて見えるなんて。
恐ろしい。
そして……王子様にあんな子供のように楽しそうな顔をさせる相手が、よりによって「あの新入り」だなんて。
騎士たちは、第二王子から新入りへと目を移した。
その新入り騎士は、ダークブロンドの髪と緑色の目を持っている。その色自体はそれほど珍しくはない。ちょっと目を引く、くらいのものだ。
特筆すべきは、まっすぐな性格。
周囲が思わず苦笑いするほど堅苦しく、何事にも真面目に取り組む。地味な役回りを淡々とこなすせいか、整った顔立ちをしていても今まではあまり目立たなかった。
だが、楽しそうに笑っている新入りは……顔の良さが引き立って、ありえないほど輝いて見える。
ベテランの域に達しようとしている騎士たちは、皆ひっそりと青ざめた。
——あの新入りの笑顔は、本気で危険じゃないか。
あんな笑顔を振りまいたら、王宮中の女たちが熱を上げかねない。
いや、絶対に熱を上げる。
たまに王宮内の任務に就くことがあったが、その時すれ違った女性たちは皆振り返っていた。
重そうな荷物を動かそうとしている下働きたちを見かけた時は、当たり前のように手伝っていた。
きっと、あの新入りにとっては当たり前なのだ。
そして……相手が第二王子とわかっていても、気軽に話をしている間は相手の身分を思い出さないようにしているのだ。
アルベスという新入りは、そういうところまで真面目な男だから。
「そうだ、君、明日は非番だったはずだが、予定は何かあるかな?」
「いや、実家に戻る時間もないから、訓練所に行くくらいしか考えていないな」
「そうか! ならば、僕の用事に付き合ってもらえないだろうか!」
「……用事?」
「その、何というか……僕は家族に呼び出されているんだが、誰か友人を連れてこいと言われていてね。君は黙って食事をしていればいいと思うよ!」
「いや、待て。お前の家族って、それはさすがに……!」
「頼む! 他の連中もいろいろ誘ったんだが、都合が悪いそうなんだ! 僕一人であの空気は耐えられない!」
銀髪の騎士は必死で頼み込んでいる。
ダークブロンドの新入りは困ったように周囲を見た。慌てて目を逸らす男たちが多い中、堂々と立ち上がって二人のテーブルに来たのは、二人より少し年上の金髪の騎士。
第二王子のお目付役となっているカルという騎士だ。
「我が国の王家のためだ。行ってこい!」
「……カル殿も一緒に来てくれるんでしょうか?」
「まさか! 俺は毎日、そこの王子様に散々振り回されているんだ。これ以上王家に関わりたくないんだよ」
「では、俺にも荷が重すぎるのでは……」
「大丈夫だ。お前ならできる!」
どう考えても根拠の希薄な太鼓判を押し、カルは新入りの肩をバンバンと乱暴に叩く。
周囲の騎士たちは、密かに新入りに同情しつつ、自分たちが巻き込まれずに済むことにほっとしていた。




