ある父親の戸惑い(2)
「……二人とも、馬に乗ってるようだな」
「馬に乗っているってことは、今回もお兄さまのお仕事の仲間なのかしら。ユラナ、パンは足りそう?」
「そうですねぇ、騎士様ならお一人でもたくさん召し上がりますから、夕食の分はあとで追加で作りましょうか」
「私も手伝うわ! それとね、お客さまのお部屋にお花を飾るかどうか、迷っているの。飾ってもいいかしら」
「お花はぜひ飾りましょう。でもお仕事明けの騎士様なら、着いたらすぐに水浴びをなさるかもしれませんね。タオルの準備もしておかなければ!」
ルシアとユラナが相談して、バタバタと家の中に一度戻っていった。
それを聞きながら、私は密かに落胆していた。
乗馬を好む女性という可能性も捨てきれずにいたが、はっきりと見えるようになった息子の連れは、今まで通りの若い男のようだった。
残念だ。期待してしまった分、がっくりきてしまう。
だがアルベスはまだ若い。慌てる必要はない。いつか来る日の予行演習になったと思えばいいではないか。
なんとか気を取り直して、改めて客を見た。
髪はとても明るい色のようだ。金髪だろうか。太陽の光を受けてキラキラと輝いている。体格はとてもいい。まだ若いようでやや細いが、しっかりと鍛えていて、腰には剣がある。
やはり息子の同僚の騎士のようだ。
だが、ゆったりと歩かせている馬は、とても美しい毛並みだ。着ている服も、華美ではないが布も仕立てもとても良いように見える。
いつもやってくる息子の同僚たちほど浮かれておらず、うつむき気味なのも、田舎生活が苦手だからかもしれない。
田舎は虫が多い。王都育ちだった私の妻も、初めてラグーレンに来た時は虫の多さに困惑していたものだ。
息子の友人にしては雰囲気が明らかに違う。おそらく高位貴族の出身で、そういう若者なら客室を用意してやるのは当然の配慮かもしれない。
「お兄さま、おかえりなさい!」
馬を降りたアルベスへ、ルシアが駆け寄る。
でもそのまま飛びつくことはなく、ちょこりとスカートをつまんで淑女らしい礼をした。
……ふむ。なかなか優雅にできるようになったな。あの仕草は妻を思い出す。
ついそんな感傷に浸っていると、くしゃくしゃと妹の頭を撫でたアルベスが私を見た。
「親父。客を連れてきた。……騎士仲間のフィルだ。フィル、俺の親父と妹だ」
アルベスが客を紹介する。
ルシアは馬を降りたばかりの客を見上げ、ニコッと笑う。それからすまし顔を作ってまたスカートをちょっとつまんだ。
「いらっしゃいませ、お客さま。ルシアです。よろしくお願いします」
「……ルシアちゃんか。僕のことは、フィルと呼んでくれる?」
「はい! あ、フィルさんは嫌いな食べ物とかありますか? 豆は好きですか?」
「豆は好きだよ。嫌いな食べ物は、特にはないかな」
明るいルシアの笑顔に押されたのか、客の騎士は一瞬だけ戸惑ったものの、すぐに笑顔を浮かべ、周囲をゆっくりと見回した。
明るく見えた髪は、美しい銀色だった。来た道を振り返ってラグーレンの風景を眺める目は、深く濃い青色だ。
騎士にしては圧倒的に洗練された身のこなしをしていて、アルベスを出迎えに集まっていた村人たちにも嫌みのない微笑みを向けている。
年頃は息子と近い。盛んに話しかけるルシアに気さくに対応していて、極めて美しい王都風の発音には育ちの良さがにじむ。
私へと向いた顔は、まるで彫像のように整っていた。
……一瞬、息が止まりそうになった。
お顔を拝見するのは、何年ぶりだろう。
幼い頃から麗しいお方だったが、すっかり凛々しい武人となられた。なのに、まだ絶世の美女と名高い姉君にそっくりではないか……!
全身の血の気が引いていくように感じた。
気が遠くなりそうだ。息子が心配そうに見ている。銀髪の客人も、少し困ったような顔をした。
「ラグーレン子爵に迷惑をかけてしまうから、僕は遠慮すると言ったのだが……」
「気にするな。最近はずっと面倒な連中に囲まれて、気を遣い続けているんだろう? 顔色が良くないぞ。ここなら何も考えずに済むから、ゆっくりしていけよ」
アルベスは銀髪の客人の肩を、無造作に叩いた。
……あの方の肩を、あんなに乱暴に叩いていいのだろうか。
ゴクリ、と唾を飲み込んだ。
落ち着かなければ。息子が「騎士仲間」と紹介したのなら、そのように扱わなければなるまい。あの方は、娘に何と名乗っただろうか。
私は大きく息を吐き、ぐっと手を握りしめた。
何も知らないルシアが、顔を強張らせた私を不思議そうに見上げている。娘を不安にさせてはならない。しっかりするのだ。お前は父親だろう。早く平気な顔を作るのだ!
私は震える足を一歩踏み出した。
できるだけ自然体であることを心掛け、今までの息子の同僚たちに対するのと同じように、寛大な父親らしい笑顔を浮かべた。
「……ようこそ、フィル君。何もない田舎だが、のんびりしていきなさい。ただし、羽を伸ばす時は常識の範囲で頼むよ」
銀髪の騎士は、一瞬私を見つめた。
年齢の若さを感じさせない、全てを見通すような青い目に肝が冷える。
しかしすぐに計算し尽くされた微笑みが消え、今までの息子の同僚たちとよく似た、悪戯小僧そのもののような明るい笑顔になった。
「温かいお言葉、心より感謝します。ラグーレン子爵」
銀髪の騎士は——フィルと名乗った騎士は恭しい礼をした。
……私に対して。
また血の気が引きそうになった。心臓は全力で走った後のように忙しく騒いでいる。
だが、ルシアが楽しそうに客人に話しかけているから、私も寛大な父親の顔を保ち続けなければならない。
たとえ相手が第二王子フィルオード殿下で、一部で次の王に相応しいのではと囁かれたり、命を狙われたりすることもある高貴なお方であろうとも。
息子が「友」として連れてきたのなら、「息子の友」として扱わなければならない。それが、かつてのラグーレン家の栄華の礎となったもてなしの秘訣だ。
…………は、ははははは。
なんてことだろう。
田舎の没落子爵でしかない私が、第二王子殿下を「フィル君」と呼んでしまったぞ!
もしや、客室にあの方をお泊めするのか?
我が家の古い食堂で、いつも通りの質素な夕食を共にするのか?!
気を抜くと足が震えそうになる。
それに、もう胃が痛くなってきた。……私は父ほど豪胆ではないのだ。
「お父さま! お客さまをお部屋に案内してくるわね! フィルさん、こっちよ!」
ルシアが殿下の手を引っ張っていく。
アルベスは何か言いたそうに私を見ていたが、ルシアの前だからか、すぐに馬を連れていく。ユラナも台所に戻って忙しそうだ。
一見すると平和で賑やかな日常そのものだ。だが実際は、あり得ないことが起きている。
「……ラグーレンに、再び王族をお迎えする日が来るとはな……」
そっとつぶやいてみた。現実とは思えない。
だがこれは現実だ。はぁっと息を吐き、まだ震えている両手でパチンと顔を叩いた。
「——あれはフィル君。アルベスの友人だ」
そう自分に言い聞かせて、私は重い足を無理矢理動かして家の中へと戻っていく。
二階からルシアの元気な声が聞こえている。
フィル君を客室に案内して、窓の外の光景について説明しているようだ。ぼんやりと階段を見ていると、馬小屋から戻ってきたアルベスが、きまり悪そうに咳払いをした。
「親父。その……申し訳ない。でもあいつは親友で、どうしても見過ごせなかったんだ」
「……そうか」
第二王子殿下を親友と言い切った息子は、迷いのない目をしていた。
息子は何年か前から私より背が高くなっている。いい男になったものだ。堅苦しいほど真面目な性格は私に似ていると思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
私は無理矢理に笑顔を作り、息子の肩を叩いた。
「せっかく来ていただいたのだ。平凡な田舎暮らしを堪能していただこう。私もお前の友人として扱うぞ!」
「そうしてもらえると、あいつはきっと喜ぶ。——ありがとう、親父」
息子は深々と頭を下げた。
ラグーレン子爵の子というより、騎士らしい姿だ。我が息子ながら、本当に真面目だな。
「フィルさん、居間はここよ。食事は向こうの部屋でとるんだけど、まずはお茶はいかがですか? すぐにお持ちします!」
「うん、もらおうかな。あ、運ぶなら僕も手伝うよ」
ルシアと一緒に降りてきたフィル君は、今度は台所へ行ってしまった。
ユラナはまだ気付いていないから、特に問題はないだろう。だが、お茶はともかく我が家の菓子というと、とてもあの方にお出ししていいようなものでは……いや、気にしてはだめだったな。
あの青年はフィル君。
息子アルベスの、ただの友人だ。特別扱いはする必要はない。
「……とは言っても、難しいものだな」
居間用の薪が少ないことに気付いたアルベスは、いつものように外へ取りに行く。後ろ姿を見送りながら、私はひっそりとため息をついた。
小心者の私には、あまりにも難しい。いや、全てを知っていてあの態度をとり続ける息子が非凡すぎるのだ。
そういう意味では、息子アルベスは意外に我が父に似ているのかもしれない。
◇ 番外編『ある父親の戸惑い』 終 ◇
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