あの人のこと、どこまで知っているか試してみた(1)
本編で、ルシアがゴルマンの結婚式に出席するちょっと前の、騎士三人組がラグーレン家にお手伝いに来たけど、ちょっと気になることがあるから試しに聞いてみる話。全二話。
俺の名はバーロイ。
王国軍で騎士をやっている。具体的には第三軍所属で、普段は北部砦で過ごしている。
もっと言えば、血の気の多い野郎どもを部下に持つ地位にいるんだが、まあそれは今は大っぴらに言って回ることではない。
俺は休暇中で、かつての同僚アルベスの家に手伝いに来ただけだからな。
アルベスの家に来て、一週間がすぎた。
王都から近い場所にあるこの小さな領地に来たのは、休暇中の暇つぶしのつもりだった。そんな俺たちは、今ではすっかりラグーレンを気に入っている。
ラグーレン家は使用人が少ない。だから俺たちは農作業だけでなく、その他の作業も引き受けている。
家畜の世話に、水路の手入れ、痛んだ建物の修理などはもちろん、料理に掃除、それから洗濯まで、家の内外の仕事は何でもやる。
王国軍の騎士は、ほとんどが貴族階級出身だ。
そのせいでよく誤解されるんだが、だいたい全ての作業を自分でこなせるように鍛えられている。例外は近衛騎士のようなお上品な連中と、高位貴族出身のお坊ちゃんくらいだ。
軍なんて、頭を使うより体を動かす方が得意な奴らの溜まり場だ。たまにのんびりするならいいが、何日も暇を持て余すくらいなら体を動かす方がいい。
ユリシスにいたっては、暇だからと言って北部で開墾作業に交じっていたくらいに体を動かすことを楽しんでいる。
……と言いつつ、俺も暇な時は農作業をしていたから、まあ騎士なんてそういうものなんだよ。
だがな、そう言う俺たちの気質を別にしても、この家の現状を見ると手伝いたくなる。
貴族と一口に言っても、きれいに着飾って過ごすことができるのはごく一部。裕福な高位貴族と、一部の下位貴族の本家の人間だけだ。弱小領主なんて、どこも贅沢は難しい。
俺の実家はそれなりの家柄だが、次男以下は質素なものだし、レンドの実家も領主一族が直接農作業に関わっていると言っていた。
だから、そんなものだとは思っていたが……それにしてもアルベスの妹はよく働く。
ちょっと目を離すと、なんでも自分でやろうとしてしまう。
ティアナ殿が肌荒れや手荒れに繋がる仕事を禁止して、目を光らせているのも仕方がない。
それだけここではやることが多いんだが、そういう作業こそ俺たちの仕事だ。
と言うことで、俺たちはいつも何か仕事が待っているような日々を送っていて、それも含めてラグーレンは居心地がいい。
領民たちは呑気そうに見えるが、俺たちが本気で剣を振り回していても恐れる事はない。領主がアルベスだからだろうな。
それに、領民たちは俺たちがアルベスの元同僚だと名乗った途端に好意的になった。ラグーレンにきた翌日にはその話が広まっていて、皆が俺たちに笑顔を向けてくれた。そう言うところからも、アルベスの野郎は慕われているんだなと感じる。
おかげで、俺たちを見かけると「騎士様! いいものがあるから持っていってください!」と声をかけてきて、いつも何かを持たせようとする。
もちろん「俺たちに」というのは口実だ。本当はアルベスと妹ちゃんに渡したいんだろう。
搾りたての牛乳だったり、チーズだったり、釣ったばかりの魚だったり、自家用の畑で採れた野菜だったり。素朴だが、どれもあると嬉しいものばかりだ。
本当に慕われているよ。
そういう気持ちはよくわかるが、俺たちだって金に不自由しない程度には稼いでいるから、美味そうだからと多めに買い取るようにしている。
実際、俺たちはよく食うからな!
だが、気が付くと渡した金額以上のものを受け取っていて、台所で確認した時に顔を見合わせてしまうことも多い。本当に、ここの領民は気が良すぎるだろう。
こんな感じで苦笑するようなことはあるが、ラグーレン滞在そのものに問題は何もない。
……と言いたいところだが、一つ、深刻な悩みがある。
妹ちゃんについてだ。
アルベスの妹は、本当にいい子だ。俺たちのような無骨な大男を見ても怖がらない。アルベスを見慣れているから、騎士はこんなものだと思っているんだろう。
食事についても、日々の訓練についても、とにかく俺たちのような男どもがやりそうなことはほとんど気にしないし、扱いにも慣れている。
妹ちゃん自身については問題はない。
だが、俺たちをここに寄越した張本人のことが問題なんだ。
あの複雑な経歴の人は、ここでは「フィル」としか名乗っていない。
肩書きは、アルベスの元同僚の騎士。
……正直に言おう。
最初にそれを聞いた時の感想は「なんだよ、それ!?」だった。
当然だろ? ただ立っているだけで目を引くあの人が、ただの騎士に見えるわけないだろう?
なぜそれを「ただの元同僚」で押し通していけるのか、本気で不思議だった。
だがよく考えてみれば、妹ちゃんの兄はアルベスだ。
あいつは背が高いし、性格は真面目で、あれで結構人当たりがいい。顔も腹が立つほどいい。そう言う身内がいて、昔から入り浸っていれば、それなりに見慣れてしまうものなのかもしれない。
「……いや、それにしてもあり得ねぇよな? キラキラしすぎだろ?」
「たまに庶民にもキラキラした野郎はいるが、あの人はそんなレベルじゃないよなぁ?」
「だが、それが通っているんだから、そういうものなのかもしれん。とりあえず、妹ちゃんがどう捉えているか聞いてみるか」
俺たち三人は、話し合った末にそういう結論にいたった。
◇
——ということで、妹ちゃんに探りを入れてみた。
「なぁ、フィルの野郎は昔からここに入り浸っていたんだって? あいつ、ここでは何やってたんだ?」
台所での作業中に、世間話の延長で何気なさを装って聞いてみた。
妹ちゃんは一瞬きょとんとしたが、すぐに笑顔になった。
「フィルさんですか? そうですね、いつものんびりしていましたけど、皆さんにしてもらっているような仕事もしてくれますよ」
「へー、俺たちのような仕事をするのか。……ん? あの人が?!」
「……えっ? あの人、掃除なんてできるのか?」
「してくれますよ。あれ、フィルさんって、普段はあまりそういうことはしない人なんですか? どうしましょう。私、なんでもお願いしていました!」
意表をつかれて、俺たちはつい聞き返してしまった。
その反応が意外だったようで、妹ちゃんは少し心配そうな顔で慌てている。なんとなく察することはあったのかもしれない。
……まずいな。
俺たちはちらりと目を見合わせ、すぐにニヤッと笑ってみせた。
「あー……、まあ、普段はあまりしないかもしれないな! でも俺たちのように体を動かすのは好きなやつだから、楽しんでいるんじゃないか?」
「確かに、楽しそうにしてくれますけど……」
「だったら気にするなよ! あの人、やりたくないことは本当に嫌々しかしないんだぞ!」
「そうそう。絶対にしろと言われても、全くしないことだってあったよな!」
俺たちはふざけ気味に言ってやった。
あのキラキラした閣下は、基本的に真面目に義務はこなすんだが、義務以外は副官に押し付けてしまうことも多い。だから嘘ではない。
とは言え、少し危なかった。
うっかり俺たちの失言のせいで妹ちゃんに不審がられたら、あの人がキレる。
権力で押しつぶすことはしないはずだが、まあ、俺たちだって無駄に前線送りになって苦労したくはない。
最低限度の世渡りくらいはできるんだ。
その時。
いつの間にか窓辺に移動していたレンドが、指を動かすだけのさりげのない合図を送ってきた。どうやらアルベスが戻ってきたらしい。
よし、本日の極秘作戦はこれで終了。形勢が不利になる前に速やかに撤収だ。
妹ちゃんと夕食のメニューについて話をしながら、俺は二人に目配せと小さな合図を送る。
了解のハンドサインを返したユリシスは、手元にあった芋の皮を手際よく剥き始めた。
だが俺たちはまだ納得したわけではない。気になることをそのまま放置しておける性格でもない。
——別の日に、再挑戦してみることにした。




