双子たちの日常
本編に登場した銀髪の双子たちの日常。
ルシアとフィルが結婚する前で、ラグーレンに遊びに行ったりしている頃の話です。
(書籍2巻の中の、どこかくらいだと思います)
なおオルドスは、北部砦へ行くのを渋ったり、王都に帰還するより先にルシアに会いに来たりするフィルを連行していった騎士です。
若き国王ロスフィールに子が生まれた日、王都は喜びに沸いた。
その日から七年。
双子として生まれたアルロード王子とリダリア王女は、今日も元気に王宮を走っている。
比喩表現ではない。
王子と王女は文字通りに王宮中を走り回り、隙を見つけては木に登る。王弟フィルオードが「猿ども」と評するに相応しい元気な子供たちだ。
そんな双子たちを追いかけているのは、子守のメイドではなく、見栄え重視の近衛騎士でもない。
鮮やかな赤色のマントを翻す第一軍の騎士たちだ。
子供たちの後を軽く追っているだけに見えるが、実は若い騎士たちの表情には余裕がどこにもない。
「殿下! 階段は走って降りてくださいっ!」
「手すりを滑って降りるのは禁止されていますよっ!」
そんなことを言いながら、必死の形相で階段を二段飛ばしで駆け降りている。
本来なら「廊下は走るな」「階段も走るな」というべきところなのに、そういう発想はすでに完全に消え失せている。
今まさに手すりに乗ろうとしていた双子たちは、頬を膨らませたものの、素直に手すりから離れて階段を駆け降りた。
国王の子たちは、二人とも美しい銀髪を持つ。目の色は紫色で、この組み合わせは父王と同じだ。
顔立ちは母マリージア王妃とそっくりで、成長後はどれほど美しい貴公子と美女になるだろうか、と誰もが期待する。
ただし、目の輝きは王族の気品というには元気すぎる。
一代で一国の王に成り上がった男の末裔たちは、人並み外れた身体能力を持つことが多い。
王家の銀髪の双子たちには先祖の血が濃く出ているようで、まだ細く小さな体なのに年齢以上に足が早い。
その上、この双子たちは機転が効く。
追いかけてくる騎士たちが気を抜いていると見てとると、パッと方向を変えるし、一瞬の隙にちょろりとどこかに隠れてしまう。
でも、これは王宮の日常だ。
その証拠に、すれ違う騎士たちは驚いた顔をしつつも、笑顔で双子たちに挨拶をしている。
「おはようございます、殿下方!」
「今日はどちらへ行くんです?」
気楽に声をかけられ、双子たちは走っているとは思えないほど明るい笑顔で答えた。
「オルドスのところだよ! どこにいるか知っている?」
「オルドス隊長なら、食堂にいましたよ」
「ありがとう!」
双子たちは、きゅっと向きを変えて騎士用の食堂の方へと走り出す。
その後を、真顔の若い騎士たちが追っていく。
見物している他の騎士たちは呑気なもので、「しっかり走れ!」とか「服装が乱れているぞ!」などと、応援なのか面白がっているのか、よくわからない声援を向けている。
中には王宮侍女との繋がりを頼む声もあるが、必死になっている若い騎士たちは聞いていない。もし聞いていたとしても、聞こえなかったふりをするだろう。
双子たちは、中庭の茂みの中へと突入した。
木の枝が二人の服に引っ掛かるが、騎士の制服と同じ丈夫な布で仕立てているから、枝先はするりと滑るだけ。
布だけではない。
王子と王女でありながら、二人の服は動きやすさを優先したデザインだ。枝や葉の中を通り抜けても、アルロード王子はもちろん、リダリア王女の服も余分に引っ掛かる部分はない。
こちらも規格外の子供だった王弟フィルオードの幼い頃に散々苦労してきた結果が、双子たちへの対応に生かされている。
王宮の木々は、奔放に茂っているように見えても庭師たちが丁寧に刈り込んでいる。
見た目より簡単に通ることができる灌木の中を潜り抜けると、くつろいだ様子の騎士たちが多く見えてくる。賑やかな声も聞こえてきた。
騎士たちの憩いの場——食堂だ。
双子たちは、その大きな扉へ向けて一気に駆けて行く。
ちょうど中から出てきた騎士は、走ってくる子供たちに目を丸くした。
「どいて、どいてー!」
「追っ手の足止めをしてー!」
双子たちの声に、騎士は慌てて扉を大きく開けながら脇に避ける。他の騎士たちは、茂みを迂回して走ってきた若い騎士たちを見つけると、ニヤリと笑った。
「足止めしろと言われてしまったが、どうする?」
「俺は権威に弱いからな。殿下たちに頼まれれば断れないな!」
「そんなことを言って、殿下付きのメイドたちに話しかける口実を作ろうとしているな?」
「そういうお前も、王妃様付きの侍女殿を狙っているじゃないか!」
そんなことを言いながら、息を切らしている若い騎士たちを囲んで「まあまあ、せっかくだから何か食っていけ」などと話しかけ始める。
下心を隠さない気のいい騎士たちに手を振って、双子は足を緩めながら食堂に飛び込んだ。
さすがに軽く息を切らせているが、くるりと食堂の中を見回す目は輝いている。すぐに目的の人物を見つけて、身軽に走っていった。
「オルドス! 見つけた!」
「明日は休みだよね? お出掛けに付き合ってよ!」
黙々と食事をしている男のテーブルに行き、くるくると周囲を回りながら「おねだり」を始める。
双子たちが話しかけているのは、第一軍で最精鋭と言われる騎士隊を率いる人物。恐れ知らずの騎士たちすら威圧する強面で、騒々しく双子たちに話しかけられても、にこりともしない。
それでも食事の手を止め、水を飲んでから顔を上げた。
「失礼ながら、俺の休暇情報はどこから聞き出したのですか?」
「それは内緒だよ!」
「情報源は、保護するのが基本だよ!」
「……つまり、また近衛騎士隊長殿が情報を漏らしたんですね」
「細かいことは気にしないでほしいなぁ。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないよ?」
「そうそう。気にしちゃダメだよ。それより明日、街に行きたいの! オルドスと一緒ならお父様も許してくれるはずだから、お願いっ!」
双子はオルドスの隣の椅子に座って、キラキラした目で見つめている。しかし、オルドスは少しも動じることなく淡々と食事を続けた。
近くのテーブルにいる部下たちは、上官と双子たちをハラハラしながら見守っていた。
オルドスという男は、根っからの軍人だ。職務に忠実で、部下であればどんな高位貴族出身者であろうと手心を加えない。
相手が王弟であろうと容赦をしない、厳しい騎士なのだ。
そういう騎士だから、国王ロスフィールから絶対的な信頼を得ている。
そしてなぜか、双子たちもこの男を気に入っているようで、しきりと話しかけてくる。どんな悪戯をしても動じない安定感がいいらしい。
周囲が息を呑んでいる中、食事を終えたオルドスはため息をついた。
「俺の指示に従っていただけるのなら、お供しましょう」
「やった! 今からお父様に報告を……!」
「待って、リダ。どんな指示かを先に聞いておくべきだよ!」
立ちあがろうとしたリダリア王女を、アルロード王子は冷静に止めた。
用心深くオルドスを見つめる目は知的で、七歳の子どもとは思えない。でもそういう姿も元気な王子の一面として見慣れているから、オルドスは言葉を続けた。
「守っていただきたいことは三つです。まず、事前に予定した場所以外に行くことは禁止です」
「んー、まあ仕方がないかな」
「二つ目は、我ら騎士だけでなく、メイドも一人以上連れていくようにしてください」
「んんー、それは、行動範囲が狭くなっちゃうかなー……」
「三つ目は、移動中は我らの誰かと必ず手を繋いでください」
「手っ!?」
「それでは自由に動けないよっ!」
渋い顔をしながら頷いていた双子たちが、三つ目を聞いた途端に目を丸くして慌てる。
オルドスはやはり表情を変えずにきっぱりと言葉を続けた。
「この指示に従えないのなら、お供をすることはお断りします」
双子たちは黙り込んだ。
オルドスが「守れ」と言ったら、それは絶対に守らなければならないことだ。
そうでなければ拒否されてしまう。お忍び歩き中であろうと途中で切り上げてしまうだろうし、以後も絶対に応じてくれなくなってしまう。
それは困る。
双子の「遊び」が黙認されているのは、大きな危険を回避する手段をしっかりとっているからだ。護衛は誰もが納得する騎士をつけるべきだし、そうでなければ「お出掛け」そのものを許してもらえなくなる。
双子の父ロスフィールは、穏やかで優しいだけの人ではないのだ。だから、今後の楽しみのためにも、オルドスを怒らせてはいけない。
双子たちは真剣に考え込んでしまった。
でも、楽しい遊びを諦めるほどおとなしい子供たちでもない。双子同士、目と目で会話をして小さく頷き合い、覚悟を決めたようにぎゅっと拳を握った。
「わかった。ぼくたちはオルドスの指示に従うよ」
アルロード王子は、王族らしい凛とした物言いで伝えた。
でもすぐにまた元気な顔になり、キラキラした目で身を乗り出してきた。
「ちゃんと指示を守るから、手を繋ぐのはオルドスがいいな!」
「私も、オルドスと手を繋ぎたい!」
「……俺は騎士です。両手を塞ぐことはできませんので、別の騎士を指名してください」
「じゃあアルが手を繋いで、私は行き帰りにオルドスの馬に乗る。これならいい?」
「えー、ぼくもオルドスの馬に乗りたい!」
「アルは、オルドスの馬によく乗るでしょう? 今回は譲ってよ!」
「……んー、それはそうかも。うん、わかった!」
「交渉成立だね!」
双子の喧嘩が始まるかと思ったら、意外にすんなりと決まってしまった。
息を殺すように見守っている騎士たちは、ホッとしながら感心する。それから、ハッと思い出してオルドスを見た。
真面目な男はわずかに眉を動かしていたが、それ以上は表情を変えずに部下たちへと視線を向けた。
「休暇が潰れてしまうが、ついてきてくれるか?」
「もちろんですよ。王弟殿下の捜索に比べれば、楽なもんです」
「そうかなぁ……あまり変わらない気がしますけど」
部下たちは笑顔で、あるいは首を傾げながら、正規任務外への同行を了解する。
オルドスは感謝を伝えるために頷き、それから改めて双子たちに向きなおった。
「それで、明日どこに行くかはもうお決まりですか?」
「うん、決まっているよ!」
「ルシアへのプレゼントを探したいの!」
双子たちは、迷うことなく叔父に当たる王弟フィルオードの婚約者の名前をあげた。
叔父フィルオードは、よく遊び相手になってくれる。そんな叔父の婚約者の家というだけでなく、のんびりしていて、たくさん遊ぶことができるラグーレンという場所を、王家の双子たちはすっかり気に入っている。
オルドスも納得したように頷いた。
「先日もラグーレンを訪問していたそうですから、そのお礼ですか」
「そうだけど、それだけじゃないよ?」
「また遊びに行くから、次もよろしく、だよ!」
双子たちはニコッと笑う。
立ち上がって制服を整えようとしていたオルドスは、双子たちの言葉に、一瞬動きを止める。
でも、すぐに頭を小さく振ってため息をついた。
「……まあ、どういう意味をこめるかは、殿下たちのご自由です。後ほど、打ち合わせを兼ねてメイド長殿のところへご挨拶に伺いましょう」
「うん、わかった。伝えておく!」
「また明日ね!」
双子たちはオルドスの腕にぎゅっと抱きつき、それから周囲の騎士たちにも手を振って、身軽に食堂を出ていった。
外に出た途端に、双子たちは足止めされていた騎士たちに捕まった。目的を達成したからか、今度は大人しく自室のある北棟へ戻っていく。
……と見せかけて、途中で木登りをするために逃げ出してしまった。
しかし、足止めの間に無理やり飲み食いさせられたおかげか、騎士たちは絶望的な気分にならずに済む。
ただの足止め工作ではなく、一応は先輩たちの配慮であったらしい。
若い騎士たちはしみじみと感謝しつつ、ため息を吐くだけで追いかけていくことができた。
(番外編 双子たちの日常 終)
最後まで読んでいただきありがとうございました。




